つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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第2章 悪徳の魔女アルシナと海魔オルク

17 ブラダマンテvs海魔オルク

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 美姫アンジェリカの背後に、醜き悪徳の魔女アルシナが影の如く迫っている!
 その様子は放浪の美姫たる彼女の、内に潜みし悪心を警告する風刺画のようにも見えたが、そんな呑気な想像に浸っている場合ではない。

 ロジェロは幻獣ヒポグリフを全力疾走させ、その勢いを駆って魔剣ベリサルダを手にし……その背から跳んだ。
 ヒポグリフは方向転換し、ロジェロは空中から剣を構えて降下する!

「アンジェリカ! そこを退けェッ!!」

 猛スピードで上空から迫るムーア人騎士に、アンジェリカは慌てて飛び退った。
 ヒポグリフからの跳躍と全体重を利用した強力な斬撃が、魔女の土気色の肉体を左肩から袈裟懸けに斬り裂いた!

 ぎョおおオオおおオオッッ!?

 怪鳥の断末魔のような、耳障りなアルシナの悲鳴が辺りに木霊こだまする。

「うおッ!?」

 跳躍の衝撃を十分に想定したつもりで、ロジェロは着地しようとしたが――勢いがつきすぎ、つんのめって地面に転がってしまった。
 余りにも手ごたえがなかった。両刃剣ロングソードで人体を斬るのだ。「狂えるオルランド」の世界で命を取り合う白兵戦を幾度か経験した黒崎は、人体――取り分け骨が意外と硬く、容易には断ち切れない事を知っていた。
 だからこそヒポグリフを利用した、十分な高さからの跳躍を敢行したのだが……アルシナの肉体は酷く脆かった。枯れた枝木……いや、乾いた土人形の如き軽さで、想定よりも簡単に真っ二つにできてしまったのだ。

 ロジェロが体勢を整えて立ち上がると、アルシナの胸から下は塵のようになって消失していた。
 残った胸から上……右腕と頭は、岩陰にうつ伏せに転がっている。

「……ビックリしたぁ」アンジェリカはフウと安堵した。
「ありがとロジェロ……助かったわ」

 口では礼を言いつつも……彼女は油断なくアルシナの上半身を警戒していた。
 この島全体を支配する強大な魔女なのだ。この程度で終わる筈がない。

「うふふふ……死んだフリもできないって、難儀なものねえ」

 不意に、うつ伏せになった片腕の上半身が起き上がった。
 銀仮面のため表情は伺えないが、口調からするとダメージを負ったようには思えない。

「くそ……不死身の魔女の異名は伊達じゃねえって事か」
 ロジェロは毒づいた。

 アルシナはガサガサと昆虫のように不気味に蠢いて、岩陰から飛び出した。
 すると陽光に晒され、露になった身体は――見る間に復元していき、元の枯れ枝のような土気色の全身を取り戻した!

「ご覧の通りよ。わらわは絶対に死なない……何故なら。
 わらわこそが悪徳の象徴! 人が世に生き続ける限り、悪徳が尽きぬように。
 わらわの命も尽きる事はない……!」

 ロジェロとアンジェリカは背中合わせになり身構えた。
 魔女アルシナの次の一手は素早かった。二匹のコウモリの翼を生やした女吸血鬼エンプーサたちが現れ、幻獣ヒポグリフ、名馬ラビカンそれぞれに対峙したのだ。

「しまったッ……!」舌打ちするアンジェリカ。

「邪魔な『足』は奪ってやったわ……さァ、ロジェロにアンジェリカ。
 お前たち二人だけで、このアルシナにどこまで対抗できるのか?
 見せて貰うわよォ……ヒヒヒヒィ!」

**********

 一方海上では。
 海魔オルクを足止めするため、女騎士ブラダマンテは天馬ペガサスに跨り、空を翔けていた。

 海神の神官たる隠者がオルクに喰われた今も、海中に潜む怪物は全く攻撃の手を緩めない。
 無数の蛸足の触手が、空飛ぶ女騎士を捕えんとしつこく迫ってきていた。

(ロジェロが神官を倒すまでの時間稼ぎのつもりだったけど……マズイわね。
 今度はアルシナに襲われてるみたいだし、わたし達もコイツにかかりっきり。
 しかも海魔オルクを倒すどころか、傷つける手段も持っていない……!)

 触手に追いつかれそうになるたび、ブラダマンテは黄金の槍を使い切り払うが。
 触手には掠り傷ひとつついていない。ロジェロ――黒崎の言うように、自分たちの武器でオルクを撃退するのは不可能に近い難事だった。

(無茶はしないって約束したけど……深い考えがあった訳じゃないのよね)

 ブラダマンテ――司藤しどうアイは、逃げ回りつつ必死で考えを巡らせていた。
 天馬ペガサスに化けている尼僧メリッサとて、このままでは体力が底をつく。彼女の変身術と超人的な立ち回りのお陰で、オルクの攻撃による被害は最小限に食い止められているが、それもいつまで持つか……

(こうなったら……!)

「……メリッサ。頼みがあるわ」ブラダマンテは天馬に囁いた。
『伺いましょう、ブラダマンテ』メリッサは応えた。

「できるだけゆっくり、海面に近い距離を飛んで。
 海魔オルクの触手を回避できるギリギリのスピードで」
『貴女を危険に晒す頻度も増えますが――?』

「構わないわ。探したいの……怪物を追い払うのに、絶好の『場所』を」

 女騎士の言葉に、力強い意志が宿っているのをメリッサは感じた。
 思いつきや当てずっぽうで言っている雰囲気ではない。彼女なりの考えがあっての提案なのだろう。

『分かりました、ブラダマンテ。
 詳細は存じませんが、貴女の言葉に従いましょう――』
「ありがとう、メリッサ。
 今の状況だと、ゆっくり説明している時間がないから……ごめんなさい」

 そうこう話している内に、海魔オルクの触手が次々と迫ってくる。
 迷っている時間はなかった。メリッサはブラダマンテの提案通り、速度と高度を落として回避や防御の可能なギリギリの立ち回りを敢行した。

「メリッサ! なるべく広範囲で!」

 ブラダマンテの指示が飛び、天馬ペガサスの移動範囲が拡大する。
 彼女は「場所」を注意深く探しているようだ。どうしてもそちらに意識が流れ、触手の動きに対処しきれていない。ペガサスのスローペース化も相まって、致命傷や重傷を避ける行動を取るのがやっとの状況が続く。

「ぐッ……! うぅう……!」

 天馬やブラダマンテ自身にも被弾が目立つようになってきた。
 捕えられないよう躱す事はできても、鎖帷子チェインメイルの破損、細かい擦傷を受け、女騎士は苦痛に顔を歪ませる。

「はあッ……はあッ……」
『……これ以上は危険すぎます。触手を躱せる速度で動いても――』

「メリッサ! もうちょっとだけ我慢して! あと少し――」
『ブラダマンテ――』

 身を案ずる尼僧の言葉を、頑なに拒むブラダマンテ。
 彼女の目は、声はまだ死んではいない。しかしこれ以上は限界だろう。
 取り返しのつかない一撃を受ける前に、メリッサは指示を無視してこの場を離脱しようと考えた――まさにその時。

「……『見つけた』ッ!」ブラダマンテの弾んだ声が上がった。

『分かったのですか?』
「ええ! メリッサ、わたしの言う位置に――高度を少し下げて。
 ……いいわ! ここよ、ここでストップ!」

 ブラダマンテの言葉を受け、天馬ペガサスは空中で静止した。
 真下には岩礁が見えるが――スローながらも動き回っていただけに、こんな位置に留まっていては格好の標的だ。

 メリッサの危惧した通り、動きを止めた天馬ペガサスの女騎士に向け、唸りを上げた無数の触手が伸びてくる!

『ブラダマンテ、このままではまともに直撃を――!』
「大丈夫! ここがいい! ここがベストッ!」

 焦るメリッサに対し、ブラダマンテの声は勝利の確信に満ちていた。が――

「――でも。ゴメンね! メリッサ」
『――――えっ?』

 女騎士は謝罪の言葉と同時に、右手の中指に嵌めていた金の指輪をメリッサの――天馬ペガサスの眉間に押し当てた。
 それはアンジェリカの指輪。あらゆる魔術を無力化するチートアイテム。
 そしてメリッサは魔術によってペガサスに変身している。彼女の行動の意味するところは――

 目映い輝きと共に、魔法が解けた。
 メリッサは即座に一糸纏わぬ、清楚な裸体を晒し。
 結果として当然……二人そろって垂直落下する!

「え……ひィやああああッッッッ!?」

 余りにも唐突過ぎる事態に、眼前に迫る荒海と岩礁に。メリッサは思わず金切り声を上げた。
 ブラダマンテも同時に落下する。彼女らの頭上を無数の触手が盛大に素通りしていった。

 次の瞬間、あらかじめ手を伸ばしていたブラダマンテが――素っ裸のメリッサを抱きかかえる!

「ひッ…………!?」
「メリッサ! 慌てないで。このままだったら行けるから!」

 ブラダマンテの笑顔が、メリッサのすぐ目の前にあった。
 崇拝する女騎士にお姫様抱っこされる。彼女にとって夢にまで見たシチュエーションのひとつではあったが……こんな切羽詰まった状況では楽しんでいる余裕は全くない。

 海面に激突する直前、ブラダマンテは岩礁に器用に、そして力強く着地した。
 両腕にはメリッサを抱えたまま。二人は落下による怪我を負う事はなかった。

「大丈夫? メリッサ」
「ええ、何とか――でもブラダマンテ。何故この場所に? 指輪まで使って――」

 驚愕と歓喜と焦燥が混ぜこぜになって、理解が及ばず問い質そうとする裸の尼僧を、ブラダマンテは隣に下ろしてから答えた。

「……ここにあるって、『見つけた』からよ」

 女騎士は、岩礁に引っかかっていた魔法の円形楯ラウンドシールドを引き上げ、誇らしげに手に取った。
 そこに大海蛇シー・サーペントに似た恐るべきアギトが海から姿を現し――二人に猛然と迫って来ていた。海魔オルクの頭部だ。

「やっぱり顔を出したわね? 海魔オルク。来ると思ったわ。
 アンジェリカに頼むのは無理と思ったから、代わりの囮を用意する事にしたの。
 メリッサだって素敵な美人さんだもの。一糸纏わぬ姿であれば尚更――ね」

 ここに来てようやく、メリッサもブラダマンテの作戦の意図を理解したらしく、光に備えて強く目を閉じた。

 ブラダマンテは円形楯ラウンドシールドを天高く掲げ、覆われていた朱布を全て剥ぎ取った。
 見る者のき意識をも奪うとされる強烈な魔法の光が、迫り来る海魔オルクの顔面に容赦なく浴びせられる!

 ギャアアアアアア――――!!??

 海神の使いたる巨大な怪物の絶叫が、島中に轟いた後――盛大な水没音を最後に、荒れ狂っていた海原にようやく静寂が訪れた。
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