【完結】武道館の殺人 〜とある新聞部の事件簿〜

瑞光みどり

文字の大きさ
5 / 27
1日目

第3節 新聞部、行動開始

しおりを挟む
 生徒会室を後にした我々三人は、重い足取りで文化館へと向かった。じりじりと照りつける午後の日差しが、校舎の壁に反射して容赦なく襲いかかってくる。生徒会室で聞いた「殺人事件」という言葉の重みが、じっとりと背中に張り付く汗のように、不快な現実感を伴って我々にのしかかっていた。
「……殺人事件か。面白くなってきたな」
  三鷹が、興味深いという様子で呟いた。
「状況はかなり複雑怪奇です。遺体の移動、二本の凶器……不可解な点が多すぎます」
 松戸は冷静に分析するが、その声には緊張感が滲んでいる。
 文化館の扉を開けると、むわりとした熱気が我々を出迎えた。エアコンなどという文明の利器とは無縁のこの建物は、夏場はさながら蒸し風呂と化す。新聞部が割り当てられている二階の部室までの階段を上るだけで、汗が噴き出してくる。文化部の悲哀を噛み締めながらドアノブに手をかけた。
「あ、部長たち! お疲れ様です!」
 ドアを開けると、中からやけに明るい声が飛んできた。声の主は、二年生の荒川直人。彼は、部のムードメーカーであり、エンターテイナーを自称しているが、根は意外と常識人だ。彼の隣では、唯一の一年生部員である久留里光が、小さなノートパソコンに向かって黙々と何かを打ち込んでいた。物騒な発言で時折我々を驚かせる彼女だが、その集中力と仕事の早さは侮れない。
「遅かったですねー! もう待ちくたびれましたよ。で、どうでした? 何かデカいネタ、掴めました?」 
 久留里が、期待に満ちた目でこちらを見る。
「……ああ、掴めた。とんでもなく、大きいネタをね」 私は、重々しく告げた。
 部室の中央に置かれた長テーブルを囲むように、パイプ椅子を並べる。窓際に置かれた年代物の扇風機が、ギィギィと音を立てながら生ぬるい風をかき混ぜている。
 私は、ボイスレコーダーをテーブルの上に置き、再生ボタンを押した。川崎会長の冷静な声が、狭い部室に響き渡る。
『……単刀直入に言うと、此度の騒動は、……『殺人事件』だ』
 その言葉が再生された瞬間、荒川の顔からいつものおどけた表情が消え、息を呑む音が聞こえた。久留里は、パソコンから顔を上げ、じっとレコーダーを見つめている。その瞳には、驚きよりもむしろ、強い探求心のような光が宿っていた。
 録音を最後まで流し終えると、部室には静寂が流れた。扇風機の回る音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……殺人、ですか」 久留里が、ぽつりと呟いた。
「マジかよ……。うちの学校で、人が殺されたって……?」 
 荒川は、現実を受け止めきれない様子で、頭を抱えている。
「被害者は、剣道部二年の藤沢智也くん。殺害現場は剣道場と推定され、遺体は何らかの方法で一階の教官室まで運ばれた。背中にはナイフが刺さっており、他に凶器として使われたと思しき竹刀が二本。一本は現場に、もう一本は竹刀置き場に……」
 松戸が、改めて情報を整理するように要点を復唱する。
「……やはり、一番の謎は、遺体を運んだ理由と、二本の竹刀の存在意義ですね」 
 松戸は指でテーブルを軽く叩きながら、思考を巡らせている。
「犯人は何かを隠したかったのか、あるいは、何かを偽装したかったのか……」
「竹刀置き場に戻すって、なんか変じゃないですか? 犯人、律儀なんですかね? それとも、何か別の意味が……?」 三鷹が首を傾げる。
「犯人の行動については、今考えても何も恐らく何も出てこない。まあ、まずは事実関係を固めてみよう」 私は、議論を軌道修正する。
「我々新聞部として、この事件をどう報じるか。そして、そのためには、更なる情報が必要不可欠となる」
 そうだ。この「武道館殺人事件」は、我々新聞部にとって、大きな転機となるかもしれない。嵯峨ノ原高校新聞部は、現在部員わずか五名。私と松戸が卒業すれば、残るのは二年生二人と一年生一人だけ。このままでは、廃部も現実味を帯びてくる。新聞部の存在意義を示し、来年度、一人でも多くの新入生を迎え入れなければならない。そのためにも、この事件の真相に迫り、質の高い記事を作成する必要があるのだ。これはチャンスでもある。
「では、方針を決める」 
 私は、部員たちの顔を見渡して告げた。
「二手に分け、取材を行う。一つは剣道部関係者への聞き込みを行う。第一発見者である佐渡部長、そして顧問の多部先生に接触を図りたい。事件当時の状況、被害者の藤沢くんの人となり、剣道部内の人間関係など、直接話を聞く必要があるだろう。ただ、相手は事件の当事者だ。取材は慎重に行う必要がある。……ここは私と松戸で取材を行おう」
「承知しました。最大限の配慮をもって臨みます」 松戸が頷く。
「そして、三鷹くん、荒川くん、久留里さん。君たち三人には、学校側への取材をお願いしたい。まずは、漆原校長だ。今朝の校長の話ぶりからすると、まだ何か情報を持っているかもしれない。学校としての公式見解、今後の対応、そして、生徒たちの安全確保について、しっかりと話を聞き出してきてくれ」
「ええーっ! 俺たちだけで校長先生にですか? なんか、緊張しますね……」 
 荒川が少し不安そうな顔をする。管理職の先生には、滅多に会えないゆえの緊張や不安があるのだろうが……もう2年生だ。そろそろ慣れてもらいたい。
「大丈夫ですよ、荒川先輩。私がしっかりサポートしますから。何かあったら先輩に押し付けて逃げますけど。それに、校長先生に直接取材できるなんて、滅多にないじゃないですか」 
 久留里が、頼もしいんだか頼もしくないんだか分からない発言で荒川を励ます。
「荒川。ここは腕の見せ所だ。ここで重要な情報を引き出せたら、大手柄だぞ」 三鷹が発破をかける。
「う、うっす……。分かりました、やってやりますよ!」
  荒川も、ようやく覚悟を決めたようだ。
「フ、決まったな。では、各班で入手した情報は速やかに共有すること。今日の取材の結果次第では、明日にも号外を発行できるかもしれない。だが、焦りは禁物。我々が報じるのは、憶測や噂ではなく、事実に基づいた確かな情報でなければならない。……皆、期待しているよ」
「「「了解!」」」
 部員たちの声が、狭い部室に力強く響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

処理中です...