神官長は勇者に囚われて

4

逃げようとした私を、シンは裏路地で捕らえた。
　振り払おうと必死に腕を押し返したが、彼の力は強く、壁に押しつけられたまま動けなかった。

　「離してください……！　私は……貴方の望むような人間では……」
　「そんなのどうでもいい」

　シンの声は低く、耳を焼くように熱かった。
　「俺は君が欲しい。君が泣いても拒んでも、全部抱きしめる。……だから逃げるな」

　頬を伝う涙を、荒々しい指先が拭った。
　その手つきが優しいのか乱暴なのか、自分でも分からなくなる。

　「やめ……っ」
　衣の襟元にかかる彼の手を掴んだが、震える指先に力はこもらなかった。

　「イリアス」

　名を呼ばれるたび、心が揺れる。
　彼の吐息が首筋にかかり、熱が広がっていく。

　「君がどんな過去を抱えていようと関係ない。……俺は君を愛してる。君が世界の全部なんだ」

　胸の奥が痛んだ。
　どうして、そんな言葉を言えるのか。どうして私なんかを――。

　「俺から逃げようとしたって無駄だ。君の体が震えてるのは、恐怖だけじゃない」

　耳元に囁かれ、背筋に電流が走った。
　自分でも気づきたくなかった感覚。恐怖と羞恥の裏側で、確かに熱を帯びていく身体。

　「違う……私は……」
　「いいや、違わない」

　シンは私を抱き寄せ、唇を塞ごうと顔を近づける。
　必死に横を向いたが、頬を伝う彼の吐息に心臓が跳ね上がった。

　「……君が拒んでも、俺は離さない。何度でも言う。君がすべてだ」

　その言葉に、抗おうとする心と、安堵してしまう心が入り混じり、涙が止まらなかった。
　この夜、私はついに――抗えぬ愛と快楽の淵に足を踏み入れようとしていた。