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厳しい旅路
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北へ向かう旅は、想像以上に過酷だった。
王都を出て五日。アディの所持金は底をつき、食事は道端の野草と、運良く見つけた木の実だけになっていた。薬師見習いとして学んだ植物の知識が、こんな形で役立つとは思ってもみなかった。
アディはふらふらしながら歩き続けた。
空腹は限界を超えている。川の水をがぶ飲みして空腹をごまかそうとしても、長くはもたない。
歩きづめなので、足も痛い。
王都育ちのアディにとって、生まれて初めての長旅だった。
王都の薬師ギルドを追放される、ということは、都とその周辺の町村で二度と薬師として働けない、ということだ。
他の仕事をすれば王都で生きていくこともできるだろう。
けれども、薬師という仕事は、アディにとって何よりも大切なものだった。
亡くなった母も薬師だった。それに、自然から「生きる力」をいただき、弱っている患者に与えるという仕事に、アディは誇りを持っていた。
そうだ、北の辺境へ行こう、と決めた。
王都から最も遠く、人が少ない場所。
そこなら、ひっそりと薬草採集をして暮らしていけるかもしれない。
だが、甘かった。
街道は途中から森の中へ入った。
北の森は、王都近郊の整備された森林とはまったく異なっていた。うっそうと生い茂った木々が陽光を遮り、昼間でも薄暗い。「街道」とは名ばかり。これはただの山道、いや、ほとんど獣道だ。
途中から、そもそも「道」がどこなのかもわからなくなった。枝に遮られて太陽も見えないので、方角もわからなくなった。
アディは完全に道に迷っていた。
(どうしよう……森の出口がわからないよ……)
最後に立ち寄った、街道沿いの宿場町で、「北へ行くならガイドを頼め」と言われた意味がようやくわかった、と思った。
ガイドを頼まなかった理由はただ一つ。お金がないことだ。
アディは何度も木の根につまずいた。空腹と疲労で目がかすみ、足が重い。
辺りが急速に暗くなってきた。夜が近づいているようだ。
夜の森は危険だと聞く。こんな所でただ一人、夜を明かすなんてできない。
(ああ、私、もうおしまいかもしれない)
不意に、そんな考えが頭をよぎる。
でも不思議と恐怖はなかった。むしろ、あきらめに似た安堵感すらあった。
このまま、やわらかい下生えの上に横たわって、眠るように逝くことができたら――その方が楽かもしれない。
もう誰にも迷惑をかけずに済む。もう誰からも裏切られずに済む。
母亡き今、この世界にはもう誰も、アディを気にかけてくれる人はいないのだから。
そう思った瞬間、背後から獣の咆哮が響いた。
振り返れば、巨大な灰色の狼が、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。いや、狼にしては大きすぎる。体高はアディの二倍ぐらいある。目は不気味な赤色に光っている。
魔獣だ。――魔力を帯びた凶暴な獣。
アディの体が硬直する。声も出ない。足も動かない。
さっきまで死を覚悟していたはずなのに――獣の牙や爪で体を裂かれると思うと、圧倒的な恐怖で全身がしびれた。
魔獣が跳躍する。鋭い爪が月光を反射し、死の軌跡を描く。
アディは目を閉じた。
王都を出て五日。アディの所持金は底をつき、食事は道端の野草と、運良く見つけた木の実だけになっていた。薬師見習いとして学んだ植物の知識が、こんな形で役立つとは思ってもみなかった。
アディはふらふらしながら歩き続けた。
空腹は限界を超えている。川の水をがぶ飲みして空腹をごまかそうとしても、長くはもたない。
歩きづめなので、足も痛い。
王都育ちのアディにとって、生まれて初めての長旅だった。
王都の薬師ギルドを追放される、ということは、都とその周辺の町村で二度と薬師として働けない、ということだ。
他の仕事をすれば王都で生きていくこともできるだろう。
けれども、薬師という仕事は、アディにとって何よりも大切なものだった。
亡くなった母も薬師だった。それに、自然から「生きる力」をいただき、弱っている患者に与えるという仕事に、アディは誇りを持っていた。
そうだ、北の辺境へ行こう、と決めた。
王都から最も遠く、人が少ない場所。
そこなら、ひっそりと薬草採集をして暮らしていけるかもしれない。
だが、甘かった。
街道は途中から森の中へ入った。
北の森は、王都近郊の整備された森林とはまったく異なっていた。うっそうと生い茂った木々が陽光を遮り、昼間でも薄暗い。「街道」とは名ばかり。これはただの山道、いや、ほとんど獣道だ。
途中から、そもそも「道」がどこなのかもわからなくなった。枝に遮られて太陽も見えないので、方角もわからなくなった。
アディは完全に道に迷っていた。
(どうしよう……森の出口がわからないよ……)
最後に立ち寄った、街道沿いの宿場町で、「北へ行くならガイドを頼め」と言われた意味がようやくわかった、と思った。
ガイドを頼まなかった理由はただ一つ。お金がないことだ。
アディは何度も木の根につまずいた。空腹と疲労で目がかすみ、足が重い。
辺りが急速に暗くなってきた。夜が近づいているようだ。
夜の森は危険だと聞く。こんな所でただ一人、夜を明かすなんてできない。
(ああ、私、もうおしまいかもしれない)
不意に、そんな考えが頭をよぎる。
でも不思議と恐怖はなかった。むしろ、あきらめに似た安堵感すらあった。
このまま、やわらかい下生えの上に横たわって、眠るように逝くことができたら――その方が楽かもしれない。
もう誰にも迷惑をかけずに済む。もう誰からも裏切られずに済む。
母亡き今、この世界にはもう誰も、アディを気にかけてくれる人はいないのだから。
そう思った瞬間、背後から獣の咆哮が響いた。
振り返れば、巨大な灰色の狼が、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。いや、狼にしては大きすぎる。体高はアディの二倍ぐらいある。目は不気味な赤色に光っている。
魔獣だ。――魔力を帯びた凶暴な獣。
アディの体が硬直する。声も出ない。足も動かない。
さっきまで死を覚悟していたはずなのに――獣の牙や爪で体を裂かれると思うと、圧倒的な恐怖で全身がしびれた。
魔獣が跳躍する。鋭い爪が月光を反射し、死の軌跡を描く。
アディは目を閉じた。
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