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第四章
猛虎の剣
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播磨国 加古川の支流、椎ノ谷(しいのたに)。
春霞が山を覆い、獣道にはぬかるみが続いていた。
そこを歩く一人の旅人。
青と白を基調とした羽織の裾が泥に濡れ、草をかき分けるたび、腰の太刀が鳴る。
「……ここまで来て、道がないとはなぁ」
水神蒼蓮は、笹の葉を払いながら独り言を漏らす。
目指しているのは、ある一人の剣豪。
名は――明石国行。
かつて播磨三剣豪の一人と謳われたが、その存在は次第に史から姿を消した。
その男が、最近になって再び“剣”を振るい始めたという噂を、蒼蓮は風のように拾った。
(力だけで押し切るっていう話だが……そういうの、嫌いじゃねぇ)
山を抜けた先、急に視界が開ける。
その奥に、一つの大岩。
岩の前に立つ影。
「来たか、“水の剣士”よ」
声は太く、地を這うように響いた。
その男こそ――明石国行。
巨体。
全身に走る刀傷と、片目に巻かれた包帯。
背には、大太刀と呼べるほどの太い刃が一本。
「随分と目立つ登場だな、明石殿」
「ここで待っていた。剣がうずくのだ。力を込めるほどに、己を試す相手が現れる……そう信じていた」
蒼蓮は一歩、地面を踏みしめる。
「なぜ、剣を振るう?」
「力は、力を示すためにある。下をねじ伏せ、頭を垂れさせる。戦国とはそういうものだ。名など要らん。俺は……“強さ”そのものになりたいだけだ」
「……なるほど。だが、強さってのは、何かを守るためにあるもんだと思ってたよ」
「守る? 誰をだ? 民か? 家族か? 主か? ……誰も、そんなもの望んでいない。皆、自分を守るために力を使うだけだ」
蒼蓮の目から、微笑みが消えた。
「その考えを、今から訂正させてもらう」
「ほぅ……そのつもりで来たか。よかろう!」
明石国行が、背の大太刀を一気に引き抜く。
空気が震える。
刃の重さが、地面を割る。
「……水幻流、拝見仕る」
蒼蓮は一歩、滑るように前に出る。
「来い、“水神”。力のすべてをぶつけてこい!」
「じゃあ、少しだけ流れを見せてやるよ」
その瞬間――
「《水幻流・弐ノ型──波返し》!」
蒼蓮が踏み込み、太刀をわずかに浮かせて返す動作を見せる。
それを受けた国行は、まっすぐ太刀を振り下ろした。
「力任せか……!」
だが、蒼蓮の刃は、まるで引き潮のようにその一撃を受け流した。
「なんっ……だと……!?」
「水はね、力に逆らわねぇ。ただ、流れを変えるだけさ」
刹那、蒼蓮の太刀が国行の足元をかすめた。
「小細工を……!」
国行が回転しながら追撃する。
その速さ、巨体とは思えぬ俊敏さ。
蒼蓮は舌を巻きながらも、一歩下がる。
(こいつ……本当に“獣”だな)
だが、蒼蓮の剣には焦りがない。
流れを読む者にとって、力任せの剣は“乱流”であり、同時に読みやすい“変化”でもある。
「《水幻流・陸ノ型──渦鎖》!」
蒼蓮の剣が渦を巻くように動き、国行の大太刀の動きを封じにかかる。
だが――
「破ァッ!!」
国行が、技の理を無視して刃を振り下ろす。
蒼蓮の構えが一瞬崩れ、後退する。
(……やべぇな。流れを“読まない”剣……)
蒼蓮の唇が笑う。
「おもしれぇ……こっちも、少し本気出すか」
再び、剣と剣がぶつかり合う。
水と力。
流れと衝動。
真逆の剣が、山の静寂を打ち破る。
春霞が山を覆い、獣道にはぬかるみが続いていた。
そこを歩く一人の旅人。
青と白を基調とした羽織の裾が泥に濡れ、草をかき分けるたび、腰の太刀が鳴る。
「……ここまで来て、道がないとはなぁ」
水神蒼蓮は、笹の葉を払いながら独り言を漏らす。
目指しているのは、ある一人の剣豪。
名は――明石国行。
かつて播磨三剣豪の一人と謳われたが、その存在は次第に史から姿を消した。
その男が、最近になって再び“剣”を振るい始めたという噂を、蒼蓮は風のように拾った。
(力だけで押し切るっていう話だが……そういうの、嫌いじゃねぇ)
山を抜けた先、急に視界が開ける。
その奥に、一つの大岩。
岩の前に立つ影。
「来たか、“水の剣士”よ」
声は太く、地を這うように響いた。
その男こそ――明石国行。
巨体。
全身に走る刀傷と、片目に巻かれた包帯。
背には、大太刀と呼べるほどの太い刃が一本。
「随分と目立つ登場だな、明石殿」
「ここで待っていた。剣がうずくのだ。力を込めるほどに、己を試す相手が現れる……そう信じていた」
蒼蓮は一歩、地面を踏みしめる。
「なぜ、剣を振るう?」
「力は、力を示すためにある。下をねじ伏せ、頭を垂れさせる。戦国とはそういうものだ。名など要らん。俺は……“強さ”そのものになりたいだけだ」
「……なるほど。だが、強さってのは、何かを守るためにあるもんだと思ってたよ」
「守る? 誰をだ? 民か? 家族か? 主か? ……誰も、そんなもの望んでいない。皆、自分を守るために力を使うだけだ」
蒼蓮の目から、微笑みが消えた。
「その考えを、今から訂正させてもらう」
「ほぅ……そのつもりで来たか。よかろう!」
明石国行が、背の大太刀を一気に引き抜く。
空気が震える。
刃の重さが、地面を割る。
「……水幻流、拝見仕る」
蒼蓮は一歩、滑るように前に出る。
「来い、“水神”。力のすべてをぶつけてこい!」
「じゃあ、少しだけ流れを見せてやるよ」
その瞬間――
「《水幻流・弐ノ型──波返し》!」
蒼蓮が踏み込み、太刀をわずかに浮かせて返す動作を見せる。
それを受けた国行は、まっすぐ太刀を振り下ろした。
「力任せか……!」
だが、蒼蓮の刃は、まるで引き潮のようにその一撃を受け流した。
「なんっ……だと……!?」
「水はね、力に逆らわねぇ。ただ、流れを変えるだけさ」
刹那、蒼蓮の太刀が国行の足元をかすめた。
「小細工を……!」
国行が回転しながら追撃する。
その速さ、巨体とは思えぬ俊敏さ。
蒼蓮は舌を巻きながらも、一歩下がる。
(こいつ……本当に“獣”だな)
だが、蒼蓮の剣には焦りがない。
流れを読む者にとって、力任せの剣は“乱流”であり、同時に読みやすい“変化”でもある。
「《水幻流・陸ノ型──渦鎖》!」
蒼蓮の剣が渦を巻くように動き、国行の大太刀の動きを封じにかかる。
だが――
「破ァッ!!」
国行が、技の理を無視して刃を振り下ろす。
蒼蓮の構えが一瞬崩れ、後退する。
(……やべぇな。流れを“読まない”剣……)
蒼蓮の唇が笑う。
「おもしれぇ……こっちも、少し本気出すか」
再び、剣と剣がぶつかり合う。
水と力。
流れと衝動。
真逆の剣が、山の静寂を打ち破る。
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