レーヴ ~小さなカフェが紡ぐ再会の物語~

Arrow

文字の大きさ
1 / 7

第一話 出会いのカフェ

しおりを挟む
雨が降り始めたのは、会社を出た直後だった。菜々はカバンの中を探ったが、折りたたみ傘を持ち忘れたことに気づく。空を仰いで苦笑すると、小走りで近くの建物の軒下へと駆け込んだ。

「なんで今日に限って……」

ため息をつきながら辺りを見渡すと、通りの奥に暖かい光が漏れる小さな店が見えた。雨に煙るガラス窓の向こうには、コーヒーカップを片手にした人々の姿が見える。カフェらしい。菜々は濡れた髪を払いながら、光に引き寄せられるようにその店へ足を向けた。

店のドアを押すと、小さなベルが澄んだ音を立てた。

「いらっしゃいませ。」

低く落ち着いた声が耳に飛び込んできた瞬間、菜々の心臓が跳ね上がった。その声は聞き覚えがありすぎた。

カウンターの奥で、エプロンをつけた青年が顔を上げる。整った横顔、漆黒の髪、長い指先でカップを拭くその姿を見た瞬間、菜々は言葉を失った。

(嘘……悠真くん?)

高校時代、菜々が三年間片想いしていた相手。

「お一人様ですか?」

悠真は視線を投げたが、目に宿る冷たさに菜々は一瞬たじろいだ。高校の頃の柔らかな雰囲気とは違う。彼の中にあった親しみやすさは影を潜め、どこか距離を感じさせる表情だった。

「えっと、はい。一人です。」

声を震わせないよう気をつけながら答えると、悠真は無言でカウンター席のメニューを指差した。

「どうぞ、メニューを。」

それだけを言い残し、彼はカウンターの奥に引っ込んでいった。

カフェの中は意外にも居心地がよかった。淡い間接照明に、壁を飾るアンティークの時計や絵画。何よりも、静かに流れるピアノジャズの音色が、心を落ち着かせてくれる。

菜々はカウンター席に座り、メニューを手に取った。だが、頭の中は悠真のことでいっぱいだった。

(どうしてこんなところに? それに、なんだか全然違う……)

彼女が知っていた悠真は、サッカー部のエースで明るく、皆の人気者だった。特に女の子には絶大な支持を集めていて、菜々自身もその魅力に惹かれた一人だった。しかし、目の前にいる彼は、まるで別人のように静かで、心を閉ざしているように見えた。

「ご注文は?」

悠真が突然声をかけてきた。彼の無表情な顔が目の前にあることに気づき、菜々は慌ててメニューを開いた。

「あ、えっと、カフェラテをお願いします。」

悠真は軽く頷くと、カウンターの奥で作業を始めた。カップを置く音、ミルクを注ぐ音……その一つ一つが不思議と耳に心地よい。

「……どうぞ。」

差し出されたカフェラテの表面には、美しいハートのラテアートが描かれていた。思わず声が漏れる。

「きれい……」

悠真は何も答えず、すぐにカウンターの向こうへと戻っていった。その冷たい態度に少し傷つきながらも、菜々はそっとカップを手に取り、一口飲む。

(美味しい……こんなに美味しいコーヒー、初めて。)

その瞬間、彼女の中で何かが変わった。このカフェ「レーヴ」には、悠真だけでなく、彼の心が込められているように感じたのだ。

菜々は静かにカフェラテを飲みながら、悠真を横目で見た。

(また来よう。この人がどんなふうに変わったのか、知りたい。)

この思いが、二人の物語を動かし始める。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

処理中です...