副会長はオトコノコ!?――エツィビール女学院の秘戯――

ルボミール高山

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放課後の秘儀

生徒会室とごまかし

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 汚れを手早くハンカチで拭い取り、乱れた衣服と髪を整えて生徒会室に戻ってくるころには、シモーヌと教室で別れてから既に一時間以上が経過していた。
「ミーシェ、何をしていていましたの?お茶が冷めてしまいましたわよ?」
 小一時間の退屈の責任を取れと言わんばかりに、シモーヌは慎ましくも生徒会室の戸を開いた僕のことを非難した――いや、今の彼女の発言を非難と決めつけてしまうのは誤りだ。そう思いたいのは、彼女を含めた生徒会の面々をいたずらに待たせてしまったという負い目から、身勝手にシモーヌの振る舞いを自戒の種として剽窃しているだけである。だって、「お茶が冷めてしまいましたわよ」という言葉に皮肉の意図は無く、ただ状況を描写しているにすぎないし、むしろ、「すぐに行く」と言いながら一時間も待たせた僕に対して彼女が向けた感情は――ある意味で当然ではあるが――心配だった。
「ごめんなさいシモーヌ。ちょっとハナに用事があって、探すのに時間がかかってしまったのよ。あの娘は授業が終わるとすぐにどこかに行ってしまうから」
 怒りという感情を生まれてこの方知らない天使からという不埒な考えをもったことに、僕は深い罪を感じた。それゆえに、いたずらに誤魔化しの嘘をついて彼女を欺き、さらなる罪を背負うことなど、僕には到底できなかった。
「あらハナさんに?同室だからいつでも会えるでしょうに、そんなに急ぎの用事だったのかしら?」
「ええ、そうなのよ」
「そうなの、なら仕方ないですわね」
 シモーヌはそれ以上は聞かなかった。むしろ、何かを察してあえて聞かなかったのかもしれない。その類の人を気遣う直観は、彼女は非常に優れていた。こういう配慮ができるから、シモーヌは生来の貴婦人なのだ。
「まったくハナ・ピウスキはどういうつもりなのかしら?ミーシェ様の時間をこんなにも奪うなんて」
「そうよ!貧乏貴族のくせにミーシェ様とたまたま同室だからって、いい気になってるのよ!」
 シモーヌに代わって不満の声を上げたのは、後輩生徒会役員のカロリーナとアデーレだった。ハナから受けた仕打ちのせいで大変な思いをしたのは確かなので、僕だってハナに対する小言の一つや二つ言ってしまいたいものだけれど、愚痴が盛り上がって今しがたの出来事についてあれこれ根掘り葉掘りされてしまうと困るので、僕は二人に同調するでも、二人をたしなめるでもなく、ただ苦笑いをして相槌を打っていた。
「まあまあ二人とも、落ち着きましょう?ようやくミーシェさんも揃ったことですし、もう一杯お茶を入れましょうか。カモミールティーを入れますわ」
 シモーヌはいそいそとストーブの上に置かれたケトルを手に取り、熱々のお湯をティーポットへ注いだ。結局、事態を丸く収めてくれるのは聖女のごとき心の広さを持つシモーヌだ。もしかすると、特別近しい関係ではない他者のことであっても、陰口を聞くことに彼女の繊細な心が堪えられなくなったのかもしれない。ああ、シモーヌはどこまでも慈愛の深い娘だ。こんな器量の良い娘を妻として迎えることができたらどれだけ幸せだろう――彼女の家柄からすればそれは当然のことなのだけれど、二年以上彼女を近くで見てきた身としては、その均整の取れた外貌もさることながら、英華発外えいかはつがいな人格にも惚れ惚れとする。だからこそ僕は、お兄様のために、そして人世に舞い降りた奇跡とも呼べるシモーヌの幸せためにも、絶対に任務をしくじるわけにはいかない。どこの馬の骨とも知れない輩にシモーヌを持っていかれた日には、僕は首をくくるか世を捨てる以外に、自分を納得させることはできないだろう。
 シモーヌは白磁のカップを五つテーブルに並べ、丹念に一つ一つお茶を注いでいった。カモミールの上品で爽やかな香りが立ち上り、部屋全体を心地よいアロマで満たしていった。
「どうぞ、ミーシェ」
「ありがとう」
 裏を読みようがない満天の笑みに、僕は心からの謝意で応えた。淡黄色たんこうしょくのお茶は胸に詰まっていたあれやこれをおしなべて押し流し、穏やかで清々しい気持ちをもたらしてくれる。カップの縁から口を離すと、僕はもう一度彼女に目線を合わせて「ありがとう」を伝えた。長いまつげをはためかせ、伏し目がちにはにかむ彼女の姿はなんともいじらしい。
「まったく、どうしてハナ・ピウスキのような雑魚がミーシェ様と同室なのかしら」
「そうよ!この学院の寄宿舎の部屋割りはどうかしていますわ!」
 不満たらたらな鳴噪めいそうが僕らの間の意思疎通の絆をちぎった。おしゃべりな後輩二人は、心安らぐシモーヌお手製のティーを飲んでもなお腹の虫がおさまらないらしい。僕のことを買いかぶってくれる分にはもちろん悪い気はしないけれど、その対比として、まがいなりにも二年以上苦楽を共にした(苦の方が明らかに多い気がするが)ルームメイトを「雑魚」呼ばわりされるのは、決していい気分ではなかった。もちろん、後輩二人に対してハナの擁護をしたところで甲斐なしというのも分かっているので、殊更コメントする気もなかったけれど。
「むしろミーシェ様と相部屋になるべきは、シモーヌ様の方じゃない?」
「そういえば私の二番目のお兄様が言っていましたわ、お兄様の通っているスクールでは、監督生同士が相部屋になるんですって。だからうちの学院なら、生徒会長と副会長が一緒の部屋になるべきなのよ。そう思いません、シモーヌ様?」
「ええっ!?」
 かしましい二人に急に質問を振られたシモーヌは、常に落ち着きのある彼女らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。そんな声も出るのか、初めて聞いたぞ。
「そ、そうですわね、ミーシェと同室で生活をするというのも、まあ、悪いことではないかもしれません」
「ふふっ、シモーヌにそう言ってもらえるなんて光栄だよ」
 僕は愛想笑いで応える。しかし彼女はそれを、単なる社交辞令だとは考えてなかったようで……。
「寝る時も起きる時も、ミーシェにそばに居てもらえるというのはとっても安心ですし…。なにより皆さんが相部屋で過ごす中、ずっと私だけ特別扱いで一人部屋というのはやはり寂しかったですし、この際、先生方にそうしてもらうよう私のほうから申し出るというのも……」
「まま、待ってシモーヌ!」
 チラリと熱っぽくこちらの様子を窺ったシモーヌに危機を感じ、僕は慌てて声を上げた。
「別に今のままでいいんじゃないかな?ほら、そもそもシモーヌが一人部屋なのはご両親のご意向なのだから、私たちが勝手に変えていいものでもないだろうし」
 たしかに僕はシモーヌとお近づきになる使命を背負って学院に潜入しているが、ひとつ屋根の下というのはさすがにマズい。リスクが大きすぎる。未婚の男女が寝室を共にすること自体の問題もあるけれど、なにより、僕が男であるということをハナに隠し通すことができなかったことが既に全てを証明しているからだ。
「それはまあ、そうなのですけれど……。ミーシェは私と一緒なのは嫌ですの?」
(――!!)
 長年連れ添った愛犬とお別れするかのような潤んだ瞳で見ないでくれ!僕は感情的に君を拒否しているのではない、状況が許さないだけなんだ。ああ、もし僕が本当に女の子だったら――って、何を考えているんだ僕は。
「そういうわけじゃないの!ただ、その……そう、ハナが!ハナのことが心配なの」
「ハナさんが?」
 とっさに閃いた言い訳を僕はすさまじい速さで肉付けしていく。
「そう、そうなの。知っての通り、ハナの学内での評判はお世辞にもよろしくないわ。この学院で彼女と交流を持っているのって私くらいだと思う」
「いっつもあの人は独りぼっちだもんね」
「彼女が誰かといるところなんて見たことがありませんわ」
 ケタケタとせせら笑うアデーレとカロリーナに、僕は困り笑顔で相槌を送る。
「そんな彼女が私と別部屋になったらどうなると思う?彼女はシモーヌのように特別ではないから、すぐに別の誰かと相部屋にされるでしょう。そうなると、きっと新しく相部屋になった子にいじめられてしまうわ。私は彼女をそんな状況に追い込みたくないの」
 まったく、口から出まかせとはこういうことだ。でもこれは必要な嘘。別にハナのことなんてこれっぽっちも心配していない。なぜなら彼女の胆力からすれば、どんな大貴族と相部屋になろうとも物おじしないだろうし、仮に嫌がらせを受けたとしても、それを三倍にしてやり返すだけの知力も実行力も備わっているからである。これに関しては杞憂という表現すら正しくない。なぜなら、憂いようがないのだから。
 とはいえシモーヌにはこの言い訳は効果てき面だったようで、優しい顔には戦争に出て行った兄弟の死を突然知らされたかのような深い悲しみを湛えていた。彼女は立ち上がり、聖職者にすがるかのように僕に近づいてきた。
「そうだったのごめんなさい……。私ったら一人で浮かれちゃって、周りのことを考えていませんでしたわ」
 彼女の目には、涙が溜まっていた。
「わかってくれてありがとう。あなたのそういうところが好きよ、シモーヌ」
「ミーシェ……」
 僕は彼女を軽く抱きしめた。ハナのために涙できるなんて、お人よし過ぎて悪い男にいずれ騙されるんではないかと心配になる。
「ああ、なんて美しいの!」
「ミーシェ様はなんとお優しいのかしら!あの小娘はもっとミーシェ様の心意気に感謝すべきよ!」
 カロリーナとアデーレが互いに両手を握り合って感激していた。別に見世物じゃないぞ。
 僕は彼女の涙を拭ってやろうとポケットに手を入れた。ぬめっとした不快な何かが指先に触れた。そうだ、さっきこのハンカチで精液と尿の混じったハナの指や僕の太ももを拭いたんだった――僕はもう一方の手を伸ばし、指で彼女の目じりを拭ってやった。
「ありがとう、ミーシェ」
 赤面したシモーヌが僕のことをまっすぐ見つめてくる。心なしか、彼女が僕に身を預け、豊満な乳房が僕の体に押し付けられているような気がしてきた。そこまで身長の変わらない僕らの唇は、触れ合ってしまいそうなくらい近い。この状況で口を開くことはためらわれた僕は、自然に一歩下がって、彼女から距離を取った。
「さて、私が言うのもなんだけれど、会議を始めなきゃ。そうでしょ?シモーヌ」
「そうでしたわ」シモーヌは菜の花がごとき朗らかな笑みを浮かべた。「交流会に向けての話し合いがあるのですから、その詳細について詰めていかなければなりませんもの」
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