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裏切りの痛み
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香水店「ヘルヴィッツ商会」。
開業から三週間。
店の前には朝から行列ができていた。
「“朝露の花”の香り、もう一瓶ください!」
「すみません、本日は売り切れで……!」
マルグリットが慌てて客をさばく横で、イザベラは冷静に注文票を確認していた。
額には薄く汗がにじむ。
貴族のサロンで筆を持っていた頃には、想像もしなかった忙しさ。
それでも、心の中には確かな“満足”があった。
(これが……私の力で得た成果)
その時、扉が静かに開く。
低い声が響いた。
「相変わらず繁盛してるな」
カイル・フェルナーだった。
彼の姿を見た瞬間、イザベラの胸がほんの少し高鳴る。
「フェルナー様。今日は早いですね」
「視察だ。組合の報告書を書くためにな」
彼は棚に並ぶ瓶を手に取る。
透明なガラスの中で、薄桃色の液体が光を受けて揺れる。
「……これが噂の“朝露の花”か。香りを嗅がせてもらっても?」
「もちろん」
イザベラが蓋を外すと、柔らかな香りが空気に広がった。
甘すぎず、凛として、記憶に残る香り。
カイルの瞳が、わずかに細められる。
「悪くない。むしろ……洗練されてる」
「ありがとうございます」
イザベラは嬉しそうに微笑む。
だがその裏で、カイルの表情がふと曇った。
「この香料、どこから仕入れている?」
「南方の市場です。少し前に、知人の商人を通して――」
「……“知人”?」
その言葉に、イザベラは小さく頷いた。
「はい。名はディートリヒ。とても誠実な方で……」
カイルの眉がぴくりと動いた。
「ディートリヒ、ね」
「ご存じなのですか?」
「――ああ。悪い意味でな」
イザベラが息を呑む。
カイルは低く言った。
「そいつは裏市場とつながってる。香料の一部は密輸品だ。
もし王都に知られたら、商会ごと潰されるぞ」
その言葉は冷たい刃のようだった。
イザベラの指先から力が抜ける。
「……そんな、嘘でしょう?」
「信じたくない気持ちはわかる。だが事実だ」
カイルは懐から小さな紙を取り出した。
それは密輸記録の写し。ディートリヒの名が記されている。
「なぜ、そんなものを……」
「俺は組合の監査役だ。調べるのが仕事だからな」
イザベラの胸が締めつけられる。
信じた相手に裏切られた苦しみ。
けれど、それ以上に――
(フェルナー様は、どうして私を助けようとしてくれるの?)
◇
夜。
店を閉めたあと、イザベラは帳簿を見つめながら震えていた。
利益も評判も手に入れた。
けれど、その土台が“違法な取引”に支えられていたとしたら……。
「私は、また間違えていたの……?」
涙が頬を伝う。
その時、扉がノックされた。
「入るぞ」
カイルの声。
イザベラは慌てて涙を拭った。
「フェルナー様……」
「話がある」
開業から三週間。
店の前には朝から行列ができていた。
「“朝露の花”の香り、もう一瓶ください!」
「すみません、本日は売り切れで……!」
マルグリットが慌てて客をさばく横で、イザベラは冷静に注文票を確認していた。
額には薄く汗がにじむ。
貴族のサロンで筆を持っていた頃には、想像もしなかった忙しさ。
それでも、心の中には確かな“満足”があった。
(これが……私の力で得た成果)
その時、扉が静かに開く。
低い声が響いた。
「相変わらず繁盛してるな」
カイル・フェルナーだった。
彼の姿を見た瞬間、イザベラの胸がほんの少し高鳴る。
「フェルナー様。今日は早いですね」
「視察だ。組合の報告書を書くためにな」
彼は棚に並ぶ瓶を手に取る。
透明なガラスの中で、薄桃色の液体が光を受けて揺れる。
「……これが噂の“朝露の花”か。香りを嗅がせてもらっても?」
「もちろん」
イザベラが蓋を外すと、柔らかな香りが空気に広がった。
甘すぎず、凛として、記憶に残る香り。
カイルの瞳が、わずかに細められる。
「悪くない。むしろ……洗練されてる」
「ありがとうございます」
イザベラは嬉しそうに微笑む。
だがその裏で、カイルの表情がふと曇った。
「この香料、どこから仕入れている?」
「南方の市場です。少し前に、知人の商人を通して――」
「……“知人”?」
その言葉に、イザベラは小さく頷いた。
「はい。名はディートリヒ。とても誠実な方で……」
カイルの眉がぴくりと動いた。
「ディートリヒ、ね」
「ご存じなのですか?」
「――ああ。悪い意味でな」
イザベラが息を呑む。
カイルは低く言った。
「そいつは裏市場とつながってる。香料の一部は密輸品だ。
もし王都に知られたら、商会ごと潰されるぞ」
その言葉は冷たい刃のようだった。
イザベラの指先から力が抜ける。
「……そんな、嘘でしょう?」
「信じたくない気持ちはわかる。だが事実だ」
カイルは懐から小さな紙を取り出した。
それは密輸記録の写し。ディートリヒの名が記されている。
「なぜ、そんなものを……」
「俺は組合の監査役だ。調べるのが仕事だからな」
イザベラの胸が締めつけられる。
信じた相手に裏切られた苦しみ。
けれど、それ以上に――
(フェルナー様は、どうして私を助けようとしてくれるの?)
◇
夜。
店を閉めたあと、イザベラは帳簿を見つめながら震えていた。
利益も評判も手に入れた。
けれど、その土台が“違法な取引”に支えられていたとしたら……。
「私は、また間違えていたの……?」
涙が頬を伝う。
その時、扉がノックされた。
「入るぞ」
カイルの声。
イザベラは慌てて涙を拭った。
「フェルナー様……」
「話がある」
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