つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

LED

文字の大きさ
46 / 197
幕間

オルランドの生い立ち・前編

しおりを挟む
 フランク王国最強の騎士、オルランドは苛立っていた。
 艀舟はしけぶねを乗り捨てイタリア半島北部の海岸線に上陸したものの、放浪の美姫アンジェリカの姿はない。完全に見失っていた。

「……クソッ!」

 思わず悪態をついてしまう。魔女の島にアンジェリカが連れ去られたという情報を掴んだ時は「しめた」と思った。
 島の邪悪な連中は彼女の美貌に目が眩んだに違いなく、彼らを蹴散らして美姫を手中にする、またとない好機と踏んだ。
 しかし事が終わってみれば、アンジェリカには拒絶され、ムーア人騎士ロジェロとの一騎打ちは引き分けに持ち込まれ、その場にいた同胞のはずのフランク騎士、ブラダマンテとアストルフォですら自分の味方ではなかった。
 アンジェリカに自分の従者と荷物を奪われ、まんまと逃亡されるという――実に惨憺たる幕切れだった。

 憤る彼の下に、馬に乗った騎士が姿を見せた。
 フランク王国の紋章を掲げ、質素な鎧兜を身に纏った年若い騎士は、驚いた様子で口を開いた。

「もしかして……オルランドかい?」

 オルランドはその若い声に聞き覚えがあった。

「フロリマールか。久しぶりだな」

 フロリマール。元々はムーア人(スペインのイスラム教徒)であり、アストルフォに敗れた後にキリスト教に改宗、フランク側の騎士となった男だ。
 年若い騎士は馬を下り、嬉しそうに兜を脱ぎオルランドとの再会を喜んだ。二人は戦友であり、親友だった。

「探したよオルランド! ようやく会えた。
 シャルルマーニュ様の命で、きみを連れ帰るように言われて旅していたんだ」

 オルランドは最初こそ、フロリマールとの再会を喜んだものの――彼の口から己の主人にして叔父たる男の名を聞いた途端、険しい表情になった。

「――済まないな、フロリマール。
 たとえ貴殿の頼みといえど、今はまだ帰還する訳にはいかん。
 我が望みは未だ果たされていない。我が見初めし美姫アンジェリカを――我が手にせねばならんのだ。
 フロリマール。貴殿とて妻フロルドリを愛して止まぬ筈。
 俺のミンネの苦しみ、分かってくれるだろう?」

 オルランドの言う愛は、フロリマールの考えている愛とは似て非なるものだ。
 しかしフロリマールにその区別はつかない。オルランドの悲痛な表情と訴えは、もし自分が愛しのフロルドリと引き裂かれてしまったら、と考えると――心優しき彼にとって無視する訳にはいかなかった。

「オルランド。そこまでアンジェリカの事を――」

 すでに話術に引き込まれている親友を見て、オルランドはほくそ笑んだ。

(本当に済まない、フロリマール。だがこれだけは譲れんのだ。
 何より――シャルルマーニュ! あいつの命に今、従うのだけは絶対に――俺のプライドが許さん!)

 オルランドがここまで憎悪する男、フランク国王シャルルマーニュ。
 彼らの間に、一体どのような確執が存在するというのか――?

**********

 オルランドの父の名はミロン。母の名をベルタという。
 父ミロンは名だたるフランク騎士であり、シャルルマーニュの遠縁に当たる。
 母ベルタはシャルルマーニュの妹、もしくは姉とも伝わる女性であり、その息子オルランドは甥という事になる。

 歴史上では優れた統治者として賞賛されるシャルルマーニュ。その名の意味するところは「偉大なるシャルル」。後に西ローマ帝国の皇帝として戴冠し、フランク王国の全盛期を築き上げる名君。「ヨーロッパ」という概念を作り上げたのは彼の功績による所が大きいと見る歴史学者も存在する。
 しかしこの男、家族愛がいささか行き過ぎていた。特に自分の姉妹や娘らを溺愛する余り、彼女たちの結婚に容易に許可を下さなかった事で知られている。
 ミロンとベルタも実は、シャルルマーニュの許可なく密かに契りを結んでいた。
 キリスト教の観点からすると、秘密結婚は重罪である。事が明るみになった時、夫婦はフランク王国領から追放、ローマ教皇からも破門された。
 「破門」とはローマ=カトリック教会において、信徒に対する最大の罰である。宣告されたが最後、公民権を失い、職に就く事すらままならなくなってしまう。
 二人はそれまでの生活を失い、乞食同然の極貧に落ちぶれる羽目になった。

 ミロンとベルタは放浪の末ストリ(註:イタリア中央南側にある町)に辿り着き郊外の洞穴に住み着いた。
 ベルタは実は追放前から赤子を身ごもっており、この洞穴の中で出産した。後のオルランドである。
 しかしオルランドが生まれた時、父ミロンの姿はなかった。身重の母をその場に置き去りにし、行方をくらましたのだ。新天地を求め外国に旅立ったとも言われているが、詳細は不明である。

(親父が何を考えて出ていったのかは知らん。だが――確かな事は。
 俺と母上が一番辛い時に、アイツは傍にいなかった。逃げ出したんだ。
 どこをほっつき歩いているのか――もし見つけたら必ずこの手で殺してやる!)

 オルランドはしばしば貧民街に出かけ、幼少期を過ごした。
 そこには自分と同じように、貧乏で虐げられている子供たちがいた。生まれた時から力が強かったオルランドは、たちまち悪ガキどもの親分役となり、彼らの英雄として崇められた。スリ、かっぱらい、強盗――生き抜くためには何でもやった。彼は子供でありながらすでに、大人を喧嘩で打ち負かすほどの剛の者であった。

 そんなオルランドの悪評を聞きつけ、止めようとやってきた青年がいた。
 ストリ町長の息子オリヴィエ。彼は後にシャルルマーニュ十二勇士の一人となる男で、智将として名高い。
 オリヴィエは高貴な身分であり、オルランドの乱暴狼藉を諫めようとしたが――呆気なく叩きのめされてしまった。

「俺に意見するなんて百年早えんだよ、お坊ちゃん!」
「――実に勿体ないな、オルランド」

 手も足も出ず、地べたに大の字に横たわったオリヴィエは冷静に呟いた。

「……何だと?」
「それだけの力があるなら、わざわざ小狡い犯罪に手を染めなくても立派に生きていける筈だ。
 オルランド。私は騎士を目指そうと思っている。キミも一緒にどうだい?」

 オリヴィエの提案を、オルランドは鼻で笑った。

「――騎士だなんて柄じゃねえよ。第一俺には学がねえ。騎士道の作法も全く知らないんだぜ?」
「私が教えよう。その代わり、キミも私に教えてくれないか? キミのように私も――強くなりたい。
 騎士は礼節だけではダメだ。いかなる敵にも打ち勝ち、か弱き者たちを守る強さも伴わなければならないからね」

 結局オルランドは考えた末、提案を飲む事に決めた。
 こうしてオルランドとオリヴィエは、互いの足りない部分を補い合う形で交流を深め――歳は十ほど離れていたが、無二の親友となった。
 オリヴィエはオルランドと武芸に励む事で強くなった。後に二人はウィーンの地で一騎打ちを行うが、見事に引き分けている。
 オルランドもまたオリヴィエの指導の甲斐あり、騎士の作法、キリスト教の教えや、淑女への対応などを完璧に習得した。
 お互いを高め合う形で、二人は騎士としての強さと礼節を身に着けていったのである。

(最初はいけ好かない頭でっかちだと思っていたが――オリヴィエは根は真っ直ぐないい奴だ。
 もしアイツと出会わなかったら、俺は騎士どころか、うだつの上がらない犯罪者として一生を終えていただろう。
 それに貧民街の奴ら――俺が騎士になると言った途端、俺のためにボロッちい服を用意してくれたっけなぁ)

 オルランドはひどく貧乏で、着る物もなく半裸でいる事が多かった。
 そんな彼に対し貧民街の悪ガキたちは、どこからか布をかき集めてきて、必死に縫い合わせて一張羅を作ってくれた。
 赤と白の布地が入り混じった、ツギハギだらけの服。薄汚れてはいたが、それはオルランドにとってかけがえのない勲章だった。

「兄貴! 似合ってますぜ!」
「気に入った。俺はコイツを旗印にする!
 俺が最強の騎士になった暁には、お前らの作った紋章が最強の証になるんだ!」

 そう、最強の騎士になる。
 未だ極貧の生活で苦しんでいる、母ベルタのためにも。
 この時の逸話にちなみ、オルランドの持つ盾には赤と白で四つに塗り分けられた紋章が描かれている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo
ファンタジー
【★♪★♪★♪★本当に完結!!読んでくれた皆さん、ありがとうございます★♪★♪★♪★】 気づけば異世界、しかも「ただの数学教師」になってもうた――。 大阪生まれ大阪育ち、関西弁まるだしの元高校教師カイは、偶然助けた学園長の口利きで王立魔法学園の臨時教師に。 魔方陣を数式で解きほぐし、強大な魔法を片っ端から「授業」で説明してしまう彼の授業は、生徒たちにとって革命そのものだった。 しかし、なぜか公爵令嬢ルーティアに追いかけ回され、 気づけば「奥様気取り」で世話を焼かれ、学園も学園長も黙認状態。 王子やヒロイン候補も巻き込み、王国全体を揺るがす大事件に次々と遭遇していくカイ。 「ワイはただ、教師やりたいだけやのに!」 異世界で数学教師が無自覚にチートを発揮し、 悪役令嬢と繰り広げる夫婦漫才のような恋模様と、国家規模のトラブルに振り回される物語。 笑いとバトルと甘々が詰まった異世界ラブコメ×ファンタジー!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...