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気付いてもらえないときのこと

タヌキと女神と失格について

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 朝靄が露となって顔に張り付く。
 普段はまだ寝ている時間なのだが、今朝は用事があるのだ。

「ヤーちゃんと会ったら起こしてくださいね」

 そう言って歩きながら寝る超人技を披露しているミッコさんの手を引き、向かうのはいつもの公園である。

「あれ、なんでここに……?」
 八代綾。会いに行こうと思って公園を訪れるとなぜかいるタイプの幼馴染だ。今回はペットのゴン(犬(実はタヌキ。八代家は誰も気付いておらず犬として飼っている))の散歩中だったらしい。

「(ミッコさんの)会いたい気持ちが伝わったのかもね」

 ベンチに腰掛けた綾の隣にまだ寝息を立てているミッコさんを座らせた僕は、ゴンに繋がれたリードを手に歩き出した。


 化かされているのかと思うほど利口なタヌキのゴンに行き先を任せていると、僕は神秘に行き合った。

 地上に降り立ったうち、鉄と泥を捏ね上げる現世においてただ一柱残った最後の女神ユース=ティアレインはかく語れり。
「公園の水飲み場で4日飢えを凌ぎました。死にそうです」

 僕も受験本番をほっぽってミッコさんに同行して親に勘当されたとき、5日ほどそうしていたので気持ちはわかる。

「このザンネン駄女神……」

 ゆるくウェーブのかかった金髪と一反ほどの白いローブを衣服に仕立てた女神は微笑む。

「えぇ。みなわたくしをそう讃えるのです。現世の本で学びました、『ザンネン駄女神』……『親愛にして・我らに寄り添う光たるあなた』ですよね。ありがとう。その敬虔なる信仰に応えなければ」

 人の世を慈しみここに残ったという話だったが、帰る予定を勘違いしていたりなんなら置いてかれたかもしれないあたり本当に残念な人だ。

「悩みがあるのですよね?」
「ええ。悩みというほどではないのですが」
「あなたではありません。先約はそちらの紳士です」 

 手が差し伸べられるように、光がゴンを包む。なんとも言えない光景だ。

「……。なるほどです。つまりあなたは――ごはんが美味しいのでいっそ本当に犬になりたいと……そういうのですね?」
「うそぉ⁉︎」
 僕の声は、存外朝の公園に響いた。

 ゴンの悩みということで、てっきり犬に間違われていることだと思っていた、僕の浅はかさが露見したようだった。

「問題ありません。あなたの友人はみな、あなたを本当の犬として接しています……」 

 神託に、ゴンはきゅんと鳴いて応える。

 なにを見せられているんだ僕は。

「さて。つぎはそちらのロクデナシですね」
「ユース様的にはロクデナシってどういう意味なんですか?」
「朴念仁、でございます」
「あんまり変わらないんですね」
「それでは。わたくしはこれより水浴びを致しますので、失礼いたします」
「あ、はい……」

 ぺこりと頭を下げて、ユース様は噴水のある方に歩いていった。

 ……まさかとは思うが、僕の分の神託って意味のすり合わせで消費してしまったということなのか?

 しかし。僕の悩み事は、その実まだ悩みとして成立していない。誰かに相談できるほどはっきりしていないのだ。

 さてさて。そろそろミッコさんは綾と勝負をつけただろうか。顛末を確認……したくない気持ちが強い。できればこのまま帰りたい。

 傍観者として失格ということか。

 ゴンを強奪した手前帰ることもできず。僕は重い足取りでさっきのベンチに戻った。
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