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第3章 最強騎士オルランド
1 善徳の魔女ロジェスティラ★
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ブラダマンテら四人の前に現れた、物腰柔らかな初老の女性は名乗った。
「ブラダマンテ。ロジェロ。メリッサ。そしてアンジェリカ、でしたね?
妾は……ロジェスティラと申します」
ロジェスティラ。アルシナの妹にして、善徳を司るとされる魔女の名だ。
年齢こそ重ねているが、見ている者に安心感を与える穏やかな雰囲気を放ち、皺の刻まれた顔も上品で、アルシナとは正反対の印象を受ける。
「貴女が……ロジェスティラ?」ロジェロは驚いて言った。
「いったい今まで、どこに……!」
「ずっと、皆様の前におりましたわ」
ロジェスティラは微笑を浮かべ答えた。
「妾はロジェスティラであり、アルシナでもあるのです。
あなた方が悪徳のアルシナを退けて下さったので、妾の力が勝り、こうしてお目にかかる事ができました。心より、御礼申し上げます」
彼女の言い分によれば、善徳と悪徳に境はないのだそうだ。
愛情も行き過ぎれば独占に繋がるように。
忍耐も行き過ぎれば心を病んでしまうように。
徳とは程度の問題であり、均衡を保つ事が肝要……というのがロジェスティラの主張だった。
「アルシナがここまで力を持ってしまったのは……世に悪徳の蔓延っている証。
ですが悪徳があるからこそ、人々は善徳を意識できるのです。悪徳の誘惑を乗り越えし勇者たちに祝福を!」
ロジェスティラは度重なる激戦に疲れ切ったブラダマンテ達を、改めて歓待する旨を告げた。
と同時に、今までアルシナの犠牲となって、木や獣に変えられた騎士たちを元の姿へと戻した。
「はッははァァァ! 皆、よくやってくれた!
お陰で! ボクは! 元通りの美しい肉体を! 取り戻せたよッ!!」
ハイテンションで芝居がかったポーズを決めた、美貌の裸体の変態が言った。
言うまでもなく、銀梅花に変えられていたイングランド王子アストルフォだ。
アンジェリカの言葉通り、確かに目の覚めるほどの眉目秀麗。フランク騎士随一という触れ込みは誇張ではなかったが……何ともはや、色々と台無しである。
「おう浮かれんなや露出狂」
ブラダマンテ、アンジェリカ、メリッサといった女性陣が顔を覆いつつもガン見している中、ロジェロだけが冷静に拳骨を叩き込んだ。
「痛いんですけどォ!?」
「少しは恥ずかしがれよ。素っ裸だぞお前」
「愚問だな! 『恥ずかしい』というのは己に欠点があると自覚している者が抱く感情!
でもボクは美男子アストルフォ! 我が肉体の美しさに欠点などない!
故に恥ずかしがる必要まったくナシ!」
「…………」
臆面もなく言い放ちポージングを崩さない自称美男子。
その開き直りっぷりには、呆れを通り越して清々しさすら感じさせる。
「とりあえず……他にもお召し物のない騎士様方がおられますし。
我が都に向かいましょう。服を着ましょうね? アストルフォ様?」
「……アッハイ」
魔女ロジェスティラは流石の貫禄を漂わせており、アストルフォの裸体にも全く動じなかった。
彼女の気品溢れる振る舞いに、さしもの変態も気後れし素直に従うのだった。
ブラダマンテ達および、魔法が解け自由の身となった騎士たちはロジェスティラに案内され、元アルシナの都へと足を運んだ。
街はアルシナの時のような、目も眩むような輝きこそ失われていたが……ロジェスティラの魔力により、古代ローマ建築様式の趣あるコンクリート建物群へと変貌していた。
アストルフォをはじめ、救出された騎士たちは衣服や装備を整え、傷を負った者たちもロジェスティラの手厚い治療を受ける事ができた。
**********
その日の夕方。
ロジェロは着飾ったアストルフォから声をかけられた。
「どうだいロジェロ君? これから一緒に行かないか?」
「……唐突に何だよ」
ロジェロが胡乱げな視線を向けると、アストルフォは笑みを浮かべてチッチッと指を鳴らした。
「気づかないかい? 今、ブラダマンテやアンジェリカの姿が見当たらない事に」
「……ん? そういえば――」
ロジェスティラの勧めで夕食を摂ってから、女性陣三人を見かけない。
アストルフォは笑みを大きくして、耳打ちしてきた。
「彼女たちは今、湯浴みの真っ最中なのさ!」
「湯浴みって――風呂か」
「ロジェロ君。見目麗しき女性が三人も、浴場にいるんだよ?
世の健全たる男子として、やるべき事はひとつだろう!」
「……一応聞いといてやるが、何をする気だ?」
「ンもう! 分かってる癖にぃ。覗きだよ、NO・ZO・KI!
君だって興味あるだろう? 主にブラダマンテとか」
「…………」
無邪気に瞳を輝かせる、自称美男子アストルフォ。
ロジェロはげんなりした素振りを見せ……実際はブラダマンテの名を出された時にちょっと心を動かされたが……この理性の欠片もないお調子者騎士を、遠回しに思い留まらせようとした。
「古代ローマの公衆浴場みたいな所だっけ? み、水着とか着てるんじゃねえの?
昔は混浴だったって話聞いた記憶あるし……」
「ふっふっふ、ロジェロ君。きみは実に無知だな!
確かに初期のローマ公衆浴場は混浴だった! だが売春など風紀が乱れるという理由でハドリアヌス帝の時代、別浴に改められたのだよ。
建物の建築様式から、明らかに五賢帝時代より後の作りだって分かりそうなものだろう?」
ロジェロの中の魂たる黒崎八式は現代の日本人、しかもただの高校生だ。そんなもの分かるはずがない。
と頭では分かっていても、アストルフォに知識をひけらかされドヤ顔される事態は結構イラッとくるものがあった。
「……で、でもアストルフォ。
あんた、フランク人騎士随一の美男子なんだろ? わざわざ覗きなんかしなくたって女の裸に困らないと思うんだが……」
「はっはっは! それは勿論さロジェロ君!
ボクはアストルフォ。かの美しきランゴバルド王と同じ名を持つ美男子騎士!
その気になれば、世界中の女性のハートを射止める自信があるよ!」
臆面もなく何を口走っているんだ、と思われるかもしれないが。
原典では紛らわしい事に「ランゴバルド王アストルフォ」なる人物の話があり、ナンパ大作戦を実際にやってのけていたりする。
「狂えるオルランド」における恋愛譚の中でも最低の部類の逸話なので、詳細は割愛させていただく。
「ロクでもねえ自信だな。余計に理由が分からんのだが、アフォ殿?」
「その名前の略し方にとてつもない悪意を感じるが……まあいい!
麗しい女性が、気恥ずかしくこちらを拒絶する様がいいんじゃないか。
ボクに声をかけられると、大抵の貴婦人方は二つ返事でオッケーしてしまう!
それじゃあ、つまらないだろう? 恋愛とは『焦れ』だよ! ジレ」
ろくすっぽモテた事のない黒崎からすれば、贅沢に過ぎる言い分である。
もちろん黒崎とて、全く興味がないと言えば嘘になる。が――
「アストルフォ殿。大変ありがたい申し出なんだが……多分やっぱ無理」
「どうしてだい!?」
「だってホラ――後ろ」
ロジェロの指摘に伴い、アストルフォが振り返ると……そこにはにこやかに青筋を浮かべて立っている魔女ロジェスティラがいた。
「アストルフォ様。ロジェロ様。お話は全部聞かせていただきました」
「……え、いや、その。これは――」
「妾も一応、善徳を司る魔女でして……そのイメージを保つ事も大切なのです。
ここでアストルフォ様の出歯亀行為を看過する訳には参りませんわ」
「…………ゴメンナサイ」
ロジェロは恐怖した。口調は穏やかなのに。表情も柔和な笑顔のままなのに。
ここまでの迫力と威圧感を醸し出せる人類がこの世に存在するとは。これも善徳の魔女の為せる技なのか。
先刻まで情熱的に目をギラつかせていたアストルフォは、借りてきた猫のようにシュンと大人しくなって浴場前からつまみ出された。勿論ロジェロも一緒だった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
《 ファンアート・その3 》
貴様 二太郎サンよりいただきました! ありがとうございます!
キャラ紹介絵より先に全裸絵が来るあたりが残念イケメン(笑)。
「ブラダマンテ。ロジェロ。メリッサ。そしてアンジェリカ、でしたね?
妾は……ロジェスティラと申します」
ロジェスティラ。アルシナの妹にして、善徳を司るとされる魔女の名だ。
年齢こそ重ねているが、見ている者に安心感を与える穏やかな雰囲気を放ち、皺の刻まれた顔も上品で、アルシナとは正反対の印象を受ける。
「貴女が……ロジェスティラ?」ロジェロは驚いて言った。
「いったい今まで、どこに……!」
「ずっと、皆様の前におりましたわ」
ロジェスティラは微笑を浮かべ答えた。
「妾はロジェスティラであり、アルシナでもあるのです。
あなた方が悪徳のアルシナを退けて下さったので、妾の力が勝り、こうしてお目にかかる事ができました。心より、御礼申し上げます」
彼女の言い分によれば、善徳と悪徳に境はないのだそうだ。
愛情も行き過ぎれば独占に繋がるように。
忍耐も行き過ぎれば心を病んでしまうように。
徳とは程度の問題であり、均衡を保つ事が肝要……というのがロジェスティラの主張だった。
「アルシナがここまで力を持ってしまったのは……世に悪徳の蔓延っている証。
ですが悪徳があるからこそ、人々は善徳を意識できるのです。悪徳の誘惑を乗り越えし勇者たちに祝福を!」
ロジェスティラは度重なる激戦に疲れ切ったブラダマンテ達を、改めて歓待する旨を告げた。
と同時に、今までアルシナの犠牲となって、木や獣に変えられた騎士たちを元の姿へと戻した。
「はッははァァァ! 皆、よくやってくれた!
お陰で! ボクは! 元通りの美しい肉体を! 取り戻せたよッ!!」
ハイテンションで芝居がかったポーズを決めた、美貌の裸体の変態が言った。
言うまでもなく、銀梅花に変えられていたイングランド王子アストルフォだ。
アンジェリカの言葉通り、確かに目の覚めるほどの眉目秀麗。フランク騎士随一という触れ込みは誇張ではなかったが……何ともはや、色々と台無しである。
「おう浮かれんなや露出狂」
ブラダマンテ、アンジェリカ、メリッサといった女性陣が顔を覆いつつもガン見している中、ロジェロだけが冷静に拳骨を叩き込んだ。
「痛いんですけどォ!?」
「少しは恥ずかしがれよ。素っ裸だぞお前」
「愚問だな! 『恥ずかしい』というのは己に欠点があると自覚している者が抱く感情!
でもボクは美男子アストルフォ! 我が肉体の美しさに欠点などない!
故に恥ずかしがる必要まったくナシ!」
「…………」
臆面もなく言い放ちポージングを崩さない自称美男子。
その開き直りっぷりには、呆れを通り越して清々しさすら感じさせる。
「とりあえず……他にもお召し物のない騎士様方がおられますし。
我が都に向かいましょう。服を着ましょうね? アストルフォ様?」
「……アッハイ」
魔女ロジェスティラは流石の貫禄を漂わせており、アストルフォの裸体にも全く動じなかった。
彼女の気品溢れる振る舞いに、さしもの変態も気後れし素直に従うのだった。
ブラダマンテ達および、魔法が解け自由の身となった騎士たちはロジェスティラに案内され、元アルシナの都へと足を運んだ。
街はアルシナの時のような、目も眩むような輝きこそ失われていたが……ロジェスティラの魔力により、古代ローマ建築様式の趣あるコンクリート建物群へと変貌していた。
アストルフォをはじめ、救出された騎士たちは衣服や装備を整え、傷を負った者たちもロジェスティラの手厚い治療を受ける事ができた。
**********
その日の夕方。
ロジェロは着飾ったアストルフォから声をかけられた。
「どうだいロジェロ君? これから一緒に行かないか?」
「……唐突に何だよ」
ロジェロが胡乱げな視線を向けると、アストルフォは笑みを浮かべてチッチッと指を鳴らした。
「気づかないかい? 今、ブラダマンテやアンジェリカの姿が見当たらない事に」
「……ん? そういえば――」
ロジェスティラの勧めで夕食を摂ってから、女性陣三人を見かけない。
アストルフォは笑みを大きくして、耳打ちしてきた。
「彼女たちは今、湯浴みの真っ最中なのさ!」
「湯浴みって――風呂か」
「ロジェロ君。見目麗しき女性が三人も、浴場にいるんだよ?
世の健全たる男子として、やるべき事はひとつだろう!」
「……一応聞いといてやるが、何をする気だ?」
「ンもう! 分かってる癖にぃ。覗きだよ、NO・ZO・KI!
君だって興味あるだろう? 主にブラダマンテとか」
「…………」
無邪気に瞳を輝かせる、自称美男子アストルフォ。
ロジェロはげんなりした素振りを見せ……実際はブラダマンテの名を出された時にちょっと心を動かされたが……この理性の欠片もないお調子者騎士を、遠回しに思い留まらせようとした。
「古代ローマの公衆浴場みたいな所だっけ? み、水着とか着てるんじゃねえの?
昔は混浴だったって話聞いた記憶あるし……」
「ふっふっふ、ロジェロ君。きみは実に無知だな!
確かに初期のローマ公衆浴場は混浴だった! だが売春など風紀が乱れるという理由でハドリアヌス帝の時代、別浴に改められたのだよ。
建物の建築様式から、明らかに五賢帝時代より後の作りだって分かりそうなものだろう?」
ロジェロの中の魂たる黒崎八式は現代の日本人、しかもただの高校生だ。そんなもの分かるはずがない。
と頭では分かっていても、アストルフォに知識をひけらかされドヤ顔される事態は結構イラッとくるものがあった。
「……で、でもアストルフォ。
あんた、フランク人騎士随一の美男子なんだろ? わざわざ覗きなんかしなくたって女の裸に困らないと思うんだが……」
「はっはっは! それは勿論さロジェロ君!
ボクはアストルフォ。かの美しきランゴバルド王と同じ名を持つ美男子騎士!
その気になれば、世界中の女性のハートを射止める自信があるよ!」
臆面もなく何を口走っているんだ、と思われるかもしれないが。
原典では紛らわしい事に「ランゴバルド王アストルフォ」なる人物の話があり、ナンパ大作戦を実際にやってのけていたりする。
「狂えるオルランド」における恋愛譚の中でも最低の部類の逸話なので、詳細は割愛させていただく。
「ロクでもねえ自信だな。余計に理由が分からんのだが、アフォ殿?」
「その名前の略し方にとてつもない悪意を感じるが……まあいい!
麗しい女性が、気恥ずかしくこちらを拒絶する様がいいんじゃないか。
ボクに声をかけられると、大抵の貴婦人方は二つ返事でオッケーしてしまう!
それじゃあ、つまらないだろう? 恋愛とは『焦れ』だよ! ジレ」
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もちろん黒崎とて、全く興味がないと言えば嘘になる。が――
「アストルフォ殿。大変ありがたい申し出なんだが……多分やっぱ無理」
「どうしてだい!?」
「だってホラ――後ろ」
ロジェロの指摘に伴い、アストルフォが振り返ると……そこにはにこやかに青筋を浮かべて立っている魔女ロジェスティラがいた。
「アストルフォ様。ロジェロ様。お話は全部聞かせていただきました」
「……え、いや、その。これは――」
「妾も一応、善徳を司る魔女でして……そのイメージを保つ事も大切なのです。
ここでアストルフォ様の出歯亀行為を看過する訳には参りませんわ」
「…………ゴメンナサイ」
ロジェロは恐怖した。口調は穏やかなのに。表情も柔和な笑顔のままなのに。
ここまでの迫力と威圧感を醸し出せる人類がこの世に存在するとは。これも善徳の魔女の為せる技なのか。
先刻まで情熱的に目をギラつかせていたアストルフォは、借りてきた猫のようにシュンと大人しくなって浴場前からつまみ出された。勿論ロジェロも一緒だった。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
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