47 / 197
幕間
オルランドの生い立ち・後編
しおりを挟む
オルランドはその日、酷く飢えていた。朝から何も食べていない。
ふと気がつくと、食べ物の美味そうな匂いが鼻をくすぐる。誘われるように匂いを辿ると――そこには華美な服装をした騎士や貴族たちが一堂に会し、豪勢な食卓を囲んでいた。
「――何だ、アレは?」
「シャルル様が、父の後を継いで新たなフランク国王となるんだ。
その祝いとして会食を開いているんだよ」
通りすがりの農民が説明してくれた。
派手に着飾った男たちは大騒ぎをしながら、食事を楽しんでいる。
オルランドは酷く腹が立った。自分と母は明日をも知れぬどころか、今日食べるパンすら手元にない。
だが彼らは食べきれぬほどのご馳走をテーブルに並べ、馬鹿騒ぎをしている。
(何なのだ? こいつらと俺で、一体何が違うというのだ?)
しかも、シャルル! シャルルマーニュ! 元はと言えばあの男が父母の結婚を認めなかったから、今の自分の不遇があるのだ。
母が、自分が。今にも飢えて死にそうな時に、あいつとその家臣は豪奢な食事をのうのうと貪り喰らっている!
オルランドの感情は一気に爆発した。
雄叫びを上げて会食の席に殴り込み、その場の衛兵を瞬く間に蹴散らし、卓上に並んだ肉料理を片っ端から掴み取り食らい尽くした。食事を邪魔された騎士たちは闖入者を咎め、捕えようとしたが――オルランドは恐ろしく強かった。シャルルマーニュの騎士たちが束になってかかっても手も足も出ず、彼は傷ひとつ負う事はなかった。
こうしてオルランドはまんまと大量の食糧を強奪し、母ベルタの待つ郊外の洞穴へと持ち帰る事に成功した。
「オルランド? どうしたのです、その食べ物は――?」
「母上! 今日は好きなだけ食ってくれ!
シャルルのクソ野郎から、ご馳走をたっぷり奪ってきてやった!
あいつが母上にした仕打ちを考えれば、この程度じゃ全然足りないけどな!」
オルランドは嬉しそうに母に報告したが、彼女は青ざめて言った。
「――なんという事をしてくれたのです、オルランド……!
いいですか。私が事情と素性を明かし、平伏して謝罪します。
私の命と引き換えでは虫が良すぎるでしょうが、どうにかあなただけでも――」
「何を言っているんだ、母上! 心配いらない! 謝る必要なんかない!
さっき戦ったシャルルの騎士たちはどいつも弱かった。
奴らがここを嗅ぎつけても、俺が全員やっつけてやるさ!」
母ベルタの神妙な様子を見て、オルランドは安心させようと言葉を尽くしたが。
「馬鹿な事を考えてはいけません、オルランド。
あなたは知らないのです。あの男――我が兄シャルルの本当の恐ろしさを」
やがてオルランドとベルタの住む洞穴に、三人の騎士を伴ったシャルルマーニュがやって来た。
オルランドは彼らに棍棒で打ちかかろうと待ち伏せていたが、母ベルタは頑なにそれを許さなかった。
ベルタが己の素性を明かすと――シャルルマーニュが一歩進み出た。オルランドは奇妙な印象を受けた。聞くところによれば彼はまだ26歳。父であるピピンの死を契機に即位したばかりの年若き王のはず。にも関わらず彼の纏う風格は、齢二百を数える神の如き老帝のそれであった。
(何だこの男は――本当に母上の兄なのか?)
先刻まで血気盛んであったオルランドの心も、冷や水を浴びせられたように意気を削がれてしまった。
それでも何とか母を守るべく、シャルルに打ちかかろうとすると――即座に後ろに控えた三人の騎士たちから鋭い殺気が飛び、オルランドの足を踏み止まらせた。
(チッ……! なんて連中だ。一人くらいなら打ち殺せるかもしれないが……
三人とも只者じゃない。会食の時にいた雑魚どもとは桁違いの威圧感だ)
「久しいな、我が姉妹ベルタ。そして我が子オルランドよ」
シャルルマーニュは厳かに言った。
「そう殺気立つな。余が危険に晒されれば、この者たちも動かざるを得ぬ。
余の寵愛を裏切ったとはいえ、余と同じ血を持つそなたらを失いたくはない。
テュルパン。ネイムス。ガヌロン――久方ぶりの再会だ。あまり怖がらせないでやってくれ」
名を呼ばれた三人の騎士たちは鷹揚に頷き、その場に跪いた。
オルランドは内心、舌を噛み切りたい衝動に駆られながら――動けずにいた。
(おのれシャルル……! 何が『余の寵愛を裏切った』だ!
姉妹を溺愛する余り、結婚も許さず醜聞(スキャンダル)の遠因を作っておきながら……!)
身重の母を見捨てた父ミロンも許せなかったが、それ以上にシャルルマーニュを許せなかった。
それにも関わらず、重圧に屈し頭を垂れずにはいられない。オルランドの人生において初の屈辱たる敗北であった。
「チャンスをやろう、オルランド」シャルルマーニュは言った。
「そなたの力を活かし、余に騎士として仕えよ。
さすればそなたと、そなたの母ベルタの命、そして生活を保障しよう」
若き新たなフランク国王の言葉は、絶望的な状況のオルランドにとって拍子抜けするほど寛大なものだった。
「何故だ? 俺のやった狼藉を咎めず、許そうというのか?」
「許す訳ではない。そなたにとって余に仕える――それがすでに罰となろう?」
シャルルマーニュは不敵に笑った。
「そしてこれは提案ではない、命令だ。そなたに拒否権はない。
もし余の言葉に従えぬなら――そなたも、母も命はない。
余に逆らう事は、フランク王国に逆らう事と同じ。
今この場を切り抜けたとしても、いずれ必ず殺される。そなたも、母もな」
(なるほど……母上を人質に取った脅迫って訳か)
「俺はあんたの会食の場を荒らしたんだぜ? 無罪放免にできるのか?」
「容易い事だ。余の夢にそなたが仕える未来が見えた、とでも言えばよい。
余はキリスト教会と懇意にしておる。余が口添えすれば、神の啓示としてそなたの罪を赦そう」
オルランドがいかに粗暴といえど、母を犠牲にしてまで逆らうほどの気概はないと見抜いての命令。
従わざるを得なかった。母を貧困に追いやったこの男は許せない。
だがここで逆らっても、この男を叩き殺したとしても。母は今まで以上に苦しみ抜いて死ぬだけだ。それはオルランドの望む所ではない。
シャルルマーニュの言葉を受諾せざるを得ず――オルランドは跪いた。
皮肉な事に、騎士叙勲の儀式はつつがなく完璧にこなす事ができた。親友オリヴィエの教えの賜物だった。
母ベルタはシャルルに仕える騎士のひとり、マイエンス家のガヌロンと再婚する事となった。
マイエンス家は悪い噂も聞くがその勢力は強大であり、もはや母が貧困にあえぐ心配はない。
オルランド自身もフランス北西部はブルターニュの地を任され、辺境伯の地位を持つ騎士として国王に仕える事となった。
彼は僅か数年の内に数々の武勲を上げ、多くのサラセン騎士を討ち取り、沢山の戦利品を得た。聖剣デュランダルや名馬ブリリアドロ、マンブリーノの金兜などの素晴らしい装備品も手に入れ、シャルルマーニュ十二勇士の筆頭として、フランク最強の騎士として――その武勇を轟かせるに至ったのである。
**********
「そうか、オルランド。そんなにも……
アンジェリカの事を想っているんだね?」
フロリマールはしみじみと言ったが……さらに念を押すように尋ねた。
「……オードちゃんの事はいいのかい?
彼女の気持ち、気づいているんだろう?」
オード。オルランドの親友オリヴィエの妹である。
オリヴィエと交流を深めるにつれ、何かと彼の世話を焼いてくれた恩人であり、オルランドも憎からず思っていた。
「確かにオードには世話になった。気立てのいい子だよ。
……でも俺には、アンジェリカしかいない」
シャルルマーニュの御前試合で姿を見せた、絶世の美姫。
その場にいた全ての男を虜にし、フランク人・サラセン人問わず振り回した傾国の美女。
(シャルルマーニュとて、アンジェリカを欲しがった。
あいつはやりたい放題だ。自分の姉妹や娘にすら手を出し――時には配下の妻に目をつけ、夫を殺して奪った挙句に飽きたら捨てやがった。
政治的には名君なのかもしれないが、人間としてはどうだ?
あいつのせいで。あいつと血が繋がっているせいで……俺の人生はメチャクチャだ)
あの男は教えてくれた。王の権力と神の権威を兼ね備えれば、いかなる暴挙もまかり通るのだと。
だから奪ってやるのだ。金も、地位も、女も、名誉も、何もかもを。
フランク王国の頂点に君臨しキリスト教徒を束ねる象徴たる絶頂から、引きずり下ろしてやる!
(あいつには何もかもを奪われた。最愛の母の命すらも……!)
義父ガヌロンの下にいた、母ベルタの死。それを知った時、オルランドは覚悟を決めた。
(母が生きている内は、屈辱ながらも奴の忠実な手足として存分に働いてやった。
だが今はもう従う義理はない! 奴の手駒として使われるなど真っ平だ!)
反逆してやる。あの男から、奪われた全てを奪い返してやる!
世界一の美女アンジェリカを手に入れる事は、その手始めなのだ。
「……フロリマール。お前は俺を探すフリをしていろ。
そして戦争が終わるまで、愛するフロルドリと共にどこかでひっそりと暮らすといい。
そうすれば戦争に参加せずに済む。あの男の為に命を落とす必要などない」
「血迷ったか、オルランド! フランク騎士として、あるまじき発言だぞ……!」
親友の突然の言葉に、温厚なフロリマールもさすがに憤った。
オルランドは羨ましかった。愛に生きるフロリマールが。友を信じられるアストルフォが。
彼らのように無邪気に、何も思い煩う事なく騎士道を信じ、貫く事ができたなら――どんなに誇らしい事だろう。
最強の騎士と賞賛され、上辺だけ取り繕っている自分に比べたら、彼らの方がよっぽど騎士として相応しい。
(フロリマール。お前は周りが思っている以上に、本当は強い騎士だ。
かつて俺が魔術を操る巨人に敗北した時、お前が戦い、苦闘の末に勝利した。
その時確かに、俺の持つ聖剣デュランダルが輝いていた。初めて気づいた。デュランダルの持つ――人間の闘争心・潜在能力を引き出す呪いの力を。
お前には感謝しているし、お前が情け深く、強い信念と実力の持ち主だと知っている。
だがお前は戦いに向いていない。優しすぎる――いつか必ず、その情け深さが仇となる日が来る)
「お前を親友と思うからこそ忠告するんだ、フロリマール」
「いくらオルランドの頼みでも、それだけは聞けない。
僕はフロルドリを愛しているが――シャルルマーニュ様に仕える騎士でもある」
フロリマールは頑として聞き入れなかった。やがて――彼は背を向けた。
「今まで僕に良くしてくれた、親友の愛に免じて――この場は一度だけ見逃す。
だが次に会った時は――きみを必ず連れ戻そう、オルランド。
だからそれまでに、アンジェリカへの愛に決着をつけてくれ」
年若き騎士は背を向けたまま、絞り出すようにそれだけ言った。
「――感謝する、フロリマール。また会おう」
オルランドもまた、言葉少なに礼を述べると――その場を立ち去った。
最強の騎士の放浪の美姫を求める旅は、今なお続く。
ふと気がつくと、食べ物の美味そうな匂いが鼻をくすぐる。誘われるように匂いを辿ると――そこには華美な服装をした騎士や貴族たちが一堂に会し、豪勢な食卓を囲んでいた。
「――何だ、アレは?」
「シャルル様が、父の後を継いで新たなフランク国王となるんだ。
その祝いとして会食を開いているんだよ」
通りすがりの農民が説明してくれた。
派手に着飾った男たちは大騒ぎをしながら、食事を楽しんでいる。
オルランドは酷く腹が立った。自分と母は明日をも知れぬどころか、今日食べるパンすら手元にない。
だが彼らは食べきれぬほどのご馳走をテーブルに並べ、馬鹿騒ぎをしている。
(何なのだ? こいつらと俺で、一体何が違うというのだ?)
しかも、シャルル! シャルルマーニュ! 元はと言えばあの男が父母の結婚を認めなかったから、今の自分の不遇があるのだ。
母が、自分が。今にも飢えて死にそうな時に、あいつとその家臣は豪奢な食事をのうのうと貪り喰らっている!
オルランドの感情は一気に爆発した。
雄叫びを上げて会食の席に殴り込み、その場の衛兵を瞬く間に蹴散らし、卓上に並んだ肉料理を片っ端から掴み取り食らい尽くした。食事を邪魔された騎士たちは闖入者を咎め、捕えようとしたが――オルランドは恐ろしく強かった。シャルルマーニュの騎士たちが束になってかかっても手も足も出ず、彼は傷ひとつ負う事はなかった。
こうしてオルランドはまんまと大量の食糧を強奪し、母ベルタの待つ郊外の洞穴へと持ち帰る事に成功した。
「オルランド? どうしたのです、その食べ物は――?」
「母上! 今日は好きなだけ食ってくれ!
シャルルのクソ野郎から、ご馳走をたっぷり奪ってきてやった!
あいつが母上にした仕打ちを考えれば、この程度じゃ全然足りないけどな!」
オルランドは嬉しそうに母に報告したが、彼女は青ざめて言った。
「――なんという事をしてくれたのです、オルランド……!
いいですか。私が事情と素性を明かし、平伏して謝罪します。
私の命と引き換えでは虫が良すぎるでしょうが、どうにかあなただけでも――」
「何を言っているんだ、母上! 心配いらない! 謝る必要なんかない!
さっき戦ったシャルルの騎士たちはどいつも弱かった。
奴らがここを嗅ぎつけても、俺が全員やっつけてやるさ!」
母ベルタの神妙な様子を見て、オルランドは安心させようと言葉を尽くしたが。
「馬鹿な事を考えてはいけません、オルランド。
あなたは知らないのです。あの男――我が兄シャルルの本当の恐ろしさを」
やがてオルランドとベルタの住む洞穴に、三人の騎士を伴ったシャルルマーニュがやって来た。
オルランドは彼らに棍棒で打ちかかろうと待ち伏せていたが、母ベルタは頑なにそれを許さなかった。
ベルタが己の素性を明かすと――シャルルマーニュが一歩進み出た。オルランドは奇妙な印象を受けた。聞くところによれば彼はまだ26歳。父であるピピンの死を契機に即位したばかりの年若き王のはず。にも関わらず彼の纏う風格は、齢二百を数える神の如き老帝のそれであった。
(何だこの男は――本当に母上の兄なのか?)
先刻まで血気盛んであったオルランドの心も、冷や水を浴びせられたように意気を削がれてしまった。
それでも何とか母を守るべく、シャルルに打ちかかろうとすると――即座に後ろに控えた三人の騎士たちから鋭い殺気が飛び、オルランドの足を踏み止まらせた。
(チッ……! なんて連中だ。一人くらいなら打ち殺せるかもしれないが……
三人とも只者じゃない。会食の時にいた雑魚どもとは桁違いの威圧感だ)
「久しいな、我が姉妹ベルタ。そして我が子オルランドよ」
シャルルマーニュは厳かに言った。
「そう殺気立つな。余が危険に晒されれば、この者たちも動かざるを得ぬ。
余の寵愛を裏切ったとはいえ、余と同じ血を持つそなたらを失いたくはない。
テュルパン。ネイムス。ガヌロン――久方ぶりの再会だ。あまり怖がらせないでやってくれ」
名を呼ばれた三人の騎士たちは鷹揚に頷き、その場に跪いた。
オルランドは内心、舌を噛み切りたい衝動に駆られながら――動けずにいた。
(おのれシャルル……! 何が『余の寵愛を裏切った』だ!
姉妹を溺愛する余り、結婚も許さず醜聞(スキャンダル)の遠因を作っておきながら……!)
身重の母を見捨てた父ミロンも許せなかったが、それ以上にシャルルマーニュを許せなかった。
それにも関わらず、重圧に屈し頭を垂れずにはいられない。オルランドの人生において初の屈辱たる敗北であった。
「チャンスをやろう、オルランド」シャルルマーニュは言った。
「そなたの力を活かし、余に騎士として仕えよ。
さすればそなたと、そなたの母ベルタの命、そして生活を保障しよう」
若き新たなフランク国王の言葉は、絶望的な状況のオルランドにとって拍子抜けするほど寛大なものだった。
「何故だ? 俺のやった狼藉を咎めず、許そうというのか?」
「許す訳ではない。そなたにとって余に仕える――それがすでに罰となろう?」
シャルルマーニュは不敵に笑った。
「そしてこれは提案ではない、命令だ。そなたに拒否権はない。
もし余の言葉に従えぬなら――そなたも、母も命はない。
余に逆らう事は、フランク王国に逆らう事と同じ。
今この場を切り抜けたとしても、いずれ必ず殺される。そなたも、母もな」
(なるほど……母上を人質に取った脅迫って訳か)
「俺はあんたの会食の場を荒らしたんだぜ? 無罪放免にできるのか?」
「容易い事だ。余の夢にそなたが仕える未来が見えた、とでも言えばよい。
余はキリスト教会と懇意にしておる。余が口添えすれば、神の啓示としてそなたの罪を赦そう」
オルランドがいかに粗暴といえど、母を犠牲にしてまで逆らうほどの気概はないと見抜いての命令。
従わざるを得なかった。母を貧困に追いやったこの男は許せない。
だがここで逆らっても、この男を叩き殺したとしても。母は今まで以上に苦しみ抜いて死ぬだけだ。それはオルランドの望む所ではない。
シャルルマーニュの言葉を受諾せざるを得ず――オルランドは跪いた。
皮肉な事に、騎士叙勲の儀式はつつがなく完璧にこなす事ができた。親友オリヴィエの教えの賜物だった。
母ベルタはシャルルに仕える騎士のひとり、マイエンス家のガヌロンと再婚する事となった。
マイエンス家は悪い噂も聞くがその勢力は強大であり、もはや母が貧困にあえぐ心配はない。
オルランド自身もフランス北西部はブルターニュの地を任され、辺境伯の地位を持つ騎士として国王に仕える事となった。
彼は僅か数年の内に数々の武勲を上げ、多くのサラセン騎士を討ち取り、沢山の戦利品を得た。聖剣デュランダルや名馬ブリリアドロ、マンブリーノの金兜などの素晴らしい装備品も手に入れ、シャルルマーニュ十二勇士の筆頭として、フランク最強の騎士として――その武勇を轟かせるに至ったのである。
**********
「そうか、オルランド。そんなにも……
アンジェリカの事を想っているんだね?」
フロリマールはしみじみと言ったが……さらに念を押すように尋ねた。
「……オードちゃんの事はいいのかい?
彼女の気持ち、気づいているんだろう?」
オード。オルランドの親友オリヴィエの妹である。
オリヴィエと交流を深めるにつれ、何かと彼の世話を焼いてくれた恩人であり、オルランドも憎からず思っていた。
「確かにオードには世話になった。気立てのいい子だよ。
……でも俺には、アンジェリカしかいない」
シャルルマーニュの御前試合で姿を見せた、絶世の美姫。
その場にいた全ての男を虜にし、フランク人・サラセン人問わず振り回した傾国の美女。
(シャルルマーニュとて、アンジェリカを欲しがった。
あいつはやりたい放題だ。自分の姉妹や娘にすら手を出し――時には配下の妻に目をつけ、夫を殺して奪った挙句に飽きたら捨てやがった。
政治的には名君なのかもしれないが、人間としてはどうだ?
あいつのせいで。あいつと血が繋がっているせいで……俺の人生はメチャクチャだ)
あの男は教えてくれた。王の権力と神の権威を兼ね備えれば、いかなる暴挙もまかり通るのだと。
だから奪ってやるのだ。金も、地位も、女も、名誉も、何もかもを。
フランク王国の頂点に君臨しキリスト教徒を束ねる象徴たる絶頂から、引きずり下ろしてやる!
(あいつには何もかもを奪われた。最愛の母の命すらも……!)
義父ガヌロンの下にいた、母ベルタの死。それを知った時、オルランドは覚悟を決めた。
(母が生きている内は、屈辱ながらも奴の忠実な手足として存分に働いてやった。
だが今はもう従う義理はない! 奴の手駒として使われるなど真っ平だ!)
反逆してやる。あの男から、奪われた全てを奪い返してやる!
世界一の美女アンジェリカを手に入れる事は、その手始めなのだ。
「……フロリマール。お前は俺を探すフリをしていろ。
そして戦争が終わるまで、愛するフロルドリと共にどこかでひっそりと暮らすといい。
そうすれば戦争に参加せずに済む。あの男の為に命を落とす必要などない」
「血迷ったか、オルランド! フランク騎士として、あるまじき発言だぞ……!」
親友の突然の言葉に、温厚なフロリマールもさすがに憤った。
オルランドは羨ましかった。愛に生きるフロリマールが。友を信じられるアストルフォが。
彼らのように無邪気に、何も思い煩う事なく騎士道を信じ、貫く事ができたなら――どんなに誇らしい事だろう。
最強の騎士と賞賛され、上辺だけ取り繕っている自分に比べたら、彼らの方がよっぽど騎士として相応しい。
(フロリマール。お前は周りが思っている以上に、本当は強い騎士だ。
かつて俺が魔術を操る巨人に敗北した時、お前が戦い、苦闘の末に勝利した。
その時確かに、俺の持つ聖剣デュランダルが輝いていた。初めて気づいた。デュランダルの持つ――人間の闘争心・潜在能力を引き出す呪いの力を。
お前には感謝しているし、お前が情け深く、強い信念と実力の持ち主だと知っている。
だがお前は戦いに向いていない。優しすぎる――いつか必ず、その情け深さが仇となる日が来る)
「お前を親友と思うからこそ忠告するんだ、フロリマール」
「いくらオルランドの頼みでも、それだけは聞けない。
僕はフロルドリを愛しているが――シャルルマーニュ様に仕える騎士でもある」
フロリマールは頑として聞き入れなかった。やがて――彼は背を向けた。
「今まで僕に良くしてくれた、親友の愛に免じて――この場は一度だけ見逃す。
だが次に会った時は――きみを必ず連れ戻そう、オルランド。
だからそれまでに、アンジェリカへの愛に決着をつけてくれ」
年若き騎士は背を向けたまま、絞り出すようにそれだけ言った。
「――感謝する、フロリマール。また会おう」
オルランドもまた、言葉少なに礼を述べると――その場を立ち去った。
最強の騎士の放浪の美姫を求める旅は、今なお続く。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!
naomikoryo
ファンタジー
【★♪★♪★♪★本当に完結!!読んでくれた皆さん、ありがとうございます★♪★♪★♪★】
気づけば異世界、しかも「ただの数学教師」になってもうた――。
大阪生まれ大阪育ち、関西弁まるだしの元高校教師カイは、偶然助けた学園長の口利きで王立魔法学園の臨時教師に。
魔方陣を数式で解きほぐし、強大な魔法を片っ端から「授業」で説明してしまう彼の授業は、生徒たちにとって革命そのものだった。
しかし、なぜか公爵令嬢ルーティアに追いかけ回され、
気づけば「奥様気取り」で世話を焼かれ、学園も学園長も黙認状態。
王子やヒロイン候補も巻き込み、王国全体を揺るがす大事件に次々と遭遇していくカイ。
「ワイはただ、教師やりたいだけやのに!」
異世界で数学教師が無自覚にチートを発揮し、
悪役令嬢と繰り広げる夫婦漫才のような恋模様と、国家規模のトラブルに振り回される物語。
笑いとバトルと甘々が詰まった異世界ラブコメ×ファンタジー!
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる