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ミーシェのとても長い一日
彼女の本音
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窓からまばゆい朝日が差し込んでいた。シモーヌの部屋と同じ方角を向いているから当然だ。起きているときはヤマアラシのように棘を逆立てて周囲を威嚇するハナも、今はベッドの中で、愛らしい、無害な小動物の顔を見せて眠っていた。僕はしばらく彼女の顔を見つめていた。別に、彼女の魅力を知っているのは自分だけだと今更うぬぼれに浸っているわけではない。何も語らない安らかな顔を見ていると、まるで時間が止まっているかのように、胸を圧迫する不安や哀情の膨張が止まるから、ただそれだけであった。
時計の針は、ちょうど真下を向いて重なっていた。生徒たちがぞろぞろと起き始めるまであと半刻くらいだろうか。ゆえにすべてを片付ける時間はない。そもそも、すべてを片付けるつもりはない。着替えとか、お金とか、当面暮らしていけるだけのものをトランクに詰め込めばいい。僕はハナを起こさないように、そっとクローゼットを開いた。中には、ドレス、コート、制服――女性ものの服ばかり。抽斗を引けば、すらっとした白手袋とキラキラ光るアクセサリー類。小箱を開ければ、花やリボンの飾りのついた賑やかな帽子とヒール。どこを探してみても、シャツも、背広も、ズボンの一着さえ見つからなかった。学院に来て最初の一年くらいは何かあったときのための男装を一着用意していたのに、いつだかどこかへ片してしまっていたのだった。
街に出れば男物の服を買えるのだろうか?女の僕に売ってくれるのだろうか?結局トランクの中に詰め込んだのは、お金と、換金できそうなアクセサリー類と、防寒用のコートだけだった。スカスカな中身を見ていると、この三年間の思い出がまるでなかったかのような気になり、胸に空いた穴に空っ風がひゅるりと吹き抜けるような侘しさを覚える。思い出はそれぞれの魂に残るという観念論は結構だけれど、換言すれば、忘却に対していかなる保証も無いということである。だから僕は形あるモノを求めていた。この学園に居たことを証明する、記念や愛着を求めていた。
「うるさい」
僕はその唯一の選択肢として、クローゼットに掛かる学校の制服を手に取ろうとしたとき、眠そうな顔をしたハナが、布団から頭だけを出してこちらをぼんやりと睨んだ。
「ごめんハナ。起こしちゃって」
「朝っぱらからそんなの引っ張り出してなにしてんの」
僕は一旦手を止めた。彼女に素直に話すべきか。それとも何も言わずに立ち去るべきか。彼女は黙ったまま、起きているのか起きていないのか分からない表情を僕に向けていた。その顔は何も語らない。僕を観察するでもない。ただ、「彼女に嘘をついてはいけない」という摂理は僕の中に確かにあって、単なる義理か、僕の弱さか、はたまた彼女の神秘か知らないが、いずれにせよ、僕は彼女に真実をこぼさずにはいられなかった。それに正直に言うと、僕は彼女が目を覚ましたことに少しほっとしていた。
「出ていくんだ。この学院から」
「……そう」
勝手にしなさい、と言われたほうがまだ温かみのある、あまりにも乾いた返事だった。「どうしたの!?」と動揺するような性格でないことは分かっているけど、ルームメイトであり、かつ客観的に見て彼女の唯一の話し相手である僕が学園を去ろうとしているのに、その理由も聞かずに、代り映えしない質素な給食を前にしたときのような色味の薄い生返事しかもらえなかったので、逆に僕の方が少しムキになってしまう。
「男だってシモーヌにばれたんだ。だからもう出ていくしかないんだ」
「そう」
「ハナともこれでお別れになる」
「残念だわ」
ようやく出てきたのが、感情のこもっていない、あまりにも形式的な慰め。どうしてこんなに冷たく僕を撥ねつけるのだろうか。多分立場が逆だったら、もしハナが何かしらの理由で学校を離れなければならなくなったとしたら、僕はその理由を根掘り葉掘り聞き出さずにはいられないだろうし、なんなら彼女から受けたこれまでの辱めをすべて不問にして、なんとか彼女が学院に残る方法は無いか奔走するだろうし、仮にそれが絶望的なのだとしたら、せめて何かの助けになるようにと、旅や今後に対する支援を申し出るだろうに。
僕は制服を畳んでトランクの中に入れた。ブラウスとスカートだけじゃ、もの悲しい隙間はたいして埋まらなかった。
「気にならないの?」
「何が?」
「どうして男だってことがばれたんだとか、僕がこれからどうするかとか……」
「興味ないわ。それにこれからどうするなんて、どうせ何も決まってないんでしょ」
「それは……」
寝起きで布団にくるまったままだというのに、普段と変わらず鋭いことをずけずけと言ってくる。
「やっぱり。ほんっと世間知らずなオトコよ、アンタって。街に出れば誰か素敵な紳士が助けてくれると思っているわけ?それとも、どこかの親方が気を利かして雇ってくれるとでも?」
彼女は身を起こすと、僕の方へと詰め寄った。布団にくるまっていた彼女の体はぽかぽかとした熱を帯びていて、近くに来るだけでそのぬくもりが伝わってきた。
「家柄を失った貴族なんて、靴磨きの少年以下よ。そんな貧弱な体じゃポーターもできない。この学校で学んだことなんて、世の中じゃ何一つ役に立たないんだから。教養でパンが食べれるの?お歌やお花やお星さまの名前を知っていたところで、掃除も炊事も洗濯も一人でやったことのない奴なんてどんな仕事も門前払いよ。それにね――」
「ぐぁぁっ!!??」
ハナは僕の股間にぶら下がる二つの玉を右手で鷲掴みにした。強烈な不意打ちに、僕はたまらず声を上げる。
「アンタは男なの。どれだけ女の子らしく装ったところで、ここにぶら下がっているモノは無くならない。もしアンタが本当に女の子だったら、身ぐるみ一つで街に出てもなんとか暮らしていけたでしょうよ。貴族崩れのお嬢様ってのは高く売れるらしいからね。でもミーシェ、アンタは違う。アンタはたしかに、なんなら私よりも女としての見てくれは良いけどね、コレのことを知ってまで買ってくれる物好きな紳士さまなんているのかしら?いたとしても、倫理のかけらもない非道に決まっているわ」
彼女は体を密着させると、その存在を強調するように右手を揺さぶった。
「うぅ……。でも、でも!僕だって、やればできる――」
「やればできる?ふっ、笑わせるわ。そもそもアンタはやらせてもらえるだけのタマなのかって言っているの!」
僕は返す言葉がなかった。衝動的に学院を出て行ったところで行く当てはない、それは頭では分かっていた、分かっていたけれども、学院から正式に追放されるという恥をかきたくない、生徒会のみんな――特にシモーヌと――に合わせる顔が無いという気持ちが、僕を強く逃避へと向かわせていた。ハナは極めて理路整然と、僕の退路をきっぱり閉ざした。もうどうしたらいいかわからなかった。口をふさがれ、縄でぐるぐる巻きされたかのように、発声一つ、身動き一つできなかったけれど、なんならこのまま、人さらいの馬車に乗せられてどこかに連れて行かれればいいのにとすら思った。
「はぁ……。呆れる」
「好きなだけ言ってくれていいよ」
「アンタってホントどうしようもないわね」
「君の言う通り、僕はどうしようもないヤツだよ。いつも肝心な時に限って冷静じゃいられないから――」
「……アンタの性格をどうこう言ってるんじゃないんだけど。もしかして気づいていないの?」
「え?」
彼女の目線が下を向いたので、何事かと思って僕も視線を下へ向けた。彼女の握った玉の根元から、いつの間にか、汚らわしい大木がヌっと伸びていた。
「っ……!?」
「タマをがっつり握られながら女の子に言い立てられて?おチンチンをギンギンに勃起させちゃうんだ?ミーシェ、アナタどれだけ欲求不満なのよ」
灰色の目を細めたハナは頬を僕の胸にくっつけ、股間の陰獣がうごめくさまを観察している。睾丸をいたぶる右手が動くたびに、シュミーズの下のそれはくねくねと身悶える。苦しそうに、その口から透明な粘液を吐き出しながら。
「う、や、やめっ……!まだ朝なのにっ、あ、ふっん」
「ほんと、アンタのこれって威勢だけは良いわね。どうせ会長さんに男だってバレたのも、おチンチンが悪さしたせいなんでしょ?」
「ッ……」
「え?図星なの?冗談のつもりだったのに、まさか本当だなんて。ミーシェに貞操帯をつけさせたのって、やっぱり正解だったのね」
ハナの嘲笑を見たくなくて、僕は顔をそむけた。朝の光は、僕が部屋に戻ってきた時よりも輝きを増していた。じきに生徒たちが起き出す。そうなると学院から逃げるという選択肢は消える。アカデミーとの打ち合わせ当日に生徒会副会長が大荷物を引き下げて外出するなんて明らかな異常事態なのだから。
「ハナっ……やめ、て!僕、行かないと……」
「なに?もう出るの?」
「違うよ!もう出ないと、ほかの生徒が起きちゃうからっ……!」
「じゃあ、早く出しちゃわないとね」
「えっ……?んぅっっ!?」
ハナはおもむろに左手をシュミーズの下へ潜らせると、肉の獣の胴体をしっかりと捕まえて、激しくしごき始めた。
「やっ、やだっ♡そんな、はげしゅぅ!!」
「ミーシェが早く出したいって言ったんだからね。私はそれを手伝ってあげているだけよ」
「やだっ、ゃっ!」
「嘘つき」
「ひゃぐぅぅぅぅ!!!???」
鈍痛が脳天から肛門までを貫いた。ハナが右手を思い切り握りしめて、僕の精巣に罰を下したのだ。
「あがっ、はぁ、はぁっ……うぅっ、あぅ……」
激しい痛みに耐えきれず、僕はたまらずベッドに倒れこんだ。肺が縮こまってしまって上手に呼吸ができない。苦しい、痛い。でも下半身の魔物は、何事もなかったかのように平然と屹立し、シュミーズの布でテントを張っていた。ハナはその一枚布をスルスルと持ち上げて、支柱一貫を露出させると、僕の太ももの上に馬乗りになった。
「あんなに強く握ったのに、おチンチンは全然元気なのね。むしろもっと元気になっちゃった……って感じ?」
「ち、ちがっ……はあっ、はぁ……、そんなことない」
「ふうん?」
「ひゃぁぁぁっ、ぁぁああ……!」
ハナの右手が膨張した肉の側面を二、三こすり上げると、二つの玉からジンジンとした痛みとともに、腹の奥深くに響く快感が流れてきて、ソイツはビクっ、ビクっ、と体を震わせた。起き上がることが困難なほどの痛みを抱えているというのに、快楽が上書きされる。僕はもう、何がなんだかわからなくなっていた。痛いと気持ちいいが折り重なるこの異常な感覚は危険だと、僕の本能が警告を発していた。
「やっぱり元気なんじゃない。それじゃあ……」
灰色の瞳が僕の目をじっと見据えた。痛みで混乱していた僕の視線は、このとき彼女のそれと重なった。瞳は何かを探っていた。あるいは、僕の目に合意を求めていた。彼女は腰を浮かせて、少し前進した。玉と肉の魔物がつながる、ちょうどその根元のあたりに、なにやら湿った、温かい感触があった。彼女は固く張り詰めた生物を、右手でちょうど天辺を向くように起こした。そして――
ドンドンドン!
突然部屋のドアが鳴った。
「ミーシェ?ミーシェいます?」
木の板一枚の向こうからくぐもった声で聞こえてきたのは、僕が裏切ったこの世の天使、シモーヌの声だった。
「……来たわよ」
ハナは右手を離すと、寝起きの時と同じ、冷たい雪の瞳で僕を見下ろした。彼女の豹変に、僕はゾッとした。二人で身を寄せ合って渡っていた吊り橋のど真ん中で、訳も分からず急に谷底へと突き落とされるような、理不尽と不可解の断絶が僕と彼女の間に急に生まれた。
「なんでシモーヌが」
「アンタを迎えに来たにきまってるじゃない」
「迎えにって……僕はそんな」
「あのっ、ハナさんもいませんの?」
シモーヌの不安そうな声が耳に届き、僕の心は痛んだ。でも、彼女に合わせる顔が無かった。
「いないって言ってくれ」
「はぁ?」
「僕は昨日シモーヌの部屋に出たっきり帰ってきてないと、彼女に伝えてくれ」
「アンタってほんとに……」彼女は心底うんざりしたような表情を浮かべた。「わかった、アンタがそれで良いって言うなら、言っておいてあげる」
僕の申し出を了承したハナは、とことことドアの方へと歩いて行った。シモーヌに見つからないよう、僕は急いでクローゼットの中に身を隠した。お出かけ用の服やパーティドレスに染み付いた香水の香りがほんのりと鼻をかすめ、頬に当たるレース生地がこそばゆかった。
「朝っぱらから何の用なの?寝てたんですけど」
「ご、ごめんなさいハナさん!ただその、ミーシェを探していまして、お部屋に戻っていないかしら?」
声のトーンを聴くだけでも、いつも通りのハナの刺々しい態度と、焦燥したシモーヌの姿が目に浮かんだ。
「昨晩アンタの部屋に行ったっきり戻ってないわよ。なに、ケンカでもしたわけ?」
「そういうわけではないです!そういうわけではないのですけど……」シモーヌは意味深長に言いよどんだ。「なら、ならいいのです、戻っていないのなら。ごめんなさい、ハナさん。ご迷惑をおかけしました。他をあたってみますわ」
シモーヌの声はどこかしょんぼりとしていた。本当ならば、すぐにでもここを飛び出して、彼女に慰めを……いや、僕の罪の許しを請いたかった。今の会話を聞く限り、彼女は僕に失望しているわけではないようだし、もしかすると、男としての僕を受け入れるだけの胆力が彼女にはあるのかもしれない。だって彼女は、地上に遣わされた神の子がごとく、誰よりも寛大で、誰よりも慈悲深い奇跡の聖女であることに疑いようがないからだ。しかし一度その光明から逃げ出した僕には、もう一度ぬけぬけと光の笠の元へ戻るだけの図太さはなかった。
「彼女、行ったわよ」
「うん……」
ハナはクローゼットの戸を乱雑に開くと、僕に構うことなく自分のベッドに戻っていった。その小さな背中は「話しかけるな」と主張していたので、シモーヌの様子を彼女から聞き出すのは憚られた。クローゼットから出た僕は、僕とハナのひと悶着の下敷きになった制服を手に取り、しわを伸ばしてクローゼットにかけなおした。卓上の時計を確認すると、アカデミーの面々が来るまで、もう二時間少々しか残っていないことに気が付いた。
時計の針は、ちょうど真下を向いて重なっていた。生徒たちがぞろぞろと起き始めるまであと半刻くらいだろうか。ゆえにすべてを片付ける時間はない。そもそも、すべてを片付けるつもりはない。着替えとか、お金とか、当面暮らしていけるだけのものをトランクに詰め込めばいい。僕はハナを起こさないように、そっとクローゼットを開いた。中には、ドレス、コート、制服――女性ものの服ばかり。抽斗を引けば、すらっとした白手袋とキラキラ光るアクセサリー類。小箱を開ければ、花やリボンの飾りのついた賑やかな帽子とヒール。どこを探してみても、シャツも、背広も、ズボンの一着さえ見つからなかった。学院に来て最初の一年くらいは何かあったときのための男装を一着用意していたのに、いつだかどこかへ片してしまっていたのだった。
街に出れば男物の服を買えるのだろうか?女の僕に売ってくれるのだろうか?結局トランクの中に詰め込んだのは、お金と、換金できそうなアクセサリー類と、防寒用のコートだけだった。スカスカな中身を見ていると、この三年間の思い出がまるでなかったかのような気になり、胸に空いた穴に空っ風がひゅるりと吹き抜けるような侘しさを覚える。思い出はそれぞれの魂に残るという観念論は結構だけれど、換言すれば、忘却に対していかなる保証も無いということである。だから僕は形あるモノを求めていた。この学園に居たことを証明する、記念や愛着を求めていた。
「うるさい」
僕はその唯一の選択肢として、クローゼットに掛かる学校の制服を手に取ろうとしたとき、眠そうな顔をしたハナが、布団から頭だけを出してこちらをぼんやりと睨んだ。
「ごめんハナ。起こしちゃって」
「朝っぱらからそんなの引っ張り出してなにしてんの」
僕は一旦手を止めた。彼女に素直に話すべきか。それとも何も言わずに立ち去るべきか。彼女は黙ったまま、起きているのか起きていないのか分からない表情を僕に向けていた。その顔は何も語らない。僕を観察するでもない。ただ、「彼女に嘘をついてはいけない」という摂理は僕の中に確かにあって、単なる義理か、僕の弱さか、はたまた彼女の神秘か知らないが、いずれにせよ、僕は彼女に真実をこぼさずにはいられなかった。それに正直に言うと、僕は彼女が目を覚ましたことに少しほっとしていた。
「出ていくんだ。この学院から」
「……そう」
勝手にしなさい、と言われたほうがまだ温かみのある、あまりにも乾いた返事だった。「どうしたの!?」と動揺するような性格でないことは分かっているけど、ルームメイトであり、かつ客観的に見て彼女の唯一の話し相手である僕が学園を去ろうとしているのに、その理由も聞かずに、代り映えしない質素な給食を前にしたときのような色味の薄い生返事しかもらえなかったので、逆に僕の方が少しムキになってしまう。
「男だってシモーヌにばれたんだ。だからもう出ていくしかないんだ」
「そう」
「ハナともこれでお別れになる」
「残念だわ」
ようやく出てきたのが、感情のこもっていない、あまりにも形式的な慰め。どうしてこんなに冷たく僕を撥ねつけるのだろうか。多分立場が逆だったら、もしハナが何かしらの理由で学校を離れなければならなくなったとしたら、僕はその理由を根掘り葉掘り聞き出さずにはいられないだろうし、なんなら彼女から受けたこれまでの辱めをすべて不問にして、なんとか彼女が学院に残る方法は無いか奔走するだろうし、仮にそれが絶望的なのだとしたら、せめて何かの助けになるようにと、旅や今後に対する支援を申し出るだろうに。
僕は制服を畳んでトランクの中に入れた。ブラウスとスカートだけじゃ、もの悲しい隙間はたいして埋まらなかった。
「気にならないの?」
「何が?」
「どうして男だってことがばれたんだとか、僕がこれからどうするかとか……」
「興味ないわ。それにこれからどうするなんて、どうせ何も決まってないんでしょ」
「それは……」
寝起きで布団にくるまったままだというのに、普段と変わらず鋭いことをずけずけと言ってくる。
「やっぱり。ほんっと世間知らずなオトコよ、アンタって。街に出れば誰か素敵な紳士が助けてくれると思っているわけ?それとも、どこかの親方が気を利かして雇ってくれるとでも?」
彼女は身を起こすと、僕の方へと詰め寄った。布団にくるまっていた彼女の体はぽかぽかとした熱を帯びていて、近くに来るだけでそのぬくもりが伝わってきた。
「家柄を失った貴族なんて、靴磨きの少年以下よ。そんな貧弱な体じゃポーターもできない。この学校で学んだことなんて、世の中じゃ何一つ役に立たないんだから。教養でパンが食べれるの?お歌やお花やお星さまの名前を知っていたところで、掃除も炊事も洗濯も一人でやったことのない奴なんてどんな仕事も門前払いよ。それにね――」
「ぐぁぁっ!!??」
ハナは僕の股間にぶら下がる二つの玉を右手で鷲掴みにした。強烈な不意打ちに、僕はたまらず声を上げる。
「アンタは男なの。どれだけ女の子らしく装ったところで、ここにぶら下がっているモノは無くならない。もしアンタが本当に女の子だったら、身ぐるみ一つで街に出てもなんとか暮らしていけたでしょうよ。貴族崩れのお嬢様ってのは高く売れるらしいからね。でもミーシェ、アンタは違う。アンタはたしかに、なんなら私よりも女としての見てくれは良いけどね、コレのことを知ってまで買ってくれる物好きな紳士さまなんているのかしら?いたとしても、倫理のかけらもない非道に決まっているわ」
彼女は体を密着させると、その存在を強調するように右手を揺さぶった。
「うぅ……。でも、でも!僕だって、やればできる――」
「やればできる?ふっ、笑わせるわ。そもそもアンタはやらせてもらえるだけのタマなのかって言っているの!」
僕は返す言葉がなかった。衝動的に学院を出て行ったところで行く当てはない、それは頭では分かっていた、分かっていたけれども、学院から正式に追放されるという恥をかきたくない、生徒会のみんな――特にシモーヌと――に合わせる顔が無いという気持ちが、僕を強く逃避へと向かわせていた。ハナは極めて理路整然と、僕の退路をきっぱり閉ざした。もうどうしたらいいかわからなかった。口をふさがれ、縄でぐるぐる巻きされたかのように、発声一つ、身動き一つできなかったけれど、なんならこのまま、人さらいの馬車に乗せられてどこかに連れて行かれればいいのにとすら思った。
「はぁ……。呆れる」
「好きなだけ言ってくれていいよ」
「アンタってホントどうしようもないわね」
「君の言う通り、僕はどうしようもないヤツだよ。いつも肝心な時に限って冷静じゃいられないから――」
「……アンタの性格をどうこう言ってるんじゃないんだけど。もしかして気づいていないの?」
「え?」
彼女の目線が下を向いたので、何事かと思って僕も視線を下へ向けた。彼女の握った玉の根元から、いつの間にか、汚らわしい大木がヌっと伸びていた。
「っ……!?」
「タマをがっつり握られながら女の子に言い立てられて?おチンチンをギンギンに勃起させちゃうんだ?ミーシェ、アナタどれだけ欲求不満なのよ」
灰色の目を細めたハナは頬を僕の胸にくっつけ、股間の陰獣がうごめくさまを観察している。睾丸をいたぶる右手が動くたびに、シュミーズの下のそれはくねくねと身悶える。苦しそうに、その口から透明な粘液を吐き出しながら。
「う、や、やめっ……!まだ朝なのにっ、あ、ふっん」
「ほんと、アンタのこれって威勢だけは良いわね。どうせ会長さんに男だってバレたのも、おチンチンが悪さしたせいなんでしょ?」
「ッ……」
「え?図星なの?冗談のつもりだったのに、まさか本当だなんて。ミーシェに貞操帯をつけさせたのって、やっぱり正解だったのね」
ハナの嘲笑を見たくなくて、僕は顔をそむけた。朝の光は、僕が部屋に戻ってきた時よりも輝きを増していた。じきに生徒たちが起き出す。そうなると学院から逃げるという選択肢は消える。アカデミーとの打ち合わせ当日に生徒会副会長が大荷物を引き下げて外出するなんて明らかな異常事態なのだから。
「ハナっ……やめ、て!僕、行かないと……」
「なに?もう出るの?」
「違うよ!もう出ないと、ほかの生徒が起きちゃうからっ……!」
「じゃあ、早く出しちゃわないとね」
「えっ……?んぅっっ!?」
ハナはおもむろに左手をシュミーズの下へ潜らせると、肉の獣の胴体をしっかりと捕まえて、激しくしごき始めた。
「やっ、やだっ♡そんな、はげしゅぅ!!」
「ミーシェが早く出したいって言ったんだからね。私はそれを手伝ってあげているだけよ」
「やだっ、ゃっ!」
「嘘つき」
「ひゃぐぅぅぅぅ!!!???」
鈍痛が脳天から肛門までを貫いた。ハナが右手を思い切り握りしめて、僕の精巣に罰を下したのだ。
「あがっ、はぁ、はぁっ……うぅっ、あぅ……」
激しい痛みに耐えきれず、僕はたまらずベッドに倒れこんだ。肺が縮こまってしまって上手に呼吸ができない。苦しい、痛い。でも下半身の魔物は、何事もなかったかのように平然と屹立し、シュミーズの布でテントを張っていた。ハナはその一枚布をスルスルと持ち上げて、支柱一貫を露出させると、僕の太ももの上に馬乗りになった。
「あんなに強く握ったのに、おチンチンは全然元気なのね。むしろもっと元気になっちゃった……って感じ?」
「ち、ちがっ……はあっ、はぁ……、そんなことない」
「ふうん?」
「ひゃぁぁぁっ、ぁぁああ……!」
ハナの右手が膨張した肉の側面を二、三こすり上げると、二つの玉からジンジンとした痛みとともに、腹の奥深くに響く快感が流れてきて、ソイツはビクっ、ビクっ、と体を震わせた。起き上がることが困難なほどの痛みを抱えているというのに、快楽が上書きされる。僕はもう、何がなんだかわからなくなっていた。痛いと気持ちいいが折り重なるこの異常な感覚は危険だと、僕の本能が警告を発していた。
「やっぱり元気なんじゃない。それじゃあ……」
灰色の瞳が僕の目をじっと見据えた。痛みで混乱していた僕の視線は、このとき彼女のそれと重なった。瞳は何かを探っていた。あるいは、僕の目に合意を求めていた。彼女は腰を浮かせて、少し前進した。玉と肉の魔物がつながる、ちょうどその根元のあたりに、なにやら湿った、温かい感触があった。彼女は固く張り詰めた生物を、右手でちょうど天辺を向くように起こした。そして――
ドンドンドン!
突然部屋のドアが鳴った。
「ミーシェ?ミーシェいます?」
木の板一枚の向こうからくぐもった声で聞こえてきたのは、僕が裏切ったこの世の天使、シモーヌの声だった。
「……来たわよ」
ハナは右手を離すと、寝起きの時と同じ、冷たい雪の瞳で僕を見下ろした。彼女の豹変に、僕はゾッとした。二人で身を寄せ合って渡っていた吊り橋のど真ん中で、訳も分からず急に谷底へと突き落とされるような、理不尽と不可解の断絶が僕と彼女の間に急に生まれた。
「なんでシモーヌが」
「アンタを迎えに来たにきまってるじゃない」
「迎えにって……僕はそんな」
「あのっ、ハナさんもいませんの?」
シモーヌの不安そうな声が耳に届き、僕の心は痛んだ。でも、彼女に合わせる顔が無かった。
「いないって言ってくれ」
「はぁ?」
「僕は昨日シモーヌの部屋に出たっきり帰ってきてないと、彼女に伝えてくれ」
「アンタってほんとに……」彼女は心底うんざりしたような表情を浮かべた。「わかった、アンタがそれで良いって言うなら、言っておいてあげる」
僕の申し出を了承したハナは、とことことドアの方へと歩いて行った。シモーヌに見つからないよう、僕は急いでクローゼットの中に身を隠した。お出かけ用の服やパーティドレスに染み付いた香水の香りがほんのりと鼻をかすめ、頬に当たるレース生地がこそばゆかった。
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「ご、ごめんなさいハナさん!ただその、ミーシェを探していまして、お部屋に戻っていないかしら?」
声のトーンを聴くだけでも、いつも通りのハナの刺々しい態度と、焦燥したシモーヌの姿が目に浮かんだ。
「昨晩アンタの部屋に行ったっきり戻ってないわよ。なに、ケンカでもしたわけ?」
「そういうわけではないです!そういうわけではないのですけど……」シモーヌは意味深長に言いよどんだ。「なら、ならいいのです、戻っていないのなら。ごめんなさい、ハナさん。ご迷惑をおかけしました。他をあたってみますわ」
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「彼女、行ったわよ」
「うん……」
ハナはクローゼットの戸を乱雑に開くと、僕に構うことなく自分のベッドに戻っていった。その小さな背中は「話しかけるな」と主張していたので、シモーヌの様子を彼女から聞き出すのは憚られた。クローゼットから出た僕は、僕とハナのひと悶着の下敷きになった制服を手に取り、しわを伸ばしてクローゼットにかけなおした。卓上の時計を確認すると、アカデミーの面々が来るまで、もう二時間少々しか残っていないことに気が付いた。
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