バッドラック ――ハイジャック騒ぎの中、個人的な問題に慌てふためくエコノミークラスの乗客たち――

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檻の中で未来の計画

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『――偶然乗り合わせていた警察官の活躍もあり、一人の被害者も出さずに終わったハイジャック事件。たった二名でのハイジャックにも関わらず、偶然乗り合わせていた強盗犯も新東京国際空港で拘束され、逮捕者が四名、加えて他二名も警察に事情説明を求められたハイジャック事件ですが、容疑者の口から犯行の動機だと語られた、金泉和久夫議員の元秘書が起こしたとされていた十六年前の自動車事故、つい先日その再捜査が行われ――』

 留まることなく日々移り変わるニュース。テレビで放送していたそんな時事ネタも、今や大勢の記憶から薄れ、忘れ去られたころ。
 二人はそこにいた。
 味気ないコンクリート造りの独居房。猛獣でも閉じ込めておけそうな鉄製の檻は、収容された人間がそこから出ることを強く拒み、娑婆の空気が久しく感じられるほど管理された時間を過ごして、自由という名の平凡を忘れてしまった二人は、顔も合さずほぼ同時に溜息をついた。
 そして、顔は見えないものの、気配と溜息でお互いの存在を知った二人は、どちらともなく会話を始める。

「……こんなの、時代遅れもいいとこだと思わないか? エアコンとか床暖とか、もっと住み心地よくしてもらいたいもんだよな」

「住み心地がよかったら、津田、お前ここから出ないだろう?」 

 呆れた声で答えた吾妻が、一般の房ではない独居房に入れられているのにはわけがある。当然、コンクリートの壁で仕切られた隣の房に津田がぶち込まれているのにも、それなりの理由があるのだろう。
 顔を直接向き合わすことはなく、時間だけは有り余っている二人は、看守に怒られない程度に気を配りながら会話を続けた。

「……で、吾妻。お前は何やったんだよ?」

「同性愛者だって言ったら特別扱いしてくれたよ。お前は?」

「同じ房のやつのデザート食ったら殴られた。てっきり残したんだと思って食ったんだが、これは取っておいたんだって、ガキみたいにブチギレやがった。デザートくらいでよ」

「……本当は、煙草賭けてポーカーやったら負けて喧嘩になった」

「ははは。吾妻ってば、カードすっげぇ弱いもんな。頭はそこそこ回る癖に、直ぐ顔に出るし。吾妻は小学生のときの林間学校でも、ババ抜きで負けて喧嘩してたよな」

「チッ……イカサマされたんだよ。じゃないと納得いかねぇよ。おまけに煙草もカードも全部看守に取られちまったしよ」

「ボコボコにされて腫れあがった顔じゃあまりにも無様で当分は戻れないし、ちょうどいいだろ?」

「ばーか、ボコボコにしたんだよ」

「嘘吐け、喧嘩なんて勝った例がないくせに」

「……お互いにな」

 話すと切れた口の中が痛む。
 たかが数十万円の詐欺で捕まった人間の癖に、まさか馬乗りで容赦なしに殴りかかってくるとは思わなかった。吾妻は相手の犯罪歴を鑑みて喧嘩を売ったつもりだったのだが、人は見かけによらず凶暴さを隠し持っているものだと痛感させられた。
 鏡のないこの独居坊では、自分の男前の顔は確認できないが、顔中到る箇所がジンジンと痛むので、傷や腫れが相当多いのだとは感覚でわかる。
 そして津田の顔も恐らくは同様。お互いに酷く、そして間抜けな面構えになっているはずだ。

「後悔なんて、やっぱり先にできるもんじゃないんだな……」

「そうだよな。あの飛行機にさえ乗ってなかったら、って俺も何度考えたことか。でも今更何だよな……。そもそもハイジャックの件って、結局一番の被害者ってば俺たちなんだよ。巻き込まれただけで手錠かけられて、挙句の果てにこんなところ閉じ込められてさ」

「俺が捕まる切っ掛けは、主に……津田、お前が原因だからな。忘れんなよ」

 三浦兄弟の事故の件に関する金泉の悪事が明るみになったために、金泉が隠していた他の悪事も芋づる式にばれてしまい、吾妻たちが犯した強盗の件も警察に知られてしまった。
 更に腹立たしいのが、吾妻たちに協力した男二人は行方知れずで未だ捕まっていないことだ。特にハイジャックの件にも絡んでいたあのドレッドヘアーの男、いっそあいつも捕まっていれば、多少は気も晴れたのだけれど。

「こんなことになるならあの金、国内で全部使っちまえばよかったな」

「ま、使おうとしたところで、吾妻が掴まされてたのは偽物だったんだけどな」

「それを言うなよ……」

 高飛びに成功していたとしても、悠々自適な暮らしは訪れなかった。ハワイのホテルで鞄を開き、金を数えようとしたところでドレッドヘアーの男の裏切りが発覚、吾妻達が慌てて日本に戻ったところで、協力者の二人はとっくに行方を晦ませていたことだろう。

「じゃあさ、奪われた金を取り戻すってのはどうだ?」

「俺もそれは考えたが……リスクがデカい。あの金とドレッドヘアーの男は、警察も追ってるんだ。俺たちが絡んだところで勝ち目はないし、それにとっくの昔に全額使っちまったかもしれないしな」

「っああ、そっか。だよな」

「……それよりも、だ。津田、お前こっちに耳近付けろ。看守には聞かれたくない」

「何だ?」

「少し前にちょっとした噂を耳にしたんだが、このムショの中にその道五十年のプロがいるんだとさ」

「ベテランだな」

「ああ。今はよぼよぼの爺さんで、野郎は別件でパクられてんだが、二年前の捕まってない宝石店窃盗の件、それにその爺さんが一枚噛んでるって話だ」

「一夜にして忽然と消えた宝石、犯人は現代の鼠小僧とかっていうあれか?」

「ああ、当然そいつは義賊なんかじゃないけどな。俺のいた房では専らの噂だったぞ。まあ噂の対象が見るからにできの悪い爺だってんだから、半信半疑もいいところだけどな。でも俺は可能性があるとみてる。刑務作業では下手糞な演技をして隠していたが、ありゃ相当器用だぞ。それにあの爺は何かを隠してる」

「でもさ、そんな金、もう使っちまったんじゃないか?」

「あの爺さん、その宝石強盗が行われた翌日に別の罪で捕まってんだ。爺さんは単独でしか盗みに入らないって流儀で、仲間はいない。それに盗まれた宝石だってまだ一つも出回ってないらしい。つまりは金に換えずどっかに宝石のまま隠してるってことだ」

「でもよ……そんなもの、どうやって見付けんだよ? 未だに警察も見付けられていないんだろ?」

「わかってる。警察と同じような調べ方しても無駄だろうな。だったら、直接爺さんから教えてもらえばいいだけだ。宝石の隠し場所をな」

「脅すのか? ここじゃ無理だろ。看守の目が光ってるし、他の囚人たちにも知られちまう」

「歳食ってていつボケるかもわからねえ男が、明確な隠し場所を記さずに長期間刑務所に入るとでも思うか? 宝石の隠し場所も、警察に見付けられたくないから身近ではない場所、馴れない土地に隠している可能性が高いし猶更だ。宝石が売られてないことからも、誰か別の人間に奪われちまったって可能性も極めて低い。つまり爺さんしか隠し場所を知らず、未だに誰も見付けられていないってことだ。津田、お前がその爺さんなら、奪った宝石をどこに隠す?」

「見付けられたくないから、そうだな……人の少ない場所に、例えば山奥に埋めるとか?」

「だったら、何か座標でも記したメモでもあるのかもしれないな」

「なるほど、それを見付けるってことか」

「そういうことだ。だから爺さんはメモか何かを、身近に隠し持ってる可能性が高いと思うんだが……」

「鼻の穴や、尻の穴に入れ墨彫るとか?」

「見付けだせないことには変わりはないが……想像しただけで滅入るな」

「いや……でも流石に、玉の裏ってのはないと思うんだよ。うん」

「そこに刻み込んだら、痛みと共に記憶に染みついて一生嫌でも忘れられないだろうな」

「じゃああとは、足の裏くらいだけど……玉に比べりゃ見つかり易いよな」

「……津田、お前もしかして冴えてるかも知れないぞ? そこはまだ俺も確かめてない」

「でもよ、宝石の在りかがわかって、それからどうすんだ? 脱獄でもすんのか?」

「ま……その辺はゆっくり考えるさ、時間だけはたっぷりとあるんだからな」

 当分はここから出られそうになく、次の標的となる爺さんと残り刑期を比べて、吾妻たちの方が長ければ脱獄の手段も考えないと、先を越されてしまうだろう。けれど今しばらくは吾妻たちも、その爺さんも、閉鎖された塀の中で大人しくただ時間が過ぎるのを待つしかない。
 塀の中で指折り数えながら、追った指の数だけの反省を胸に刻んで、刑に服す。それが刑務所で囚人に与えられた役割だろう。吾妻たちも本来はそうして時間を食いつぶすべきなのだろうが、それでもこの男たちには、自らを省みることだけはできそうにもない。

「……で、津田。お前はこの件、やるのか? やらないのか?」

「迷わず乗った。俺が吾妻の誘いを断るわけないだろ」

「よし。それじゃ、まずは作戦会議だな」

「盗品の宝石バイヤーも塀の外に出てからは必要だな」

「馬鹿野郎、それよりも真っ先に考えることがあるだろう」

「真っ先に? ……何だ?」

 どれだけ考えてもピンときていないらしい津田が、壁の向こう側から不思議そうな声色で問い返してくると、吾妻は口角を上げる。
 そして後悔とも自嘲とも取れる呆れ顔に、成功を思い描く不敵な笑みを混ぜた表情を浮かべると、勿体つけるように僅かな間をおいてから、吾妻はこう述べた。

「逃亡の手段だが――次は船にしよう。これは決定事項だ。飛行機になんか、もう二度と乗るもんか!!」



                                      おしまい
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