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終章
4 綺織浩介とFurioso★
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綺織浩介が目覚めると、そこは宮殿だった。
露台から見える金角湾。広大な石造りの街並み。ハギア・ソフィア大聖堂。三重構造の堅牢な城壁――東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルである。
(僕は皇太子レオの肉体に――戻ってこれた、のか)
記憶が蘇る。司藤アイに告白し、黒崎八式と争い、そして――忘却の川レテにて本の悪魔と共に存在を消失した。
にも関わらず、生きている。いや正確には『生まれ変わった』のだろう。
幾度も繰り返した本の悪魔・Furiosoとの対話から、浩介が導き出した――物語世界の消滅と再生のシナリオ。二度と犠牲者を出さない為に、魔本を白紙に戻し、世界のルールを書き換える必要があったのだ。
(下田教授。僕の残した記憶の通りに――やってくれたんですね)
ここはいつで、どのような状況なのだろう。
周囲の状況を確かめるため、出かけようとしたが……まず最初に出会ったのは、驚くべき人物であった。
「どこへ行こうと言うの……『あなた』」
呼びかけてきた女性は、ギリシア正教風の法衣に身を包んでいる。
信じられない事に面影は司藤アイに似ていた。だが雰囲気は全く違う。瞳の奥に陰湿な、神経質そうな苛立ちの感情が見て取れる。
全くの初対面であるにも関わらず、綺織浩介は瞬時に理解した。彼の宿る肉体・皇太子レオの記憶がこの人物を知っている。そして浩介自身もまた――彼女の正体を知っていた。
「史実において――後のレオ4世である僕の伴侶となる、アテネのエイレーネか。
これまた、とんでもない人物に成り代わったモノだな? Furioso」
「……その名前で呼ぶなァ!? ボクだって不本意なんだよッ!」
「狂えるオルランド」のレオ皇太子は「ブラダマンテに求婚する当て馬」として登場する為――存在自体がなかった事にされている人物、レオの妻エイレーネ。
しかし史実に照らし合わせてみると、レオはブラダマンテに求婚する頃にはすでにエイレーネと結婚しており、子供まで儲けていた。つまり物語終盤の展開が完全破綻してしまうのだ。
確かにエイレーネが存在すれば、ロジェロやブラダマンテと諍いを起こす心配はなくなるが……
「よりによって、お前をエイレーネの中にあてがうなんてね。
下田教授も随分な罰ゲームを用意してくれたものだ。まあ配役的には相応しいとは思うけれど」
からかうように笑う浩介。
Furiosoはエイレーネの――アイに似た顔で赤面し、ブツクサと恨み言を呟いている。
エイレーネとは中世ギリシア語で「平和」という意味の名。だが彼女自身の性格は苛烈で、しかも政治的にも有能とは言えなかった。
レオ4世が急逝した後、彼女の意に沿わなくなった息子の目を抉って追放したりする。ローマ帝国初の女帝として君臨するものの、折悪しくシャルルマーニュが西ローマ皇帝として戴冠してしまった為に権威を著しく損ねる。度重なる失政もあり帝国没落の遠因を作るに至ってしまうのだ。
「確かに『エイレーネ』は残忍で、無能な女さ。
でもコイツはコイツなりに、虐げられしギリシア人の為に精一杯やろうとしたんだよ」
当時の東ローマ帝国の版図はギリシアとトルコ。だがレオの祖父の時代から皇帝は、ずっとトルコ出身である。
それ故にトルコ軍閥たちの意向によって推し進められた「聖像禁止令」。これに対しギリシア側は度々反乱を起こしている。それもそのハズ、当時のギリシアには聖像職人が多数存在したからだ。彼らにとって禁止令とは、信仰だけでなく飯の種まで失う死活問題だったのである。
レオの父親・コンスタンティノス5世も禁令を続けてきたが、流石に厳しすぎると判断したのだろう。
アテネ出身であるエイレーネは当然ギリシア人。彼女と息子レオの婚礼は、ギリシアの溜まり続けていた不満に対するガス抜きの意味合いもあった。
「でも逆に安心したよ。史実のエイレーネだったら、さすがの僕も手に余ったかもしれない。Furioso、お前なら……ゲスなりに、もう少し上手くやれるだろう?」
浩介は微笑んで、エイレーネの前に跪き――手の甲に口づけをした。
以前の司藤アイたちがいた世界では……互いに腹に一物を抱えながら、丁々発止の探り合いをしていた。
それでも、いやそれ故か――奇妙な友情があった。不思議な信頼関係が二人の間には存在した。
「…………フン。もうボクに以前のような力はない。
せいぜい『エイレーネ』としての人生を全うするしかない、って事だよね」
ふて腐れてそっぽを向く、かつての本の悪魔。
今まで浩介は男性だと認識していたが――人間だった頃はどうだったのか、今となっては定かではない。恐らく本人に聞いた所で「覚えがない」と返ってくるだけだろう。
「そうだね。かつての『黒幕』同士――仲良くやっていこうじゃないか。
相棒のように、夫婦のように。この東ローマ帝国を、世界も羨む素晴らしい楽園にしてやろう」
「本当に、キミって奴は……切り替えが早過ぎるね。
この状況に混乱せず、あっさりと受け入れるのかい」
以前と立場が逆転した状況が面白くないのか、エイレーネは不機嫌な表情のままだったが。
それでも浩介の申し出を拒絶しなかった。神に等しき魔力を失い、物語の単なるいち登場人物となり果てた今となっては、選択の余地もないのだろう。
「……こっちの世界じゃ、終盤の展開が少々異なるみたいだね。
ボクが捕まえていた魂の大半は、あるべき時代と世界へ還っていったよ」
「……そいつは、喜ばしい話だね」
「ロジェロとブラダマンテがブルガリア王族に納まってるのは変わってないけど、きっかけはロジェロが船で遭難して、流れ着いた偶然によるものだってさ」
「それなら当面、ブルガリアとの戦争も起こりそうにないね。心配がひとつ減った訳だ」
状況整理がてら、互いの記憶を確認する二人。
「あ、そうだ。アンジェリカとメドロは旅立ったよ。彼女の故郷、契丹へ」
「…………そうか」
美姫アンジェリカの肉体に宿る、浩介の姉・錦野麗奈。
彼女は結局、現実世界に戻る事なく、物語の住人となる事を選んだ。
(姉さんを救い出す為に、危険を冒して魔本へと入ったのに……これじゃあ道化もいい所だ。納得して選んだ道なら、僕から異を唱える気はもうないけどね。
それはそうと……司藤さんと黒崎くんは、上手くやっているかな?)
現実へと帰還したであろう二人に思いを馳せたのも、ほんの一瞬のこと。
エイレーネと共に数多くの廷臣に囲まれ、日々の政務に浩介の意識は忙殺されていくのだった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
《 ファンアート・その11? 》
綺織浩介とFurioso(TSバージョン)
天界音楽サンよりいただいたイラストを使い回し(笑)ありがとうございます!
露台から見える金角湾。広大な石造りの街並み。ハギア・ソフィア大聖堂。三重構造の堅牢な城壁――東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルである。
(僕は皇太子レオの肉体に――戻ってこれた、のか)
記憶が蘇る。司藤アイに告白し、黒崎八式と争い、そして――忘却の川レテにて本の悪魔と共に存在を消失した。
にも関わらず、生きている。いや正確には『生まれ変わった』のだろう。
幾度も繰り返した本の悪魔・Furiosoとの対話から、浩介が導き出した――物語世界の消滅と再生のシナリオ。二度と犠牲者を出さない為に、魔本を白紙に戻し、世界のルールを書き換える必要があったのだ。
(下田教授。僕の残した記憶の通りに――やってくれたんですね)
ここはいつで、どのような状況なのだろう。
周囲の状況を確かめるため、出かけようとしたが……まず最初に出会ったのは、驚くべき人物であった。
「どこへ行こうと言うの……『あなた』」
呼びかけてきた女性は、ギリシア正教風の法衣に身を包んでいる。
信じられない事に面影は司藤アイに似ていた。だが雰囲気は全く違う。瞳の奥に陰湿な、神経質そうな苛立ちの感情が見て取れる。
全くの初対面であるにも関わらず、綺織浩介は瞬時に理解した。彼の宿る肉体・皇太子レオの記憶がこの人物を知っている。そして浩介自身もまた――彼女の正体を知っていた。
「史実において――後のレオ4世である僕の伴侶となる、アテネのエイレーネか。
これまた、とんでもない人物に成り代わったモノだな? Furioso」
「……その名前で呼ぶなァ!? ボクだって不本意なんだよッ!」
「狂えるオルランド」のレオ皇太子は「ブラダマンテに求婚する当て馬」として登場する為――存在自体がなかった事にされている人物、レオの妻エイレーネ。
しかし史実に照らし合わせてみると、レオはブラダマンテに求婚する頃にはすでにエイレーネと結婚しており、子供まで儲けていた。つまり物語終盤の展開が完全破綻してしまうのだ。
確かにエイレーネが存在すれば、ロジェロやブラダマンテと諍いを起こす心配はなくなるが……
「よりによって、お前をエイレーネの中にあてがうなんてね。
下田教授も随分な罰ゲームを用意してくれたものだ。まあ配役的には相応しいとは思うけれど」
からかうように笑う浩介。
Furiosoはエイレーネの――アイに似た顔で赤面し、ブツクサと恨み言を呟いている。
エイレーネとは中世ギリシア語で「平和」という意味の名。だが彼女自身の性格は苛烈で、しかも政治的にも有能とは言えなかった。
レオ4世が急逝した後、彼女の意に沿わなくなった息子の目を抉って追放したりする。ローマ帝国初の女帝として君臨するものの、折悪しくシャルルマーニュが西ローマ皇帝として戴冠してしまった為に権威を著しく損ねる。度重なる失政もあり帝国没落の遠因を作るに至ってしまうのだ。
「確かに『エイレーネ』は残忍で、無能な女さ。
でもコイツはコイツなりに、虐げられしギリシア人の為に精一杯やろうとしたんだよ」
当時の東ローマ帝国の版図はギリシアとトルコ。だがレオの祖父の時代から皇帝は、ずっとトルコ出身である。
それ故にトルコ軍閥たちの意向によって推し進められた「聖像禁止令」。これに対しギリシア側は度々反乱を起こしている。それもそのハズ、当時のギリシアには聖像職人が多数存在したからだ。彼らにとって禁止令とは、信仰だけでなく飯の種まで失う死活問題だったのである。
レオの父親・コンスタンティノス5世も禁令を続けてきたが、流石に厳しすぎると判断したのだろう。
アテネ出身であるエイレーネは当然ギリシア人。彼女と息子レオの婚礼は、ギリシアの溜まり続けていた不満に対するガス抜きの意味合いもあった。
「でも逆に安心したよ。史実のエイレーネだったら、さすがの僕も手に余ったかもしれない。Furioso、お前なら……ゲスなりに、もう少し上手くやれるだろう?」
浩介は微笑んで、エイレーネの前に跪き――手の甲に口づけをした。
以前の司藤アイたちがいた世界では……互いに腹に一物を抱えながら、丁々発止の探り合いをしていた。
それでも、いやそれ故か――奇妙な友情があった。不思議な信頼関係が二人の間には存在した。
「…………フン。もうボクに以前のような力はない。
せいぜい『エイレーネ』としての人生を全うするしかない、って事だよね」
ふて腐れてそっぽを向く、かつての本の悪魔。
今まで浩介は男性だと認識していたが――人間だった頃はどうだったのか、今となっては定かではない。恐らく本人に聞いた所で「覚えがない」と返ってくるだけだろう。
「そうだね。かつての『黒幕』同士――仲良くやっていこうじゃないか。
相棒のように、夫婦のように。この東ローマ帝国を、世界も羨む素晴らしい楽園にしてやろう」
「本当に、キミって奴は……切り替えが早過ぎるね。
この状況に混乱せず、あっさりと受け入れるのかい」
以前と立場が逆転した状況が面白くないのか、エイレーネは不機嫌な表情のままだったが。
それでも浩介の申し出を拒絶しなかった。神に等しき魔力を失い、物語の単なるいち登場人物となり果てた今となっては、選択の余地もないのだろう。
「……こっちの世界じゃ、終盤の展開が少々異なるみたいだね。
ボクが捕まえていた魂の大半は、あるべき時代と世界へ還っていったよ」
「……そいつは、喜ばしい話だね」
「ロジェロとブラダマンテがブルガリア王族に納まってるのは変わってないけど、きっかけはロジェロが船で遭難して、流れ着いた偶然によるものだってさ」
「それなら当面、ブルガリアとの戦争も起こりそうにないね。心配がひとつ減った訳だ」
状況整理がてら、互いの記憶を確認する二人。
「あ、そうだ。アンジェリカとメドロは旅立ったよ。彼女の故郷、契丹へ」
「…………そうか」
美姫アンジェリカの肉体に宿る、浩介の姉・錦野麗奈。
彼女は結局、現実世界に戻る事なく、物語の住人となる事を選んだ。
(姉さんを救い出す為に、危険を冒して魔本へと入ったのに……これじゃあ道化もいい所だ。納得して選んだ道なら、僕から異を唱える気はもうないけどね。
それはそうと……司藤さんと黒崎くんは、上手くやっているかな?)
現実へと帰還したであろう二人に思いを馳せたのも、ほんの一瞬のこと。
エイレーネと共に数多くの廷臣に囲まれ、日々の政務に浩介の意識は忙殺されていくのだった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
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