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思い立ったときのこと
映えの魔王について
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「……」
相変わらず吐く息は白い。足元に積もった雪も、昼過ぎの曇り空も白んで見える。
さっきまでと違うのは、空気に漂う暗いなにかがキレイさっぱりなくなっていることに尽きる。
「なに勝手に終わったような顔してんだよ」
「ベルさん」
これまでのミッコさんの激闘に想いを馳せようとしていたところ、あまり出会いたくないタイプの知り合いに声をかけられた。
全身黒のライダースーツに真っ赤なサングラスをかけた細身の女性は、その名をベルゼブブという。自称魔王で、蝿の王で、悪の王なのだとか。ハエを意識してか、いつも目をやるとウェットティッシュで手を拭っている。控えめに言って変人だ。
「勝手にもなにも、ミッコさんが終わらせた手前そんな顔もしますよ」
ベルさんは怪訝そうに眉を動かす。
「吾輩が倒れてからさほど経っていないようだが?」
「ベルさんが気絶してすぐのことでしたからね」
ここでケリをつけます、と啖呵を切ったミッコさんの勇姿は筆舌に尽くしがたい。有言実行の人だとは常々思っていたが、まさかあの場面で全部終わらせるとは夢にも思わなかった。
「そんな呆気ない話があるか?」
「僕もちょっと期待外れでしたよ」
もう少し苦戦するミッコさんや、なんなら発言を撤回して敗走するミッコさんが見られるかもと内心ワクワクしていた僕は、心のどこかで拍子抜けしたものだ。
「もう少しで再生も終わって、生き物たちも戻ってくる頃だろう。少し二人で話さないか、傍観者くん」
好戦的な笑みとは裏腹に、ベルさんもベルさんなりに再生の進捗を確認してきたのだろう。
街が吹き飛んだ。国が押し倒された。島が割れ、陸が砕けたあの戦い。命という命が、僕の眼には灯篭に観えたあの終わりの中。その橙の灯りに、代々と継がれてきた明かりに照らされて、ミッコさんは笑っていた。僕は泣いていた。あいつは……最期こそ笑っていた。そんなほんの少し前の出来事だ。
命は終わって、その終わりこそがなくなって、元通りになる。みんなきっと忘れるだろう、曖昧な一時間。ミッコさんは忘れてしまうだろう、僕だけは胸に焼き付けたその物語のピリオド。
「ねぇ、ベルさん」
「なんだい、卑怯者」
「ミッコさんが告白するって」
は? と聞き返すまでもなく、ベルさんはひっくり返った。彼女は気を失いやすいのだ。いつものようにサングラスを額に上げ、頬を叩き覚醒を促す。
「ベルさん、ベルさん。ベルゼブブさん? あの? もしもし?」
ベルさんの頬は叩き甲斐がある。蝿の王を名乗るくらいなのだから、やはり叩かれるべきして叩かれているのだろう。僕はどこか彼女を起こさないようギリギリを狙って頬をペシる。
「ベルさんベルさん。ハエ女! ハエ! 寝顔撮りますよほら! チーズ!」
「映え⁉︎」
何なんだこの人マジで。キャラ作りがマジすぎるだろう。
向けたスマホのカメラにはバッチリと鼻ちょうちんが弾けるところが映されていた。何なんだこの人マジで……。キャラ作りがマジすぎる……天性のものを感じる。まさか映えの魔王だったりしないだろうか。
「え。で、なに? ミルコが告白?」
「はい。壮絶な告白をするそうです」
「はぁ。いや、映え……そうか。大変だな」
え? 今の映えってため息なのか? 嘘だと言ってくれ。
「大変なんてもんじゃないですよ。あの人の告白相手なんてロクなやつじゃない。そんな相手、いくら僕が傍観者でも見たくないです」
「嫉妬か?」
「それはレヴィのアホの領分ですよ」
「そうだったか。まあ、吾輩からきみにかけられる言葉は少ないよ。あのミルコが伝えきれず、きみが目鯨を立てないのなら、吾輩の食指は動かんさ」
「そんなものですかね?」
「そんなもんさ」
言って、ベルさんはポーズをとってピースを頬に。あまりにも画になっていたので、
「黙ってキメてたらやっぱかっこいいですね、ベルさん」
「撮れよバカ!」
普通に褒めた。怒られる謂れはない。
相変わらず吐く息は白い。足元に積もった雪も、昼過ぎの曇り空も白んで見える。
さっきまでと違うのは、空気に漂う暗いなにかがキレイさっぱりなくなっていることに尽きる。
「なに勝手に終わったような顔してんだよ」
「ベルさん」
これまでのミッコさんの激闘に想いを馳せようとしていたところ、あまり出会いたくないタイプの知り合いに声をかけられた。
全身黒のライダースーツに真っ赤なサングラスをかけた細身の女性は、その名をベルゼブブという。自称魔王で、蝿の王で、悪の王なのだとか。ハエを意識してか、いつも目をやるとウェットティッシュで手を拭っている。控えめに言って変人だ。
「勝手にもなにも、ミッコさんが終わらせた手前そんな顔もしますよ」
ベルさんは怪訝そうに眉を動かす。
「吾輩が倒れてからさほど経っていないようだが?」
「ベルさんが気絶してすぐのことでしたからね」
ここでケリをつけます、と啖呵を切ったミッコさんの勇姿は筆舌に尽くしがたい。有言実行の人だとは常々思っていたが、まさかあの場面で全部終わらせるとは夢にも思わなかった。
「そんな呆気ない話があるか?」
「僕もちょっと期待外れでしたよ」
もう少し苦戦するミッコさんや、なんなら発言を撤回して敗走するミッコさんが見られるかもと内心ワクワクしていた僕は、心のどこかで拍子抜けしたものだ。
「もう少しで再生も終わって、生き物たちも戻ってくる頃だろう。少し二人で話さないか、傍観者くん」
好戦的な笑みとは裏腹に、ベルさんもベルさんなりに再生の進捗を確認してきたのだろう。
街が吹き飛んだ。国が押し倒された。島が割れ、陸が砕けたあの戦い。命という命が、僕の眼には灯篭に観えたあの終わりの中。その橙の灯りに、代々と継がれてきた明かりに照らされて、ミッコさんは笑っていた。僕は泣いていた。あいつは……最期こそ笑っていた。そんなほんの少し前の出来事だ。
命は終わって、その終わりこそがなくなって、元通りになる。みんなきっと忘れるだろう、曖昧な一時間。ミッコさんは忘れてしまうだろう、僕だけは胸に焼き付けたその物語のピリオド。
「ねぇ、ベルさん」
「なんだい、卑怯者」
「ミッコさんが告白するって」
は? と聞き返すまでもなく、ベルさんはひっくり返った。彼女は気を失いやすいのだ。いつものようにサングラスを額に上げ、頬を叩き覚醒を促す。
「ベルさん、ベルさん。ベルゼブブさん? あの? もしもし?」
ベルさんの頬は叩き甲斐がある。蝿の王を名乗るくらいなのだから、やはり叩かれるべきして叩かれているのだろう。僕はどこか彼女を起こさないようギリギリを狙って頬をペシる。
「ベルさんベルさん。ハエ女! ハエ! 寝顔撮りますよほら! チーズ!」
「映え⁉︎」
何なんだこの人マジで。キャラ作りがマジすぎるだろう。
向けたスマホのカメラにはバッチリと鼻ちょうちんが弾けるところが映されていた。何なんだこの人マジで……。キャラ作りがマジすぎる……天性のものを感じる。まさか映えの魔王だったりしないだろうか。
「え。で、なに? ミルコが告白?」
「はい。壮絶な告白をするそうです」
「はぁ。いや、映え……そうか。大変だな」
え? 今の映えってため息なのか? 嘘だと言ってくれ。
「大変なんてもんじゃないですよ。あの人の告白相手なんてロクなやつじゃない。そんな相手、いくら僕が傍観者でも見たくないです」
「嫉妬か?」
「それはレヴィのアホの領分ですよ」
「そうだったか。まあ、吾輩からきみにかけられる言葉は少ないよ。あのミルコが伝えきれず、きみが目鯨を立てないのなら、吾輩の食指は動かんさ」
「そんなものですかね?」
「そんなもんさ」
言って、ベルさんはポーズをとってピースを頬に。あまりにも画になっていたので、
「黙ってキメてたらやっぱかっこいいですね、ベルさん」
「撮れよバカ!」
普通に褒めた。怒られる謂れはない。
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