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第六話 余計なことするな
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菜々がカフェを訪れたのは、曇り空の広がる平日の夕方だった。雨が降る前に、と急ぎ足で店に向かう途中、どうしても気になっていたことが頭を巡る。
(悠真くん、一人でこんなに頑張ってるけど……本当に大丈夫なのかな。)
カフェ「レーヴ」に足を運ぶたび、彼が休む姿を見たことがない。カウンターの中で一人で仕込みをし、接客をし、閉店後も片付けをしているはずだ。その働きぶりに感心する反面、どこか無理をしているようにも見えた。
「いらっしゃいませ。」
いつものように悠真が迎える声が響く。菜々は軽く会釈をしながら、カウンター席に座った。
「今日はラテじゃなくて、何か食べたい気分なんです。」
菜々がメニューを眺めながら言うと、悠真が無言で一枚の紙を差し出した。
「今日のフードメニューです。」
手書きのメニューには、シンプルながらもこだわりが感じられる料理の名前が並んでいる。その中で、菜々の目を引いたのは「自家製キッシュ」の文字だった。
「これ、お願いできますか?」
悠真は軽く頷くと、カウンターの奥へと向かった。その背中を見つめながら、菜々の心にはまたあの疑問が浮かんでくる。
(この店、すごく素敵だけど……一人で全部やるのは無理があるよね。)
キッシュが運ばれてきたのは数分後だった。菜々は目の前に置かれた料理を見て思わず声を上げた。
「すごく綺麗!これも悠真くんが作ったの?」
「他に誰がいる。」
悠真は淡々とした口調で答えたが、どこか誇らしげな表情が見えた。
菜々はフォークを手に取り、一口食べる。サクサクの生地とふわっとした卵の層が口の中で溶けていくようだった。
「美味しい……!こんなキッシュ、初めて食べた。」
悠真は短く「ありがとう」とだけ言い、すぐにカウンターの奥に戻った。そのそっけない態度に、菜々は少し笑いながらも心配の気持ちを拭えなかった。
食事を終えた菜々は、ふと店内の隅で何かが目に留まった。カウンターの端に置かれた、小さな帳簿だ。
「……あれって?」
悠真が目線の先に気づき、帳簿をさっと手に取って隠した。
「見なくていい。」
「え、そう言われると余計に気になるんだけど。」
菜々は冗談っぽく笑いながら言ったが、悠真の表情は硬いままだった。
「店の経営のことなら、私にできることがあるかも。手伝わせてよ。」
その言葉に、悠真は鋭い目で菜々を見た。
「余計なことをするな。」
突き放すような言い方に、菜々は息を飲んだ。
「え……。」
「これは俺の店だ。俺がやるべきことだ。他人に頼るつもりはない。」
悠真の声には冷たさだけでなく、何か頑ななものが感じられた。菜々は言い返そうと口を開いたが、彼の表情があまりにも固く、何も言えなくなった。
気まずい沈黙が流れる中、悠真は帳簿をカウンターの引き出しにしまった。そして、短く息をつくと低い声で言った。
「気にするな。ただの意地だ。」
「……悠真くん。」
菜々の胸には、どうしても彼の心に触れたいという気持ちが湧き上がっていた。
「でも、無理しすぎてるように見える。誰かに頼るのも、悪いことじゃないよ。」
その言葉に、悠真は微かに目を伏せたが、すぐに顔を上げて静かに言った。
「俺のことは放っておけ。それが一番いい。」
菜々はそれ以上踏み込めなかった。その冷たい言葉の奥に、何か深い傷が隠されているのが感じられたからだ。
その日の帰り道、菜々の頭には悠真の言葉がぐるぐると渦巻いていた。
(どうして、一人で全部抱え込もうとするんだろう……。)
そして、菜々は改めて思った。
(悠真くんを助けたい。でも、そのためにはもっと彼のことを知らないと。)
その決意が、また次の「レーヴ」への足を自然と向けさせるのだった。
(悠真くん、一人でこんなに頑張ってるけど……本当に大丈夫なのかな。)
カフェ「レーヴ」に足を運ぶたび、彼が休む姿を見たことがない。カウンターの中で一人で仕込みをし、接客をし、閉店後も片付けをしているはずだ。その働きぶりに感心する反面、どこか無理をしているようにも見えた。
「いらっしゃいませ。」
いつものように悠真が迎える声が響く。菜々は軽く会釈をしながら、カウンター席に座った。
「今日はラテじゃなくて、何か食べたい気分なんです。」
菜々がメニューを眺めながら言うと、悠真が無言で一枚の紙を差し出した。
「今日のフードメニューです。」
手書きのメニューには、シンプルながらもこだわりが感じられる料理の名前が並んでいる。その中で、菜々の目を引いたのは「自家製キッシュ」の文字だった。
「これ、お願いできますか?」
悠真は軽く頷くと、カウンターの奥へと向かった。その背中を見つめながら、菜々の心にはまたあの疑問が浮かんでくる。
(この店、すごく素敵だけど……一人で全部やるのは無理があるよね。)
キッシュが運ばれてきたのは数分後だった。菜々は目の前に置かれた料理を見て思わず声を上げた。
「すごく綺麗!これも悠真くんが作ったの?」
「他に誰がいる。」
悠真は淡々とした口調で答えたが、どこか誇らしげな表情が見えた。
菜々はフォークを手に取り、一口食べる。サクサクの生地とふわっとした卵の層が口の中で溶けていくようだった。
「美味しい……!こんなキッシュ、初めて食べた。」
悠真は短く「ありがとう」とだけ言い、すぐにカウンターの奥に戻った。そのそっけない態度に、菜々は少し笑いながらも心配の気持ちを拭えなかった。
食事を終えた菜々は、ふと店内の隅で何かが目に留まった。カウンターの端に置かれた、小さな帳簿だ。
「……あれって?」
悠真が目線の先に気づき、帳簿をさっと手に取って隠した。
「見なくていい。」
「え、そう言われると余計に気になるんだけど。」
菜々は冗談っぽく笑いながら言ったが、悠真の表情は硬いままだった。
「店の経営のことなら、私にできることがあるかも。手伝わせてよ。」
その言葉に、悠真は鋭い目で菜々を見た。
「余計なことをするな。」
突き放すような言い方に、菜々は息を飲んだ。
「え……。」
「これは俺の店だ。俺がやるべきことだ。他人に頼るつもりはない。」
悠真の声には冷たさだけでなく、何か頑ななものが感じられた。菜々は言い返そうと口を開いたが、彼の表情があまりにも固く、何も言えなくなった。
気まずい沈黙が流れる中、悠真は帳簿をカウンターの引き出しにしまった。そして、短く息をつくと低い声で言った。
「気にするな。ただの意地だ。」
「……悠真くん。」
菜々の胸には、どうしても彼の心に触れたいという気持ちが湧き上がっていた。
「でも、無理しすぎてるように見える。誰かに頼るのも、悪いことじゃないよ。」
その言葉に、悠真は微かに目を伏せたが、すぐに顔を上げて静かに言った。
「俺のことは放っておけ。それが一番いい。」
菜々はそれ以上踏み込めなかった。その冷たい言葉の奥に、何か深い傷が隠されているのが感じられたからだ。
その日の帰り道、菜々の頭には悠真の言葉がぐるぐると渦巻いていた。
(どうして、一人で全部抱え込もうとするんだろう……。)
そして、菜々は改めて思った。
(悠真くんを助けたい。でも、そのためにはもっと彼のことを知らないと。)
その決意が、また次の「レーヴ」への足を自然と向けさせるのだった。
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