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第一章 【第一星巡り部隊】
第十一節 消えゆく魂
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黄昏。
逢魔が時。
五つの世界に共通してある言葉だ。
意味はすべて同じだが、それを指す時間帯は世界によって違う。ここでは、暗くなる時間の手前、日が沈み空が真っ赤に染まる頃、“火の属性魔力”が常人にも感じられるほど高まる時間帯を指している。
「エトワル、大丈夫か」
「問題ない。…だが、属性魔力を感じる力のないアタシでも、ぞわぞわとする。感じる力の強いシュテルンや、ステラは大丈夫なのだろうか」
「まあ、常にあることだしな。慣れてるだろ」
そう、決して特別なことではない。
“火”の時間帯は、高い頻度で起きていることだ。鴉が夕暮れに鳴くように、家路につく時間帯を体感させるかのように、毎日起きている。種族によってはこの時間帯がより体に馴染み、心地よく感じるようだ。
そのためか、酩酊状態になりかけた野蛮なものたちが多く出やすい時間帯でもある。
正直に言えば“火”の時間帯は面倒ごとに巻き込まれやすくなるから苦手だ。
本来、星巡り部隊は世界の均衡を護るために存在している。けれど、一般市民は王族に尽くす騎士団や町を護る衛兵とは違い、身近で相談事や荒事を解決させる人たち。という認識が強い。
実際そんな風に振舞っているのだから当然なのだが、決まって衛兵よりも先に俺たちを頼ってくることが多いために、野蛮なものたちが多く出るこの時間帯は本当に、慌ただしくなってしまう。
「ちょおっと、そこの!お兄さん、話を聞いてくださいな」
ああ、ほら、言った傍から頬を赤らめた獣人族のおばさまが笑顔満開でこちらに歩んでくる。
にこ、にこ、と屈託のない笑みを浮かべているその口は血肉でも啜ったかのように真っ赤な雫が滴っていた。焦点が合っていないようで、左右の瞳は別々の方向に向いていた。
「レナト。あれはダメだ」
視線を合わせそうになる寸前に、エトワルの掌が俺の目を覆う。
“火”の属性魔力に強くあてられた野蛮なものたちは、俺たちを見ると必ず、“頼って”来るのだ。
意識も、自我も保った状態で、精神だけが他に感化させられてしまったように野蛮なモノたちの喋る言の葉は常に同じだ。
“聞いてください”
話を聞いても、同じ言葉を繰り返し。
話を聞かなくとも、同じ言葉をまた違う相手から言われる。
翌日には元通りに戻っているため、今ここで相手しようが同じことなのだが。
ー道を踏み外したモノは、戻ってこられない。
「エトワル、何が見える」
「赤だ」
「どれだけ見える」
「目、口、掌、…胸部、だな」
思わず、舌打ちを溢しそうになってしまう。
このおばさまは、踏み外した。
火の属性魔力にあてられただけなら、まだ対処することもできた。しかし、このおばさまはあろうことか火の属性魔力を“食らった”のだ。
この世界の人たちは魔力保有量が少ない。
代わりにすべての属性魔力をその身に借り受け、扱うことができる。あくまでも、属性魔力は大気に宿るもの。その身に借り受けるのにも、己の保有魔力で中和して扱うものだ。
それを食らった。
保有魔力で中和もせず、その身に宿してしまったのだ。かなりの長い期間、幾度も幾度も食らいその身にこびりついてしまった属性魔力は、もう教会でも対処ができないほど体の奥、魂にまで染まってしまった。
俺はエトワルの掌をおろして、じっとおばさまを見つめる。
穏やかに笑うおばさまの体は胸部から広がるように、真っ赤に、真っ赤に染まっていく。
「あら、あらあら、あら」
楽しんでいるように、微笑んでいるように、悲しんでいるように、喜んでいるかのように、おばさまは笑う。
元々、よく笑う人だったのだろう。
こんなになってまで、もう意識も自我もなくなっているはずなのに笑みを絶やさないのは、常におおらかで優しく笑う人懐っこい性格だったからなのだと、思う。
染まる。
赤に、朱に、緋に、あかに、染まっていく。
顔も染まり、手足も染まり、その内空の色に負けず劣らず紅く染まった後――
ボッと、全てが火に変わる。
勢いよく燃え上がった炎は、別の場所に燃え広がってしまうのではないのかと思うほど轟轟と火柱を立てていた。
「………」
「レナト?」
俺を庇うようにして立つエトワルを後ろに下がらせ、俺はその火柱の傍へと歩む。
星巡り部隊は、魂の転生を助ける者。
けれど、消滅してしまった魂を助けることは、できない。
「…せめて、貴方の名前だけでも聞けば良かった」
“話を聞いてくださいな”
もしかしたら、本当に話があったのかもしれない。
話を聞いていれば、おばさまの名前を知ることも、こんな形で消えていくこともなかったかもしれない。消えていく未来しかなかったとしても、おばさまの家族に死を伝えることができたかもしれない。
過ぎてしまったこととはいえ、俺は俺自身の行動を恨んでしまう。
大きな火柱は、やがて空気に溶けて消えるように形を変えていく。
ルベライドを循環し、俺たちの生活の糧となる火の属性魔力へと形を変え、消えていく。俺の目の前に確かに存在していた、笑みを絶やさないおばさまの存在は、もう誰ともわからない存在になってしまった。
「教会に戻ろう。司教に、報告しなければ」
見ず知らずの他人。
それでも目の前で存在が消えていなくなるというのは、思った以上に苦しいものなんだと、知ってしまった。
逢魔が時。
五つの世界に共通してある言葉だ。
意味はすべて同じだが、それを指す時間帯は世界によって違う。ここでは、暗くなる時間の手前、日が沈み空が真っ赤に染まる頃、“火の属性魔力”が常人にも感じられるほど高まる時間帯を指している。
「エトワル、大丈夫か」
「問題ない。…だが、属性魔力を感じる力のないアタシでも、ぞわぞわとする。感じる力の強いシュテルンや、ステラは大丈夫なのだろうか」
「まあ、常にあることだしな。慣れてるだろ」
そう、決して特別なことではない。
“火”の時間帯は、高い頻度で起きていることだ。鴉が夕暮れに鳴くように、家路につく時間帯を体感させるかのように、毎日起きている。種族によってはこの時間帯がより体に馴染み、心地よく感じるようだ。
そのためか、酩酊状態になりかけた野蛮なものたちが多く出やすい時間帯でもある。
正直に言えば“火”の時間帯は面倒ごとに巻き込まれやすくなるから苦手だ。
本来、星巡り部隊は世界の均衡を護るために存在している。けれど、一般市民は王族に尽くす騎士団や町を護る衛兵とは違い、身近で相談事や荒事を解決させる人たち。という認識が強い。
実際そんな風に振舞っているのだから当然なのだが、決まって衛兵よりも先に俺たちを頼ってくることが多いために、野蛮なものたちが多く出るこの時間帯は本当に、慌ただしくなってしまう。
「ちょおっと、そこの!お兄さん、話を聞いてくださいな」
ああ、ほら、言った傍から頬を赤らめた獣人族のおばさまが笑顔満開でこちらに歩んでくる。
にこ、にこ、と屈託のない笑みを浮かべているその口は血肉でも啜ったかのように真っ赤な雫が滴っていた。焦点が合っていないようで、左右の瞳は別々の方向に向いていた。
「レナト。あれはダメだ」
視線を合わせそうになる寸前に、エトワルの掌が俺の目を覆う。
“火”の属性魔力に強くあてられた野蛮なものたちは、俺たちを見ると必ず、“頼って”来るのだ。
意識も、自我も保った状態で、精神だけが他に感化させられてしまったように野蛮なモノたちの喋る言の葉は常に同じだ。
“聞いてください”
話を聞いても、同じ言葉を繰り返し。
話を聞かなくとも、同じ言葉をまた違う相手から言われる。
翌日には元通りに戻っているため、今ここで相手しようが同じことなのだが。
ー道を踏み外したモノは、戻ってこられない。
「エトワル、何が見える」
「赤だ」
「どれだけ見える」
「目、口、掌、…胸部、だな」
思わず、舌打ちを溢しそうになってしまう。
このおばさまは、踏み外した。
火の属性魔力にあてられただけなら、まだ対処することもできた。しかし、このおばさまはあろうことか火の属性魔力を“食らった”のだ。
この世界の人たちは魔力保有量が少ない。
代わりにすべての属性魔力をその身に借り受け、扱うことができる。あくまでも、属性魔力は大気に宿るもの。その身に借り受けるのにも、己の保有魔力で中和して扱うものだ。
それを食らった。
保有魔力で中和もせず、その身に宿してしまったのだ。かなりの長い期間、幾度も幾度も食らいその身にこびりついてしまった属性魔力は、もう教会でも対処ができないほど体の奥、魂にまで染まってしまった。
俺はエトワルの掌をおろして、じっとおばさまを見つめる。
穏やかに笑うおばさまの体は胸部から広がるように、真っ赤に、真っ赤に染まっていく。
「あら、あらあら、あら」
楽しんでいるように、微笑んでいるように、悲しんでいるように、喜んでいるかのように、おばさまは笑う。
元々、よく笑う人だったのだろう。
こんなになってまで、もう意識も自我もなくなっているはずなのに笑みを絶やさないのは、常におおらかで優しく笑う人懐っこい性格だったからなのだと、思う。
染まる。
赤に、朱に、緋に、あかに、染まっていく。
顔も染まり、手足も染まり、その内空の色に負けず劣らず紅く染まった後――
ボッと、全てが火に変わる。
勢いよく燃え上がった炎は、別の場所に燃え広がってしまうのではないのかと思うほど轟轟と火柱を立てていた。
「………」
「レナト?」
俺を庇うようにして立つエトワルを後ろに下がらせ、俺はその火柱の傍へと歩む。
星巡り部隊は、魂の転生を助ける者。
けれど、消滅してしまった魂を助けることは、できない。
「…せめて、貴方の名前だけでも聞けば良かった」
“話を聞いてくださいな”
もしかしたら、本当に話があったのかもしれない。
話を聞いていれば、おばさまの名前を知ることも、こんな形で消えていくこともなかったかもしれない。消えていく未来しかなかったとしても、おばさまの家族に死を伝えることができたかもしれない。
過ぎてしまったこととはいえ、俺は俺自身の行動を恨んでしまう。
大きな火柱は、やがて空気に溶けて消えるように形を変えていく。
ルベライドを循環し、俺たちの生活の糧となる火の属性魔力へと形を変え、消えていく。俺の目の前に確かに存在していた、笑みを絶やさないおばさまの存在は、もう誰ともわからない存在になってしまった。
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