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終章
3 未来は定まらず
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物語の「狂えるオルランド」の世界。
尼僧メリッサとイングランド王子アストルフォは――ブラダマンテとロジェロの結婚式を満足げに見届けていた。
「終わりましたわね、何もかも。
ブラダマンテもロジェロ様も……本当に幸せそうで、良かったですわ」
「ああ。彼らはこれからブルガリアの地に旅立つ。
何が待ち受けているかは分からないが――きっと二人なら大丈夫さ」
言ってアストルフォは身を翻した。
颯爽と馬に乗るものの、利き腕を損傷しており、その動きはやや痛々しい。
「ボクも、故郷のイングランドに帰らなくては。
戦争の顛末と、不幸なゼルビノとイザベラの死について……スコットランドの民に知らせねばならない」
「でしたら……私も一緒に行ってよろしいでしょうか」
意外な言葉がメリッサから漏れ、アストルフォはキョトンとした顔になった。
「勿論構わないが――ブラダマンテについて行かなくていいのかい?」
「お二人は無事に結ばれたのです。仲を邪魔するのも悪いですし、私の役目はここまでですわ。
それよりも心配なのは――アストルフォ様のその、利き腕のお怪我です。
忙しくてじっくり看ている暇がありませんでしたけど……そのままでは何をするにも差し支えますでしょう?」
メリッサの申し出に、美貌のイングランド王子は合点がいったのか――改めて「恩に着るよ」と礼を言うのだった。
(どうやったのかは分からないが――本当にありがとう、我が友ロジェロ。
『物語』の先も、皆の人生も、この国の未来も――こうして続いていくのだね)
**********
数か月後。スペイン北東部、サラゴサのとある街にて。
真の最強騎士の座をかけて、オルランドとフェローの一騎打ちが始まろうとしていた。
片やオルランドはフランク王国最強であり、片やフェローはスペイン最強を自負している。
何故今頃? と思われる方もいるかもしれないが……当時の騎士達は出会ったらとりあえず一騎打ち、という風潮があった。基本的に彼らは脳筋である。
「この日を待ちわびたぞ、オルランドよ!
騎士としての実力。このフェローと、どちらが上か!
雌雄を決する時が来たようだな!」
フェローは凄まじい重さの大剣を軽々と持ち上げる偉丈夫の中年。
対するオルランドも筋骨隆々にして豪胆。そして斬れぬもの無しと謳われる聖剣デュランダルの所持者だ。
「それはこちらも望むところだ、フェロー。
何しろ貴殿と俺は……危うい意味でキャラが被っているからな!」
さらには奇しくも二人とも、刃物が通らぬ鋼鉄の肉体の持ち主でもあった。
オルランドのミもフタもない台詞はその事を指しているのだろう。
オルランド側の立会人として、彼の親友オリヴィエとその妹オードがいた。
「オルランド様……勝てますよね? オリヴィエ兄さん」
普段は勝ち気で、最強のオルランド相手にすら一歩も退かぬ気概を持つオード。彼女は幼馴染であり、今ではオルランドの婚約者でもある。
そんな彼女もオルランドの直に戦う姿を見るのは初めてなのか……若干緊張気味だった。
「心配するなオード。オルランドは強い。
しかも敵が強ければ、ますますその強さは増す」
不安そうに顔を曇らせる妹を、オリヴィエは優しく、しかし信念を込めて励ますように答える。
一方フェロー側の立会人には、インドの王女マルフィサがいた。
「がっはっは! では行ってくるぞマルフィサ殿。
この戦いに勝利した暁には、是非とも我が求婚に応えてくれたまえ!」
「……誰が応じると言った? 聞いてやるとは言ったが」
いけしゃあしゃあと言い放つ髭面のフェローに対し、マルフィサは憮然となって答えた。
「このマルフィサ、一生誰とも結婚するつもりはない。少なくとも自分より強い男でなければな。ましてやお前は、あたしに勝った事がない。
あたしの色香に惑わされて、全力を出せないなど……はっきり言って論外だ」
「仕方があるまい? そなたの天使の如き美しさの前には、かの英雄アキレウスも本来の力を発揮できずに終わるだろう!」
「そういった歯の浮く台詞は、もっと美しい女に囁くべきだ。フェロー殿」
「外見だけではないぞ! そなたの騎士としての力と強さも含めて『美しい』と俺は思っている!」
フェローの屈託なき愛の言葉に、さしものマルフィサも一瞬赤面してしまった。
「……た、たわけた事を言っている暇があったら、せいぜい全力を尽くす事だ。
相手はあのオルランドなのだぞ? いくらお前でも、気を抜けば命を取られる」
「心配してくれて嬉しいぞ、マルフィサ殿! なあに、俺は死なん。絶対にだ!」
オルランドとフェローの一騎打ちは長引き、死闘は二日あるいは三日間に渡って繰り広げられた、とされている。
「俺の鋼鉄の肉体には弱点がある。この臍部分だ!
ここを狙えば、不死身の俺を仕留める事もできるぞ、オルランド!」
「……自分から教えてくるとは、大した自信だなフェロー。ならば俺も教えよう。このオルランド、足の裏だけは金剛石の肉体の加護も及ばぬ!」
「あっちゃ~……お互いに弱点教え合っちゃってどうすんのよ……」
「全くだ。あたしも人の事は言えないが、二人とも底抜けの愚か者だな」
立場の違いを越え、いつの間にか仲良くなっているオードとマルフィサである。
彼らの戦いの決着がどうなるかは、現時点では分からない。
二人の対決は一般的には、オルランドの勝利で幕を閉じるのが定説だ。だが古典文芸の常として、幾つもの物語が乱立しており――中には二人が引き分けて、共に十二勇士として戦う事を誓うパターンも存在していたりする。
ここで和解したとしても、数年後にはロンスヴァルの戦いが起き、オルランドやアストルフォをはじめとする十二勇士はほぼ全滅してしまう――というのが定説。
だがその悲劇すらも――司藤アイたちが活躍したこの世界においては、筋書通りになるかは言及できない。資料によっては死亡する人物が変化していたりするし、死ぬ筈のアストルフォが生き残るケースもある。
事の発端となるマイエンス家ピナベルの死が発生しておらず、ブルガリア王となったロジェロも謀殺される未来を免れるのだから。結果として有名なマイエンス伯ガヌロンの裏切りも、起きるか否かは定かではないのだった。
尼僧メリッサとイングランド王子アストルフォは――ブラダマンテとロジェロの結婚式を満足げに見届けていた。
「終わりましたわね、何もかも。
ブラダマンテもロジェロ様も……本当に幸せそうで、良かったですわ」
「ああ。彼らはこれからブルガリアの地に旅立つ。
何が待ち受けているかは分からないが――きっと二人なら大丈夫さ」
言ってアストルフォは身を翻した。
颯爽と馬に乗るものの、利き腕を損傷しており、その動きはやや痛々しい。
「ボクも、故郷のイングランドに帰らなくては。
戦争の顛末と、不幸なゼルビノとイザベラの死について……スコットランドの民に知らせねばならない」
「でしたら……私も一緒に行ってよろしいでしょうか」
意外な言葉がメリッサから漏れ、アストルフォはキョトンとした顔になった。
「勿論構わないが――ブラダマンテについて行かなくていいのかい?」
「お二人は無事に結ばれたのです。仲を邪魔するのも悪いですし、私の役目はここまでですわ。
それよりも心配なのは――アストルフォ様のその、利き腕のお怪我です。
忙しくてじっくり看ている暇がありませんでしたけど……そのままでは何をするにも差し支えますでしょう?」
メリッサの申し出に、美貌のイングランド王子は合点がいったのか――改めて「恩に着るよ」と礼を言うのだった。
(どうやったのかは分からないが――本当にありがとう、我が友ロジェロ。
『物語』の先も、皆の人生も、この国の未来も――こうして続いていくのだね)
**********
数か月後。スペイン北東部、サラゴサのとある街にて。
真の最強騎士の座をかけて、オルランドとフェローの一騎打ちが始まろうとしていた。
片やオルランドはフランク王国最強であり、片やフェローはスペイン最強を自負している。
何故今頃? と思われる方もいるかもしれないが……当時の騎士達は出会ったらとりあえず一騎打ち、という風潮があった。基本的に彼らは脳筋である。
「この日を待ちわびたぞ、オルランドよ!
騎士としての実力。このフェローと、どちらが上か!
雌雄を決する時が来たようだな!」
フェローは凄まじい重さの大剣を軽々と持ち上げる偉丈夫の中年。
対するオルランドも筋骨隆々にして豪胆。そして斬れぬもの無しと謳われる聖剣デュランダルの所持者だ。
「それはこちらも望むところだ、フェロー。
何しろ貴殿と俺は……危うい意味でキャラが被っているからな!」
さらには奇しくも二人とも、刃物が通らぬ鋼鉄の肉体の持ち主でもあった。
オルランドのミもフタもない台詞はその事を指しているのだろう。
オルランド側の立会人として、彼の親友オリヴィエとその妹オードがいた。
「オルランド様……勝てますよね? オリヴィエ兄さん」
普段は勝ち気で、最強のオルランド相手にすら一歩も退かぬ気概を持つオード。彼女は幼馴染であり、今ではオルランドの婚約者でもある。
そんな彼女もオルランドの直に戦う姿を見るのは初めてなのか……若干緊張気味だった。
「心配するなオード。オルランドは強い。
しかも敵が強ければ、ますますその強さは増す」
不安そうに顔を曇らせる妹を、オリヴィエは優しく、しかし信念を込めて励ますように答える。
一方フェロー側の立会人には、インドの王女マルフィサがいた。
「がっはっは! では行ってくるぞマルフィサ殿。
この戦いに勝利した暁には、是非とも我が求婚に応えてくれたまえ!」
「……誰が応じると言った? 聞いてやるとは言ったが」
いけしゃあしゃあと言い放つ髭面のフェローに対し、マルフィサは憮然となって答えた。
「このマルフィサ、一生誰とも結婚するつもりはない。少なくとも自分より強い男でなければな。ましてやお前は、あたしに勝った事がない。
あたしの色香に惑わされて、全力を出せないなど……はっきり言って論外だ」
「仕方があるまい? そなたの天使の如き美しさの前には、かの英雄アキレウスも本来の力を発揮できずに終わるだろう!」
「そういった歯の浮く台詞は、もっと美しい女に囁くべきだ。フェロー殿」
「外見だけではないぞ! そなたの騎士としての力と強さも含めて『美しい』と俺は思っている!」
フェローの屈託なき愛の言葉に、さしものマルフィサも一瞬赤面してしまった。
「……た、たわけた事を言っている暇があったら、せいぜい全力を尽くす事だ。
相手はあのオルランドなのだぞ? いくらお前でも、気を抜けば命を取られる」
「心配してくれて嬉しいぞ、マルフィサ殿! なあに、俺は死なん。絶対にだ!」
オルランドとフェローの一騎打ちは長引き、死闘は二日あるいは三日間に渡って繰り広げられた、とされている。
「俺の鋼鉄の肉体には弱点がある。この臍部分だ!
ここを狙えば、不死身の俺を仕留める事もできるぞ、オルランド!」
「……自分から教えてくるとは、大した自信だなフェロー。ならば俺も教えよう。このオルランド、足の裏だけは金剛石の肉体の加護も及ばぬ!」
「あっちゃ~……お互いに弱点教え合っちゃってどうすんのよ……」
「全くだ。あたしも人の事は言えないが、二人とも底抜けの愚か者だな」
立場の違いを越え、いつの間にか仲良くなっているオードとマルフィサである。
彼らの戦いの決着がどうなるかは、現時点では分からない。
二人の対決は一般的には、オルランドの勝利で幕を閉じるのが定説だ。だが古典文芸の常として、幾つもの物語が乱立しており――中には二人が引き分けて、共に十二勇士として戦う事を誓うパターンも存在していたりする。
ここで和解したとしても、数年後にはロンスヴァルの戦いが起き、オルランドやアストルフォをはじめとする十二勇士はほぼ全滅してしまう――というのが定説。
だがその悲劇すらも――司藤アイたちが活躍したこの世界においては、筋書通りになるかは言及できない。資料によっては死亡する人物が変化していたりするし、死ぬ筈のアストルフォが生き残るケースもある。
事の発端となるマイエンス家ピナベルの死が発生しておらず、ブルガリア王となったロジェロも謀殺される未来を免れるのだから。結果として有名なマイエンス伯ガヌロンの裏切りも、起きるか否かは定かではないのだった。
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