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3日目
第12節 剣道部員たちの証言(1)
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「……しかし、公に活動停止を要請された以上、以前のように動くのは難しいですね」
松戸の言う通り、取材という名目で、この事件の関係者と会うのは危険だ。もし、その行動がバレたら、警察と学校側からの圧力で蓋挟みになってしまう。こうなってしまえば、流石の布留川先生でも対処できないだろう。最悪、廃部だ。では、どうしようか……。
「ええ。バレたときのリスクを考えると、迂闊に動けないですね……。今日は剣道部員が3階の多目的室に呼ばれているらしいので、そこに取材しに行きたかったのに……」
!!。三鷹が驚きの情報を口にした。
「三鷹。その情報は初耳なんだが」
「あれ。言っていませんでしたっけ? 生徒会の斎藤さんによると、生徒会が剣道部員を一人ずつ呼び出して、話を聞くそうですよ」
「……なにニヤついてるんですか、部長」
荒川が少し引き気味に言った。
「え。顔に出てたか……」
「どうしたんです? あ、まさか斎藤さんを狙っていたんですか?」
三鷹が茶化す。こうやって、情報を集めているのか、コイツは。油断出来ないな。
「いや、それはない。今、良い案を思いついたんだ」
私はニヤリと口角を上げた。
「良い案、ですか? 」
久留里がこちらを見る。
「ああ。三鷹、確かに生徒会が剣道部員を『個別に』『呼び出して』話を聞くんだな?」
「ええ、間違いありません。アリバイのない6人を中心に、一人ずつ時間をかけて、と。斎藤さんがポロッと」
「……よし」私は頷いた。「だったら、私たちもその場に『見学』させてもらえばいい」
「「「見学?」」」
荒川、久留里、三鷹の声が、驚きとともに部室に響いた。
「そうですか……。『取材』ではなく、あくまで『見学』という体裁を取るわけですね。それなら、万が一の際も言い逃れの余地が……」
さすが松戸、すぐに意図を理解したようだ。彼の冷静な分析力は、こういう時本当に頼りになる。
「そういうことだ。生徒会が主体となって聞き取りを行い、私たちは部屋の隅でその様子を静かに観察する。これなら、警察や学校に咎められたとしても、『たまたま生徒会の活動を見学していただけだ』と主張できるかもしれん」
「なるほど! さすが部長!」
久留里が感心したように目を輝かせる。
「でも、そんなこと、生徒会が許可するんですか? あの川崎会長が、すんなりOK出すとは思えませんけど……」
荒川が、もっともな疑問を口にする。
「そこは、私の交渉次第だ。会長のことだ。何かメリットを感じれば、あるいは単なる気まぐれで許可する可能性は高い」
そうして、私は川崎のもとへ向かった。結果から言えば、交渉は成功した。一筋縄ではいかなかったが、最終的にはこちらの提案を呑ませることができた。
「……というわけで、会長から条件付きで許可が出た。『聞き取りの邪魔は絶対にしないこと。発言も厳禁だ』だとさ」
部室に戻り、経緯を説明すると、三鷹が興奮したように言った。
「やりましたね、部長! これで堂々と情報収集ができますよ!」
「ああ。だが、あくまで『見学』だということを忘れるな。下手に動けば、今度こそ終わりだ」
私は釘を刺し、部員たちと共に3階の多目的室へと向かった。
「うわ、なんかすごい雰囲気ですね……」
多目的室に入ると、荒川が小声で呟いた。部屋の中央には、聴取用と思われるパイプ椅子が一つポツンと置かれ、その向かいには生徒会のメンバーが座る長机。そして、部屋の隅には、ご丁寧に俺たち新聞部用の長机と数脚の椅子まで用意されていた。
「これから、この場所で、事件の鍵を握る剣道部員たちの証言が、一人ずつ、個別に語られることになりますね。一言も聞き逃せません」
「ああ。ボイスレコーダーを起動することは忘れずに。どんな些細なことでも聞き逃さないように心掛けろ」
私たちは隅の席に着き、ペンを握りしめた。やがて、生徒会役員に案内され、最初の剣道部員が部屋に入ってきた。緊張した面持ちで中央の椅子に腰掛けたのは、剣道部部長の佐渡だった。
【佐渡(部長・3年)】
「佐渡くん。本日はお越しいただきありがとうございます。早速ですが、ご協力をお願いします」
高梨が、落ち着いた口調で切り出す。佐渡は小さく頷いた。顔色は依然として優れない。
「気分が悪くなれば、遠慮なく申し出てください。……まずは、改めて事件当日のことから伺ってもよろしいでしょうか。警察の事情聴取とも重複する点は承知していますが、私たちも直接、あなたの言葉でお聞きしたいのです」
「佐渡先輩、無理しないでくださいね……?」
斎藤が言葉をかける。隣の川崎は、腕を組んだまま、微動だにしない。
「……はい。警察の方にもお話ししましたが……あの日、俺は……夕方6時半から8時過ぎまで、緑公園駅前の塾で……授業を受けていました。現代文の夏季特別講座で……」
佐渡はぽつりぽつりと話し始めた。
「授業が終わったのは、8時を少し回ったくらいで……その後、すぐに、まっすぐ家に帰りました」
アリバイは明確で、証人も複数いる。この点については、警察も既に確認済みだろう。しかし、高梨はそこからさらに一歩踏み込んだ。
「その塾の時間帯ですが、例えば、授業を一時的に抜け出す、あるいは予定より早く切り上げて学校に戻るようなことは、物理的に不可能だったと断言できますか?」
佐渡は僅かに顔を上げた。
「いえ……途中入退室は……認められていなかったはずです。それに……そんなこと、する理由もありませんし……」
「理由の有無ではなく、可能性についてお聞きしています」
高梨は冷静に、しかし厳しく切り返す。佐渡は言葉に詰まった。斎藤が心配そうに佐渡と高梨を交互に見ている。第一発見者という立場、そしてこの精神的な不安定さは、依然として彼への疑念を完全に拭い去るには至らない。
高梨はそれ以上追及せず、斎藤に目配せして話題を変えさせた。
「あ、あの、佐渡先輩! 藤沢くんのことについて聞かせてほしいんですけど、先輩にとって、藤沢くんはどんな後輩でしたか?」
斎藤が少し慌てたように、しかし明るい声で尋ねた。
その問いに、佐渡の目に再び悲しみの色が濃く浮かんだ。
「藤沢は……良い後輩でした。真面目で、熱心で……。あいつ、高校から剣道を始めたんです。最初は、正直、見ていられないくらいで……でも、本当に努力家で、最近はかなり力をつけてきていました。もちろん、俺や堺にはまだまだ及びませんが、2年の中では……確かに、抜きん出た存在になっていましたね」
彼は言葉を選びながら、藤沢への想いを語る。
「あいつは、剣道だけじゃなくて、勉強もできたし、クラスでも……それなりに、上手くやっていたと聞いています。他の部活の奴らとも、普通に話していたみたいですし……」
佐渡の言葉には、藤沢への一定の評価と、先輩としての愛情が感じられる。藤沢のことを本当に大切に思っていたのだろう。
「今年のチームのレギュラーに彼が選ばれた時、彼はどのような様子でしたか?」
高梨が再び口を開く。
「本当に、嬉しそうでした。『佐渡先輩、俺、絶対全国で勝ちますから! 足引っ張りませんから!』って……何度も、何度もそう言って……。俺も、あいつが入ることで、チームに新しい風が吹くことは……期待していました。赤羽先輩たちが成し遂げた県大会優勝……その先、全国の舞台を目指せるかもしれないと……本気で。……だから……」
佐渡の声が震え、言葉が途切れる。
「だから……あの朝、教官室で……あんな姿のあいつを見た時……頭が、真っ白になって……。何が起きたのか、全然分からなくて……」
発見時のショックが生々しく蘇ってきたのだろう。佐渡は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「……辛いことを思い出させて申し訳ありません。少し、休憩なさいますか?」
高梨の声には普段には珍しく配慮が感じられた。斎藤も「先輩……」と声をかける。佐渡はゆっくりと首を横に振った。
「いえ……大丈夫です。……続けてください」
「承知しました。……少し視点を変えます。藤沢さんは、部内でどなたと特に親しかったですか? あるいは、逆に、特定の部員とうまくいっていないような様子はありましたでしょうか?」
「やはり、同じ2年の……鶴岡と、よく一緒にいたと思います。実力的には、まだ鶴岡の方が一枚上手でしたが、藤沢も最近急激に伸びてきていましたから、お互いライバルとして、かなり強く意識し合っていたんじゃないかと……。ただ、それが険悪な仲だったかと言われると……むしろ、良い緊張感の中で、互いを高め合っているように、俺には見えましたが……」
佐渡は一度呼吸を整えてから、続けた。
「上尾とは……あいつ、少し……部に馴染めていないところがあって……。俺が、何度か声をかけて、練習に誘ったりはしていました。藤沢も、上尾のことを気にかけていないわけではなかったと思いますが……上尾自身が、少し壁を作っていたような……そんな印象です」
「あなたご自身は、彼との関係で何か悩んだり、難しいと感じたりしたことはありましたか?」
高梨の質問は、核心に近づこうとしている。
「俺、ですか……? 部長として、あいつの力をどうチームに組み込み、勝利に導くか……それは、常に考えていました。あいつの存在は、チームにとって……間違いなく起爆剤になっていました。……ただ……時々、あいつの……あまりにも真っ直ぐすぎる視線が……少し、プレッシャーに感じることも……ありましたね。俺が、このチームを本当に全国に導けるのかって……自問することは、正直、ありました」
聞き取りが始まってから約30分。高梨は彼の様子を考慮して、ここで切り上げることを提案した。佐渡は一旦部屋を出て行った。
部屋に残された私たちは、顔を見合わせた。
「……どう思う?」
私が小声で切り出す。
「アリバイ自体は強固ですが、高梨さんの指摘通り、塾の時間帯と犯行推定時刻を厳密に照らし合わせる必要はあります。藤沢くんへの感情は、やはり複雑なものが感じられました。『真っ直ぐすぎる視線がプレッシャーに』か……。部長としての重圧は相当なものだったでしょうね」
松戸が冷静に分析する。
「藤沢の実力を認めつつも、どこかでその急成長に脅威を感じていた……そんな可能性も否定できないですね」
三鷹がメモを取りながら呟く。
最初の証言者である佐渡。彼の言葉からは、藤沢への深い悲しみと、部長としての苦悩が滲み出ていた。しかし、その裏に隠された複雑な感情、そしてわずかなアリバイの隙間。彼を容疑者リストから完全に外すことは、まだできない。
次に多目的室に呼ばれたのは、3年生の葉山だった。彼は、どこか面倒くさそうな、気だるげな態度で椅子に浅く腰掛け、高梨と斎藤を見た。
【葉山(3年)】
「葉山くん、ご協力ありがとうございます。事件当日のことについて教えていただけますか。あなたは確か、茅ヶ崎さんと一緒に学校に残って勉強していたと伺っていますが」
高梨が問いかけると、葉山はどこか落ち着かない様子で頷いた。
「……はい。あいつ……藤沢があんなことになるなんて、まだ全然、実感なくて……。本当に、ムカつくっていうか……なんでだよって感じです。当日は、茅ヶ崎とか、クラスのやつらと……6階の教室でテスト勉強してました。あいつも、いつもなら一緒に残ってやる仲間なんですけど……あの日は、確か……7時半は過ぎてたと思います。学校を出たのは、茅ヶ崎と一緒です」
ぶっきらぼうな言葉遣いだが、その奥には藤沢を失ったことへの動揺と悲しみが隠されているように感じられる。努めて普段通りに振る舞おうとしているのかもしれない。
「その時間まで、ずっと教室にいたのですか? 例えば、飲み物を買いに行ったり、お手洗いに行ったりなどで、教室を離れた時間はありましたか?」
高梨の質問に、葉山は少し眉を寄せ、記憶を辿るように視線を宙に泳がせた。
「いや……ずっと教室にいたと思います。テストが近いので集中してて、あんまり覚えてないんですけど。茅ヶ崎はずっと一緒でした」
アリバイの証人として茅ヶ崎の名前を挙げたが、自身の行動についてはやや曖昧な部分もある。
「藤沢くんとは特に仲が良かったと聞いていますが、最近の彼について何か気づいたことはありましたか? 何か変わった様子はありませんでしたか?」
高梨が尋ねる。剣道部員は総勢14名。学年を問わず日常的に交流があったと聞く。
「変わったこと……別に、いつも通りだったと思いますけど……。あいつ、本当に馬鹿みたいに真面目で、レギュラーになってからも、アホみたいに練習してました。俺らが『少しはサボれよ』って言っても、『いや、葉山先輩みたいに上手くなりたいんで』とか言って、全然聞かないんですよ。……でも、ここ最近は、少し……なんていうか、顔色悪かったかも。無理してんじゃねえのって、茅ヶ崎とは話してました。聞いても、いつもの調子で『大丈夫っすよ!』とか言うんですけど……なんか、こう……一人で抱え込んでる感じは、ありましたね」
「今年のチームのレギュラーに彼が選ばれたことについては、どう思われましたか?」
高梨が尋ねると、葉山は少し拗ねたような、それでいて寂しそうな表情を見せた。
「……そりゃ、あいつ、めちゃくちゃ喜んでましたよ。俺も、まあ、あいつならやるだろうなって思ってましたし……。チームに新しい奴が入るのも、悪くねえなって。あいつが入って、なんかこう、部の雰囲気が変わったのも、まあ、あったし。……だから……なんであいつなんだよって……マジで、意味わかんないです」
言葉が途切れ、葉山は唇をぎゅっと結んだ。
「藤沢さん個人に対して、何か特別な思い出はありますか?」
「思い出……別に、毎日が普通に楽しかったんで、特にこれっていうのは……。あいつ、結構、俺とか茅ヶ崎に懐いてて。剣道のことだけじゃなくて、勉強のこととか、マジでくだらない話とかも、よくしてました。俺らも、まあ、暇つぶしに付き合ってやってた感じですけど……。あいつが悩んでる時に、もっとちゃんと聞いてやればよかったとか……そういうのは、思いますけどね」
葉山は、藤沢との日常を思い出すように、少し遠い目をした。
「最後に一つだけ。あなたは、事件当日、藤沢さんと直接会ったり、話したりはしましたか?」
高梨の問いに、葉山は一瞬、何かを思い出すように視線を彷徨わせた後に答えた。
「……いや、会ってないっすね。あいつ、自主練してたって聞きましたけど……俺らはテスト勉強でそれどころじゃなかったんで」
葉山の聞き取りは、彼の精神状態を考慮し、比較的短時間で終了した。彼の証言からは、藤沢へのぶっきらぼうながらも深い友情と、事件への強い憤りや悲しみが感じられた。
葉山が退室し、次に茅ヶ崎が呼ばれるまでの短い間、私は松戸と小声で言葉を交わした。
「葉山の話、どう思う?」
「藤沢くんへの深い悲しみと、やり場のない怒りは本物でしょう。アリバイの証明は、やはり茅ヶ崎くんの証言が鍵になります」
続いて多目的室に入ってきたのは、葉山と同じく3年生の茅ヶ崎だった。彼は、葉山とは異なり、落ち着いた様子で椅子に座った。
【茅ヶ崎(3年)】
「茅ヶ崎くん、お時間いただきありがとうございます。事件当日のことについて、あなたの記憶をお聞かせいただけますか。葉山さんと一緒にいらしたということですが」
高梨が切り出すと、茅ヶ崎は静かに、しかしはっきりとした口調で話し始めた。
「はい。藤沢がこのようなことになるとは、今でも信じ難い気持ちです。当日は、葉山と同じ教室で、期末テストの勉強をしていました。我々の他に、クラスメイトが4人いたと記憶しています。演劇部の熊谷さんと香取さん、それと弓道部の鹿沼くんと狛江くんです。葉山は一度、気分転換か何かでトイレに立ったのは覚えています。私は、基本的にずっと席にいました。それは間違いありません」
葉山の証言よりも具体的なクラスメイトの名前を挙げ、葉山の様子についてもより詳細に語った。
「学校を出たのは、葉山さんと一緒でしたか?」
「はい。葉山と一緒に教室を出て、そのまま一緒に下校しました。7時45分頃だったと記憶しています。帰り際に、職員室の明かりがまだ点いていたことも覚えています」
帰り際の状況についても、比較的鮮明に記憶しているようだ。葉山と一緒に下校したという点は、これで確定的と見ていいだろう。防犯カメラの映像とも一致する。
「藤沢くんとは、どのようなご関係でしたか?」
高梨が尋ねる。
「藤沢は…… 私にとって本当に大切な後輩でした。彼のひたむきさ、明るさ……我々3年生にとっても、非常に良い影響を与えてくれる存在でした。単なる部活の後輩というだけでなく、年の離れた弟のような…… そんな感覚でした。よく三人で他愛のない話もしましたし、剣道の技術的な相談や、学業の悩みについても、真摯に耳を傾けていたつもりです」
言葉の端々に藤沢への温かい想いが滲んでいる。
「今年のチームのレギュラーに彼が選ばれたことについては、どう思われましたか?」
高梨の問いに、茅ヶ崎は僅かに表情を曇らせ、言葉を選びながら答えた。
「彼の努力が実を結んだのだと、心から喜ばしく思いました。佐渡や多部先生の期待も大きかったでしょうし、私自身も、彼ならばチームに新たな力をもたらしてくれると期待していました。ただ、その一方で、彼が背負うプレッシャーの大きさも理解していました。3年生に混じって唯一の2年生ですから。葉山とも、彼が過度に気負ってしまわないよう、我々が精神的な支えにならなければと話しておりました。それだけに……このような結果になってしまったことが、残念でなりません」
藤沢の実力を認め、レギュラー選抜にも理解を示しているようだ。
「藤沢さんのことで、何か特に印象に残っていることはありますか?」
「……彼は、本当に……素晴らしい人間でした。ですがここ最近、些か……無理を重ねているように見受けられる時がありました。少し前に駅で偶然会った際、彼が珍しく疲労の色を濃く浮かべていたので、声をかけたのです。すると、『最近、色々と大変で』と、弱音を吐露したのです。常日頃、弱音など決して口にしない彼でしたから、内心、相当に追い詰められているのだろうと感じました。その時は深く事情を聴くことができませんでしたが、今となっては、何か大きな苦悩を抱えていたのではないかと……。私がもっと真摯に彼の言葉に耳を傾けていれば……と、悔やまれてなりません」
これは葉山の証言とも一致する重要な情報だ。「色々大変で」。それが単なる勉強や部活の多忙さを指すのか、それとももっと深刻な何かを抱えていたのか。藤沢が何か個人的な悩みを抱えていたとしたら、それが事件の引き金になった可能性も考えられる。茅ヶ崎の口調からは、友人を救えなかったことへの深い後悔が感じられた。
「最後に一つだけ、よろしいでしょうか。あなたは、事件当日、藤沢さんと直接会ったり、言葉を交わしたりする機会はありましたか?」
高梨が尋ねると、茅ヶ崎は静かに首を横に振った。
「……いいえ。残念ながら、あの日、彼と顔を合わせることはありませんでした。彼が自主練習をしていたことは後から知りましたが……。もし、会う機会があったなら……何か、変わっていたのかもしれないと……そう思わずにはいられません」
茅ヶ崎の聞き取りも、葉山とほぼ同じくらいの時間で終了した。彼の証言は、葉山のそれよりも具体的で、記憶も比較的はっきりしているように感じられた。そして、藤沢への深い友情と、彼を失ったことへの痛切な悲しみ、そして後悔の念が、落ち着いた言葉の奥から強く伝わってきた。
次に呼ばれるのは、鶴岡だ。やがて、生徒会役員に促され、鶴岡が多目的室に入ってきた。
松戸の言う通り、取材という名目で、この事件の関係者と会うのは危険だ。もし、その行動がバレたら、警察と学校側からの圧力で蓋挟みになってしまう。こうなってしまえば、流石の布留川先生でも対処できないだろう。最悪、廃部だ。では、どうしようか……。
「ええ。バレたときのリスクを考えると、迂闊に動けないですね……。今日は剣道部員が3階の多目的室に呼ばれているらしいので、そこに取材しに行きたかったのに……」
!!。三鷹が驚きの情報を口にした。
「三鷹。その情報は初耳なんだが」
「あれ。言っていませんでしたっけ? 生徒会の斎藤さんによると、生徒会が剣道部員を一人ずつ呼び出して、話を聞くそうですよ」
「……なにニヤついてるんですか、部長」
荒川が少し引き気味に言った。
「え。顔に出てたか……」
「どうしたんです? あ、まさか斎藤さんを狙っていたんですか?」
三鷹が茶化す。こうやって、情報を集めているのか、コイツは。油断出来ないな。
「いや、それはない。今、良い案を思いついたんだ」
私はニヤリと口角を上げた。
「良い案、ですか? 」
久留里がこちらを見る。
「ああ。三鷹、確かに生徒会が剣道部員を『個別に』『呼び出して』話を聞くんだな?」
「ええ、間違いありません。アリバイのない6人を中心に、一人ずつ時間をかけて、と。斎藤さんがポロッと」
「……よし」私は頷いた。「だったら、私たちもその場に『見学』させてもらえばいい」
「「「見学?」」」
荒川、久留里、三鷹の声が、驚きとともに部室に響いた。
「そうですか……。『取材』ではなく、あくまで『見学』という体裁を取るわけですね。それなら、万が一の際も言い逃れの余地が……」
さすが松戸、すぐに意図を理解したようだ。彼の冷静な分析力は、こういう時本当に頼りになる。
「そういうことだ。生徒会が主体となって聞き取りを行い、私たちは部屋の隅でその様子を静かに観察する。これなら、警察や学校に咎められたとしても、『たまたま生徒会の活動を見学していただけだ』と主張できるかもしれん」
「なるほど! さすが部長!」
久留里が感心したように目を輝かせる。
「でも、そんなこと、生徒会が許可するんですか? あの川崎会長が、すんなりOK出すとは思えませんけど……」
荒川が、もっともな疑問を口にする。
「そこは、私の交渉次第だ。会長のことだ。何かメリットを感じれば、あるいは単なる気まぐれで許可する可能性は高い」
そうして、私は川崎のもとへ向かった。結果から言えば、交渉は成功した。一筋縄ではいかなかったが、最終的にはこちらの提案を呑ませることができた。
「……というわけで、会長から条件付きで許可が出た。『聞き取りの邪魔は絶対にしないこと。発言も厳禁だ』だとさ」
部室に戻り、経緯を説明すると、三鷹が興奮したように言った。
「やりましたね、部長! これで堂々と情報収集ができますよ!」
「ああ。だが、あくまで『見学』だということを忘れるな。下手に動けば、今度こそ終わりだ」
私は釘を刺し、部員たちと共に3階の多目的室へと向かった。
「うわ、なんかすごい雰囲気ですね……」
多目的室に入ると、荒川が小声で呟いた。部屋の中央には、聴取用と思われるパイプ椅子が一つポツンと置かれ、その向かいには生徒会のメンバーが座る長机。そして、部屋の隅には、ご丁寧に俺たち新聞部用の長机と数脚の椅子まで用意されていた。
「これから、この場所で、事件の鍵を握る剣道部員たちの証言が、一人ずつ、個別に語られることになりますね。一言も聞き逃せません」
「ああ。ボイスレコーダーを起動することは忘れずに。どんな些細なことでも聞き逃さないように心掛けろ」
私たちは隅の席に着き、ペンを握りしめた。やがて、生徒会役員に案内され、最初の剣道部員が部屋に入ってきた。緊張した面持ちで中央の椅子に腰掛けたのは、剣道部部長の佐渡だった。
【佐渡(部長・3年)】
「佐渡くん。本日はお越しいただきありがとうございます。早速ですが、ご協力をお願いします」
高梨が、落ち着いた口調で切り出す。佐渡は小さく頷いた。顔色は依然として優れない。
「気分が悪くなれば、遠慮なく申し出てください。……まずは、改めて事件当日のことから伺ってもよろしいでしょうか。警察の事情聴取とも重複する点は承知していますが、私たちも直接、あなたの言葉でお聞きしたいのです」
「佐渡先輩、無理しないでくださいね……?」
斎藤が言葉をかける。隣の川崎は、腕を組んだまま、微動だにしない。
「……はい。警察の方にもお話ししましたが……あの日、俺は……夕方6時半から8時過ぎまで、緑公園駅前の塾で……授業を受けていました。現代文の夏季特別講座で……」
佐渡はぽつりぽつりと話し始めた。
「授業が終わったのは、8時を少し回ったくらいで……その後、すぐに、まっすぐ家に帰りました」
アリバイは明確で、証人も複数いる。この点については、警察も既に確認済みだろう。しかし、高梨はそこからさらに一歩踏み込んだ。
「その塾の時間帯ですが、例えば、授業を一時的に抜け出す、あるいは予定より早く切り上げて学校に戻るようなことは、物理的に不可能だったと断言できますか?」
佐渡は僅かに顔を上げた。
「いえ……途中入退室は……認められていなかったはずです。それに……そんなこと、する理由もありませんし……」
「理由の有無ではなく、可能性についてお聞きしています」
高梨は冷静に、しかし厳しく切り返す。佐渡は言葉に詰まった。斎藤が心配そうに佐渡と高梨を交互に見ている。第一発見者という立場、そしてこの精神的な不安定さは、依然として彼への疑念を完全に拭い去るには至らない。
高梨はそれ以上追及せず、斎藤に目配せして話題を変えさせた。
「あ、あの、佐渡先輩! 藤沢くんのことについて聞かせてほしいんですけど、先輩にとって、藤沢くんはどんな後輩でしたか?」
斎藤が少し慌てたように、しかし明るい声で尋ねた。
その問いに、佐渡の目に再び悲しみの色が濃く浮かんだ。
「藤沢は……良い後輩でした。真面目で、熱心で……。あいつ、高校から剣道を始めたんです。最初は、正直、見ていられないくらいで……でも、本当に努力家で、最近はかなり力をつけてきていました。もちろん、俺や堺にはまだまだ及びませんが、2年の中では……確かに、抜きん出た存在になっていましたね」
彼は言葉を選びながら、藤沢への想いを語る。
「あいつは、剣道だけじゃなくて、勉強もできたし、クラスでも……それなりに、上手くやっていたと聞いています。他の部活の奴らとも、普通に話していたみたいですし……」
佐渡の言葉には、藤沢への一定の評価と、先輩としての愛情が感じられる。藤沢のことを本当に大切に思っていたのだろう。
「今年のチームのレギュラーに彼が選ばれた時、彼はどのような様子でしたか?」
高梨が再び口を開く。
「本当に、嬉しそうでした。『佐渡先輩、俺、絶対全国で勝ちますから! 足引っ張りませんから!』って……何度も、何度もそう言って……。俺も、あいつが入ることで、チームに新しい風が吹くことは……期待していました。赤羽先輩たちが成し遂げた県大会優勝……その先、全国の舞台を目指せるかもしれないと……本気で。……だから……」
佐渡の声が震え、言葉が途切れる。
「だから……あの朝、教官室で……あんな姿のあいつを見た時……頭が、真っ白になって……。何が起きたのか、全然分からなくて……」
発見時のショックが生々しく蘇ってきたのだろう。佐渡は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「……辛いことを思い出させて申し訳ありません。少し、休憩なさいますか?」
高梨の声には普段には珍しく配慮が感じられた。斎藤も「先輩……」と声をかける。佐渡はゆっくりと首を横に振った。
「いえ……大丈夫です。……続けてください」
「承知しました。……少し視点を変えます。藤沢さんは、部内でどなたと特に親しかったですか? あるいは、逆に、特定の部員とうまくいっていないような様子はありましたでしょうか?」
「やはり、同じ2年の……鶴岡と、よく一緒にいたと思います。実力的には、まだ鶴岡の方が一枚上手でしたが、藤沢も最近急激に伸びてきていましたから、お互いライバルとして、かなり強く意識し合っていたんじゃないかと……。ただ、それが険悪な仲だったかと言われると……むしろ、良い緊張感の中で、互いを高め合っているように、俺には見えましたが……」
佐渡は一度呼吸を整えてから、続けた。
「上尾とは……あいつ、少し……部に馴染めていないところがあって……。俺が、何度か声をかけて、練習に誘ったりはしていました。藤沢も、上尾のことを気にかけていないわけではなかったと思いますが……上尾自身が、少し壁を作っていたような……そんな印象です」
「あなたご自身は、彼との関係で何か悩んだり、難しいと感じたりしたことはありましたか?」
高梨の質問は、核心に近づこうとしている。
「俺、ですか……? 部長として、あいつの力をどうチームに組み込み、勝利に導くか……それは、常に考えていました。あいつの存在は、チームにとって……間違いなく起爆剤になっていました。……ただ……時々、あいつの……あまりにも真っ直ぐすぎる視線が……少し、プレッシャーに感じることも……ありましたね。俺が、このチームを本当に全国に導けるのかって……自問することは、正直、ありました」
聞き取りが始まってから約30分。高梨は彼の様子を考慮して、ここで切り上げることを提案した。佐渡は一旦部屋を出て行った。
部屋に残された私たちは、顔を見合わせた。
「……どう思う?」
私が小声で切り出す。
「アリバイ自体は強固ですが、高梨さんの指摘通り、塾の時間帯と犯行推定時刻を厳密に照らし合わせる必要はあります。藤沢くんへの感情は、やはり複雑なものが感じられました。『真っ直ぐすぎる視線がプレッシャーに』か……。部長としての重圧は相当なものだったでしょうね」
松戸が冷静に分析する。
「藤沢の実力を認めつつも、どこかでその急成長に脅威を感じていた……そんな可能性も否定できないですね」
三鷹がメモを取りながら呟く。
最初の証言者である佐渡。彼の言葉からは、藤沢への深い悲しみと、部長としての苦悩が滲み出ていた。しかし、その裏に隠された複雑な感情、そしてわずかなアリバイの隙間。彼を容疑者リストから完全に外すことは、まだできない。
次に多目的室に呼ばれたのは、3年生の葉山だった。彼は、どこか面倒くさそうな、気だるげな態度で椅子に浅く腰掛け、高梨と斎藤を見た。
【葉山(3年)】
「葉山くん、ご協力ありがとうございます。事件当日のことについて教えていただけますか。あなたは確か、茅ヶ崎さんと一緒に学校に残って勉強していたと伺っていますが」
高梨が問いかけると、葉山はどこか落ち着かない様子で頷いた。
「……はい。あいつ……藤沢があんなことになるなんて、まだ全然、実感なくて……。本当に、ムカつくっていうか……なんでだよって感じです。当日は、茅ヶ崎とか、クラスのやつらと……6階の教室でテスト勉強してました。あいつも、いつもなら一緒に残ってやる仲間なんですけど……あの日は、確か……7時半は過ぎてたと思います。学校を出たのは、茅ヶ崎と一緒です」
ぶっきらぼうな言葉遣いだが、その奥には藤沢を失ったことへの動揺と悲しみが隠されているように感じられる。努めて普段通りに振る舞おうとしているのかもしれない。
「その時間まで、ずっと教室にいたのですか? 例えば、飲み物を買いに行ったり、お手洗いに行ったりなどで、教室を離れた時間はありましたか?」
高梨の質問に、葉山は少し眉を寄せ、記憶を辿るように視線を宙に泳がせた。
「いや……ずっと教室にいたと思います。テストが近いので集中してて、あんまり覚えてないんですけど。茅ヶ崎はずっと一緒でした」
アリバイの証人として茅ヶ崎の名前を挙げたが、自身の行動についてはやや曖昧な部分もある。
「藤沢くんとは特に仲が良かったと聞いていますが、最近の彼について何か気づいたことはありましたか? 何か変わった様子はありませんでしたか?」
高梨が尋ねる。剣道部員は総勢14名。学年を問わず日常的に交流があったと聞く。
「変わったこと……別に、いつも通りだったと思いますけど……。あいつ、本当に馬鹿みたいに真面目で、レギュラーになってからも、アホみたいに練習してました。俺らが『少しはサボれよ』って言っても、『いや、葉山先輩みたいに上手くなりたいんで』とか言って、全然聞かないんですよ。……でも、ここ最近は、少し……なんていうか、顔色悪かったかも。無理してんじゃねえのって、茅ヶ崎とは話してました。聞いても、いつもの調子で『大丈夫っすよ!』とか言うんですけど……なんか、こう……一人で抱え込んでる感じは、ありましたね」
「今年のチームのレギュラーに彼が選ばれたことについては、どう思われましたか?」
高梨が尋ねると、葉山は少し拗ねたような、それでいて寂しそうな表情を見せた。
「……そりゃ、あいつ、めちゃくちゃ喜んでましたよ。俺も、まあ、あいつならやるだろうなって思ってましたし……。チームに新しい奴が入るのも、悪くねえなって。あいつが入って、なんかこう、部の雰囲気が変わったのも、まあ、あったし。……だから……なんであいつなんだよって……マジで、意味わかんないです」
言葉が途切れ、葉山は唇をぎゅっと結んだ。
「藤沢さん個人に対して、何か特別な思い出はありますか?」
「思い出……別に、毎日が普通に楽しかったんで、特にこれっていうのは……。あいつ、結構、俺とか茅ヶ崎に懐いてて。剣道のことだけじゃなくて、勉強のこととか、マジでくだらない話とかも、よくしてました。俺らも、まあ、暇つぶしに付き合ってやってた感じですけど……。あいつが悩んでる時に、もっとちゃんと聞いてやればよかったとか……そういうのは、思いますけどね」
葉山は、藤沢との日常を思い出すように、少し遠い目をした。
「最後に一つだけ。あなたは、事件当日、藤沢さんと直接会ったり、話したりはしましたか?」
高梨の問いに、葉山は一瞬、何かを思い出すように視線を彷徨わせた後に答えた。
「……いや、会ってないっすね。あいつ、自主練してたって聞きましたけど……俺らはテスト勉強でそれどころじゃなかったんで」
葉山の聞き取りは、彼の精神状態を考慮し、比較的短時間で終了した。彼の証言からは、藤沢へのぶっきらぼうながらも深い友情と、事件への強い憤りや悲しみが感じられた。
葉山が退室し、次に茅ヶ崎が呼ばれるまでの短い間、私は松戸と小声で言葉を交わした。
「葉山の話、どう思う?」
「藤沢くんへの深い悲しみと、やり場のない怒りは本物でしょう。アリバイの証明は、やはり茅ヶ崎くんの証言が鍵になります」
続いて多目的室に入ってきたのは、葉山と同じく3年生の茅ヶ崎だった。彼は、葉山とは異なり、落ち着いた様子で椅子に座った。
【茅ヶ崎(3年)】
「茅ヶ崎くん、お時間いただきありがとうございます。事件当日のことについて、あなたの記憶をお聞かせいただけますか。葉山さんと一緒にいらしたということですが」
高梨が切り出すと、茅ヶ崎は静かに、しかしはっきりとした口調で話し始めた。
「はい。藤沢がこのようなことになるとは、今でも信じ難い気持ちです。当日は、葉山と同じ教室で、期末テストの勉強をしていました。我々の他に、クラスメイトが4人いたと記憶しています。演劇部の熊谷さんと香取さん、それと弓道部の鹿沼くんと狛江くんです。葉山は一度、気分転換か何かでトイレに立ったのは覚えています。私は、基本的にずっと席にいました。それは間違いありません」
葉山の証言よりも具体的なクラスメイトの名前を挙げ、葉山の様子についてもより詳細に語った。
「学校を出たのは、葉山さんと一緒でしたか?」
「はい。葉山と一緒に教室を出て、そのまま一緒に下校しました。7時45分頃だったと記憶しています。帰り際に、職員室の明かりがまだ点いていたことも覚えています」
帰り際の状況についても、比較的鮮明に記憶しているようだ。葉山と一緒に下校したという点は、これで確定的と見ていいだろう。防犯カメラの映像とも一致する。
「藤沢くんとは、どのようなご関係でしたか?」
高梨が尋ねる。
「藤沢は…… 私にとって本当に大切な後輩でした。彼のひたむきさ、明るさ……我々3年生にとっても、非常に良い影響を与えてくれる存在でした。単なる部活の後輩というだけでなく、年の離れた弟のような…… そんな感覚でした。よく三人で他愛のない話もしましたし、剣道の技術的な相談や、学業の悩みについても、真摯に耳を傾けていたつもりです」
言葉の端々に藤沢への温かい想いが滲んでいる。
「今年のチームのレギュラーに彼が選ばれたことについては、どう思われましたか?」
高梨の問いに、茅ヶ崎は僅かに表情を曇らせ、言葉を選びながら答えた。
「彼の努力が実を結んだのだと、心から喜ばしく思いました。佐渡や多部先生の期待も大きかったでしょうし、私自身も、彼ならばチームに新たな力をもたらしてくれると期待していました。ただ、その一方で、彼が背負うプレッシャーの大きさも理解していました。3年生に混じって唯一の2年生ですから。葉山とも、彼が過度に気負ってしまわないよう、我々が精神的な支えにならなければと話しておりました。それだけに……このような結果になってしまったことが、残念でなりません」
藤沢の実力を認め、レギュラー選抜にも理解を示しているようだ。
「藤沢さんのことで、何か特に印象に残っていることはありますか?」
「……彼は、本当に……素晴らしい人間でした。ですがここ最近、些か……無理を重ねているように見受けられる時がありました。少し前に駅で偶然会った際、彼が珍しく疲労の色を濃く浮かべていたので、声をかけたのです。すると、『最近、色々と大変で』と、弱音を吐露したのです。常日頃、弱音など決して口にしない彼でしたから、内心、相当に追い詰められているのだろうと感じました。その時は深く事情を聴くことができませんでしたが、今となっては、何か大きな苦悩を抱えていたのではないかと……。私がもっと真摯に彼の言葉に耳を傾けていれば……と、悔やまれてなりません」
これは葉山の証言とも一致する重要な情報だ。「色々大変で」。それが単なる勉強や部活の多忙さを指すのか、それとももっと深刻な何かを抱えていたのか。藤沢が何か個人的な悩みを抱えていたとしたら、それが事件の引き金になった可能性も考えられる。茅ヶ崎の口調からは、友人を救えなかったことへの深い後悔が感じられた。
「最後に一つだけ、よろしいでしょうか。あなたは、事件当日、藤沢さんと直接会ったり、言葉を交わしたりする機会はありましたか?」
高梨が尋ねると、茅ヶ崎は静かに首を横に振った。
「……いいえ。残念ながら、あの日、彼と顔を合わせることはありませんでした。彼が自主練習をしていたことは後から知りましたが……。もし、会う機会があったなら……何か、変わっていたのかもしれないと……そう思わずにはいられません」
茅ヶ崎の聞き取りも、葉山とほぼ同じくらいの時間で終了した。彼の証言は、葉山のそれよりも具体的で、記憶も比較的はっきりしているように感じられた。そして、藤沢への深い友情と、彼を失ったことへの痛切な悲しみ、そして後悔の念が、落ち着いた言葉の奥から強く伝わってきた。
次に呼ばれるのは、鶴岡だ。やがて、生徒会役員に促され、鶴岡が多目的室に入ってきた。
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