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第2章 悪徳の魔女アルシナと海魔オルク
16 アンジェリカを救出せよ!
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ブラダマンテの乗る天馬ペガサスと、ロジェロの乗る幻獣ヒポグリフは、海中に潜む魔物の伸ばした無数の触手をどうにか空中で回避し、難を逃れたが。
相手はいかなる武器でも傷つかない、硬い外皮を持つ伝説の海魔オルクである。
怪物に対抗できる唯一の装備、魔法の光を放つ円形楯は……たった今触手によって海に叩き落とされてしまった。
「なんてこった! どうすれば……」
ロジェロ――黒崎八式はパニックを起こしかけていた。
「他に方法がないなら、落とした楯を拾いに行くしかないわね」
ブラダマンテ――司藤アイは言った。
「海中に沈んでいたら、どうするんだ?」
「飛び込むしかないわね……」
「それこそ海魔の思うツボだろ!?」
「でも他にどうしろってのよ!」
アイの苛立った口調に、黒崎は言葉を詰まらせた。
現状、打開策がないのなら……行動するしかない。このままじっとしていても、怪物の触手に捕まってしまうだけだ。
「ロジェロ。アンジェリカを助けてあげて。
それまでの時間稼ぎを……わたしがやっておく」
「大丈夫なのか……?」
不安げに尋ねるロジェロに、ブラダマンテは片目をつむってみせた。
「無茶はしないから。心配しないで」
苦肉の策のようで、ロジェロは案外悪くない作戦かもしれないと思い始めた。
海魔オルクは、海神プロテウスの神官によって操られていると仮定するならば。アンジェリカと格闘している隠者を倒す事で、あの恐ろしい怪物を大人しくさせる事ができるかもしれない。
「……わかった。ありがとう、ブラダマンテ。
オレがあのジジイを何とかするまで……頼んだぜ」
ロジェロの言葉にブラダマンテは頷き、ペガサスに乗って海上を飛翔した。
**********
砂浜では、美姫アンジェリカと隠者が激しい格闘を続けていた。
もっとも二人とも、肉弾戦に長じている訳ではないため――傍目には野良猫同士がじゃれ合っているような、泥臭い戦いであったが。
「いい加減、諦めなさいよ! しつこい男は嫌われるわよッ!」
「くぉの! ワシを誘惑しておきながら! どの口がほざくかァッ!?」
二人が得意の魔術を打ち合わず、拙い格闘に精を出しているのにも理由がある。
魔術は集中を要し、魔力を消費する事は激しい運動と同程度の消耗をもたらす。
強大な魔術であればあるほど、使用のための呪文を詠唱する時間が必要であり、この至近距離では大きな隙を作ってしまうのだ。
(といっても、このまま不毛な戦いを続けていても、埒が明かない……!)
アンジェリカは焦っていた。ロクに食事も摂れておらず、休息も十分ではない。
いくら相手が老人とはいえ、体力面も決して優位であるとは言えなかった。
アンジェリカは意を決し、隠者との格闘に備えるフリをして――口の中で小さく呪文を唱え続けた。
この術ならば、詠唱を先に完成させておけば、発動時の印は一瞬で済む。相手の不意を打てる筈――
隠者が一歩踏み込んできた。
(今だッ!)
アンジェリカは詠唱を終えると、契丹にて父より教わった呪印を結び、隠者の胸めがけて「力」を放った!
肉弾戦の構えと見せかけた、刹那の術式の発動。
この至近距離では躱しようがない。
ところが――隠者はそれを待っていたかのように、大きく身を屈める!
アンジェリカの放った「力」は、老人のフードをわずかに掠めただけで、虚しく背後を通過してしまった。
「なッ……!?」
「つくづく愚かな娘よのう。魔術の素人ならばいざ知らず……
ワシのような長年海神に仕えし神官が、その程度の小細工を見抜けぬとでも思うたか?」
アンジェリカはただでさえ消耗気味だった上、満を持して放った魔術が空振りに終わり、大きく肩で息をしていた。
動きの鈍った彼女の首を掴み、締め上げ……瞳に狂喜を宿した老人は勝ち誇る。
「がッ……はァ……!」
「くっくっく。どうやら今の一撃が最後の力だったようじゃなァ?
好都合よ。ワシは貴様だけでなく、上空の幻獣の騎士も相手せねばならぬでのゥ」
隠者は抜け目なく空を見上げ、ロジェロの救援を警戒していた。
捕えた美姫をこれ見よがしに晒す。迂闊に自分に近寄れば、人質の命はない――そう警告するために。
「ぐッ…………!」
ヒポグリフを駆って、アンジェリカの救出に向かったロジェロだったが、眼前の窮状に二の足を踏んでしまう。
「うむ、それでよい。ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)の騎士よ。
よもや囚われの淑女を見捨ててまで、ワシを討とうだなどと考えぬであろう?」
これまでにないほどの嗜虐的な笑みを浮かべ、隠者は得意げだった。
このまま膠着状態に持ち込めば、いずれ彼の主・魔女アルシナも参戦してくる。そうなれば形勢は一気に逆転だ。
「あ……なた……私を怪物に……捧げるんじゃ……ないの?」
息も絶え絶えに、アンジェリカは言葉を紡いだ。
「そう急くな。時間はたっぷりとあるでのゥ……貴様を海に投げ込んでも良いが。
となれば上空の騎士が即座にワシに向かってくる。無駄な危険を冒す必要はないわい」
老人の返答に、放浪の美姫は……苦しげではあったが微笑んでみせた。
「あら、そう……ひとつ、間違ってるわ。あなた……
少なくとも、あなたに時間は……『ない』」
「…………何ィ?」
アンジェリカの謎の余裕の正体に気づいた時――頭上を巨大な影が覆った。
刹那の出来事だった。隠者が見上げると、葦毛の馬の姿があった。
「ラビカンッ!!」
「馬鹿なッ――いつの間にィ!?」
アンジェリカの乗っていた魔法生物――名馬ラビカンである。
隠者が気づかなかったのも無理はない。ラビカンは10ヤード(約9.1メートル)離れた岩陰から一気に跳躍してきたからだ。
馬は勇ましく嘶くと砂浜に力強く着地し、逞しい後脚で老人を蹴り飛ばした!
「ぎゃああああッ!?」
隠者は情けない悲鳴を上げ、海に頭から盛大に着水した。
「ゲホッ、ケホッ……さっき外した術。アレは攻撃用じゃなかったのよね~」
アンジェリカは咳き込みながらも、ニンマリと笑った。
「あなたを狙ったんじゃなくて――ラビカンをここに呼ぶための術だったのよ」
海上では、溺れた隠者が懸命にもがいていたが――それも長くは続かなかった。
彼の背後に巨大な影――海魔オルクが迫っていた。巨大な海蛇を思わせる頭部が浮かび上がり、哀れな老人を一呑みにしてしまった!
「なんだアイツ……神官のクセに化け物に喰われてるじゃねーか……」
一部始終を見ていたロジェロは、呆れ声で呟いた。
しかし厄介事が終わった訳ではない。海魔の触手は相変わらず活発に蠢き、天馬に乗ったブラダマンテを絶え間なく追跡している。
しかも更なる危機が迫っている事にロジェロは気づいた。
疲れ切ってへたり込む美姫アンジェリカの背後に、銀色の仮面を被った醜い老婆の姿が見えたのだ。
(アレはもしかしてッ……魔女アルシナの真の姿かよ!? まずいッ……!)
今度こそ躊躇っている時間はない。
ロジェロはヒポグリフを駆り、全速力でアンジェリカの救援に向かった!
相手はいかなる武器でも傷つかない、硬い外皮を持つ伝説の海魔オルクである。
怪物に対抗できる唯一の装備、魔法の光を放つ円形楯は……たった今触手によって海に叩き落とされてしまった。
「なんてこった! どうすれば……」
ロジェロ――黒崎八式はパニックを起こしかけていた。
「他に方法がないなら、落とした楯を拾いに行くしかないわね」
ブラダマンテ――司藤アイは言った。
「海中に沈んでいたら、どうするんだ?」
「飛び込むしかないわね……」
「それこそ海魔の思うツボだろ!?」
「でも他にどうしろってのよ!」
アイの苛立った口調に、黒崎は言葉を詰まらせた。
現状、打開策がないのなら……行動するしかない。このままじっとしていても、怪物の触手に捕まってしまうだけだ。
「ロジェロ。アンジェリカを助けてあげて。
それまでの時間稼ぎを……わたしがやっておく」
「大丈夫なのか……?」
不安げに尋ねるロジェロに、ブラダマンテは片目をつむってみせた。
「無茶はしないから。心配しないで」
苦肉の策のようで、ロジェロは案外悪くない作戦かもしれないと思い始めた。
海魔オルクは、海神プロテウスの神官によって操られていると仮定するならば。アンジェリカと格闘している隠者を倒す事で、あの恐ろしい怪物を大人しくさせる事ができるかもしれない。
「……わかった。ありがとう、ブラダマンテ。
オレがあのジジイを何とかするまで……頼んだぜ」
ロジェロの言葉にブラダマンテは頷き、ペガサスに乗って海上を飛翔した。
**********
砂浜では、美姫アンジェリカと隠者が激しい格闘を続けていた。
もっとも二人とも、肉弾戦に長じている訳ではないため――傍目には野良猫同士がじゃれ合っているような、泥臭い戦いであったが。
「いい加減、諦めなさいよ! しつこい男は嫌われるわよッ!」
「くぉの! ワシを誘惑しておきながら! どの口がほざくかァッ!?」
二人が得意の魔術を打ち合わず、拙い格闘に精を出しているのにも理由がある。
魔術は集中を要し、魔力を消費する事は激しい運動と同程度の消耗をもたらす。
強大な魔術であればあるほど、使用のための呪文を詠唱する時間が必要であり、この至近距離では大きな隙を作ってしまうのだ。
(といっても、このまま不毛な戦いを続けていても、埒が明かない……!)
アンジェリカは焦っていた。ロクに食事も摂れておらず、休息も十分ではない。
いくら相手が老人とはいえ、体力面も決して優位であるとは言えなかった。
アンジェリカは意を決し、隠者との格闘に備えるフリをして――口の中で小さく呪文を唱え続けた。
この術ならば、詠唱を先に完成させておけば、発動時の印は一瞬で済む。相手の不意を打てる筈――
隠者が一歩踏み込んできた。
(今だッ!)
アンジェリカは詠唱を終えると、契丹にて父より教わった呪印を結び、隠者の胸めがけて「力」を放った!
肉弾戦の構えと見せかけた、刹那の術式の発動。
この至近距離では躱しようがない。
ところが――隠者はそれを待っていたかのように、大きく身を屈める!
アンジェリカの放った「力」は、老人のフードをわずかに掠めただけで、虚しく背後を通過してしまった。
「なッ……!?」
「つくづく愚かな娘よのう。魔術の素人ならばいざ知らず……
ワシのような長年海神に仕えし神官が、その程度の小細工を見抜けぬとでも思うたか?」
アンジェリカはただでさえ消耗気味だった上、満を持して放った魔術が空振りに終わり、大きく肩で息をしていた。
動きの鈍った彼女の首を掴み、締め上げ……瞳に狂喜を宿した老人は勝ち誇る。
「がッ……はァ……!」
「くっくっく。どうやら今の一撃が最後の力だったようじゃなァ?
好都合よ。ワシは貴様だけでなく、上空の幻獣の騎士も相手せねばならぬでのゥ」
隠者は抜け目なく空を見上げ、ロジェロの救援を警戒していた。
捕えた美姫をこれ見よがしに晒す。迂闊に自分に近寄れば、人質の命はない――そう警告するために。
「ぐッ…………!」
ヒポグリフを駆って、アンジェリカの救出に向かったロジェロだったが、眼前の窮状に二の足を踏んでしまう。
「うむ、それでよい。ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)の騎士よ。
よもや囚われの淑女を見捨ててまで、ワシを討とうだなどと考えぬであろう?」
これまでにないほどの嗜虐的な笑みを浮かべ、隠者は得意げだった。
このまま膠着状態に持ち込めば、いずれ彼の主・魔女アルシナも参戦してくる。そうなれば形勢は一気に逆転だ。
「あ……なた……私を怪物に……捧げるんじゃ……ないの?」
息も絶え絶えに、アンジェリカは言葉を紡いだ。
「そう急くな。時間はたっぷりとあるでのゥ……貴様を海に投げ込んでも良いが。
となれば上空の騎士が即座にワシに向かってくる。無駄な危険を冒す必要はないわい」
老人の返答に、放浪の美姫は……苦しげではあったが微笑んでみせた。
「あら、そう……ひとつ、間違ってるわ。あなた……
少なくとも、あなたに時間は……『ない』」
「…………何ィ?」
アンジェリカの謎の余裕の正体に気づいた時――頭上を巨大な影が覆った。
刹那の出来事だった。隠者が見上げると、葦毛の馬の姿があった。
「ラビカンッ!!」
「馬鹿なッ――いつの間にィ!?」
アンジェリカの乗っていた魔法生物――名馬ラビカンである。
隠者が気づかなかったのも無理はない。ラビカンは10ヤード(約9.1メートル)離れた岩陰から一気に跳躍してきたからだ。
馬は勇ましく嘶くと砂浜に力強く着地し、逞しい後脚で老人を蹴り飛ばした!
「ぎゃああああッ!?」
隠者は情けない悲鳴を上げ、海に頭から盛大に着水した。
「ゲホッ、ケホッ……さっき外した術。アレは攻撃用じゃなかったのよね~」
アンジェリカは咳き込みながらも、ニンマリと笑った。
「あなたを狙ったんじゃなくて――ラビカンをここに呼ぶための術だったのよ」
海上では、溺れた隠者が懸命にもがいていたが――それも長くは続かなかった。
彼の背後に巨大な影――海魔オルクが迫っていた。巨大な海蛇を思わせる頭部が浮かび上がり、哀れな老人を一呑みにしてしまった!
「なんだアイツ……神官のクセに化け物に喰われてるじゃねーか……」
一部始終を見ていたロジェロは、呆れ声で呟いた。
しかし厄介事が終わった訳ではない。海魔の触手は相変わらず活発に蠢き、天馬に乗ったブラダマンテを絶え間なく追跡している。
しかも更なる危機が迫っている事にロジェロは気づいた。
疲れ切ってへたり込む美姫アンジェリカの背後に、銀色の仮面を被った醜い老婆の姿が見えたのだ。
(アレはもしかしてッ……魔女アルシナの真の姿かよ!? まずいッ……!)
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