副会長はオトコノコ!?――エツィビール女学院の秘戯――

ルボミール高山

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ミーシェのとても長い一日

戻りましょう

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「ごきげんよう、ミーシェ様」
「ごきげんよう」
 学院の外へ逃げ出すタイミングを逸した僕は、急に機嫌を崩して威嚇モードに切り替わったハナと同じ部屋にいるのはいたたまれず、かといって生徒会室に行けば取り乱したシモーヌと鉢合わせるかもしれないので、追手から逃れる罪人のように、広大な裏庭をあてもなく散歩していた。まだ九時過ぎだというのに、学院で花嫁修業に励む大貴族の子女たちは、すでに東屋の下や木陰に集っておしゃべりに興じたり、数人組になって野を散策したりしていた。僕より三倍遅い時間を生きる彼女たちの表情は青空がごとく澄み渡っていて、心にどんよりとした重たい雲が立ち込める僕と挨拶を交わすことで汚してしまうのではないかと、こちらが気を遣ってしまうほどであった。
 僕は人を避けて、池のほとりの、高い草木に囲まれたまだ誰もいないベンチに腰をかけた。風が吹くと、生い茂る草がざわざわと体を揺らしていた。髪をまとめ上げて露出した首元をヒュウと風が吹き抜けて、僕は肩をすくめた。小さな雲の欠片が太陽を遮り、世界に影が落ちた。まるでアポカリプスの始まりのような気分だった、一人でいるにはあまりにも心細いと感じた。馬鹿にされても、罵倒されてもいいから、ハナに話を聞いてもらいたい――心細い胸中に浮かんでくるのは、性悪田舎娘のハナ・ピウスキの顔であった。「やっぱり部屋に戻ろう」、そう決心して立ち上がろうとしたそのとき、濃い髪色の少女がベンチの前を横切った。
「あ、先輩……」
「……クラリエ?」
 後輩クラリエは僕を見るや否や、なにやらまごついていた。その様子を見て思い出した、そうだ、昨晩から今朝にかけての大事件のせいですっかり忘れていたが、僕は昨日、彼女ともトラブル……というか、微妙なわだかまりを抱えていたのだった。僕は暗澹と濁った感情のプールに詫びの気持ちを流し込んで、焦点の合わない後輩の碧眼をじっと見つめた。
「クラリエ、昨日はごめんなさい!貴女の気持ちを全く考えずなれなれしい真似をして不快にさせてしまって……。本当にごめんなさい!!」
「えっ……?え?い、い、いえいえいえそんな!!!あれはその、突然のことで驚いただけというか、あれしきのことで驚いてしまう私の方が、悪いんです……。私こそ、先輩にいらぬ心配をかけて、も、申し訳なかった……です……」
 頭を下げた僕に対して、クラリエはベンチに座る僕よりも低く頭を下げた。
「あっ、でもその……い、今はそんなことより……!」ひらひらと揺れる前髪からのぞく碧眼が輝く。「か、会長が先輩のことを探しているんです……!先輩、一緒に生徒会室まで来てくださ……」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくださる!?」
 彼女が差し出した手を僕は握らなかった。拒絶されることが予想外だったのか、クラリエは少し怯えたような目をしていた。
「ごめんなさい、別にクラリエを困らせようとしたのではなくって、その、シモーヌと……ケンカしてしまったの!だからちょっと、今は合わせる顔が無くて……」
「ならなおさら、アカデミーの皆様が来る前に仲直りした方がいいのでは……?学院のトップ二人の間にわだかまりがあることを悟られてしまうのは、正直、とても良くないことだと……」
「もちろんクラリエの言う通りよ。でもね、今回はちょっといろいろ事情が複雑で」
「事情があるならなおさら、話し合いは早く持つべきです。先送りにすればするほどそういうものって、どんどん悪い方向にいってしまうものですから……」
 前髪の隙間からちらりとのぞく真珠のような瞳は、至極まっとうに僕のわがままを律しようとする。
「で、でも……」
「このままだと、会長が学院全体に先輩捜索の話を広めて、一大事になってしまいますよ……!」
「!!」
 僕は息をのんだ。
「今はまだ、私と、アデーレさんとカロリーナさんを含めた生徒会の内で話が収まっていますが、会長のあの性格です……どんな手を使ってでも先輩を探し出そうとします。ことが大きくなって、学院内でいろんな憶測が飛ぶのは先輩にとって……好ましくないはずです」
 彼女は状況を大局的に分析して、僕が最も恐れる展開を的確に提示した。ああその通りだ、まったくもってクラリエの言う通りだ。逃げ出すこと、ふさぎ込むことで頭が一杯で、自分が何をすべきなのか、僕は完全に見失っていたけれど、シモーヌに僕が男ということがばれてしまった以上、次善の策はただ一つ、どうにかしてこの事実を内々に留めてもらえるよう、シモーヌと交渉することのはずなのだ。それはまさに昨年、ハナに正体がばれてしまったときと同じように(たとえ交渉の結果何らかのペナルティを背負うことになったとしても、勘当されるよりはよっぽどましなはず……だ)。
 幸い状況はまだ明るいということに気が付いた。シモーヌが僕のことを探しているということはつまり、なんらかの話し合いを彼女も望んでいるということだ。そんな単純な事実さえ見落としてしまうなんて、まったく、僕はどれだけ冷静さを失ってしまっていたのだろう。
「だから先輩……戻りましょう?」
 後輩クラリエはか細い小さな指で、僕の手を、やさしく、キュッとつかんだ。彼女の手は暖かかった――いや、春の冷気にさらされた僕の手が、思いのほか冷えてしまっていたのかもしれない。繊細で美しい水晶彫刻のように澄んだ彼女の手を一度は無下にした僕へ再度手を差し伸べてくれる彼女は、いつだって僕を突き放すハナとは真逆の、まさに救いの女神であった。
「ごめんなさい、クラリエ。さっきは貴女の好意を不躾にはねつけるようなことをしてしまって、本当にごめんなさい」誠意を示すため、僕はもう片方の手を彼女の手の上に重ねた。「貴女の言う通り、私、シモーヌとちゃんとお話しするわ。まったく、子どもみたいにいつまでも拗ねてへこんでいるようじゃ、学院副会長として失格よね」
「全然失格なんかじゃない……です。副会長が務まるのは、先輩しか、い、いませんから……」
「ふふっ、クラリエは優しいね」ベンチから立ち上がり、僕は彼女の髪をそっと撫でた。「ありがとう、クラリエ」
「せ、せんぱっ……!」か弱い力でクラリエは僕の胸をトンと押した。「そ、そういうのは、よ、よ、よ……良くない……です……」
「あっ、そうだった!クラリエはこういうことはあまり好きじゃなかったのよね。ごめんなさい」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、その……良くないんです!」
 クラリエは池の方を向いて、僕から顔をそらした。濃い色の髪の毛と対照的な白い頬が、今はほんのり赤く染まっていた。
「早くいきましょう……。こ、事が大きくなるよりも前に、会長を見つけないと……」
「そうね」
 彼女が速足で校舎へと歩きだしたので、遅れないよう、僕もそれについていった。
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