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1日目
幕間 深夜、珈琲の味
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蛍光灯の白い光が、無機質な長机の上に散らばった捜査資料を照らし出している。埼玉県警本部の一角。時刻は既に深夜と言っていい時間を回っていた。
俺、神谷晴臣は、ぬるくなったインスタントコーヒーを一口啜り、忌々しげに眉をひそめた。安物の苦い液体が、疲労の溜まった胃に染みる。目の前には、事件の概要、現場写真、関係者の供述調書などが山積みになっている。何度読み返してもパズルのピースが上手く嵌らない、そんなもどかしさだけが募っていく。
俺が刑事なって早32年。今まで数々の事件を解決してきた。鬱陶しかったエリート組の奴らは今頃地位と金に夢中になり、現場にはいない。叩き上げの刑事の同期だけが残る仕事環境はとても気持ちのよいものだった。
一刑事から警部補になり、そして、今の警部という役職までたどり着いた。俺は役職にはあまりがめついほうではなかったため、現場に赴きホシをあげることが出来ればそれで良いと今も思っている。それは今後も変わらないだろう。
そうして、事件が起きる度にホシをあげ続けていたら、いつの間にか埼玉県警本部の「刑事部捜査第一課強行犯係長」という役職まで上り詰めていた。俺が関わった事件はほぼ解決していることから、いつしか警察内部から「迷宮無しの名刑事」という二つ名で呼ばれるようになった。
そして、今。俺、神谷晴臣はとても苦悩している。私立嵯峨ノ原高校で起きた殺人事件の担当になったのだが、捜査は難航している状況だ。外部犯という可能性は十分にあるが、防犯カメラ映像を見た限り、特段怪しい人物はいなかった。長年の刑事の勘は、犯人はこの学校の生徒だと感じている。問題は誰がどうやって殺したのか……だな。
「警部。お疲れ様です」
不意に声をかけられ、思考の海から引き戻された。部下の石井巡査部長が、湯気の立つカップを手に、こちらに歩み寄ってくるところだった。若いながらも実直で、正義感が強い男だ。
「おう、石井か。ご苦労」
「何か進展はありましたか?」石井は、期待と不安が入り混じったような目で俺を見た。
「……いや、特にはな。相変わらず、手詰まりだ」俺は溜息混じりに答えた。
「お前は、今回のヤマ、どう見る?」
「やはり、防犯カメラの映像から見ても、外部犯の可能性は低いかと」
「そう結論付けるのは早計だ、石井」
俺は、石井の言葉を遮った。
「防犯カメラは万能じゃない。死角もある。それに、例えば用務員や業者を装って侵入し、犯行後に紛れて逃走した可能性だってゼロじゃない。以前、俺が担当した事件では、ピエロの格好で犯行に及んだ奴もいた。『事実は小説よりも奇なり』だ。あらゆる可能性を頭に入れて、多角的な視点を持って捜査にあたらんといかん」
過去の経験を引き合いに出しながら、固定観念に囚われることの危険性を説く。石井は、素直に頷いた。
「……はい。自分が浅はかでした。申し訳ありません。もう一度、防犯カメラの映像、見直してみます! 」
そう言うと、石井はすぐに自身のデスクに戻り、パソコンに向かって再び映像の分析を始めた。その素直さと行動力は、彼の長所だ。いつか、必ず優秀な刑事になるだろう。
「さて……」
石井の背中を見送りながら、俺は再び手元の資料に目を落とした。解かなければならない謎が多すぎる。だが、どんなに難解な事件でも、必ずどこかに解きほぐすための糸口はあるはずだ。それを見つけ出すのが、俺たち刑事の仕事だ。
「迷宮無しの名刑事」か……。くだらない二つ名だが、今はその名に恥じない働きをしなければならん。
俺は、冷めきったコーヒーを一気に飲み干し、新しい捜査資料の束を手に取った。夜はまだ長い。
俺、神谷晴臣は、ぬるくなったインスタントコーヒーを一口啜り、忌々しげに眉をひそめた。安物の苦い液体が、疲労の溜まった胃に染みる。目の前には、事件の概要、現場写真、関係者の供述調書などが山積みになっている。何度読み返してもパズルのピースが上手く嵌らない、そんなもどかしさだけが募っていく。
俺が刑事なって早32年。今まで数々の事件を解決してきた。鬱陶しかったエリート組の奴らは今頃地位と金に夢中になり、現場にはいない。叩き上げの刑事の同期だけが残る仕事環境はとても気持ちのよいものだった。
一刑事から警部補になり、そして、今の警部という役職までたどり着いた。俺は役職にはあまりがめついほうではなかったため、現場に赴きホシをあげることが出来ればそれで良いと今も思っている。それは今後も変わらないだろう。
そうして、事件が起きる度にホシをあげ続けていたら、いつの間にか埼玉県警本部の「刑事部捜査第一課強行犯係長」という役職まで上り詰めていた。俺が関わった事件はほぼ解決していることから、いつしか警察内部から「迷宮無しの名刑事」という二つ名で呼ばれるようになった。
そして、今。俺、神谷晴臣はとても苦悩している。私立嵯峨ノ原高校で起きた殺人事件の担当になったのだが、捜査は難航している状況だ。外部犯という可能性は十分にあるが、防犯カメラ映像を見た限り、特段怪しい人物はいなかった。長年の刑事の勘は、犯人はこの学校の生徒だと感じている。問題は誰がどうやって殺したのか……だな。
「警部。お疲れ様です」
不意に声をかけられ、思考の海から引き戻された。部下の石井巡査部長が、湯気の立つカップを手に、こちらに歩み寄ってくるところだった。若いながらも実直で、正義感が強い男だ。
「おう、石井か。ご苦労」
「何か進展はありましたか?」石井は、期待と不安が入り混じったような目で俺を見た。
「……いや、特にはな。相変わらず、手詰まりだ」俺は溜息混じりに答えた。
「お前は、今回のヤマ、どう見る?」
「やはり、防犯カメラの映像から見ても、外部犯の可能性は低いかと」
「そう結論付けるのは早計だ、石井」
俺は、石井の言葉を遮った。
「防犯カメラは万能じゃない。死角もある。それに、例えば用務員や業者を装って侵入し、犯行後に紛れて逃走した可能性だってゼロじゃない。以前、俺が担当した事件では、ピエロの格好で犯行に及んだ奴もいた。『事実は小説よりも奇なり』だ。あらゆる可能性を頭に入れて、多角的な視点を持って捜査にあたらんといかん」
過去の経験を引き合いに出しながら、固定観念に囚われることの危険性を説く。石井は、素直に頷いた。
「……はい。自分が浅はかでした。申し訳ありません。もう一度、防犯カメラの映像、見直してみます! 」
そう言うと、石井はすぐに自身のデスクに戻り、パソコンに向かって再び映像の分析を始めた。その素直さと行動力は、彼の長所だ。いつか、必ず優秀な刑事になるだろう。
「さて……」
石井の背中を見送りながら、俺は再び手元の資料に目を落とした。解かなければならない謎が多すぎる。だが、どんなに難解な事件でも、必ずどこかに解きほぐすための糸口はあるはずだ。それを見つけ出すのが、俺たち刑事の仕事だ。
「迷宮無しの名刑事」か……。くだらない二つ名だが、今はその名に恥じない働きをしなければならん。
俺は、冷めきったコーヒーを一気に飲み干し、新しい捜査資料の束を手に取った。夜はまだ長い。
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