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第十七話
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※秀司視点
あれから三ヶ月。俺から身を引くと言ったものの、透からの連絡が一切ないことに心配で落ち着かなかった。
それにあの男。なんで透はあんな奴と一緒に。今もなお透があの男の家にいると考えると煮えくり返るような怒りが湧いてくる。ここはぐっと堪えて何もしないのがベストなのだろうが、気になって仕方なかった。
「九重、お前何か悩みでもあるのか?」
宮永さんの言葉にハッと我に帰る。
「秋季キャンプも今日で終わりって言うのに結局その間ずっとどこか身が入っていないようだし、今だって着替えの途中だっていうのにぼうっと突っ立ってるじゃないか」
辺りを見渡すと控室にいるのは宮永さんと俺の二人のみ。ユニフォームも脱ぎかけで宮永さんはもう既に私服に着替え終わっていた。
「すみません……」
「悩みがあるっていうなら俺でも誰でもいい。吐き出したらどうだ?」
「まぁそうですよね……」
「なんだ? そんなに深刻な悩みなのか?」
「深刻……かもですね」
「まさか痴情のもつれか?」
的を得た問いに思わず驚く。
「図星かよ。お前そういうの興味ないのかと思ってたわ。てか彼女いたんだな。どうした? 振られでもしたのか?」
「そういうんじゃないんですけど、その……」
こんなこと宮永さんに話していいものか。
「俺に話しにくいなら話さなくていい。けど遠慮してんならそんな気回さなくていい。お前も俺もチームの一員だからな」
そこまで言ってもらえるとは思ってもみなかった。けれど宮永さんならきっと忖度なくはっきりと言いづらいことも言ってくれる気がした。
「宮永さん……その──」
好きな子は男だということは伏せておいて大まかな内容を話す。宮永さんはというと最初は腕組みをして真剣に耳を傾けていたが、話が進むにつれ疲れたように肩を脱力させていった。
「おいおい、まるで昼ドラじゃねぇかよ……」
「宮永さん。俺どうしたら……」
参ってる俺なんて初めて見たのだろうか。宮永さんが俺を凝視する。けれどすぐに腕を組み直していつもの宮永さんらしい雰囲気に戻る。
「そんなの簡単なことじゃないか。その子に電話しろ」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
「どうしてだ? お前はその子が心配なわけだろう?」
「そうですけど……」
黙り込む俺に宮永さんが困ったように眉尻を下げる。
「じゃあなんだ? 何が問題だって言うんだ?」
「……俺は俺のせいでアイツを苦しませたくないんです」
「好きなのに憎いって? 俺にはさっぱり分からないな」
「俺がそばにいるとアイツは苦しむ。なら俺からアイツに近づくような真似したくないんです」
「だがたかが電話一本だぞ。それくらい別にどうもないだろ」
「でも透からは何も連絡はないんです。それってつまり俺を必要としていないってことで、俺が連絡して透を敢えて悩ませるのはどうかなと」
「じゃあお前はそうやってずっとウジウジしてるままでいいってのか?」
「それは……」
「ほらそういうわけにはいかねぇだろ。だったら電話しろ。電話して拒絶されるんならこちらからはもう何もしなければいい。それにお前の言ってるその逆だってあるかもしれねぇんだぞ。例えば連絡しようにも出来ない状況とかな」
「透が事件に巻き込まれてるかもしれないってことですか!?」
「おいおい例えばの話だ。まぁほら……飼われてるって言うなら色んなことをさせられてるわけだろ? なら利用されてってこともあるって話で──」
「っくそ……!」
アイツの良いように透が扱われているだけでなく透の身を危険に晒すなんて。そんなことを思いつかなった自分に怒りが湧いてくる。ああ、こんなことになるんならあの時無理矢理にでも透を引き止めておけば良かった。
「おーいだからマジになるなってんだよ。これはあくまで例えばの話でその中でも最悪な状況を想定しただけだ。けど分かったろ? お前がその子を想うならその子のためにも一本くらい電話掛けてやれよ」
確かに宮永さんの言う通りなのかもしれない。透が事件に巻き込まれてる可能性があるのならとても心配だし、俺がこうして受けの姿勢でいたって現状は何も変わらない。ならこの一度だけでいいから透に連絡を取った方がいい。
「……そうですね。一回話してみようと思います」
「おう。くれぐれも言葉は慎重にな。なんだかその子にとってお前の存在自体が爆弾みたいなもんみたいだからな。お前の発言が知らず知らずの内にその子の禁忌に土足で踏み入ってるかもしれねぇ」
「勿論です。……もうそれは過去に痛いほど経験しましたから」
「そうか」
透は失踪の原因は俺のせいではないと言ってくれたが、あの時自分の失言で透を追い詰めたのは確かだ。切実に透が生きていることを願う日々。もうあんな思いはしたくない。
「てかお前の好きな奴って男だったんだな」
「えっ」
「ほら途中から透って。まぁ女の名前ってこともあるかもだけど多分男だろ?」
しまった。
そこで初めて透と名前を出していたことに気付く。
「身内にもいるし俺は別になんとも思っちゃいないが、もう少し気をつけろ。思い詰めてて心に余裕がないって言ってもこういう些細なミスがスキャンダルに成りかねないからな。お前なら尚更だ。お前は日本で終わるような奴じゃないからな」
「すみません……」
「何に謝ってんだよ。ま、相手が男だからって話だけじゃなくて昼ドラみたいな展開なんてメディアが放っておかないだろうから周囲にも気をつけろって話だ」
「あの、宮永さんありがとうございます」
今回も含めて宮永さんには色々と世話になりっぱなしだ。感謝してもしきれない。
「投手のケアも捕手の役目。気にすんなってかっこよく言いたいところだが結構重たかったから今度呑み行った時奢れよ」
「勿論です。呑みとは別に今度お礼させてください」
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
そんなわけがないと思った。けれど何度掛け直しても同じ自動音声が流れるだけ。
「どうして……」
俺を避けるためにわざわざ番号を変えたのか。いやまさか宮永さんの言う通り何か事件に巻き込まれてるんじゃ。こうしてはいられないと焦るが何をしたらいいか分からずそんな自分に苛つくことしかできない。
唯一透との繋がりはこの電話番号だけだった。これが途切れたとなると透の行方など全く知る由もない。
「……透」
どんなに心から求めようが俺の呼ぶ声に返事はない。あの頃に逆戻りだ。透の姿を追い求めて時間が少しでもできさえすれば心当たりのある場所へとしらみ潰しに探し続ける日々。
その日々の中、俺はただ透が無事でいてくれれば良かった。元気な透ともう一度会いたかった。
けれど会った瞬間、全てを超越するほどの欲が俺の中で湧いた。透と一緒にいたい。透のそばにいたい。
物心ついた時から俺は透が好きだった。それが世の中にとっては正常ではなく、透が俺をそういう意味で好きではないってことも知っていた。けれど透と過ごす日々に思わずにいられなかった。
ずっとこんな風に透と一緒にいれたらどんなに幸せかと。
だから透の口から俺のことが好きだと聞いた時は飛び上がりそうなほどに嬉しかった。それ故に俺を憎みたくないからとそばにいれないと聞いた時も落ち込みも凄まじいものだった。
それを告げる透もきっと辛かったはずだ。
俺がいると透が苦しむ。
そもそも透がこうなったのは俺が望みすぎたからなのかもしれない。ただ俺は元気な透に会えれば良かったのにそれ以上を望んでしまった。そんな俺が嫌で透は自分から繋がりを絶ったのかもしれない。
だが立ち尽くすわけにはいかない。
急いでコートを羽織り、荷物をまとめてタクシーに乗り込みホテルを後にする。
透が俺を遠ざけるためだったにしろ透の身が心配なことには変わりない。
目指すは俺と透が出会ったあの駅。あそこに行けばまた透に会えるかもしれない。それに駅は多くの人に利用される。であれば透を飼っているあの男を見つけることもできるかもしれない。幸運にも三日ほどは何も予定がないため駅近のホテルに予約を入れて駅に詰めることを決め込んだ。
改札口全体を眺めることができる広場の柱に背を預け、通る人の顔を視線で追っていく。とは言っても俺自身が人の目につく存在なのは分かっている。一応変装としてマスクとメガネをしている。だからと言って朝から晩まで駅に居座っては不審者という意味でも怪しまれる。そのため人目につかない広場の隅にいたり時々移動したりして透とあの男を探した。
もうすぐ終電。今日も透は現れなかった。あの男の姿も見かけない。二人に関しての手がかりなどほぼない。鍛えているとはいえ三日ずっと立ちっぱなしの疲労で限界を感じ始めていた。
終電の時刻が過ぎ、まばらに人が改札口を出て行く。その中にも透はいなかった。落胆にホテルへと足を向けようとした時、あの男を見つけた。
アイツ……!
駆けようとしたその時見知らぬ男に気付く。
奴一人かと思えば隣には赤髪の男が手を繋いで歩いていた。男の顔を見ただけでもはらわたが煮えくり返るというのに隣の赤髪を捉えた瞬間我を忘れるほどの怒りが湧いてくる。
「おい!」
大声で男のもとへ向かい、胸倉を掴む。
「てめぇ、透じゃあ飽きたらず他の奴と男遊びかよ! 囲うって決めた一人の人間もロクに幸せにできねぇで遊び呆けるなんざとんだクソ野郎だな!」
「はぁ!? なんだよ急に」
ヤマトが困惑に声を荒げる。
周囲にいた人々が面倒事には巻き込まれないようにとそそくさと後にしていくがそんなことを気にする余裕もなかった。
「アイツにとってはお前しかいねぇんだぞ! だというのにてめぇは見境もなく一人我欲を満たすだけかよ!」
「おいやめろ! 手離せよ!」
見かねた赤髪の男が俺の腕を掴み、無理矢理奴から引き離す。
「なんでこんな奴が透の隣なんかに……」
「はぁ透? なんでお前が知ってんだよ。てかお前誰だよ」
気づいてないらしい奴にマスクを下に下げて顔を見せればヤマトは驚いたように目を見開く。同様に赤髪の男も驚いた様子で俺を見る。
「えっ、嘘……九重秀司」
「透にとっての幸せがお前に必要とされることなら俺は仕方ないと思ってた。だがやっぱりてめぇは透のことをなんとも思っちゃいないクズ野郎だったな」
「おいクズってなんだよ。いくらなんでも失礼すぎやしないか!?」
赤髪が激昂し、庇うように奴の前へと出る。
「全て本当のことだ。人を性欲の発散道具としか思っちゃいないクズ野郎だ。アンタも飼われてる身なら分かってることだろうが」
「……道具? 飼われてる?」
どうやら意味をうまく掴めていないらしい。どういうことだと戸惑いを隠せない様子で赤髪がヤマトに問う。
「あ、あれはお互いの合意のもとでやっていたことで、透も自分から望んでやっていたことだ。も、もちろん無下になんてしたこともない!」
「透ってあの同居人のことだろ。飼うってそんな……まさか二人がそんな関係だったなんて……」
「ち、違う。っいや違わないけど。誤解しないでくれ! 俺と透は恋人ってわけじゃなくてあくまでも体だけの関係で──」
「なんだよそれ。気持ち悪い」
赤髪の口から放たれた強烈な一言にヤマトが茫然とする。俺にしてみれば二人の痴話喧嘩などどうでもいい。聞きたいことは別にある。
「お前は透をなんとも思っちゃいねぇ。そんなクズに透を幸せになんかできるはずがねぇ。おい、透はどこだ? お前の家にいるんだろう」
俺の声に反応することはなく、だいぶショックを受けたのかヤマトは立ち尽くしたまま。胸倉を掴み意識をこちらに向けさせる。
「っ透はどこなんだ?」
それでも反応は薄い。一発殴ろうかと思案したところで赤髪が言う。
「俺の記憶通りなら三ヶ月前にはもう大和の家にはいなかった」
「いなかった……?」
「同居を解消したんだと思ってたが……」
本当のことは知らないと言った様子に「どういうことだ!?」と詰める。けれどヤマトは衝撃にぐらぐらと首を揺らすだけで答えようとはしない。その様子に赤髪も静かな怒りを宿して後押しする。
「あの同居人のこと、今までのこと二人で話したい。だからさっさと居場所教えろよ」
それを聞いてやっとのこと淀んだ瞳が俺を映す。
「……透なら三ヶ月前に出て行った。それからどこで何をしてるかは知らない……」
「そんな……」
衝撃に打ちのめされる。
悪夢が再び姿を現す。
また透を見失った。再会を果たしたことさえ奇跡だというのにまた俺は……。
透が背を向け、暗い闇の中へと消えていく。
「っ何か、何か思い当たる場所はないのか。なんでもいい、教えてくれ!」
「……知らない。プライベートのことは突っ込まない主義だったんだ」
藁にも縋る思いだった。
深い喪失感が俺を溺れさせる。
もう二度と透とは会えない。何度も抱いた恐怖がフラッシュバックのように蘇ってくる。このままじゃあ自分がどうにかなりそうでいても経ってもいられなかった。
駅を飛び出してポツポツと電灯が照らす街を駆け、透の姿を探し回る。見当などありはしなかった。けれど俺に出来ることと言ったらこれくらいしかなかった。
「透、透……!」
どんなに名前を呼んだって透が現れることはない。
荒れた波が何度も俺に襲いかかり肺を海水で満たし、陽の光が徐々に視界から薄れゆく。溺れた体は重く膝から地面に崩れ落ちる。もう立ち上がる気力もなかった。
「…………とおる」
透への繋がりも手がかりも何もない。もうどうしようもない。一度しかないチャンスを逃した愚者に二度目は訪れない。
今度こそ透には会えないんだ。
あれから三ヶ月。俺から身を引くと言ったものの、透からの連絡が一切ないことに心配で落ち着かなかった。
それにあの男。なんで透はあんな奴と一緒に。今もなお透があの男の家にいると考えると煮えくり返るような怒りが湧いてくる。ここはぐっと堪えて何もしないのがベストなのだろうが、気になって仕方なかった。
「九重、お前何か悩みでもあるのか?」
宮永さんの言葉にハッと我に帰る。
「秋季キャンプも今日で終わりって言うのに結局その間ずっとどこか身が入っていないようだし、今だって着替えの途中だっていうのにぼうっと突っ立ってるじゃないか」
辺りを見渡すと控室にいるのは宮永さんと俺の二人のみ。ユニフォームも脱ぎかけで宮永さんはもう既に私服に着替え終わっていた。
「すみません……」
「悩みがあるっていうなら俺でも誰でもいい。吐き出したらどうだ?」
「まぁそうですよね……」
「なんだ? そんなに深刻な悩みなのか?」
「深刻……かもですね」
「まさか痴情のもつれか?」
的を得た問いに思わず驚く。
「図星かよ。お前そういうの興味ないのかと思ってたわ。てか彼女いたんだな。どうした? 振られでもしたのか?」
「そういうんじゃないんですけど、その……」
こんなこと宮永さんに話していいものか。
「俺に話しにくいなら話さなくていい。けど遠慮してんならそんな気回さなくていい。お前も俺もチームの一員だからな」
そこまで言ってもらえるとは思ってもみなかった。けれど宮永さんならきっと忖度なくはっきりと言いづらいことも言ってくれる気がした。
「宮永さん……その──」
好きな子は男だということは伏せておいて大まかな内容を話す。宮永さんはというと最初は腕組みをして真剣に耳を傾けていたが、話が進むにつれ疲れたように肩を脱力させていった。
「おいおい、まるで昼ドラじゃねぇかよ……」
「宮永さん。俺どうしたら……」
参ってる俺なんて初めて見たのだろうか。宮永さんが俺を凝視する。けれどすぐに腕を組み直していつもの宮永さんらしい雰囲気に戻る。
「そんなの簡単なことじゃないか。その子に電話しろ」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
「どうしてだ? お前はその子が心配なわけだろう?」
「そうですけど……」
黙り込む俺に宮永さんが困ったように眉尻を下げる。
「じゃあなんだ? 何が問題だって言うんだ?」
「……俺は俺のせいでアイツを苦しませたくないんです」
「好きなのに憎いって? 俺にはさっぱり分からないな」
「俺がそばにいるとアイツは苦しむ。なら俺からアイツに近づくような真似したくないんです」
「だがたかが電話一本だぞ。それくらい別にどうもないだろ」
「でも透からは何も連絡はないんです。それってつまり俺を必要としていないってことで、俺が連絡して透を敢えて悩ませるのはどうかなと」
「じゃあお前はそうやってずっとウジウジしてるままでいいってのか?」
「それは……」
「ほらそういうわけにはいかねぇだろ。だったら電話しろ。電話して拒絶されるんならこちらからはもう何もしなければいい。それにお前の言ってるその逆だってあるかもしれねぇんだぞ。例えば連絡しようにも出来ない状況とかな」
「透が事件に巻き込まれてるかもしれないってことですか!?」
「おいおい例えばの話だ。まぁほら……飼われてるって言うなら色んなことをさせられてるわけだろ? なら利用されてってこともあるって話で──」
「っくそ……!」
アイツの良いように透が扱われているだけでなく透の身を危険に晒すなんて。そんなことを思いつかなった自分に怒りが湧いてくる。ああ、こんなことになるんならあの時無理矢理にでも透を引き止めておけば良かった。
「おーいだからマジになるなってんだよ。これはあくまで例えばの話でその中でも最悪な状況を想定しただけだ。けど分かったろ? お前がその子を想うならその子のためにも一本くらい電話掛けてやれよ」
確かに宮永さんの言う通りなのかもしれない。透が事件に巻き込まれてる可能性があるのならとても心配だし、俺がこうして受けの姿勢でいたって現状は何も変わらない。ならこの一度だけでいいから透に連絡を取った方がいい。
「……そうですね。一回話してみようと思います」
「おう。くれぐれも言葉は慎重にな。なんだかその子にとってお前の存在自体が爆弾みたいなもんみたいだからな。お前の発言が知らず知らずの内にその子の禁忌に土足で踏み入ってるかもしれねぇ」
「勿論です。……もうそれは過去に痛いほど経験しましたから」
「そうか」
透は失踪の原因は俺のせいではないと言ってくれたが、あの時自分の失言で透を追い詰めたのは確かだ。切実に透が生きていることを願う日々。もうあんな思いはしたくない。
「てかお前の好きな奴って男だったんだな」
「えっ」
「ほら途中から透って。まぁ女の名前ってこともあるかもだけど多分男だろ?」
しまった。
そこで初めて透と名前を出していたことに気付く。
「身内にもいるし俺は別になんとも思っちゃいないが、もう少し気をつけろ。思い詰めてて心に余裕がないって言ってもこういう些細なミスがスキャンダルに成りかねないからな。お前なら尚更だ。お前は日本で終わるような奴じゃないからな」
「すみません……」
「何に謝ってんだよ。ま、相手が男だからって話だけじゃなくて昼ドラみたいな展開なんてメディアが放っておかないだろうから周囲にも気をつけろって話だ」
「あの、宮永さんありがとうございます」
今回も含めて宮永さんには色々と世話になりっぱなしだ。感謝してもしきれない。
「投手のケアも捕手の役目。気にすんなってかっこよく言いたいところだが結構重たかったから今度呑み行った時奢れよ」
「勿論です。呑みとは別に今度お礼させてください」
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
そんなわけがないと思った。けれど何度掛け直しても同じ自動音声が流れるだけ。
「どうして……」
俺を避けるためにわざわざ番号を変えたのか。いやまさか宮永さんの言う通り何か事件に巻き込まれてるんじゃ。こうしてはいられないと焦るが何をしたらいいか分からずそんな自分に苛つくことしかできない。
唯一透との繋がりはこの電話番号だけだった。これが途切れたとなると透の行方など全く知る由もない。
「……透」
どんなに心から求めようが俺の呼ぶ声に返事はない。あの頃に逆戻りだ。透の姿を追い求めて時間が少しでもできさえすれば心当たりのある場所へとしらみ潰しに探し続ける日々。
その日々の中、俺はただ透が無事でいてくれれば良かった。元気な透ともう一度会いたかった。
けれど会った瞬間、全てを超越するほどの欲が俺の中で湧いた。透と一緒にいたい。透のそばにいたい。
物心ついた時から俺は透が好きだった。それが世の中にとっては正常ではなく、透が俺をそういう意味で好きではないってことも知っていた。けれど透と過ごす日々に思わずにいられなかった。
ずっとこんな風に透と一緒にいれたらどんなに幸せかと。
だから透の口から俺のことが好きだと聞いた時は飛び上がりそうなほどに嬉しかった。それ故に俺を憎みたくないからとそばにいれないと聞いた時も落ち込みも凄まじいものだった。
それを告げる透もきっと辛かったはずだ。
俺がいると透が苦しむ。
そもそも透がこうなったのは俺が望みすぎたからなのかもしれない。ただ俺は元気な透に会えれば良かったのにそれ以上を望んでしまった。そんな俺が嫌で透は自分から繋がりを絶ったのかもしれない。
だが立ち尽くすわけにはいかない。
急いでコートを羽織り、荷物をまとめてタクシーに乗り込みホテルを後にする。
透が俺を遠ざけるためだったにしろ透の身が心配なことには変わりない。
目指すは俺と透が出会ったあの駅。あそこに行けばまた透に会えるかもしれない。それに駅は多くの人に利用される。であれば透を飼っているあの男を見つけることもできるかもしれない。幸運にも三日ほどは何も予定がないため駅近のホテルに予約を入れて駅に詰めることを決め込んだ。
改札口全体を眺めることができる広場の柱に背を預け、通る人の顔を視線で追っていく。とは言っても俺自身が人の目につく存在なのは分かっている。一応変装としてマスクとメガネをしている。だからと言って朝から晩まで駅に居座っては不審者という意味でも怪しまれる。そのため人目につかない広場の隅にいたり時々移動したりして透とあの男を探した。
もうすぐ終電。今日も透は現れなかった。あの男の姿も見かけない。二人に関しての手がかりなどほぼない。鍛えているとはいえ三日ずっと立ちっぱなしの疲労で限界を感じ始めていた。
終電の時刻が過ぎ、まばらに人が改札口を出て行く。その中にも透はいなかった。落胆にホテルへと足を向けようとした時、あの男を見つけた。
アイツ……!
駆けようとしたその時見知らぬ男に気付く。
奴一人かと思えば隣には赤髪の男が手を繋いで歩いていた。男の顔を見ただけでもはらわたが煮えくり返るというのに隣の赤髪を捉えた瞬間我を忘れるほどの怒りが湧いてくる。
「おい!」
大声で男のもとへ向かい、胸倉を掴む。
「てめぇ、透じゃあ飽きたらず他の奴と男遊びかよ! 囲うって決めた一人の人間もロクに幸せにできねぇで遊び呆けるなんざとんだクソ野郎だな!」
「はぁ!? なんだよ急に」
ヤマトが困惑に声を荒げる。
周囲にいた人々が面倒事には巻き込まれないようにとそそくさと後にしていくがそんなことを気にする余裕もなかった。
「アイツにとってはお前しかいねぇんだぞ! だというのにてめぇは見境もなく一人我欲を満たすだけかよ!」
「おいやめろ! 手離せよ!」
見かねた赤髪の男が俺の腕を掴み、無理矢理奴から引き離す。
「なんでこんな奴が透の隣なんかに……」
「はぁ透? なんでお前が知ってんだよ。てかお前誰だよ」
気づいてないらしい奴にマスクを下に下げて顔を見せればヤマトは驚いたように目を見開く。同様に赤髪の男も驚いた様子で俺を見る。
「えっ、嘘……九重秀司」
「透にとっての幸せがお前に必要とされることなら俺は仕方ないと思ってた。だがやっぱりてめぇは透のことをなんとも思っちゃいないクズ野郎だったな」
「おいクズってなんだよ。いくらなんでも失礼すぎやしないか!?」
赤髪が激昂し、庇うように奴の前へと出る。
「全て本当のことだ。人を性欲の発散道具としか思っちゃいないクズ野郎だ。アンタも飼われてる身なら分かってることだろうが」
「……道具? 飼われてる?」
どうやら意味をうまく掴めていないらしい。どういうことだと戸惑いを隠せない様子で赤髪がヤマトに問う。
「あ、あれはお互いの合意のもとでやっていたことで、透も自分から望んでやっていたことだ。も、もちろん無下になんてしたこともない!」
「透ってあの同居人のことだろ。飼うってそんな……まさか二人がそんな関係だったなんて……」
「ち、違う。っいや違わないけど。誤解しないでくれ! 俺と透は恋人ってわけじゃなくてあくまでも体だけの関係で──」
「なんだよそれ。気持ち悪い」
赤髪の口から放たれた強烈な一言にヤマトが茫然とする。俺にしてみれば二人の痴話喧嘩などどうでもいい。聞きたいことは別にある。
「お前は透をなんとも思っちゃいねぇ。そんなクズに透を幸せになんかできるはずがねぇ。おい、透はどこだ? お前の家にいるんだろう」
俺の声に反応することはなく、だいぶショックを受けたのかヤマトは立ち尽くしたまま。胸倉を掴み意識をこちらに向けさせる。
「っ透はどこなんだ?」
それでも反応は薄い。一発殴ろうかと思案したところで赤髪が言う。
「俺の記憶通りなら三ヶ月前にはもう大和の家にはいなかった」
「いなかった……?」
「同居を解消したんだと思ってたが……」
本当のことは知らないと言った様子に「どういうことだ!?」と詰める。けれどヤマトは衝撃にぐらぐらと首を揺らすだけで答えようとはしない。その様子に赤髪も静かな怒りを宿して後押しする。
「あの同居人のこと、今までのこと二人で話したい。だからさっさと居場所教えろよ」
それを聞いてやっとのこと淀んだ瞳が俺を映す。
「……透なら三ヶ月前に出て行った。それからどこで何をしてるかは知らない……」
「そんな……」
衝撃に打ちのめされる。
悪夢が再び姿を現す。
また透を見失った。再会を果たしたことさえ奇跡だというのにまた俺は……。
透が背を向け、暗い闇の中へと消えていく。
「っ何か、何か思い当たる場所はないのか。なんでもいい、教えてくれ!」
「……知らない。プライベートのことは突っ込まない主義だったんだ」
藁にも縋る思いだった。
深い喪失感が俺を溺れさせる。
もう二度と透とは会えない。何度も抱いた恐怖がフラッシュバックのように蘇ってくる。このままじゃあ自分がどうにかなりそうでいても経ってもいられなかった。
駅を飛び出してポツポツと電灯が照らす街を駆け、透の姿を探し回る。見当などありはしなかった。けれど俺に出来ることと言ったらこれくらいしかなかった。
「透、透……!」
どんなに名前を呼んだって透が現れることはない。
荒れた波が何度も俺に襲いかかり肺を海水で満たし、陽の光が徐々に視界から薄れゆく。溺れた体は重く膝から地面に崩れ落ちる。もう立ち上がる気力もなかった。
「…………とおる」
透への繋がりも手がかりも何もない。もうどうしようもない。一度しかないチャンスを逃した愚者に二度目は訪れない。
今度こそ透には会えないんだ。
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「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
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