レーヴ ～小さなカフェが紡ぐ再会の物語～

第二話 距離を測る視線

菜々が再び「レーヴ」を訪れたのは、その週の金曜日だった。あの雨の日から3日が過ぎ、仕事に追われていたはずなのに、ふと気づくと心がカフェへと向かっていた。

「いらっしゃいませ。」

ドアのベルの音とともに聞こえる低い声。その瞬間、菜々の胸が高鳴る。

カウンターでカップを磨くあの横顔。名前を呼びたい気持ちをぐっと抑えながら、菜々は空いている席にそっと腰を下ろした。

（やっぱり悠真くんだよね。どうしてこんなところにいるの？）

雨の日に初めてここに入ったときは驚きのあまり声をかけられなかったが、今日こそ確認したいという気持ちが芽生えていた。

「今日は何にしますか？」

菜々が視線をさまよわせていると、悠真がテーブルの横に立っていた。声を掛けられた瞬間、菜々は焦りを隠しながら答える。

「あ、えっと……カプチーノをお願いします。」

彼は軽く頷くと、無言でカウンターに戻っていった。その背中を見送りながら、菜々は胸の中で小さく呟いた。

（間違いない、高校時代の悠真くんだ。……でも、あの頃の彼とは全然違う。どうしてこんなに冷たいの？）

菜々が知っていた悠真は、明るくて人気者だった。女子からも男子からも好かれるタイプで、クラスの中心にいた存在だ。菜々は当時、その魅力に惹かれながらも、遠くから見つめることしかできなかった。

やがて、カウンターからカプチーノが運ばれてきた。泡立ちの良いミルクの上には、繊細な葉のラテアートが描かれている。その美しさに思わず「わぁ」と声を漏らす。

「上手ですね……こういうの、どうやって描くんですか？」

菜々は思い切って話しかけてみた。悠真は一瞬驚いたように眉を上げたが、すぐに無表情に戻り、淡々と答えた。

「慣れです。それだけ。」

「そうなんですね……」

会話がそれ以上続かない空気に、菜々は気まずさを感じた。けれど、立ち去ろうとしない悠真に気づき、意を決してもう一歩踏み込む。

「ねえ、悠真くん……だよね？高校の時、同じクラスだった。」

その言葉に、悠真の表情がわずかに揺れた。

「覚えてる？」

悠真は一瞬、目を伏せた。

「……覚えてる。けど、それがどうした？」

その素っ気ない返答に、菜々の胸がズキリと痛んだ。

カフェを出る前、菜々はもう一度カウンターの彼に声をかけた。

「今日はありがとうございました。カプチーノ、本当に美味しかったです。」

悠真は一瞬目を合わせたが、すぐに視線を外した。

「またどうぞ。」

それだけの言葉が返ってきた。

カフェを出た菜々は、冷たい夜風に髪をなびかせながら思った。

（また来る……悠真くんがどうしてこんなふうに変わったのか、知りたいから。）

そう決意すると、彼女の足は自然と軽くなっていた。