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第1章 女騎士ブラダマンテと異教の騎士ロジェロ
5 司藤アイ、妄想を片手に邁進する★
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女騎士ブラダマンテの、意中の騎士ロジェロとの馴れ初めの記憶。
その回想が終わると、司藤アイは興奮冷めやらぬ様子だった。
そのままぺたんと草むらに座り込み、彼女のブラダマンテとしての輝かんばかりの美貌は……紅潮しニヤけきった、だらしない表情のまま恍惚としていた。
(……嘘でしょ、嘘でしょう……あの綺織先輩が……ロジェロ……!
強くてかっこよかった……わたしがピンチの時に、颯爽と登場して!
お約束だけど、いいわよね。ああいうのって……!
しかもわたしを見て、あんなに顔を赤らめてッ!
虜になったように目を離そうとしなくてッ……!)
綺織浩介と知り合ったのは、家族ぐるみの付き合いでの顔合わせ。
淡い恋心を抱いたきっかけは、アイが足首を挫いた時だった。
綺織先輩は穏やかに微笑みつつ、てきぱきと彼女の怪我した患部の応急手当てを行った。
漫画や小説でよくあるベタな展開だなぁ、と思いつつも。
そんなシチュエーションに思いのほか弱い自分を自覚したのだった。
アイは恥ずかしながら、まともに恋愛らしい恋愛をした事がない。
悪友にして腐れ縁の黒崎八式とは付き合いが長いが、それだけだ。
わずか3年の差だというのに、綺織先輩の落ち着いた物腰、さり気ない気遣いは、とても大人びているように思え、魅力的に映った。
父親が厳格な割には身勝手な性格であったため、アイにとって綺織先輩のような男性との出会いは初めての体験であり、何もかもが新鮮に思えた。
実は一度だけ、アイは綺織先輩に告白した事がある。
だが結果は散々だった。フラれた訳ではない。
それが告白だとすら、気づいてもらえなかったのである。
『綺織先輩! わたし……先輩の事が、す、好き……なんですっ!』
『うん、僕も司藤さんの事が好きだよ』
『そ、そうなんですかっ! だったら、わたしと……つ、付き──』
『いつも一緒に遊んでくれる赤羽根くんも好きだし、社会史学の理森先生も好きだなぁ』
『…………えっ』
綺織先輩は優しい。大学生にもなって、あり得ないほどの聖人ぶりだった。
そんな優しさにアイは心惹かれた訳だが……彼の言う「好き」はラブじゃない。ライクの方だった。
結局その後、それ以上押しの告白を続ける勇気も気力も無かったアイは、先輩の笑顔に流されるまま、喫茶店でランチを奢ってもらった。
フラれた訳ではない。気づいてもらえなかっただけ。いくらでも再アタックのチャンスはある。
そう自分にいくら言い聞かせても……精一杯の勇気を振り絞っての、一世一代の告白のつもりであったアイの心は深く沈んだ。
(あの後、黒崎のアホがいつもの調子で、ちょっかいかけてきたのよね……
思わずブン殴ってやったわ。顔面にグーパンチで。
あんな本気で男子を殴ったの、小学生以来だわ……)
盛大に鼻血を噴き出した黒崎も、その日ばかりはそれ以上何も言わず、ただアイの下を立ち去った。
それ以来、黒崎には会っていない。そして……数日後、綺織先輩とも連絡がつかなくなった。
信じられない話だが、この「狂えるオルランド」なる本の中に引きずり込まれたのが原因だった。
アイ自身も女騎士ブラダマンテへの憑依という形で引きずり込まれた以上、現実として受け入れざるを得なかった。
**********
『おい、司藤アイ君。どうした?
ロジェロと初めて会った時の記憶、ちゃんと思い出せたのか?』
それまで無言で様子を見ていた、環境大学教授の下田三郎の念話が、アイの脳内に届いた。
不思議な事に彼だけは、本の中に引きずり込まれずに、転移したアイと直接会話する事ができるのだ。
「思い出したわ……下田教授。確認するわよ?」
『お、おう』
「わたしの憑依した女騎士ブラダマンテは、最後はロジェロと結ばれるのよね?」
『ああ、物語通りに進めば、そうなるはずだ。
そしてそのハッピーエンドこそが、本に取り込まれたきみたちの脱出方法となるだろう』
「回想シーンでのロジェロ……綺織先輩だったわ!
いつも穏やかで優しい先輩が……わたしの顔を見て、恋する乙女みたいなウブな表情してくれたのよッ!
凄いわねブラダマンテって! 現実世界じゃこんな事きっと望めない!
異世界って素敵ィ!!」
さっきまで、独りぼっちで泣き出しそうにしていた同じ女子高生とは思えない。
面と向かって告白してさえ振り向いてくれなかった人物と、束の間とはいえ……かなりいい雰囲気になれた事が、アイのテンションを爆上げしていた。
改めて立ち上がり、軽く身体を動かしてみる。
鞘に納めた剣をスラリと抜き放ち、振るってみる。
軽い。女子高生だった頃のアイからは想像もつかないほど、ブラダマンテの身体能力は高い。
まったく経験のないはずの乗馬も、事もなげに自然に行えたし、鎧兜や両刃剣にしても、女子高生が身に着けるには荷の勝ち過ぎる重量のはずだ。
筋肉のつき方も、想像していたより細身であったが……引き締まっており、実戦向きに鍛えられたものである事が伺える。
アイには記憶だけでなく、肉体的な能力も歴戦の女騎士として振る舞えるだけの力が備わっていた。
「本当に凄いわね、ブラダマンテって……憑依して間もないわたしでも、一騎打ちして勝てちゃったし」
『この”狂えるオルランド”に出てくる女戦士や魔女は、大概はチート能力を備えているからな。
ルネサンスの時代は、強い女性を描く事がブームだったのかもしれん』
はっきりと不安を拭い去れた訳ではないが。
できるかもしれない。何より、ロジェロとなった綺織先輩と結ばれてみたい。
司藤アイのその気持ちが、彼女にとってこの上ない原動力となった。
「下田教授。わたし……やるわ!」
『おお、ついにその気になってくれたか、アイ君』
「演劇の心得はあるし、最後までブラダマンテ、演じ切ってみせようじゃないの!
部活の先輩がやたら即興劇好きで、強引にやらされてた事もあるから、アドリブだって自信あるしね!」
こうして。
チート女騎士・ブラダマンテに憑依した司藤アイの。
思った以上に長い、異世界での冒険生活が始まった。
「で? 下田教授! さっそくで悪いんだけど。これから先、何が起こるの?
綺織先輩……じゃなかった、ロジェロとはいつ会えるの?
早く教えて!」
勢いづいて尋ねるアイに、下田はパラパラと本のページをめくりながら答えた。
『わ、分かった……えーと、この後に起きるイベントはな……
このまま旅を続けていると、途方に暮れた騎士と遭遇するはずだ。騎士の名前はピナベル。
まずはそいつに会って、話を聞くといい。ロジェロの行方を知る手掛かりになるはずだ』
「オッケー分かったわ! そうと決まれば、早速行きましょう!」
司藤アイことブラダマンテは休息を終えると、意気揚々と再び馬にまたがり、旅を続けるのだった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
《 登場人物紹介・その5 》
綺織浩介
環境大学の二回生。司藤アイが淡い恋心を抱く憧れの先輩。
その回想が終わると、司藤アイは興奮冷めやらぬ様子だった。
そのままぺたんと草むらに座り込み、彼女のブラダマンテとしての輝かんばかりの美貌は……紅潮しニヤけきった、だらしない表情のまま恍惚としていた。
(……嘘でしょ、嘘でしょう……あの綺織先輩が……ロジェロ……!
強くてかっこよかった……わたしがピンチの時に、颯爽と登場して!
お約束だけど、いいわよね。ああいうのって……!
しかもわたしを見て、あんなに顔を赤らめてッ!
虜になったように目を離そうとしなくてッ……!)
綺織浩介と知り合ったのは、家族ぐるみの付き合いでの顔合わせ。
淡い恋心を抱いたきっかけは、アイが足首を挫いた時だった。
綺織先輩は穏やかに微笑みつつ、てきぱきと彼女の怪我した患部の応急手当てを行った。
漫画や小説でよくあるベタな展開だなぁ、と思いつつも。
そんなシチュエーションに思いのほか弱い自分を自覚したのだった。
アイは恥ずかしながら、まともに恋愛らしい恋愛をした事がない。
悪友にして腐れ縁の黒崎八式とは付き合いが長いが、それだけだ。
わずか3年の差だというのに、綺織先輩の落ち着いた物腰、さり気ない気遣いは、とても大人びているように思え、魅力的に映った。
父親が厳格な割には身勝手な性格であったため、アイにとって綺織先輩のような男性との出会いは初めての体験であり、何もかもが新鮮に思えた。
実は一度だけ、アイは綺織先輩に告白した事がある。
だが結果は散々だった。フラれた訳ではない。
それが告白だとすら、気づいてもらえなかったのである。
『綺織先輩! わたし……先輩の事が、す、好き……なんですっ!』
『うん、僕も司藤さんの事が好きだよ』
『そ、そうなんですかっ! だったら、わたしと……つ、付き──』
『いつも一緒に遊んでくれる赤羽根くんも好きだし、社会史学の理森先生も好きだなぁ』
『…………えっ』
綺織先輩は優しい。大学生にもなって、あり得ないほどの聖人ぶりだった。
そんな優しさにアイは心惹かれた訳だが……彼の言う「好き」はラブじゃない。ライクの方だった。
結局その後、それ以上押しの告白を続ける勇気も気力も無かったアイは、先輩の笑顔に流されるまま、喫茶店でランチを奢ってもらった。
フラれた訳ではない。気づいてもらえなかっただけ。いくらでも再アタックのチャンスはある。
そう自分にいくら言い聞かせても……精一杯の勇気を振り絞っての、一世一代の告白のつもりであったアイの心は深く沈んだ。
(あの後、黒崎のアホがいつもの調子で、ちょっかいかけてきたのよね……
思わずブン殴ってやったわ。顔面にグーパンチで。
あんな本気で男子を殴ったの、小学生以来だわ……)
盛大に鼻血を噴き出した黒崎も、その日ばかりはそれ以上何も言わず、ただアイの下を立ち去った。
それ以来、黒崎には会っていない。そして……数日後、綺織先輩とも連絡がつかなくなった。
信じられない話だが、この「狂えるオルランド」なる本の中に引きずり込まれたのが原因だった。
アイ自身も女騎士ブラダマンテへの憑依という形で引きずり込まれた以上、現実として受け入れざるを得なかった。
**********
『おい、司藤アイ君。どうした?
ロジェロと初めて会った時の記憶、ちゃんと思い出せたのか?』
それまで無言で様子を見ていた、環境大学教授の下田三郎の念話が、アイの脳内に届いた。
不思議な事に彼だけは、本の中に引きずり込まれずに、転移したアイと直接会話する事ができるのだ。
「思い出したわ……下田教授。確認するわよ?」
『お、おう』
「わたしの憑依した女騎士ブラダマンテは、最後はロジェロと結ばれるのよね?」
『ああ、物語通りに進めば、そうなるはずだ。
そしてそのハッピーエンドこそが、本に取り込まれたきみたちの脱出方法となるだろう』
「回想シーンでのロジェロ……綺織先輩だったわ!
いつも穏やかで優しい先輩が……わたしの顔を見て、恋する乙女みたいなウブな表情してくれたのよッ!
凄いわねブラダマンテって! 現実世界じゃこんな事きっと望めない!
異世界って素敵ィ!!」
さっきまで、独りぼっちで泣き出しそうにしていた同じ女子高生とは思えない。
面と向かって告白してさえ振り向いてくれなかった人物と、束の間とはいえ……かなりいい雰囲気になれた事が、アイのテンションを爆上げしていた。
改めて立ち上がり、軽く身体を動かしてみる。
鞘に納めた剣をスラリと抜き放ち、振るってみる。
軽い。女子高生だった頃のアイからは想像もつかないほど、ブラダマンテの身体能力は高い。
まったく経験のないはずの乗馬も、事もなげに自然に行えたし、鎧兜や両刃剣にしても、女子高生が身に着けるには荷の勝ち過ぎる重量のはずだ。
筋肉のつき方も、想像していたより細身であったが……引き締まっており、実戦向きに鍛えられたものである事が伺える。
アイには記憶だけでなく、肉体的な能力も歴戦の女騎士として振る舞えるだけの力が備わっていた。
「本当に凄いわね、ブラダマンテって……憑依して間もないわたしでも、一騎打ちして勝てちゃったし」
『この”狂えるオルランド”に出てくる女戦士や魔女は、大概はチート能力を備えているからな。
ルネサンスの時代は、強い女性を描く事がブームだったのかもしれん』
はっきりと不安を拭い去れた訳ではないが。
できるかもしれない。何より、ロジェロとなった綺織先輩と結ばれてみたい。
司藤アイのその気持ちが、彼女にとってこの上ない原動力となった。
「下田教授。わたし……やるわ!」
『おお、ついにその気になってくれたか、アイ君』
「演劇の心得はあるし、最後までブラダマンテ、演じ切ってみせようじゃないの!
部活の先輩がやたら即興劇好きで、強引にやらされてた事もあるから、アドリブだって自信あるしね!」
こうして。
チート女騎士・ブラダマンテに憑依した司藤アイの。
思った以上に長い、異世界での冒険生活が始まった。
「で? 下田教授! さっそくで悪いんだけど。これから先、何が起こるの?
綺織先輩……じゃなかった、ロジェロとはいつ会えるの?
早く教えて!」
勢いづいて尋ねるアイに、下田はパラパラと本のページをめくりながら答えた。
『わ、分かった……えーと、この後に起きるイベントはな……
このまま旅を続けていると、途方に暮れた騎士と遭遇するはずだ。騎士の名前はピナベル。
まずはそいつに会って、話を聞くといい。ロジェロの行方を知る手掛かりになるはずだ』
「オッケー分かったわ! そうと決まれば、早速行きましょう!」
司藤アイことブラダマンテは休息を終えると、意気揚々と再び馬にまたがり、旅を続けるのだった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
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