197 / 197
終章
結 物語が終わっても
しおりを挟む
司藤アイと黒崎八式の、失われていた物語世界の記憶は戻りつつあった。
そして彼らの「魔本」における体験が終わりに近づくにつれ――繰り返し見た夢は逆に薄らいでいく。
その現象が二人にハッキリと認識させる。本に引きずり込まれた上での、この世ならざる冒険だと。
「マンガや小説でよくある話だけど……実体験したなんて話せねえよな」
「まあ……そりゃそうよね。普通は誰も信じないもの」
やがて下田教授の手紙にあった通り――再編集された「狂えるオルランド」の本が、アイと黒崎の下に送られてきた。
もちろんもう、読んだ人間を中の世界に引きずり込むような、厄介な魔力は存在しない。ごく普通の書物である。
「あはは……懐かしい。あの中では何か月も過ごしたのに……
こっちじゃほんの二週間ぐらいだったのよね」
「そうだな。本当にもう、遠い昔の出来事みてえだ……」
今更再び、中の世界に戻りたいとは思わないが。
それでも冒険を通じて出会い、共に旅したかけがえのない仲間たちと――時々会ってみたい、ぐらいの寂寥感は残る。
「ねえ、だったら……黒崎が書いてよ。脚本」
「へ? オレがか? コイツを題材に?
いやいやいや、こんなツッコミ所ばっかりの話、書いた所でウケねーだろ!」
黒崎は唐突に話を振られ、思わず首を振る。
しかしアイは引き下がらなかった。
「やりもしない内から『ウケない』って決めつけてかかるの、どうかと思うよ?
それにこの前言ってたじゃない。『オレが作者だったらもうちっと、リアリティを重視して~』とか何とか」
「ゲッ。覚えてたのかよ……」
言質を取られて毒づくと、アイは面白そうにお道化た調子で畳み掛けた。
「ほうほう。口では何とでも言えるけど、自分からは実行する気概はないという事ですか?」
「うぐッ……! その、それは……」
悪戯っぽく上目遣いで、言葉に詰まる黒崎を見つめるアイ。
しばらく押し黙っていた黒崎は……やがて諦めたのか、ぶっきらぼうに告げた。
「あーもう、分かったよ! 書けばいいんだろう書けば!」
「ふふ、ありがと黒崎。期待してるわね」
ふて腐れて降参する黒崎を、アイはにんまりと笑って励ました。
**********
二人の騎士は切り立った崖の上でもつれ転んだ。運良く転落は免れたものの――互いの身体は密着し、互いの吐息までも届く距離である。
二人の騎士――ブラダマンテとロジェロは、それぞれに想い人の眼を見つめた。未だロジェロはキリスト教に改宗していない。正式に婚姻を結んでいない今唇を、肌を重ねるは教義に反する。それでもお互い、魂より湧き出たる愛の誘惑には抗い難いものがあった。やがて二人は――
「……ちょっと! ストップ! 何よこれ!?
あの本の中でこういうシーンなかったハズでしょ黒崎ィ!」
そのまま勢いに任せて唇を奪われそうになったブラダマンテ――司藤アイが悲鳴を上げた。
ここは魔本世界ではなく、高校演劇部の部室内だった。ちなみに周囲に二人以外は誰もいない。
「何言ってんだよ司藤。あっただろ? ホラ――
アストルフォ達とエチオピアで『月』に行く前の、エンジェル・フォールの所でさぁ……」
「……あー、思い出した。でもさぁ、あの時のわたし達って感情的に混乱してて、雰囲気に飲まれてどうこうってカンジじゃなかったじゃない。
それが何で『周り誰も見てないなら、コッソリ一線越えちゃおうぜ』的なノリになってるのよ!?」
「う、うっせーな! この話は司藤とオレじゃなくて、ブラダマンテとロジェロの物語なんだよ!
二人は出会った時から一目惚れ、相思相愛だけど状況邪魔して素直になれない・結婚できない的なカンジだったろーが!」
「でもこれ、配役はわたしと黒崎よね? もしかして黒崎って……こういうシチュエーション好きなの?」
「……ノーコメントだ。あくまで演出だよ演出!
二人の心情を慮った結果、こういう筋書になった――」
この後も、侃々諤々喧々囂々。
アイと黒崎は大騒ぎしつつあーでもない、こーでもないと脚本・演出談義を繰り返し……近所迷惑だと部長から厳重注意を受けるハメになる。
黒崎原作の「物語」の完成は、まだまだ先の話になりそうだ。
告白して、晴れて恋人同士になれたものの。
この基本的な関係は結局、覆りそうにないなと黒崎は嘆息したのだった。
**********
下田教授から送られた、再編された「狂えるオルランド」の末尾は、次のように締めくくられている。
『我が筆はこれにて終わるが、それは彼らの人生の終焉を意味しない。
物語が皆の記憶に留まる限り、彼らの未来と世界は――これからも続いていく』
そこにはもう、繰り返される悲劇は存在せず。
物語に引きずり込まれた犠牲者の名も、刻まれてはいなかった。
(つっこめ! ルネサンス 完)
そして彼らの「魔本」における体験が終わりに近づくにつれ――繰り返し見た夢は逆に薄らいでいく。
その現象が二人にハッキリと認識させる。本に引きずり込まれた上での、この世ならざる冒険だと。
「マンガや小説でよくある話だけど……実体験したなんて話せねえよな」
「まあ……そりゃそうよね。普通は誰も信じないもの」
やがて下田教授の手紙にあった通り――再編集された「狂えるオルランド」の本が、アイと黒崎の下に送られてきた。
もちろんもう、読んだ人間を中の世界に引きずり込むような、厄介な魔力は存在しない。ごく普通の書物である。
「あはは……懐かしい。あの中では何か月も過ごしたのに……
こっちじゃほんの二週間ぐらいだったのよね」
「そうだな。本当にもう、遠い昔の出来事みてえだ……」
今更再び、中の世界に戻りたいとは思わないが。
それでも冒険を通じて出会い、共に旅したかけがえのない仲間たちと――時々会ってみたい、ぐらいの寂寥感は残る。
「ねえ、だったら……黒崎が書いてよ。脚本」
「へ? オレがか? コイツを題材に?
いやいやいや、こんなツッコミ所ばっかりの話、書いた所でウケねーだろ!」
黒崎は唐突に話を振られ、思わず首を振る。
しかしアイは引き下がらなかった。
「やりもしない内から『ウケない』って決めつけてかかるの、どうかと思うよ?
それにこの前言ってたじゃない。『オレが作者だったらもうちっと、リアリティを重視して~』とか何とか」
「ゲッ。覚えてたのかよ……」
言質を取られて毒づくと、アイは面白そうにお道化た調子で畳み掛けた。
「ほうほう。口では何とでも言えるけど、自分からは実行する気概はないという事ですか?」
「うぐッ……! その、それは……」
悪戯っぽく上目遣いで、言葉に詰まる黒崎を見つめるアイ。
しばらく押し黙っていた黒崎は……やがて諦めたのか、ぶっきらぼうに告げた。
「あーもう、分かったよ! 書けばいいんだろう書けば!」
「ふふ、ありがと黒崎。期待してるわね」
ふて腐れて降参する黒崎を、アイはにんまりと笑って励ました。
**********
二人の騎士は切り立った崖の上でもつれ転んだ。運良く転落は免れたものの――互いの身体は密着し、互いの吐息までも届く距離である。
二人の騎士――ブラダマンテとロジェロは、それぞれに想い人の眼を見つめた。未だロジェロはキリスト教に改宗していない。正式に婚姻を結んでいない今唇を、肌を重ねるは教義に反する。それでもお互い、魂より湧き出たる愛の誘惑には抗い難いものがあった。やがて二人は――
「……ちょっと! ストップ! 何よこれ!?
あの本の中でこういうシーンなかったハズでしょ黒崎ィ!」
そのまま勢いに任せて唇を奪われそうになったブラダマンテ――司藤アイが悲鳴を上げた。
ここは魔本世界ではなく、高校演劇部の部室内だった。ちなみに周囲に二人以外は誰もいない。
「何言ってんだよ司藤。あっただろ? ホラ――
アストルフォ達とエチオピアで『月』に行く前の、エンジェル・フォールの所でさぁ……」
「……あー、思い出した。でもさぁ、あの時のわたし達って感情的に混乱してて、雰囲気に飲まれてどうこうってカンジじゃなかったじゃない。
それが何で『周り誰も見てないなら、コッソリ一線越えちゃおうぜ』的なノリになってるのよ!?」
「う、うっせーな! この話は司藤とオレじゃなくて、ブラダマンテとロジェロの物語なんだよ!
二人は出会った時から一目惚れ、相思相愛だけど状況邪魔して素直になれない・結婚できない的なカンジだったろーが!」
「でもこれ、配役はわたしと黒崎よね? もしかして黒崎って……こういうシチュエーション好きなの?」
「……ノーコメントだ。あくまで演出だよ演出!
二人の心情を慮った結果、こういう筋書になった――」
この後も、侃々諤々喧々囂々。
アイと黒崎は大騒ぎしつつあーでもない、こーでもないと脚本・演出談義を繰り返し……近所迷惑だと部長から厳重注意を受けるハメになる。
黒崎原作の「物語」の完成は、まだまだ先の話になりそうだ。
告白して、晴れて恋人同士になれたものの。
この基本的な関係は結局、覆りそうにないなと黒崎は嘆息したのだった。
**********
下田教授から送られた、再編された「狂えるオルランド」の末尾は、次のように締めくくられている。
『我が筆はこれにて終わるが、それは彼らの人生の終焉を意味しない。
物語が皆の記憶に留まる限り、彼らの未来と世界は――これからも続いていく』
そこにはもう、繰り返される悲劇は存在せず。
物語に引きずり込まれた犠牲者の名も、刻まれてはいなかった。
(つっこめ! ルネサンス 完)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】全60話 完結しました。読者の皆様ありがとうございます!
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる