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第七話 他に誰がいる
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夕方、街並みが夕焼けに染まり始めた頃、菜々はカフェ「レーヴ」の前に立っていた。
「また来ちゃった……。」
自分でも驚くほど頻繁に足を運んでいる。悠真のそっけない態度に傷つくこともあるのに、どうしてもこの場所が頭から離れなかった。
(あの人のこと、もっと知りたいんだよね。)
そう自分に言い聞かせながら、ドアを押した。
「いらっしゃいませ。」
悠真の落ち着いた声が店内に響く。いつもの挨拶を耳にするだけで、菜々の胸が少しだけ弾む。
店内には常連らしき客が数人いるだけで、夕方の静かな時間が流れていた。窓際の席では、先日話しかけてくれた中年女性が夫と一緒にくつろいでいる。
「菜々さん、また来てくれて嬉しいわ。」
彼女が手を振ってくれたので、菜々は軽く会釈して応えた。
「こんにちは。すっかりこのお店が好きになっちゃいました。」
「それは嬉しいことね。この店、居心地がいいでしょう?私たち夫婦も長年通ってるのよ。」
「そうなんですね。」
夫婦の柔らかいやりとりが、店全体を和ませているようだった。菜々はその雰囲気に包まれながら、席に腰を下ろした。
悠真がカウンターから顔を出し、短く声をかけてくる。
「何にする?」
「今日はモカにするね。」
悠真は頷くと、カウンターの奥に消えた。その背中を見送りながら、菜々はぼんやりと店内を眺めた。
窓から差し込む夕日が、古い木製の家具や飾られたアンティークの小物を照らしている。この空間には、どこか懐かしさと落ち着きが同居していた。
(やっぱり、特別な空気があるな……。)
ふと耳を澄ますと、後ろの席で常連客たちが会話をしているのが聞こえてきた。
「悠真くん、本当に頑張りすぎよね。」
「ああ。若いのに、こんな大きなカフェを一人で回してるなんて、すごいことだよ。」
「でも、借金があるんじゃないかって噂よ。お母さんの土地のことでね。」
「え?そうなの?知らなかったわ。」
「私も確かなことはわからないけど、前に彼が少しだけそんな話をしてたのを聞いたことがあるの。」
菜々は思わず振り返りそうになったが、ぐっと堪えた。手元のメニューを見つめながらも、その会話に集中してしまう。
(借金……?悠真くんが?)
「でも、そんな顔してないよね。もっと辛そうにしててもいいくらい。」
「まあ、あの子はそういうのを表に出さないからね。でもきっと、苦しいのよ。」
心臓が早鐘を打つように鳴り、モカの注文が出されるころには、菜々の頭はその話でいっぱいになっていた。
「どうぞ。」
悠真がモカをテーブルに置く。
「ありがとう。」
菜々は慎重に言葉を選びながら、話を切り出す。
「ねえ、このお店って、一人で全部やってるの?」
「他に誰がいる。」
悠真は淡々と答えたが、どこか突き放すような雰囲気があった。
「すごいなあ……。でも、一人でこんなに頑張ってて、大変じゃない?」
「どこだって、大変じゃない店なんてないだろ。」
悠真の言葉はどこかそっけなく、菜々の問いかけを深く追及させないようにしているようだった。
「まあ、そうだけど……バイトとか雇わないの?少しでも手伝ってくれる人がいたら、楽になるんじゃない?」
「必要ない。」
悠真は、それ以上話す気がないことを態度で示した。
静かな沈黙が流れる中、菜々は後ろの常連客たちの会話を思い出し、さらに踏み込んでみようと決意する。
「このカフェって……最初から一人でやってたの?それとも、誰かと一緒だった?」
悠真が一瞬だけ目を伏せたのが見えた。
「一人で始めたよ。」
それだけを言うと、彼はカウンターに戻ってしまった。その背中に声をかけようとしたが、足取りの速さに一瞬躊躇する。
(きっと、借金の話は触れられたくないんだろうな。)
菜々は胸が重たくなるような気持ちを抱えながら、手元のモカを見つめた。
その日の帰り道、菜々は足を止めてカフェの外観を振り返った。
夕闇に浮かぶ「レーヴ」の看板が、ぼんやりと光を放っている。
(悠真くん、一人でこんなに頑張ってるけど……どうして全部自分で抱え込むの?)
彼のそっけない態度の裏には、きっと大きな理由がある。そう確信した菜々は、次こそもっと踏み込むべきだと心に決めた。
(もっと知りたい。この店のことも、悠真くんのことも。)
菜々の胸の中で、悠真への思いと同時に、彼を助けたいという気持ちが膨らんでいった。
「また来ちゃった……。」
自分でも驚くほど頻繁に足を運んでいる。悠真のそっけない態度に傷つくこともあるのに、どうしてもこの場所が頭から離れなかった。
(あの人のこと、もっと知りたいんだよね。)
そう自分に言い聞かせながら、ドアを押した。
「いらっしゃいませ。」
悠真の落ち着いた声が店内に響く。いつもの挨拶を耳にするだけで、菜々の胸が少しだけ弾む。
店内には常連らしき客が数人いるだけで、夕方の静かな時間が流れていた。窓際の席では、先日話しかけてくれた中年女性が夫と一緒にくつろいでいる。
「菜々さん、また来てくれて嬉しいわ。」
彼女が手を振ってくれたので、菜々は軽く会釈して応えた。
「こんにちは。すっかりこのお店が好きになっちゃいました。」
「それは嬉しいことね。この店、居心地がいいでしょう?私たち夫婦も長年通ってるのよ。」
「そうなんですね。」
夫婦の柔らかいやりとりが、店全体を和ませているようだった。菜々はその雰囲気に包まれながら、席に腰を下ろした。
悠真がカウンターから顔を出し、短く声をかけてくる。
「何にする?」
「今日はモカにするね。」
悠真は頷くと、カウンターの奥に消えた。その背中を見送りながら、菜々はぼんやりと店内を眺めた。
窓から差し込む夕日が、古い木製の家具や飾られたアンティークの小物を照らしている。この空間には、どこか懐かしさと落ち着きが同居していた。
(やっぱり、特別な空気があるな……。)
ふと耳を澄ますと、後ろの席で常連客たちが会話をしているのが聞こえてきた。
「悠真くん、本当に頑張りすぎよね。」
「ああ。若いのに、こんな大きなカフェを一人で回してるなんて、すごいことだよ。」
「でも、借金があるんじゃないかって噂よ。お母さんの土地のことでね。」
「え?そうなの?知らなかったわ。」
「私も確かなことはわからないけど、前に彼が少しだけそんな話をしてたのを聞いたことがあるの。」
菜々は思わず振り返りそうになったが、ぐっと堪えた。手元のメニューを見つめながらも、その会話に集中してしまう。
(借金……?悠真くんが?)
「でも、そんな顔してないよね。もっと辛そうにしててもいいくらい。」
「まあ、あの子はそういうのを表に出さないからね。でもきっと、苦しいのよ。」
心臓が早鐘を打つように鳴り、モカの注文が出されるころには、菜々の頭はその話でいっぱいになっていた。
「どうぞ。」
悠真がモカをテーブルに置く。
「ありがとう。」
菜々は慎重に言葉を選びながら、話を切り出す。
「ねえ、このお店って、一人で全部やってるの?」
「他に誰がいる。」
悠真は淡々と答えたが、どこか突き放すような雰囲気があった。
「すごいなあ……。でも、一人でこんなに頑張ってて、大変じゃない?」
「どこだって、大変じゃない店なんてないだろ。」
悠真の言葉はどこかそっけなく、菜々の問いかけを深く追及させないようにしているようだった。
「まあ、そうだけど……バイトとか雇わないの?少しでも手伝ってくれる人がいたら、楽になるんじゃない?」
「必要ない。」
悠真は、それ以上話す気がないことを態度で示した。
静かな沈黙が流れる中、菜々は後ろの常連客たちの会話を思い出し、さらに踏み込んでみようと決意する。
「このカフェって……最初から一人でやってたの?それとも、誰かと一緒だった?」
悠真が一瞬だけ目を伏せたのが見えた。
「一人で始めたよ。」
それだけを言うと、彼はカウンターに戻ってしまった。その背中に声をかけようとしたが、足取りの速さに一瞬躊躇する。
(きっと、借金の話は触れられたくないんだろうな。)
菜々は胸が重たくなるような気持ちを抱えながら、手元のモカを見つめた。
その日の帰り道、菜々は足を止めてカフェの外観を振り返った。
夕闇に浮かぶ「レーヴ」の看板が、ぼんやりと光を放っている。
(悠真くん、一人でこんなに頑張ってるけど……どうして全部自分で抱え込むの?)
彼のそっけない態度の裏には、きっと大きな理由がある。そう確信した菜々は、次こそもっと踏み込むべきだと心に決めた。
(もっと知りたい。この店のことも、悠真くんのことも。)
菜々の胸の中で、悠真への思いと同時に、彼を助けたいという気持ちが膨らんでいった。
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