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1日目
第4節 佐渡の涙
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体育館の重い扉の前で、私と松戸はひたすら待ち続けていた。額に滲む汗を手の甲で拭う。時計の針は、既に午後四時を回ろうとしていた。警察による事情聴取は、想像以上に長引いているらしい。
「何時までかかってんだ、警察は」
焦りと待つことへの苛立ちがない混ぜになった声が、思わず口をついて出た。
「まあまあ、部長。落ち着いてください」
隣で静かに立っていた松戸が、宥めるように言った。
「今回の件は、単なる事故ではありません。殺人事件です。警察としても、慎重に捜査を進めざるを得ないのでしょう。それに、我々としても、焦って不確かな情報を流すより、確実な情報を得るために時間をかけるべきかと」
松戸はいつも冷静だ。彼のその落ち着いた態度には、何度も助けられてきた。だが、今の私には、それが少しだけもどかしく感じられた。いや、違う。これは八つ当たりだ。松戸の言っている事は正しい。焦りは禁物。深呼吸を一つして、私はやる気持ちを抑え込んだ。
思い返せば、松戸とは一年生の時から同じクラスだった。最初は、ただ物静かで、あまり感情を表に出さない奴、という印象だった。彼が今のように常に敬語を使い、どこか壁を作るようになったのは、二年生の時のある出来事がきっかけだったように思う。
「なんで、辞めるんだよ!! 辞める前に相談でもしてくれたらもっと……」
去年、放課後に偶然クラスの前を通りかかったときに、怒号が聞こえてきた。目からは涙が溢れ落ちており、もう一人の服を掴みながらしゃがんでいた。
「『もっと』、なんだ。俺が相談していたら、事態は変わるのか?」
「それは……変わらないかもしれなかったけど、お前一人で抱え込むような問題でもなかった」
「それは個人の勝手だろ。何を今さら、友達ぶりやがって」
それから、その人は教室から出ていった。松戸は地べたに土下座するように崩れ落ち、声が枯れるまで泣いていた。後悔していたのだろう。自分自身に。
その頃からだった。松戸が誰に対しても敬語を使い始めたのは。恐らく、「友達ぶりやがって」という言葉からの自己防衛からだろう。私にもあまり親しくしようとせず、ただ単に仕事をするだけのロボットとなっていった。だんだんと表情も薄れてきた。最初は違和感しかなかったが、時間が経つにつれ慣れてきてしまった。松戸の悩みを、その事件の詳細を聞かずに。
私自身、聞く勇気がなかった。今もない。一緒に松戸の闇を抱え込むような覚悟と器が私には足りなかったのかもしれない。もし、その闇を開いたときに、私に何も出来なかったら、松戸がそのまま退学してしまったら、自殺を試みようとしたらという考えで頭が埋め尽くされていった。松戸の敬語を聞くのに慣れていくのと同時に、私もその存在自体忘れてしまっていた。
「……ちょう、部長!」松戸の声で、私ははっと我に返った。
「え?」
「何をぼんやりと考えていたんですか? 全く返事をしないから、気絶したのかと思いましたよ」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしてた」私は誤魔化すように言った。
「それで、どうした?」
「動きがあったようです。体育館の扉が開きました。おそらく、事情聴取が終わったのでしょう。行きましょう」
松戸の視線の先、体育館の扉が開き、中から数人の警察官が出てきて、足早に駐車場の方へと去っていくのが見えた。入れ替わるように、私たちは体育館の中へと足を踏み入れた。
さっきまで刑事たちが座っていたであろうパイプ椅子が数脚、ぽつんと残されている。壁際には、剣道部員たちが、皆一様に俯き、あるいは虚空を見つめ、押し黙っている。その中心には、厳しい表情で腕を組む顧問の多部先生の姿があった。まるで、嵐の後のような、静かで、しかし破壊的な空気が漂っている。
私たちは、まず多部先生に近づき、新聞部の者であること、そして取材の許可を求めた。多部先生は、鋭い目で一瞬私たちを射抜いたが、やがて小さく頷いた。
「……今は、あまり話せる状態ではないかもしれんが……それでもよければ、部長の佐渡と、私でよければ対応しよう」
私たちは、体育館の隅にあるパイプ椅子に案内された。まず、話を聞くことになったのは、第一発見者である剣道部部長、三年生の佐渡だった。彼の顔は青白く、憔悴しきっているという言葉がそのまま当てはまるような姿だった。
「取材を受けていただきありがとうございます。私、新聞部部長の高崎と申します。こちらは、副部長の松戸です」
「あのーー。刑事さんに話した内容と同じになってしまうんですが……」
佐渡は不安を声に滲ませながら尋ねた。
「大丈夫ですよ」
なるべく笑みを浮かべるように努力したが、実際にどんな顔になっているかはわからない。昔から私は笑顔が苦手だ。小学生の頃、集合写真を撮るときに笑顔をしたら、歪な顔になってしまったことを覚えている。
「少しお辛い部分もあるかと思いますので、もし話したくないとなったらですね、いつでもこの取材を止めることもできますので、気軽に話していただけたらなと思います」
しばしの沈黙の後、私は最初の質問を口にした。
「まず、確認させてください。今朝、藤沢くんを発見したのは、佐渡部長、あなたで間違いないですね?」
「……はい。そうです。ほんとはテスト一週間前なんで……朝練とかはないんですけど、腕が鈍るような気がして……自主的に朝行って。それで、剣道場の鍵を取りに、教官室に行って……そしたら……藤沢が……あんな姿で……」
話しているうちに、佐渡の目にみるみる涙が溢れ出し、声が震え始めた。生徒会から聞いた話と齟齬はない。これ以上、発見時の状況を詳しく聞くのは酷だろう。
「そこまでで大丈夫ですよ。ありがとうございます。質問を変えましょう。では、藤沢くんはどのような方だったんでしょうか」
「藤沢は……本当に、真面目な奴でした。誰よりも、部活熱心で……。あいつ、高校から剣道始めたんですよ。なのに、経験者の俺たちと比べても、全然見劣りしないくらい、強くなって……。本当に、根性のある奴だなって、思ってました。……俺たちのチームに選ばれた時、あいつ、すごく喜んでて……。『絶対に、全国行きましょう! 俺、頑張りますから!』って……。みんなで、約束したんです。今年こそ、全国で優勝しようって……。なのに……なんで……なんで、藤沢が、こんな目に……っ」
言葉は途切れ、嗚咽に変わった。佐渡は両手で顔を覆い、肩を震わせている。彼の悲しみは、見ているこちらまで胸が締め付けられるほど、深く、痛切だった。
「……高崎くん、すまないが、今日はこの辺にしてやってくれないか」
そばで黙って聞いていた多部が、静かに口を挟んだ。
「少し、落ち着く時間が必要だろう」
「……はい、もちろんです」 私は頷いた。
「佐渡くん、今日はありがとうございました。今は、ゆっくり休んでください」
「……はい……すみません……」
佐渡は、涙を拭いながら立ち上がり、扉の方へ歩いていった。
佐渡が去った後、多部先生が代わりに椅子に腰を下ろした。厳格と知られる多部先生だが、その表情にも、隠しきれない疲労と、そして深い悲しみの色が滲んでいる。
「多部先生、お時間をいただき、ありがとうございます。先生に、いくつか伺いたいことがあるのですが」
「ああ、構わん。続けなさい」
「ありがとうございます。……昨日のことですが、藤沢くんは自主練習をしていた、と伺いました。先生は昨日、藤沢くんに会われましたか?」
「ああ、会った。昨日の午後4時頃だったか……職員室に藤沢が来て、『先生、剣道場を使いたいです』と。いつものことだったからな。『練習もいいが、無理はするなよ』と言って、武道館のカギを開けたんだ」
「藤沢くんは、オフの日にも、よく自主練習を?」
「ああ。あいつは、部活が休みの日でも、ほとんど欠かさず練習に来ていたな。部活熱心で、剣道そのものに本当に熱心な生徒だった。『一日休むと、感覚が鈍るんです』なんて言っていたのを覚えている」
「そこまで剣道に打ち込むようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?」
「さあ、それは本人にしか分からんだろう。だが……今年のチームのメンバーに選ばれてから、さらに気合が入っていたようには見えたな」
「今年のチーム、ですか?」
「ああ。佐渡が部長になってからの、新チームのことだ。藤沢以外は、全員三年生で構成されている」
「三年生と、藤沢くん一人……それは、どういった経緯で?」
「うちの剣道部はな、去年、当時の部長だった赤羽……今はもう卒業しているが、あいつを大将に据えて、最強のメンバーでチームを組んだんだ。当時の三年は赤羽一人だったから、残りの四人は、当時の二年生、つまり今の三年生から選抜した。佐渡も、副大将としてそのチームに入っていた。その戦略が功を奏してな、去年は県大会で優勝することができた」
「それは凄いですね。では、今年は、その時のメンバーに、藤沢くんを加えた、と?」
「そうだ。今年の三年生は、去年のレギュラーだった四人しかいない。五人で団体戦を戦うには、一人足りん。そこで、二年生の中から藤沢を選んだ。三年生ばかりのチームに入るということで、藤沢なりにプレッシャーも感じていただろう。だからこそ、人一倍、努力をしていたんじゃないかと思う」
多部先生は、厳しい表情の中にも、藤沢への評価が窺える口調で語った。
「なるほど……。よく分かりました」
「では、少し話が変わりますが、昨日の武道館の様子で何かおかしい点などはありましたか?」少し間を空けて最後の質問を投げかけた。
「いやあ、特に変わったところはなかったな。剣道場の窓も柔道場の窓も開けられた痕跡は無かったし……」
多部先生は目を閉じて考えながら言葉を発した。
「……わかりました。先生、本日は貴重なお話をありがとうございました」
「いや。……何か、他に聞きたいことがあれば、いつでも来なさい。警察にも協力しているが、我々としても、一刻も早く犯人が捕まってほしい。藤沢のためにも……」
多部先生は、強い意志のこもった目で私たちを見つめた。
「ありがとうございます。また、何かありましたら、ご協力をお願いいたします」
多部先生は頷くと、ゆっくりと立ち上がり出口へと歩いていった。
私と松戸は、無言で体育館を後にした。西の空が茜色に染まり始めている。
手に入った情報は少なくない。藤沢の人となり、剣道への情熱、そしてチーム編成の背景。それらは興味深いピースである……が、同時に新しい疑問も残した。
「何時までかかってんだ、警察は」
焦りと待つことへの苛立ちがない混ぜになった声が、思わず口をついて出た。
「まあまあ、部長。落ち着いてください」
隣で静かに立っていた松戸が、宥めるように言った。
「今回の件は、単なる事故ではありません。殺人事件です。警察としても、慎重に捜査を進めざるを得ないのでしょう。それに、我々としても、焦って不確かな情報を流すより、確実な情報を得るために時間をかけるべきかと」
松戸はいつも冷静だ。彼のその落ち着いた態度には、何度も助けられてきた。だが、今の私には、それが少しだけもどかしく感じられた。いや、違う。これは八つ当たりだ。松戸の言っている事は正しい。焦りは禁物。深呼吸を一つして、私はやる気持ちを抑え込んだ。
思い返せば、松戸とは一年生の時から同じクラスだった。最初は、ただ物静かで、あまり感情を表に出さない奴、という印象だった。彼が今のように常に敬語を使い、どこか壁を作るようになったのは、二年生の時のある出来事がきっかけだったように思う。
「なんで、辞めるんだよ!! 辞める前に相談でもしてくれたらもっと……」
去年、放課後に偶然クラスの前を通りかかったときに、怒号が聞こえてきた。目からは涙が溢れ落ちており、もう一人の服を掴みながらしゃがんでいた。
「『もっと』、なんだ。俺が相談していたら、事態は変わるのか?」
「それは……変わらないかもしれなかったけど、お前一人で抱え込むような問題でもなかった」
「それは個人の勝手だろ。何を今さら、友達ぶりやがって」
それから、その人は教室から出ていった。松戸は地べたに土下座するように崩れ落ち、声が枯れるまで泣いていた。後悔していたのだろう。自分自身に。
その頃からだった。松戸が誰に対しても敬語を使い始めたのは。恐らく、「友達ぶりやがって」という言葉からの自己防衛からだろう。私にもあまり親しくしようとせず、ただ単に仕事をするだけのロボットとなっていった。だんだんと表情も薄れてきた。最初は違和感しかなかったが、時間が経つにつれ慣れてきてしまった。松戸の悩みを、その事件の詳細を聞かずに。
私自身、聞く勇気がなかった。今もない。一緒に松戸の闇を抱え込むような覚悟と器が私には足りなかったのかもしれない。もし、その闇を開いたときに、私に何も出来なかったら、松戸がそのまま退学してしまったら、自殺を試みようとしたらという考えで頭が埋め尽くされていった。松戸の敬語を聞くのに慣れていくのと同時に、私もその存在自体忘れてしまっていた。
「……ちょう、部長!」松戸の声で、私ははっと我に返った。
「え?」
「何をぼんやりと考えていたんですか? 全く返事をしないから、気絶したのかと思いましたよ」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしてた」私は誤魔化すように言った。
「それで、どうした?」
「動きがあったようです。体育館の扉が開きました。おそらく、事情聴取が終わったのでしょう。行きましょう」
松戸の視線の先、体育館の扉が開き、中から数人の警察官が出てきて、足早に駐車場の方へと去っていくのが見えた。入れ替わるように、私たちは体育館の中へと足を踏み入れた。
さっきまで刑事たちが座っていたであろうパイプ椅子が数脚、ぽつんと残されている。壁際には、剣道部員たちが、皆一様に俯き、あるいは虚空を見つめ、押し黙っている。その中心には、厳しい表情で腕を組む顧問の多部先生の姿があった。まるで、嵐の後のような、静かで、しかし破壊的な空気が漂っている。
私たちは、まず多部先生に近づき、新聞部の者であること、そして取材の許可を求めた。多部先生は、鋭い目で一瞬私たちを射抜いたが、やがて小さく頷いた。
「……今は、あまり話せる状態ではないかもしれんが……それでもよければ、部長の佐渡と、私でよければ対応しよう」
私たちは、体育館の隅にあるパイプ椅子に案内された。まず、話を聞くことになったのは、第一発見者である剣道部部長、三年生の佐渡だった。彼の顔は青白く、憔悴しきっているという言葉がそのまま当てはまるような姿だった。
「取材を受けていただきありがとうございます。私、新聞部部長の高崎と申します。こちらは、副部長の松戸です」
「あのーー。刑事さんに話した内容と同じになってしまうんですが……」
佐渡は不安を声に滲ませながら尋ねた。
「大丈夫ですよ」
なるべく笑みを浮かべるように努力したが、実際にどんな顔になっているかはわからない。昔から私は笑顔が苦手だ。小学生の頃、集合写真を撮るときに笑顔をしたら、歪な顔になってしまったことを覚えている。
「少しお辛い部分もあるかと思いますので、もし話したくないとなったらですね、いつでもこの取材を止めることもできますので、気軽に話していただけたらなと思います」
しばしの沈黙の後、私は最初の質問を口にした。
「まず、確認させてください。今朝、藤沢くんを発見したのは、佐渡部長、あなたで間違いないですね?」
「……はい。そうです。ほんとはテスト一週間前なんで……朝練とかはないんですけど、腕が鈍るような気がして……自主的に朝行って。それで、剣道場の鍵を取りに、教官室に行って……そしたら……藤沢が……あんな姿で……」
話しているうちに、佐渡の目にみるみる涙が溢れ出し、声が震え始めた。生徒会から聞いた話と齟齬はない。これ以上、発見時の状況を詳しく聞くのは酷だろう。
「そこまでで大丈夫ですよ。ありがとうございます。質問を変えましょう。では、藤沢くんはどのような方だったんでしょうか」
「藤沢は……本当に、真面目な奴でした。誰よりも、部活熱心で……。あいつ、高校から剣道始めたんですよ。なのに、経験者の俺たちと比べても、全然見劣りしないくらい、強くなって……。本当に、根性のある奴だなって、思ってました。……俺たちのチームに選ばれた時、あいつ、すごく喜んでて……。『絶対に、全国行きましょう! 俺、頑張りますから!』って……。みんなで、約束したんです。今年こそ、全国で優勝しようって……。なのに……なんで……なんで、藤沢が、こんな目に……っ」
言葉は途切れ、嗚咽に変わった。佐渡は両手で顔を覆い、肩を震わせている。彼の悲しみは、見ているこちらまで胸が締め付けられるほど、深く、痛切だった。
「……高崎くん、すまないが、今日はこの辺にしてやってくれないか」
そばで黙って聞いていた多部が、静かに口を挟んだ。
「少し、落ち着く時間が必要だろう」
「……はい、もちろんです」 私は頷いた。
「佐渡くん、今日はありがとうございました。今は、ゆっくり休んでください」
「……はい……すみません……」
佐渡は、涙を拭いながら立ち上がり、扉の方へ歩いていった。
佐渡が去った後、多部先生が代わりに椅子に腰を下ろした。厳格と知られる多部先生だが、その表情にも、隠しきれない疲労と、そして深い悲しみの色が滲んでいる。
「多部先生、お時間をいただき、ありがとうございます。先生に、いくつか伺いたいことがあるのですが」
「ああ、構わん。続けなさい」
「ありがとうございます。……昨日のことですが、藤沢くんは自主練習をしていた、と伺いました。先生は昨日、藤沢くんに会われましたか?」
「ああ、会った。昨日の午後4時頃だったか……職員室に藤沢が来て、『先生、剣道場を使いたいです』と。いつものことだったからな。『練習もいいが、無理はするなよ』と言って、武道館のカギを開けたんだ」
「藤沢くんは、オフの日にも、よく自主練習を?」
「ああ。あいつは、部活が休みの日でも、ほとんど欠かさず練習に来ていたな。部活熱心で、剣道そのものに本当に熱心な生徒だった。『一日休むと、感覚が鈍るんです』なんて言っていたのを覚えている」
「そこまで剣道に打ち込むようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?」
「さあ、それは本人にしか分からんだろう。だが……今年のチームのメンバーに選ばれてから、さらに気合が入っていたようには見えたな」
「今年のチーム、ですか?」
「ああ。佐渡が部長になってからの、新チームのことだ。藤沢以外は、全員三年生で構成されている」
「三年生と、藤沢くん一人……それは、どういった経緯で?」
「うちの剣道部はな、去年、当時の部長だった赤羽……今はもう卒業しているが、あいつを大将に据えて、最強のメンバーでチームを組んだんだ。当時の三年は赤羽一人だったから、残りの四人は、当時の二年生、つまり今の三年生から選抜した。佐渡も、副大将としてそのチームに入っていた。その戦略が功を奏してな、去年は県大会で優勝することができた」
「それは凄いですね。では、今年は、その時のメンバーに、藤沢くんを加えた、と?」
「そうだ。今年の三年生は、去年のレギュラーだった四人しかいない。五人で団体戦を戦うには、一人足りん。そこで、二年生の中から藤沢を選んだ。三年生ばかりのチームに入るということで、藤沢なりにプレッシャーも感じていただろう。だからこそ、人一倍、努力をしていたんじゃないかと思う」
多部先生は、厳しい表情の中にも、藤沢への評価が窺える口調で語った。
「なるほど……。よく分かりました」
「では、少し話が変わりますが、昨日の武道館の様子で何かおかしい点などはありましたか?」少し間を空けて最後の質問を投げかけた。
「いやあ、特に変わったところはなかったな。剣道場の窓も柔道場の窓も開けられた痕跡は無かったし……」
多部先生は目を閉じて考えながら言葉を発した。
「……わかりました。先生、本日は貴重なお話をありがとうございました」
「いや。……何か、他に聞きたいことがあれば、いつでも来なさい。警察にも協力しているが、我々としても、一刻も早く犯人が捕まってほしい。藤沢のためにも……」
多部先生は、強い意志のこもった目で私たちを見つめた。
「ありがとうございます。また、何かありましたら、ご協力をお願いいたします」
多部先生は頷くと、ゆっくりと立ち上がり出口へと歩いていった。
私と松戸は、無言で体育館を後にした。西の空が茜色に染まり始めている。
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