26 / 40
第五章 傷ついても立ち上がる、愛する者のために
戦いの火種
しおりを挟む
「状況を確認せねばならん。……アリアーナ。もしかすると、お前の心を乱すものが映るかもしれない。席を外していろ。私がすべて対処する」
竜王の態度は、冷静な支配者としての立場と、愛情深い夫としての立場を両方示していた。
アリアーナはきっぱり首を横に振った。
「私に関わることなら……知っておきたいです。大丈夫です。何が表れようと、私は心を乱したりしません。私はもう、人間界とは縁を切ったのですから」
「――そうか」
竜王は低い声で呪文を唱え、水晶玉に映し出させる。
さまざまな場面を。
王家の不可解な言いがかりに関係する、あらゆる事象を。
「戦争です、陛下! もう戦うしかありません! 忌まわしい竜族を攻め滅ぼすのです」
円卓会議の場で、力強い声で叫んでいる若い貴公子。
「竜との契約など……和平など……幻です! だまされてはいけません! 契約を先に破ったのは竜の方です。アリアーナの色香に惑い、彼女を食わずに生きさせているのですから。アリアーナは、エルヴィシア家に恨みを抱き、われらがゼノギア王国を憎んでおります。近いうちに、わが国に総攻撃をかけてくることは間違いありません!」
――アリアーナは、その貴公子が誰であるかを思い出した。
王家に最も近いプレストン公爵家の長男。セリーナの婚約者だ。
「国民も竜族の討伐を望んでおります! どうか、ご決断を!」
はるか遠くに城を臨む、王都の裏路地。酒場に集まった人々が、噂をしている。
「聞いたか? 竜の生贄が、竜王の妃になったらしい」
「なんだと? 生贄は食べられるんじゃなかったのか」
「いや、実は竜王は生贄を食べていなかったらしい。城で保護していたんだと」
おおっ、という驚きの声があがる。どよめき。
人々の顔に浮かぶのは好奇心と、少しの恐怖だ。
「それで、その生贄が竜王を誘惑して、妃になったと?」
「……恐ろしい女だ。人間を裏切って、竜の側についた」
「恨んでいるだろうな、人間のことを。生贄にされたわけだから」
「何を仕掛けてくるかわからんぞ」
その言葉を聞いて、アリアーナは、心臓を冷たい手でつかまれたような心地がした。
今度は、エルヴィシア家の屋敷が映った。
豪華な応接室。そこに、セリーナと継母イヴェットが座っていた。
「順調ですわ、お母様」
セリーナが、勝ち誇ったように笑っている。
「アリアーナ姉様の悪評が、王都中に広がっています。噂を広げてくれる者たちを大勢雇った甲斐がありましたわ」
「よくやったわ、セリーナ。さすがはわたくしの娘」
イヴェットが、満足そうにうなずいた。
「お姉様が竜王の妃になったと聞いた時は……悔しくて眠れなかったわ。生贄として捨てたはずなのに、まさか幸せになるなんて」
セリーナの目が、憎悪に燃えていた。
「お姉様は、いつも私より劣っているはずだったのに。社交もできず、友達もいない。野暮ったくて美しくもない。それなのに、なぜ竜王に愛されるの? なぜ王妃になれるの? 私ですら公爵夫人どまりなのに」
「落ち着きなさい、セリーナ」
イヴェットが、娘を諭した。
「計画は順調に進んでいるわ。そうでしょう? あなたの婚約者殿も良い働きをしてくれている」
「もちろん! 彼、私の言うことなら、なんでも聞いてくれるんですもの」
「陛下は戦いを始めないわけにはいかない。今なら、生贄の儀式の後なので、竜も油断しているはず。竜族を攻め滅ぼして……アリアーナを殺すのよ、今度こそ」
イヴェットとセリーナの母娘は、冷たい決意を瞳にたたえて、うなずき合った。
「あの憎らしいアンネリーゼの忘れ形見を、今度こそこの世から消す。そうでなければ、伯爵は……あなたのお父様は、いつまでもアンネリーゼのことを忘れられない。そしたら、いつか余計なことに気づいてしまう可能性もある」
「お姉様を殺して……私がすべてを手に入れるの。世界でいちばん幸せな令嬢になる」
二人はかちんとグラスをぶつけ合わせ、乾杯をした。
アリアーナは、水晶から目をそらせなかった。
これが、妹の本心。
自分を憎んでいた。最初から。
人間界から縁を切ったとはいえ――この事実は、あまりにも衝撃的だった。
竜王の態度は、冷静な支配者としての立場と、愛情深い夫としての立場を両方示していた。
アリアーナはきっぱり首を横に振った。
「私に関わることなら……知っておきたいです。大丈夫です。何が表れようと、私は心を乱したりしません。私はもう、人間界とは縁を切ったのですから」
「――そうか」
竜王は低い声で呪文を唱え、水晶玉に映し出させる。
さまざまな場面を。
王家の不可解な言いがかりに関係する、あらゆる事象を。
「戦争です、陛下! もう戦うしかありません! 忌まわしい竜族を攻め滅ぼすのです」
円卓会議の場で、力強い声で叫んでいる若い貴公子。
「竜との契約など……和平など……幻です! だまされてはいけません! 契約を先に破ったのは竜の方です。アリアーナの色香に惑い、彼女を食わずに生きさせているのですから。アリアーナは、エルヴィシア家に恨みを抱き、われらがゼノギア王国を憎んでおります。近いうちに、わが国に総攻撃をかけてくることは間違いありません!」
――アリアーナは、その貴公子が誰であるかを思い出した。
王家に最も近いプレストン公爵家の長男。セリーナの婚約者だ。
「国民も竜族の討伐を望んでおります! どうか、ご決断を!」
はるか遠くに城を臨む、王都の裏路地。酒場に集まった人々が、噂をしている。
「聞いたか? 竜の生贄が、竜王の妃になったらしい」
「なんだと? 生贄は食べられるんじゃなかったのか」
「いや、実は竜王は生贄を食べていなかったらしい。城で保護していたんだと」
おおっ、という驚きの声があがる。どよめき。
人々の顔に浮かぶのは好奇心と、少しの恐怖だ。
「それで、その生贄が竜王を誘惑して、妃になったと?」
「……恐ろしい女だ。人間を裏切って、竜の側についた」
「恨んでいるだろうな、人間のことを。生贄にされたわけだから」
「何を仕掛けてくるかわからんぞ」
その言葉を聞いて、アリアーナは、心臓を冷たい手でつかまれたような心地がした。
今度は、エルヴィシア家の屋敷が映った。
豪華な応接室。そこに、セリーナと継母イヴェットが座っていた。
「順調ですわ、お母様」
セリーナが、勝ち誇ったように笑っている。
「アリアーナ姉様の悪評が、王都中に広がっています。噂を広げてくれる者たちを大勢雇った甲斐がありましたわ」
「よくやったわ、セリーナ。さすがはわたくしの娘」
イヴェットが、満足そうにうなずいた。
「お姉様が竜王の妃になったと聞いた時は……悔しくて眠れなかったわ。生贄として捨てたはずなのに、まさか幸せになるなんて」
セリーナの目が、憎悪に燃えていた。
「お姉様は、いつも私より劣っているはずだったのに。社交もできず、友達もいない。野暮ったくて美しくもない。それなのに、なぜ竜王に愛されるの? なぜ王妃になれるの? 私ですら公爵夫人どまりなのに」
「落ち着きなさい、セリーナ」
イヴェットが、娘を諭した。
「計画は順調に進んでいるわ。そうでしょう? あなたの婚約者殿も良い働きをしてくれている」
「もちろん! 彼、私の言うことなら、なんでも聞いてくれるんですもの」
「陛下は戦いを始めないわけにはいかない。今なら、生贄の儀式の後なので、竜も油断しているはず。竜族を攻め滅ぼして……アリアーナを殺すのよ、今度こそ」
イヴェットとセリーナの母娘は、冷たい決意を瞳にたたえて、うなずき合った。
「あの憎らしいアンネリーゼの忘れ形見を、今度こそこの世から消す。そうでなければ、伯爵は……あなたのお父様は、いつまでもアンネリーゼのことを忘れられない。そしたら、いつか余計なことに気づいてしまう可能性もある」
「お姉様を殺して……私がすべてを手に入れるの。世界でいちばん幸せな令嬢になる」
二人はかちんとグラスをぶつけ合わせ、乾杯をした。
アリアーナは、水晶から目をそらせなかった。
これが、妹の本心。
自分を憎んでいた。最初から。
人間界から縁を切ったとはいえ――この事実は、あまりにも衝撃的だった。
28
あなたにおすすめの小説
冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました
鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」
そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。
しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!?
だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。
「彼女を渡すつもりはない」
冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!?
毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし!
さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜――
リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される!
政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー!
「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」
「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
「ジュリア=ミゲット。お前のようなお飾りではなく、俺の病気を癒してくれるマリーこそ、王妃に相応しいのだ!!」
侯爵令嬢だったジュリアはアンドレ王子の婚約者だった。王妃教育はあんまり乗り気ではなかったけれど、それが役目なのだからとそれなりに頑張ってきた。だがそんな彼女はとある夢を見た。三年後の婚姻式で、アンドレ王子に婚約破棄を言い渡される悪夢を。
「……認めませんわ。あんな未来は絶対にお断り致します」
そんな夢を回避するため、ジュリアは行動を開始する。
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』
鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」
王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。
感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、
彼女はただ――王宮を去った。
しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。
外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、
かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。
一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。
帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、
彼女は再び“判断する側”として歩み始める。
やがて明らかになるのは、
王国が失ったのは「婚約者」ではなく、
判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。
謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。
それでも――
選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。
これは、
捨てられた令嬢が声を荒げることなく、
世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。
しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。
王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。
絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。
彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。
誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。
荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。
一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。
王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。
しかし、アリシアは冷たく拒否。
「私はもう、あなたの聖女ではありません」
そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。
「俺がお前を守る。永遠に離さない」
勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動……
追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる