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第一章 【第一星巡り部隊】
第九節 知らぬ味
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流し目してみている限り俺の持つ魔石と同じ色合いのものは見当たらない。
木箱の奥のほうに隠れているということもあるだろうが、流石に中を改めるわけにもいかないため断念した。
「レナト」
腕を組み考えあぐねていれば、ふいにエトワルから声がかかる。
「あの店主と親しそうだったが、付き合いは長いのか?」
「そうだな…元々俺が小さいころからこの店はあったんだよ。俺が小さい頃はあの人の父親が店を切り盛りしてて、俺はその父親づてにあの人と知り合ったんだ。何度か遊んだ覚えはあるな。最近じゃ父親の姿は見ないけど、話を聞く限りじゃバリバリ元気みたいだぜ」
「…なぜ、親しいにもかかわらずあの店主を名前で呼ばないのだ?」
エトワルは知識面で疎い分、他者の観察眼に優れており時折こうして鋭い意見を飛ばしてくるときがある。
名前で呼ばない理由。
ー俺があの人の名前を憶えていられないからだ。
何度憶えようと頭に入れても、いつの間にか忘れてしまっている。
店の場所も、店で売る商品も、話した会話の内容すらもきちんと覚えているのに、あの人と一目会った瞬間に名前だけが頭から抜け落ちてしまう。名前だけが真っ白に染められてしまったようにいつの間にか忘れているのだ。
この店の店主の名前だけが、すっぱりと。
「覚えていられないから、だな。理由は分かんねえけど、すぐ忘れちまうんだ」
小さく笑みを浮かべて、会話を打ち切る。
エトワルは俺の言葉に何か言いたそうに表情をゆがめるが、それ以上は何も言わず黙ってしまう。
そのことに少なからず安堵している俺がいた。
あのまま理由を聞かれたところで俺に返せる言葉は「わからない」のたった一言だけだからだ。
「そうなんだよなぁ、ぜんっぜん俺の名前覚えてくれねえの。俺、レナトに嫌われてるのかとすらも思って、数日眠れなかったんだぞ?」
暗くなりかけた雰囲気を拭い去るようにおおらかな声が響き渡ってくる。
声のする方向へ視線を向ければ、恰幅のある店主が長い袖をまくりながら俺たちの傍までゆったりと歩んできていた。片手で三つの飲料水を持ち、その一つを軽く会釈するエトワルに手渡し、もう一つは俺に投げてよこす。
難なく受け取ったそれはキンキンに冷やされていたようで、外気温に触れて軽く結露ができ始めていた。
「冷えちゃいるが、中身はただの水だ。っま、ないよかマシだろ」
言いながら蓋を開け、ごくり、ごくりと喉を鳴らしながら飲み干していく。
エトワルも喉が渇いていたようでちらりと俺に視線を向けてくる。俺が蓋を開け飲みだせば、エトワルも俺の真似をして蓋を開け、すんすんと中身のにおいをかぎ、容器を揺らし、警戒心を解いた後腰に手を当て豪快に飲み干していた。
「はははは!べっぴんさんい飲みっぷりじゃねぇの!」
「うまい。初めて飲む味だ」
「確かに…というよりも。やけに甘いなこの水」
ぺろりと飲み干してしまったエトワルは興味津々に容器を眺め、俺は舌に広がるほのかな甘みに首を傾げ訝しんでしまう。
「レナトはともかく、べっぴんさんも知らねぇのか?甘水だよ、今市街地じゃこの水大人気なんだぜ」
「甘水…聞いたことあるか?」
「いや。アタシはそもそも市街地の流行りに疎いものでな」
「本来の水は味気ねえだろ?だから、水に少しの果汁混ぜて糖で甘く仕上げてあんだとさ。体に害はねえようだし、俺も俺の客もよく買っていってるぜ」
「もう一本貰おう。店主、代金は」
(あちらの世界で言う“ジュウス”と似たような感じか。まぁ、悪くないな)
お気に召したエトワルが二本目を店主から購入し受け取る傍らで、俺は小さく言葉を紡ぎながらゆったりと飲み干していく。
いつもの水の味に混じって僅かな果実の風味と、さらさらとした喉通りいい甘さが口内を過ぎ去った後でも余韻として残って、質のいい御酒を飲んでいる気分になってくる。
あちらの世界“アース”では、幅広い数の飲み水が所狭しと並んでいた。
滅多に見ることのできない黒色や、緑色、黄色などカラフルに彩られた飲み水(聞くところによればジュウスと呼ぶらしい)が至る所で売られており、試しにと黒色の飲み水を飲んでみれば、電流が口の中で暴れまわり思わず投げ捨ててしまった。
口直しに買った黄色の飲み水はとても甘く、ほのかに果実の香りが鼻を抜けた。
俺が今飲んでいるこの甘水よりもはるかに甘く、味が喉の奥にまで染みわたり、鼻の奥に果実の香りがこびりついて離れなかったのを憶えている。
同じ場所で買ったものにも関わらず、ここまで味の違いが出てしまうことに疑問を感じていたのだ。
恐らく黒色のあれはジュウス、ではなく投擲用の護身水だろう。
アース世界は他世界と違い、比較的平穏な世界だと思っていたが投擲用の護身水が売られるほどには、危ういところが少なからずあるようだ。
(…ん?けど、あの黒色の護身水…普通に飲んでいる人物もいたな)
常日頃から飲む水が電流が流れているかのようにバチバチと弾けるものだとするならば、アース世界の住人はかなり…いや結構な苦行を強いられているのでは。
「んで、レナト。話ってのは何だ?」
斜め上の思考に飲まれかけた俺を、ワントーン落とした声音が現実に引き戻してくれた。
木箱の奥のほうに隠れているということもあるだろうが、流石に中を改めるわけにもいかないため断念した。
「レナト」
腕を組み考えあぐねていれば、ふいにエトワルから声がかかる。
「あの店主と親しそうだったが、付き合いは長いのか?」
「そうだな…元々俺が小さいころからこの店はあったんだよ。俺が小さい頃はあの人の父親が店を切り盛りしてて、俺はその父親づてにあの人と知り合ったんだ。何度か遊んだ覚えはあるな。最近じゃ父親の姿は見ないけど、話を聞く限りじゃバリバリ元気みたいだぜ」
「…なぜ、親しいにもかかわらずあの店主を名前で呼ばないのだ?」
エトワルは知識面で疎い分、他者の観察眼に優れており時折こうして鋭い意見を飛ばしてくるときがある。
名前で呼ばない理由。
ー俺があの人の名前を憶えていられないからだ。
何度憶えようと頭に入れても、いつの間にか忘れてしまっている。
店の場所も、店で売る商品も、話した会話の内容すらもきちんと覚えているのに、あの人と一目会った瞬間に名前だけが頭から抜け落ちてしまう。名前だけが真っ白に染められてしまったようにいつの間にか忘れているのだ。
この店の店主の名前だけが、すっぱりと。
「覚えていられないから、だな。理由は分かんねえけど、すぐ忘れちまうんだ」
小さく笑みを浮かべて、会話を打ち切る。
エトワルは俺の言葉に何か言いたそうに表情をゆがめるが、それ以上は何も言わず黙ってしまう。
そのことに少なからず安堵している俺がいた。
あのまま理由を聞かれたところで俺に返せる言葉は「わからない」のたった一言だけだからだ。
「そうなんだよなぁ、ぜんっぜん俺の名前覚えてくれねえの。俺、レナトに嫌われてるのかとすらも思って、数日眠れなかったんだぞ?」
暗くなりかけた雰囲気を拭い去るようにおおらかな声が響き渡ってくる。
声のする方向へ視線を向ければ、恰幅のある店主が長い袖をまくりながら俺たちの傍までゆったりと歩んできていた。片手で三つの飲料水を持ち、その一つを軽く会釈するエトワルに手渡し、もう一つは俺に投げてよこす。
難なく受け取ったそれはキンキンに冷やされていたようで、外気温に触れて軽く結露ができ始めていた。
「冷えちゃいるが、中身はただの水だ。っま、ないよかマシだろ」
言いながら蓋を開け、ごくり、ごくりと喉を鳴らしながら飲み干していく。
エトワルも喉が渇いていたようでちらりと俺に視線を向けてくる。俺が蓋を開け飲みだせば、エトワルも俺の真似をして蓋を開け、すんすんと中身のにおいをかぎ、容器を揺らし、警戒心を解いた後腰に手を当て豪快に飲み干していた。
「はははは!べっぴんさんい飲みっぷりじゃねぇの!」
「うまい。初めて飲む味だ」
「確かに…というよりも。やけに甘いなこの水」
ぺろりと飲み干してしまったエトワルは興味津々に容器を眺め、俺は舌に広がるほのかな甘みに首を傾げ訝しんでしまう。
「レナトはともかく、べっぴんさんも知らねぇのか?甘水だよ、今市街地じゃこの水大人気なんだぜ」
「甘水…聞いたことあるか?」
「いや。アタシはそもそも市街地の流行りに疎いものでな」
「本来の水は味気ねえだろ?だから、水に少しの果汁混ぜて糖で甘く仕上げてあんだとさ。体に害はねえようだし、俺も俺の客もよく買っていってるぜ」
「もう一本貰おう。店主、代金は」
(あちらの世界で言う“ジュウス”と似たような感じか。まぁ、悪くないな)
お気に召したエトワルが二本目を店主から購入し受け取る傍らで、俺は小さく言葉を紡ぎながらゆったりと飲み干していく。
いつもの水の味に混じって僅かな果実の風味と、さらさらとした喉通りいい甘さが口内を過ぎ去った後でも余韻として残って、質のいい御酒を飲んでいる気分になってくる。
あちらの世界“アース”では、幅広い数の飲み水が所狭しと並んでいた。
滅多に見ることのできない黒色や、緑色、黄色などカラフルに彩られた飲み水(聞くところによればジュウスと呼ぶらしい)が至る所で売られており、試しにと黒色の飲み水を飲んでみれば、電流が口の中で暴れまわり思わず投げ捨ててしまった。
口直しに買った黄色の飲み水はとても甘く、ほのかに果実の香りが鼻を抜けた。
俺が今飲んでいるこの甘水よりもはるかに甘く、味が喉の奥にまで染みわたり、鼻の奥に果実の香りがこびりついて離れなかったのを憶えている。
同じ場所で買ったものにも関わらず、ここまで味の違いが出てしまうことに疑問を感じていたのだ。
恐らく黒色のあれはジュウス、ではなく投擲用の護身水だろう。
アース世界は他世界と違い、比較的平穏な世界だと思っていたが投擲用の護身水が売られるほどには、危ういところが少なからずあるようだ。
(…ん?けど、あの黒色の護身水…普通に飲んでいる人物もいたな)
常日頃から飲む水が電流が流れているかのようにバチバチと弾けるものだとするならば、アース世界の住人はかなり…いや結構な苦行を強いられているのでは。
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