『戦国水幻録 ―水神蒼蓮、史に残らぬ剣―』

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第六章

剣聖の理(ことわり)

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春の京。
鴨川沿いの桜が一斉に開き、都人は花の宴に酔いしれていた。

だが、その賑わいの中に、一本の流れがあった。
すなわち、水神蒼蓮の影。

彼は、京に入った。
澪の姿を求めて、そして――“最後の戦”に備えるために。

(ここにいる。確信がある。アイツは、ここを目指してた)

民家に潜む敵の影を交わしながら、蒼蓮は洛中の片隅――
かつて澪の親戚筋が住んでいた町家の廃屋へと向かう。

扉は開いていた。

そこに、確かに残されていたもの――
懐から、白い“氷花”が覗いていた。

「……やっぱり、お前はここに来たんだな」



「よく来たな、水神」

声がしたのは、廃屋の庭だった。

その影は、朽ちかけた松の下に立っていた。

「……塚原卜伝」

「老いたな。だが、わしの剣は、いまだ老いてはおらぬぞ」

「わざわざここまで迎えに来たのか?」

「迎えではない。“最後の課題”じゃ。……来い、鞍馬へ」

卜伝は、それだけを言い残し、背を向けた。
そして、再び姿を消す。

蒼蓮は、迷うことなくその背を追う。



二日後、鞍馬山。

澪は、僧侶に守られた小庵に身を寄せていた。
再び敵に追われ、命を狙われながらも、蒼蓮が必ず来ると信じていた。

(蒼蓮……)

風が、花を運ぶ。
その音に、彼の足音を重ねる。



一方、鞍馬の山腹では、蒼蓮と塚原卜伝が向かい合っていた。
草も木も芽吹き始めた山の中、空気は澄み、鳥の声だけが響く。

「水神よ。お主の“水葬”は、完成したか?」

「……ああ。人を殺さず、戦いを止める技。やっと見えた」

「ならば、それをこの“老いぼれ”に示してみよ。
剣を交えず、拳のみでわしの“理”を超えてみせよ」

卜伝は、木刀すら抜かぬ。
構えたのは、たった一歩の“体の軸”。

(……奥義同士の問答)

蒼蓮もまた、無手の構えを取る。

「《奥義・水葬──開流》!」

突如、踏み込んだ蒼蓮が掌を滑らせる。
だが――

「見えておる!」

卜伝が瞬時に腰を返し、掌を弾く。

(くっ……! さすが、“剣聖”!)

「理を超えるには、理を知れ!」

卜伝の掌底が蒼蓮の脇腹を捉える。
が、蒼蓮もまた、その力を“流す”ように受け流し、後ろへ飛ぶ。

「……やはり、剣に“終わり”はないな」

「なら、何のためにお前は戦ってきた!」

「理を伝えるためよ! 剣は殺すためではない。極めれば“教える”ための器となる!」

その言葉に、蒼蓮の拳が再び震える。

(……俺も、いつか“伝える”側に立つ。その時まで、負けられねぇ)

構え直す。
心は静かに、ただの“水”になる。

「《水葬・最終奥義──流尽(りゅうじん)》」

掌をすべての力から解き、ただ“流れそのもの”となる。
打たず、止めず、ただ触れた力を“導く”。

卜伝の拳が、蒼蓮の胸へ届く――その瞬間、

「──流れろ」

蒼蓮の体が、卜伝の“拳”を巻き込んで回転する。
そして、自然な“気の流れ”の中で、卜伝の体が背中から地面へと導かれるように倒れた。

「……ぬぅ……!」

静寂。

そして、卜伝が笑った。

「……完成じゃ、水神。見事なり。
“殺さずに勝つ”とは、かくも難しい……そして尊い」

蒼蓮は、深く一礼した。

「師匠を超えたとは思ってねぇ。けど、ようやく“俺の剣”が見えた気がする」

卜伝は、ゆっくりと立ち上がり、背を向けた。

「……お主の“弟子”がその道を歩けるようになった時、わしの剣もようやく“終われる”じゃろう」

その言葉に、蒼蓮の表情がわずかに動く。

(……弟子。そうだ。俺には……)



同じころ、澪は庵を離れ、鞍馬の麓で待っていた。

やがて、森の中から現れる影。
風に揺れる白い羽織。
そして、変わらぬあの笑顔。

「……蒼蓮!」

「よう、お姫様。迎えに来たぜ。……ちょっと、遅れたけどな」

澪の目に、涙があふれた。

「バカ……どれだけ……心配したと思ってるの……!」

「はは、俺だって、心配で死ぬかと思ったぞ」

二人は、ようやく――再び出会った。

そして、この再会が、最後の“闘い”へと繋がっていく。
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