つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

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幕間

オルランドの生い立ち・前編

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 フランク王国最強の騎士、オルランドは苛立っていた。
 艀舟はしけぶねを乗り捨てイタリア半島北部の海岸線に上陸したものの、放浪の美姫アンジェリカの姿はない。完全に見失っていた。

「……クソッ!」

 思わず悪態をついてしまう。魔女の島にアンジェリカが連れ去られたという情報を掴んだ時は「しめた」と思った。
 島の邪悪な連中は彼女の美貌に目が眩んだに違いなく、彼らを蹴散らして美姫を手中にする、またとない好機と踏んだ。
 しかし事が終わってみれば、アンジェリカには拒絶され、ムーア人騎士ロジェロとの一騎打ちは引き分けに持ち込まれ、その場にいた同胞のはずのフランク騎士、ブラダマンテとアストルフォですら自分の味方ではなかった。
 アンジェリカに自分の従者と荷物を奪われ、まんまと逃亡されるという――実に惨憺たる幕切れだった。

 憤る彼の下に、馬に乗った騎士が姿を見せた。
 フランク王国の紋章を掲げ、質素な鎧兜を身に纏った年若い騎士は、驚いた様子で口を開いた。

「もしかして……オルランドかい?」

 オルランドはその若い声に聞き覚えがあった。

「フロリマールか。久しぶりだな」

 フロリマール。元々はムーア人(スペインのイスラム教徒)であり、アストルフォに敗れた後にキリスト教に改宗、フランク側の騎士となった男だ。
 年若い騎士は馬を下り、嬉しそうに兜を脱ぎオルランドとの再会を喜んだ。二人は戦友であり、親友だった。

「探したよオルランド! ようやく会えた。
 シャルルマーニュ様の命で、きみを連れ帰るように言われて旅していたんだ」

 オルランドは最初こそ、フロリマールとの再会を喜んだものの――彼の口から己の主人にして叔父たる男の名を聞いた途端、険しい表情になった。

「――済まないな、フロリマール。
 たとえ貴殿の頼みといえど、今はまだ帰還する訳にはいかん。
 我が望みは未だ果たされていない。我が見初めし美姫アンジェリカを――我が手にせねばならんのだ。
 フロリマール。貴殿とて妻フロルドリを愛して止まぬ筈。
 俺のミンネの苦しみ、分かってくれるだろう?」

 オルランドの言う愛は、フロリマールの考えている愛とは似て非なるものだ。
 しかしフロリマールにその区別はつかない。オルランドの悲痛な表情と訴えは、もし自分が愛しのフロルドリと引き裂かれてしまったら、と考えると――心優しき彼にとって無視する訳にはいかなかった。

「オルランド。そこまでアンジェリカの事を――」

 すでに話術に引き込まれている親友を見て、オルランドはほくそ笑んだ。

(本当に済まない、フロリマール。だがこれだけは譲れんのだ。
 何より――シャルルマーニュ! あいつの命に今、従うのだけは絶対に――俺のプライドが許さん!)

 オルランドがここまで憎悪する男、フランク国王シャルルマーニュ。
 彼らの間に、一体どのような確執が存在するというのか――?

**********

 オルランドの父の名はミロン。母の名をベルタという。
 父ミロンは名だたるフランク騎士であり、シャルルマーニュの遠縁に当たる。
 母ベルタはシャルルマーニュの妹、もしくは姉とも伝わる女性であり、その息子オルランドは甥という事になる。

 歴史上では優れた統治者として賞賛されるシャルルマーニュ。その名の意味するところは「偉大なるシャルル」。後に西ローマ帝国の皇帝として戴冠し、フランク王国の全盛期を築き上げる名君。「ヨーロッパ」という概念を作り上げたのは彼の功績による所が大きいと見る歴史学者も存在する。
 しかしこの男、家族愛がいささか行き過ぎていた。特に自分の姉妹や娘らを溺愛する余り、彼女たちの結婚に容易に許可を下さなかった事で知られている。
 ミロンとベルタも実は、シャルルマーニュの許可なく密かに契りを結んでいた。
 キリスト教の観点からすると、秘密結婚は重罪である。事が明るみになった時、夫婦はフランク王国領から追放、ローマ教皇からも破門された。
 「破門」とはローマ=カトリック教会において、信徒に対する最大の罰である。宣告されたが最後、公民権を失い、職に就く事すらままならなくなってしまう。
 二人はそれまでの生活を失い、乞食同然の極貧に落ちぶれる羽目になった。

 ミロンとベルタは放浪の末ストリ(註:イタリア中央南側にある町)に辿り着き郊外の洞穴に住み着いた。
 ベルタは実は追放前から赤子を身ごもっており、この洞穴の中で出産した。後のオルランドである。
 しかしオルランドが生まれた時、父ミロンの姿はなかった。身重の母をその場に置き去りにし、行方をくらましたのだ。新天地を求め外国に旅立ったとも言われているが、詳細は不明である。

(親父が何を考えて出ていったのかは知らん。だが――確かな事は。
 俺と母上が一番辛い時に、アイツは傍にいなかった。逃げ出したんだ。
 どこをほっつき歩いているのか――もし見つけたら必ずこの手で殺してやる!)

 オルランドはしばしば貧民街に出かけ、幼少期を過ごした。
 そこには自分と同じように、貧乏で虐げられている子供たちがいた。生まれた時から力が強かったオルランドは、たちまち悪ガキどもの親分役となり、彼らの英雄として崇められた。スリ、かっぱらい、強盗――生き抜くためには何でもやった。彼は子供でありながらすでに、大人を喧嘩で打ち負かすほどの剛の者であった。

 そんなオルランドの悪評を聞きつけ、止めようとやってきた青年がいた。
 ストリ町長の息子オリヴィエ。彼は後にシャルルマーニュ十二勇士の一人となる男で、智将として名高い。
 オリヴィエは高貴な身分であり、オルランドの乱暴狼藉を諫めようとしたが――呆気なく叩きのめされてしまった。

「俺に意見するなんて百年早えんだよ、お坊ちゃん!」
「――実に勿体ないな、オルランド」

 手も足も出ず、地べたに大の字に横たわったオリヴィエは冷静に呟いた。

「……何だと?」
「それだけの力があるなら、わざわざ小狡い犯罪に手を染めなくても立派に生きていける筈だ。
 オルランド。私は騎士を目指そうと思っている。キミも一緒にどうだい?」

 オリヴィエの提案を、オルランドは鼻で笑った。

「――騎士だなんて柄じゃねえよ。第一俺には学がねえ。騎士道の作法も全く知らないんだぜ?」
「私が教えよう。その代わり、キミも私に教えてくれないか? キミのように私も――強くなりたい。
 騎士は礼節だけではダメだ。いかなる敵にも打ち勝ち、か弱き者たちを守る強さも伴わなければならないからね」

 結局オルランドは考えた末、提案を飲む事に決めた。
 こうしてオルランドとオリヴィエは、互いの足りない部分を補い合う形で交流を深め――歳は十ほど離れていたが、無二の親友となった。
 オリヴィエはオルランドと武芸に励む事で強くなった。後に二人はウィーンの地で一騎打ちを行うが、見事に引き分けている。
 オルランドもまたオリヴィエの指導の甲斐あり、騎士の作法、キリスト教の教えや、淑女への対応などを完璧に習得した。
 お互いを高め合う形で、二人は騎士としての強さと礼節を身に着けていったのである。

(最初はいけ好かない頭でっかちだと思っていたが――オリヴィエは根は真っ直ぐないい奴だ。
 もしアイツと出会わなかったら、俺は騎士どころか、うだつの上がらない犯罪者として一生を終えていただろう。
 それに貧民街の奴ら――俺が騎士になると言った途端、俺のためにボロッちい服を用意してくれたっけなぁ)

 オルランドはひどく貧乏で、着る物もなく半裸でいる事が多かった。
 そんな彼に対し貧民街の悪ガキたちは、どこからか布をかき集めてきて、必死に縫い合わせて一張羅を作ってくれた。
 赤と白の布地が入り混じった、ツギハギだらけの服。薄汚れてはいたが、それはオルランドにとってかけがえのない勲章だった。

「兄貴! 似合ってますぜ!」
「気に入った。俺はコイツを旗印にする!
 俺が最強の騎士になった暁には、お前らの作った紋章が最強の証になるんだ!」

 そう、最強の騎士になる。
 未だ極貧の生活で苦しんでいる、母ベルタのためにも。
 この時の逸話にちなみ、オルランドの持つ盾には赤と白で四つに塗り分けられた紋章が描かれている。
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