バッドラック ――ハイジャック騒ぎの中、個人的な問題に慌てふためくエコノミークラスの乗客たち――

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飛び立った旅客機で嘆く強盗

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「――チッ、ああもう我慢できねぇ……クソッ、何で俺たちがエコノミーなんだよ! 金なら腐るほど持ってんだろうが!!」

 新東京国際空港から飛び立った旅客機の中で、吾妻剛あづまつよしのその声は、エコノミークラスの客室に並んで座る乗客たちの注目を集めるには、十分な声量だった。

 今現在、諸事情からあまり目立ちたくないことを思い出す吾妻は、苛立ちに狩られてしまった己の愚行に反省しつつ、迷惑そうに視線を向けてきた新人臭さの抜けない出来損ないの客室乗務員に対し愛想笑いをくれてやると、軽い咳払い一つで気持ちを整え、隣に座る男にだけ聞こえるよう声を潜めて、改めて自らの苛立ちの原因に言及する。

「……ったくよぉ、何で俺たちの航空券がエコノミーなんだよ。金、あっただろ?」

「別にいいだろ。見ろよ、今こうやって座ってるここは、最前列だから目の前の壁まで足を伸ばし放題。誤って蹴っても不満そうな顔で睨み返されたりはしないし、馬鹿がこっちに座席を倒してくることもない。加えて三席並ぶ内の一席は空席らしいから、ここに座るのは俺と吾妻だけで他の乗客に話を聞かれる事もない。言い換えれば天国じゃないか、この席は」

 吾妻の隣に座り、得意げに返答した津田陸也つだりくやは、腕を組むと大胆に脚を伸ばす。それほど長くもない脚を悠々と、根っからのできの悪さを全身から滲ませながら。

「……ビジネスクラスって知ってんのか、お前は」

 左右三席、中央四席で合計百席以上並ぶエコノミーで、進行方向右側の座席一列目に陣取る吾妻と津田の二人は、日本から出て海外へ向かう途中だった。
 それも、高飛びという名の粋な海外旅行の真っ最中。

「あっ、ビジネスね! いやいや、でも、あんまり派手に使い過ぎてもアレだろ? 逃亡初日から散財してたら、資金がさ」

「……んなケチ臭いこと言ってると、本当に腐っちまうぞ。この金」

 そう言って吾妻が見上げたのは、座席上部に取り付けられた荷物棚。大きな声では言えないが、キャッシュで総額二億。二人にはそれだけの所持金が手荷物の中にあった。

「……ったくよ。やっと億万長者になれたってのに、なんだってまた貧乏くせェエコノミーなんかに俺たちが……」

 飛び立ってしまった機内で、これ以上駄々を捏ねることを得策ではないと諦めた吾妻が座り直すその椅子は、二億と大金を手にした彼らには遥かに安っぽい、尻に悪い硬さだ。
 しかし黙って座っていれさえすれば、エコノミーでも問題なく機は飛ぶ。
 そう、黙って座っていることさえできれば、飛行機は滞りなく、平穏無事に大空を飛んでくれるのだ。
 これくらいの計画の狂いは許容範囲。嘆きはするが、暴れはしない。

「くそっ……我慢だ、我慢。あと数時間後には、こんな貧乏臭い生活からは脱却できるんだからな」

 とっとと寝てしまおう。腕を組んで目を瞑る吾妻の心中は、心地の悪い椅子に対して諦めに支配されていたが、その先には果てのない希望と快楽が待っている。そのための僅かな我慢ならば、これくらいは苦痛でもなんでもない。
 旅は始まったばかりだ。気長にいけばいい。
 これは決して短期の海外旅行などではないのだ。
 もっと気長に、心は優雅に、成金の強盗らしくいこうじゃないか。

 ――けれどもその数時間後、心を落ち着かせることを誓ったはずの吾妻が、相棒の津田に殺すつもりで銃を向けることになろうとは、このときの吾妻は考えもしていなかった。



          ◇◇



 吾妻と津田の乗る便の離陸から、数時間前。

「――オラァッ、手ぇ上げろ!! ぶっ殺すぞ!!」

「おいおい、もっとスマートにいけよ。もっと知的に、手際よく。ジョン・デリンジャーみたいにさ」

「これが俺流なんだよ。口出すなよ吾妻」

「ふぅん……うっかり相棒の名前を口走るのがお前流なら、俺は心の底から感心するよ。ありがとな、この大馬鹿野郎」

 黒い覆面を被った男が二人、白昼堂々とある邸宅に不法侵入していた。男たちの名は吾妻剛と津田陸也。彼等は邸宅の中で声を荒らげると、屈強な男たちを拳銃を振り翳して脅し、床に伏せさせる。

「チッ……悪かったな相棒! どうせ俺はこの程度でございますよ。さあ、ご指示をどうぞ、ボス」

「減らず口ばかり叩きやがって。いいからお前は拳銃だけ翳して、ちょっと口閉じてろ」

 吾妻にそう言われ、津田は拳銃を握っていない左手を使い、自分の上下の唇をチャックで閉じる動作を吾妻に見せつける。

「ったくよぉ……」

 拳銃片手にお道化る津田に、吾妻は呆れた声を漏らすしかない。

 吾妻と津田は思い起こせば、かれこれ十年以上の付き合いで、所謂腐れ縁だった。

 類は友を呼ぶとはよくいったものだが、二人とも未だ定職にも就かず、その日暮らしの日銭を稼ぎ、毎日ふらふらとして、世間からはろくでなしのレッテルを貼られているとは、ろくな努力もせずにデカい夢ばかりを妄想していた十代の自分たちが知ったら、さぞかし驚くことだろう。

 夢も希望も金も女も、何一つない。あるのはポケットでくしゃくしゃになる千円札と、新装開店するパチンコ屋のチラシのみ。日に日に本数が増える煙草のように、唯々日々を燃えカスにするだけの、二十代も半ばになって足下の覚束ない彼等の、犬の糞よりも救いも役目もなかった暮らしを打開する、そんな妄想染みた一発逆転の計画こそが強盗だった。

 計画は単純、とある国会議員が節操もなく袖の下に詰め込みまくった金を、議員本人の自宅に忍び込み、根こそぎ奪い取ってしまう、というものだ。

 しかし、汚職議員ともなれば、羨ましいことに自宅にもそれなりの警備を配備している。警報が鳴ってから駆け付けるだけの役立たずの警備会社の社員ではなく、どこから雇ってきたのか、強面で刺青が似合う堅気の臭いがしない筋肉ダルマが三人も。

 ど素人の吾妻たちが馬鹿正直に正面から忍び込めば、見付かって返り討ちに遭うのがオチだ。そんな馬鹿は、真っ暗な東京湾に沈められ魚の肥やしになって当然。だからこそ吾妻が仕切る今回の強盗の仲間には、津田の他に二名の男が参加しており、内一名は議員に雇われて議員宅を見張っている警備員だった。

 そいつの手引きで警報に引っかかることなく議員宅に忍び込むと、金の所在も、ど素人の空き巣みたいに片っ端から箪笥を漁って時間と労力を無駄に消費する、などということはなく、内通者からの情報ですんなり見付けることに成功した。子供なら全身すっぽりと簡単に入ってしまう馬鹿デカイ金庫の暗証番号が、議員秘書である四十手前の女の生年月日だということも、内通者が予め調査済みだ。

 計画が浮上した段階から準備が整うまでに一年近くは費やしただろうか。そうしてやっと辿り着いたのが今日この日。だが一か月前には既に、いつでも決行できる準備は整っていた。態々決行に今日を選んだのは、休暇を取った議員本人が、本日から旅行で数泊海外へ飛び立つと、内通者である警備員の男から聞かされていたからだ。その行き先がどこの国なのか吾妻は知りもしないが、一度海外へ飛べば議員本人は暫く自宅に帰ってはこられない。盗られたのが簡単には警察に事情説明できない金なので、議員以外の人間が直ぐに手を打つこともできやしないだろう。

 汚職議員お抱えの警備員といっても、そこはやはり非武装を常とする日本国内での緩みがある。流石にどの警備員もろくな武装はしておらず、拳銃を二人分用意すれば事足りた。あとは奪った金の半分を四人目の仲間に渡して、内通者諸共議員宅にいた人間全てを縛りあげてしまえば、暫くはばれない。頃合を見計らい、内通者が警察を呼んで適当な偽の情報で警察や議員を混乱させつつ、吾妻と津田はその間に海外へ逃亡。単純にも思えるが、だからこそ無駄がなく、それは思いのほかスムーズに事が運んだ。

 それなりに鍛え上げたデカイ図体だけが取り柄にも拘らず、怯えて床に転がる警備の男たちの姿は実に滑稽だが、津田がそれを見てまた調子に乗る前に、警備員の中に紛れる内通者の結び目だけを緩くし、金庫から金をびた一文残さず大きな黒い旅行鞄に詰め替えた吾妻と津田は、重たい鞄をそれぞれ担ぎ、議員の邸宅からとっととずらかろうと急ぎ足で廊下を進む。

 その最中、津田が吾妻に向かってまるで軽口でも叩くかのように、極めてリラックスした状態で声をかけてきた。

「くぅ! いい重さだな。金の重さだ! 大金の感触だッ!!」

「あんまり騒ぐな。何かミスする前にさっさと運べ。お前の口からは運が逃げるような気がする」

「あーあ。見ろよ、隣の部屋に宝石やら高そうな時計やら……一個くらい持ってくればよかったな」

「あの議員、それもこれもお粗末な仕事で得た報酬で買い込んだものなんだろうな。でもそれには手を付けるな。それ自体には何の違法性もない。それは議員が警察に胸を張って盗られたと言えるんだ。態々これ以上、好き好んで危険な橋を渡る必要はないだろう。欲をかくな、この金で十分だ」

「わかってるよ、言ってみただけだから。くっ……バイバイ、俺のフランク・ミュラーにタグ・ホイヤー、それにダイヤモンドの指輪ちゃん」

「無駄口叩いてる暇があるなら、さっさと歩け。それに他に何も盗んでいないと警察に怪しまれるだろうから、強盗目的ではなく議員本人への嫌がらせで、イカレた政治活動家の仕業だと思わせるために、家の中の物を適当に叩き壊せ。それと監視カメラのテープもな。呑気にしてる暇はない、急ごう」

 ごっそりと蓄えた金を全て頂き、誰にも咎められることなく二人は議員宅を出る。
 そして四人目の仲間、内通者である警備員の男の知人らしいドレッドヘアーの男がハンドルを握る車に乗り込み、吾妻と津田は高飛びのために空港に向かう。
 強盗そのものは出際よく運んだ。吾妻の思い描いた計画通りにシナリオは進んでいる。軽口の絶えない津田ではないが、思わず口元を綻ばせながら上出来と言わざるを得ないだろう。

 だが――。
 


          ◇◇



 離陸前、機内。

「ホノルル行きって……お前、遊びに行くんじゃねぇんだぞ」

「警察にも言えない金なんだから、指名手配されることもない。議員の魔の手から逃れることができりゃ、あとは遊びにいくようなもんでしょ? 最高だぞ、ハワイの海を眺めながらIZを聴きながらビールを飲んで過ごすなんてさ。あっ、吾妻はラスベガスの方がよかったのか? 悪くないよな、カジノで稼いだ金で、ベガスの一流ホテルの最高級スイートルームに泊まって、コールガールと夜通し騒いでさ。でもそれだと、いくら大金だとはいえ直ぐに尽きるぞ。ギャンブルは怖い、ギャンブルは」

 旅行者モードで既にアロハシャツの津田は、完全に浮かれ気分だ。その上からジャケットを羽織っているのは、彼の僅かに残った自制心の現れだろうか。因みに津田はアロハシャツをもう一着持ってきており、搭乗前に吾妻にもそれを差し出してきたが、吾妻はそれを「ハワイ帰りならともかく、行きの機内でアロハ着てる馬鹿がどこにいるんだ!」と、罵声と共に突き返している。
 いくら露見しない確信のある強盗のあとだとはいえ、まさか行き先がハワイだなんて想定もしていなかった吾妻は、目立たないようにビジネスマンにでも紛れるためにスーツに着替えていたのだが、津田と並ぶと相反してしまい、お互いに浮いていた。

「ワイハだぞワイハ。あ、でもスターウォーズだけは日本で観てくりゃよかったかなぁ。流石にあっちじゃ日本語字幕や吹き替えなんてやってないよな。なあ吾妻、今度の主人公はカルキン・スカイウォーカーなんだってよ」

「アナキンだ。カルキンはホームアローンだろうが。強盗にとって縁起でもない映画思い出させるな馬鹿野郎。それに、そんなの俺は観ようが観まいが別にどっちでも構わねえ。それよりも態々機内に馬鹿デカイ鞄持ち込みやがって……。こんな大金、さっさと海外の口座にでも振り込んどけばよかったんだ」

「やっぱりいつの時代になっても金は現ナマに限るんだよ。俺はスイス銀行でも信じらんない人間だからな。強盗したその日にこんな大金一括で振り込んだこと、議員にでも知られたら厄介だぞ。それにだ、口座なんて凍結されちまえば一瞬で大金がパーになるシステムなんて信用できない。味気ない電子マネーは金じゃないんだぞ」

「金は金だろうが……」

 とは言いつつも、吾妻自身古いタイプの人間である。電子機器にも疎く、あまり得意な分野ではない。二〇〇〇年になれば世界中のパソコンが一斉にどうにかなってしまう、なんて話を聞いたこともあるが、興味ないし、どうとでもなっちまえとも思う。機器を駆使する詐欺よりも、アナクロな強盗を選んだ彼にも、津田のその言葉の意味は不本意だが理解できた。

「それにだぞ吾妻、貨物に預けて万が一ネコババでもされてみろよ。あの金は、俺たちにとっても警察に言えない金なんだ。手元に置いておかないと不安になっちまう」

「……だけどそんなに持ち込まなくてもよかっただろ。重そうだな、幾ら入ってんだ?」

「全額だよ。もちろん鞄一つは吾妻の分だから安心しろよな、っとと」

 津田は真っ黒い旅行鞄を重たそうに持ち上げながらふらつく。
 その状況を見兼ねたのだろう。客室乗務員の女が少々迷惑そうに声をかけてきた。

「あのぉ、お客様、こちらの大きな鞄は、手荷物ではなくお預けになられた方が――」

「ん? ああ、コレとっときな」

 鞄を座席上部の棚に無理やり押し込み扉を閉めると、津田は懐から取り出した百万綴りの札束から、二枚の諭吉を抜き出し、困り顔の客室乗務員の手に無理やり握らせる。
 途方に暮れる客室乗務員の女は、ぐうの音も出ない。

「ん、文句あるのか? しょうがない、それなら俺の携帯番号も書いておこうか?」

「い、要りません! 失礼します!」

 嫌悪感と共に万札を津田に突き返した客室乗務員の女は、乗客が増えだした機内を器用に通り抜け、一目散に逃げ去った。
 遠退く客室乗務員の小動物のような背中には「何だよあの胡散臭い男」と書いてあるのが吾妻にははっきりと見て取れるのだが、津田には見えていないらしく、宛ら推理小説の探偵のように全てを悟った顔で、津田は顎の辺りに指を添える。

「ははん、さてはあの女……。ありゃ新米だな、間違いない。そして俺に惚れたな」

 怪しい評論家のように客室乗務員を見定める津田から何か厄介な波長を感じ取ったのか、周囲の乗客も自然と僅かに距離を取った。

「何を言ってやがんだ……。津田、お前こそまるで、バブル時代の成金みたいだぞ」

「みたいも何も、俺達も成金だろ? しかも今日成りあがったばかりの」

 吾妻たちは本日、己の境遇から脱却し、生まれ変わる。
 それが例え非合法の金を、非合法に奪う行為だとしても。

「……そうだな。違いない」



          ◇◇



 そして現在。離陸からおよそ一時間後。
 大金を手にしたあとではどうにもチープに感じてしまうエコノミークラスに耐えかねて、思わず大声をあげてしまった吾妻を、窓側に座った津田が宥める。

「まあまあ、俺が悪かったよ。あ、そうだ、酒でも飲むか? 祝杯はまだなんだから、一杯くらいさ」

「くそっ……要らねえよ、素面でいたい。それにあれだけの金を持っていて、酔えるか?」

 使い捨ての薄いプラスチックグラスに注がれた飲みかけのワインを津田に突き付けられるが、吾妻はそれを拒む。
 と、津田がワインをこちらに寄越したその際に、捲れ上がったジャケット内側の『何か』が吾妻の目に留まった。一瞬しか確認できなかったにも拘らず、吾妻は直感的にその『何か』対する嫌な不安を過らせ、恐る恐る津田に問いかけた。

「ん? ……お、おい、お前……それ、何を持ってんだ?」

「え? 何にも持ってなんか……あ、この金か? 諭吉さんか?」

 客室乗務員に渡し損ねた金を含む札束が入っている内ポケットを、津田は叩いて示した。

「違う! その上着の隙間から見える、その黒い塊だ!」

 吾妻が見付けたそれは、見間違いでなければ機内に持ち込んだ大金よりも遥かに厄介で、金とは違い可愛らしさのかけらもない、この状況に最悪を齎しかねない代物だ。

「ああ、金を持ち込むついでに、税関と金属探知機の係員も買収して持ってきたんだ。へへっ、いいだろ?」

 津田が吾妻に向けて上着を軽く捲ると、そこには革製のショルダーホルスターに一丁の拳銃が収まっていた。津田は吾妻に黙って機内に武器を持ち込んでいたのだ。

「テメェ……何持ってきてんだ馬鹿野郎!!」

 同じ轍は踏むまいとできるだけ小声で怒鳴る吾妻だが、それでも通路を挿んだ隣の客は、不愉快な表情で吾妻たちを睨みつけてくる。
 吾妻は苛立つ心を深呼吸で沈ませると、隣に座る津田だけに聞こえる声でもう一度、湧き上がる怒りを静かな言葉に込めた。

「……お前、その為に上着を?」

「ああ、アロハじゃ流石に隠しきれないだろ? 形が浮いちゃうし」

「チッ……お前は一体誰と戦う気だ? 俺たちは泥棒、そもそも見付かった時点でアウトだ。目立たないように逃げるのが流儀だろうが」

 吾妻は定職に就かないろくでなしの泥棒であって、銃を撃つことを生業とする殺し屋とはわけが違う。
 吾妻はそれほど銃器に関して明るくないので不確かではあるが、恐らく津田が持ち込んだ拳銃はロシア製のマカロフだろう。議員宅強盗の際、内通者である警備員の男の仲間だと紹介されたドレッドヘアーの胡散臭い男が、どこからか拳銃を仕入れて吾妻達に使わせたものと形が同じだ。
 強盗に使用した拳銃は、ドレッドヘアーの男に車で空港に運んでもらった際に、強盗に使用したマスクやら手袋やらと一緒に処分してもらう手はずになっているので、当然ながら機内には武器など持たずに乗り込んだつもりだったのだが、吾妻の知らぬ間に津田が勝手にドレッドヘアーの男からマカロフを購入して、機内に持ち込んでいたらしい。

「それは銀玉やBB弾を撃つのとはわけが違うんだぞ。それに、向こうの税関はどうすんだ? 話しつけてあんのか?」

「あっ! しまった……盲点だな」

「盲点じゃなくて、テメェの目が節穴なんだろうがっ……! 拳銃となりゃ話は別物だぞ。鞄一杯の金なら幾らかつかませりゃそれで済む。幾ら金を持ち込もうが、飛行機は落とせねえからな。けど、拳銃は人も殺せる上に飛行機も落とせるんだ。日本で一体どこの馬鹿がお前にんなものを持ち込ませたのかは知らないが、拳銃を持った外国人が空港を平然と通過できるだなんて思うなよ。どこの馬の骨かわからんコソ泥が持ってる武器を、簡単に自国に持ち込ませると思ってんのか?」

「……悪い」

「二億あるったって、俺と思えで分けりゃ一億ずつだ。これから先の生活を考えればびた一文無駄にしたくないってのに、口止め料を払うどころか、びた一文すら手に入らなくなるかもしれないんだぞ?」

「だから悪かったよ……」

「自分のケツは自分で拭けよ。俺は今からお前と他人だからな。俺は先に金を持って逃げる。お前は一人で捕まってろ。ったくよ……何で馬鹿な税関職員はこいつなんかに銃を持ちこませたんだ? 真正の馬鹿なのか?」

 もうそこまで見えていた計画の終着点は、目の前で霞む。だが、彼らの狂い始めた計画の崩壊は、これだけに止まらなかった。
 己の愚行を今更自覚した津田は、気色の悪い猫撫で声で擦り寄ってくる。

「……そこまで言わなくてもいいだろぉ? なあ、見捨てるなよ吾妻ぁ。相棒だろ?」

「気色悪いんだよ、近寄るな。全部お前が悪い」

 とは突き放したものの、空港の監視カメラには津田と行動を共にする吾妻も写っている筈だ。仮に津田が捕まり、吾妻が一人で逃げ切れたとしても、後々吾妻にも何らかの不具合が生じる可能性は大いに残る。ここで足蹴にしても、津田の愚行だけは無自覚に吾妻へと付き纏うことになるだろう。

「……糞っ、わかったよ。持ってきちまったものは仕方ねぇ。空港まであと何時間だ?」

 到着までに何か手を打つ。二人にはそれしか、助かる道はない。


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