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一章

①②

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アシュリーはずっと偽りの平和に縋っていた。
自分が我慢していればいい。
両親の言うことに従って良い子でい愛してくれる。
皆が幸せになってくれたら、それでいいと言い聞かせていた。
けれど良い子でいたら、すべてが崩れた。

(なら、わたくしが良い子でいる意味ってなに……?)

ずっと文句を言わずに我慢していたのは何故。
力を使い続けて得たモノは何だ。
今まで何を守ろうとしていたのだろう。

本当はアシュリーだってやりたいことがたくさんあった。
外で遊びたかった。自由に好きなことをしたかった。
令嬢たちとお茶を飲んで普通に過ごしたかった。

(この力は何のために与えられたというの?)

父と母に以前のように愛して欲しかった。
婚約者と幸せな関係を築きたかった。
国王と王妃にも認められたかった。
ずっと見えない鎖で繋がれていた。
けれどそれも先ほどプチンと音を立てて切れたのだ。


「アシュリー……」

「わたくしね、気づいてしまったの……すべてが無駄だったんだって」


呆然と涙を流していると頭を撫でたギルバートは「そうだね、アシュリーの言う通りだ」そう言って、強張る体を抱きしめた。
アシュリーはギルバートのシャツをグッと握る。
窓の外は闇に覆われていく。太陽が沈んで、夜が訪れるのだろう。


「アシュリーはこれからどうするんだい?」

「わたくし、今日から〝悪い子〟になるわ」

「そうか、アシュリーは悪い子になるんだね」


ギルバートは目を細めて、柔らかい笑みを浮かべている。


「僕が君の願いを叶えるよ」

「……!」


ギルバートの言葉にアシュリーは顔を上げた。


「ギルバート殿下がわたくしの願いを叶えてくださるの?」


アシュリーの問いかけにギルバートは大きく頷いた。


「僕は君が好きなんだ。アシュリー」


アシュリーはギルバートの言葉に大きく目を見開いた。
まさかギルバートがアシュリーに好意を寄せているとは夢にも思わなかった。
そんな素振りを今まで見せたことはないと思いつつも、もしかしてロイスと共にエルネット公爵邸にやってきたことに意味があるのだとしたら……。
ますますギルバートが何を考えているかわからない。

しかし復讐を決意したアシュリーはギルバートの願いを叶えるだろう。
無知でひ弱なアシュリーには力が必要だ。
それがたとえ誰であったとしてもアシュリーは目の前に伸ばされた手を取るしかない。
それが自身を差し出すことになったとしても叶えられるのならば安いものではないか。

(それで大っ嫌いな人たちを潰せるのなら、それでいいわ……)

アシュリーは上半身を起こしてギルバートに手を伸ばす。
ギルバートはアシュリーの手のひらをそっと掴むと、指先にキスを落とした。
まるで甘えるように擦り寄るギルバートの黒色の髪を優しく撫でた。
唇は腕を伝い、首元へ……柔らかい髪が肌を撫でる。
まるで愛情を証明するように、敬愛を示すように、ゆっくりと伝っていく。
アシュリーはされるがまま、ギルバートに身を任せていた。


「あなたはとても寂しそうな目をしているのね」

「君の心を手に入れることができないと知ったあの日から僕は空っぽだった」

「……説明してくださる?」


ギルバートがアシュリーと出会った時のことを話していく。
アシュリーが知らない間にギルバートが積み上げていた想いや、アシュリーの力について。
狭い世界で生きてきたアシュリーが初めて知る真実に笑いが止まらなかった。


「フフッ、アハハハ……!」


アシュリーの瞳から零れ落ちる涙と後悔。
すべてを話し終えた彼の冷たい頬にそっと手を添えた。
そして静かに笑った。


「……いいわ、あなたの願いを叶えてあげる。魔法師を捕まえるのにも協力するから」

「今のアシュリーなら、そう言ってくれると思っていたよ」

「そうね、今のわたくしならばそう言うわ」


ギルバートがアシュリーの涙の跡を優しく指でなぞった。
これは互いの利益になる契約だった。
アシュリーはギルバートの手をそっと握った。


「ギルバート殿下はわたくしを守ってくださいね」

「何から守ればいいんだい?」

「わたくしを害すすべてから」

「任せてくれ。これでもペイスリーブ王国では一番強いんだよ」


想いを寄せられているだけ、アシュリーの方が優位だろうか。
ギルバートはアシュリーを裏切らない。
彼の執着はアシュリーの想像を超えてとても強いものなのだ。


「アシュリー、ギルバートとそう呼んではくれないか……?」


赤色の瞳は熱を孕んでいるように見えた。


「ギルバート」


アシュリーはギルバートの名前を笑顔で呼んだ。


「ありがとう、アシュリー」

「折角だから、最期まで一緒に楽しみましょう?」

「ああ……僕は君の剣となり盾となろう」

「あなたがそばにいてくれるのなら心強いわ」


アシュリーの表情は慈愛も優しさもない無機質なものだった。


「ギルバート殿下、すぐにわたくしを迎えに来てね」

「もちろんだよ。すぐに君を迎えに行く」


ギルバートはアシュリーの耳元で囁くように言った。


──さぁ、一緒にこの国を壊してしまおうか
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