『戦国水幻録 ―水神蒼蓮、史に残らぬ剣―』

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第七章

流転の果てに

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元亀元年(1570年)・播磨、摂津、そしてどこでもない場所
【前編】



“記録に残らぬ者”は、果たして消えたのか――
いや、違う。流れは、記録よりも確かに、生きて伝わる。
ただ、それは“語られぬ物語”として、人々の心に残るのだ。



赤座景久を下した後、水神蒼蓮は再び旅に出た。

澪としばしの時を過ごした後、「またすぐ戻る」と言い残して――
だがその旅は、やがて戦国の“最も血濡れた時代”へと足を踏み入れていく。



元亀元年。織田信長が足利義昭とついに対立し、天下の情勢が激変する。

「剣が、また“戦”に戻ってくるな」

蒼蓮は、播磨の村で静かに呟いた。

かつて澪の親戚が隠れていた村だが、今や武装した傭兵たちが屯し、村人たちは怯えていた。

「剣は、人を守るためにあるはずだった。けど、“天下取り”にはそれが邪魔らしい」

蒼蓮は、村の青年に聞かれる。

「おっさん、剣が強くても、天下は取れないんすか?」

「強い剣は、“奪う剣”になっちまうことが多いからな。
でも一番強ぇのは、“奪わずに流れを変える剣”だ」

「……意味わかんねぇっす」

「俺もわかってねぇから、大丈夫だ」

そう笑って、蒼蓮は立ち上がる。
青年に一本の木刀を渡して。

「誰かを守りたくなった時、その意味がわかる」



その後、蒼蓮は摂津へ向かう。
噂によれば、そこに「水神の弟子」を名乗る若者が現れたという。

(……まだ教えた覚えはねぇが?)

若者の名は、涼真(りょうま)。
かつて蒼蓮が助けた農村の少年の一人だった。

「おっさん! おれ、アンタの技、盗み見てたんだ!」

「なるほど、だから“無手”が少し様になってる」

「でも、まだ“流せない”。敵の力を、受けきれないんだ」

蒼蓮は木の枝を拾って構える。

「じゃあ、やってみっか。俺の“気”を受け流せたら、認めてやるよ。
……弟子じゃないけどな」

「おう!」

軽い遊びのような手合わせ。
だが、涼真の中には“水幻流”の根幹が確かに育っていた。

(……継がせない。弟子は一人。
けど、“流れ”はこいつに残っていくかもしれねぇな)



その夜、涼真がぽつりと問う。

「水神の名って、すげぇ重いの?」

「うん、重いよ。だから、俺の子供に継がせる。
澪っていう、大事な女がいてな。……そいつに、いつか言うつもりだ」

「言ってねぇのかよ!」

「うるせぇよ」

二人で笑う夜。
だが蒼蓮の胸には、次に向かう場所がもう決まっていた。



【どこでもない場所】

記録にも地図にも残らぬ、山奥の集落。
そこに、老いた剣士がいた。

――塚原卜伝。

「わしの剣は、もう終わった。
じゃが、最後に一つ聞かせてくれ。
お主の剣は、“誰に伝える”のだ?」

「弟子は一人。まだ生まれてねぇ」

「ふっ……それでこそ、“水幻”の継ぎ手よ」

「でも、その子が剣を望まなければ、無理に渡すつもりはねぇ。
剣は“選ばれる”もんじゃねぇ。
“選ぶ”もんだ」

卜伝は目を細めた。

「お主の剣は、わしよりも深いところに届いておる。
もう、わしが語ることはない。
あとは……お主の“流れ”が、どこまで広がるかじゃ」

「どこまでも。……記録に残らなくても、誰かの心に届けば、それでいい」



その年の冬、蒼蓮は再び澪のもとへ戻った。
旅装のまま、軒下で雨宿りをしていると、扉が開いた。

「……ずいぶん帰りが遅いわね」

「悪い。流れがちょっと、長くてな」

「私、もうあなたの“弟子”でいいわよ」

「バカ、だから言ったろ。弟子は――“一人”だけだって」

澪は目を細めて、笑う。

「じゃあ、私が産むわ。あなたの“最後の剣”を継ぐ子を」

「……約束、だな」

彼は、静かに澪の手を取った。
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