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第4章 パリ攻防戦
9 ブラダマンテの剣、砕ける
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パリの遥か北。数百の騎馬隊と数千の歩兵が移動している姿があった。
イングランド・スコットランドの騎士たちを中心とするブリテン島からの遠征軍だ。シャルルマーニュの使者にしてブラダマンテの兄リナルドの援軍要請に応え、ドーバー海峡を越えカレー(フランス北端の港町)より上陸し、サラセン帝国軍の背後を突こうとパリへ向けて進軍中である。
「――信じられんな。なんだこの道は?」
銀色に輝く兜に、青地の装飾を施した美丈夫の騎士――スコットランドの王子・ゼルビノは、感嘆の声を漏らした。
「フランク王国の道が、ここまで歩きやすく整備されていたとは。恐れ入ったよ、リナルド殿」
隣で馬を並べ行軍する、クレルモン家の紋章を持つ美男――どことなく妹ブラダマンテと似た面影を持つ騎士リナルドは、申し訳なさそうにかぶりを振った。
「いや、そうではないのだゼルビノ王子。此度の舗装は一時的なものでな。
長くは保たない。我らが通った後は再び轍やひび割れだらけの悪路に逆戻りしてしまうだろう」
「そうなのか――それはそれで凄いな。まるで魔法のようではないか」
ゼルビノはむしろ感心を深めた様子であった。
「我らの崇めし神が、異教徒の攻撃に晒されているパリを救わせるため――我らの為だけに奇跡をお示しになっている! これは後に素晴らしい説話として、後世に語り継がれていくであろうよ」
「そうだと――よいがね」リナルドは含みのある口調で言った。
実際は神の奇跡でも何でもない。リナルドは知っている。
彼の傍らに常に影のように寄り添う、隠者同然の粗末なローブを纏う人物。馬に乗る自分たちと同等の速度で、疲れを訴える事もなく行軍についてきている。
(本当に何者なのだ――? 『アシュタルト』とやら。
その名が示す通り、人の皮を被った悪魔の化身なのやもしれぬな)
アシュタルト。異教の地の悪魔の名。シャルルマーニュ十二勇士の一人であり、高名な魔術師でもあるマラジジに使役される存在だ。
リナルドとてキリスト教徒であるが、神や悪魔の実在を心から信じている訳ではない。
大公爵と名乗る「彼ら」――そう、間違いなく複数いる――の正体は恐らく過去に征服された異民族であろう。マラジジに命を救われた代償として、フランク王国の裏側で暗躍する任務を与えられた。間諜や暗殺などの汚れ仕事だけでなく、今回のような行軍整備、奇襲支援も手掛けているようだ。
(マラジジ殿にはいつも、世話になりっぱなしだな――
かつて我が名剣フスベルタ、名馬バヤールをこの手にできたのも、マラジジ殿のお膳立てだったと聞く。
今回も間接的に、助けられてしまった事になる訳か)
「――リナルド様。そろそろご支度を」『アシュタルト』が促した。
「分かっている」リナルドは憮然として頷いた。
「ゼルビノ王子。部隊の中でも足の速い者、体力のある者を50ずつ選出されたし。
百騎を編成し、先鋒の奇襲部隊とす。
馬に轡を噛ませ、蹄鉄を革製のブーツに変えよ!
敵に気づかれず、素早く近づくためだ。隠密性を高め、愚かなサラセン人の心胆を寒からしめよッ!」
リナルドの号令に対し、ゼルビノ率いるスコットランド騎士はおろか、主君不在のイングランド騎士ですら従順だったのにはいささか驚いたが。
(本来の主であるイングランド王子、アストルフォ殿がどれだけ奔放だったか伺い知れる――何にせよ士気が高いに越した事は無い、か。
憎きサラセン人ども! 一人残らず駆逐してくれるわ!)
クレルモン公エイモンの長兄リナルド。
彼は人一倍信心深く、家族想いの実直な男であったが――その反面、敵に対しては容赦ない万夫不当の勇士であった。
**********
アルジェリア王ロドモンの繰り出した半月刀を、かろうじて盾で受け流したものの――女騎士ブラダマンテの腕には凄まじい衝撃が伝わり、微かな痺れをもたらしていた。
「…………くッ!」
すかさず両刃剣を抜き、女騎士は反撃に転ずるが。
ロドモンは面白くもなさそうに、その一撃を盾で弾き返した。
「久しいな、ブラダマンテ。確かクレルモン公エイモンの娘……だったか?
プロヴァンスの戦い以来だなァ。あの時はムーア人ロジェロの邪魔立てが入ってしまったが。
今度こそ心置きなく、貴様との決着をつけられる訳だ――ぬん!」
傲慢な王は、手にした刀を力任せに横薙ぎに振るう!
ブラダマンテも盾を構え、斬撃に合わせたものの――恐るべき剛腕によって振り回された半月刀は、彼女の身体ごと吹き飛ばした。
派手に吹っ飛び、転がりながらも体勢を整えるブラダマンテ。
白き盾は歪にひしゃげ、ロドモンの攻撃の凄まじさを物語っている。
(あ、危なかった。衝撃を流すために自分から跳んで正解だったわ。
下手に盾で受けたまま踏ん張ってたら……盾ごと身体を両断されていたかもしれない――!)
「――しかし何だ? 貴様。以前手合わせした時よりも弱くなっておらぬか?
遠慮は要らん。全力でかかってくるがいい。今の我なら、貴様とロジェロ。二人がかりであっても余裕で切り伏せられそうだわい! ぐァははははァ!!」
ロドモンは拍子抜けした様子で、悪鬼さながらの高笑いを上げ挑発する。
ブラダマンテに言わせれば、ロドモンが強くなりすぎている。オルランドに匹敵する腕力など、以前のこの男は持ち合わせていなかった筈だ。
かつて対峙した時には、身に着けていなかった筈の禍々しい赤い鱗帷子。怒れる竜の凶相にも似たそれは、不吉な輝きを湛え女騎士を威圧していた。
「どうした? 恐ろしいか? 我が祖先ニムロデより受け継ぎし鎧と剣が!
赤かろう? 深紅邪竜の鱗の色よ。貴様らキリスト教徒の血でさらに赤く染まりたがっておるわ!」
「ニムロデが祖先――だと? 戯言をッ!」
ブラダマンテもまた吠えた。司藤アイは知らずとも、敬虔なるキリスト教徒たる女騎士の記憶が――その名が神に弓引く者であり、混乱の塔を作り上げようとした傲岸不遜な支配者である事を教えてくれた。
「あなたがもし、預言者マホメットの教えを尊ぶ信徒の端くれならば。神を敬わぬ者を祖先と誇らしげに語る愚かな口を閉ざせ!
異教徒なれど、悪魔を騙るも同然の所業――断じて看過する訳にはいかない!」
いつになく演劇がかった台詞が流暢に口をついて出る。司藤アイの魂は半ば信心深き騎士のそれと同化していた。
ブラダマンテとしての力が幾分強まったのを肌で感じる。
しかし――何故だろう? 一抹の不安が心の底で、微かにざわついた。
ロドモンの踏み込みと剣戟を迎え撃つ形で、ブラダマンテも激しく切り結んだ。
パワーでは向こうの方が断然上だ。腕が立つとはいえ女性である以上、ブラダマンテは技量と速度で対抗するしかない。それでも互角の打ち合いが続き――ついにロドモンの力任せの斬撃につけ入る隙が出来た。
すかさずブラダマンテは得意とする、斬撃のベクトルを逸らし相手の体勢を崩すフェイント攻撃を繰り出す! ロドモンの動きは一瞬だが止まった。
「今だッ!」
女騎士は好機とばかりに渾身の一撃を見舞うべく、両刃剣による突きをロドモンの首筋に放った。
ところが――ロドモンの姿が微かにゆらめいたかと思うと、放った斬撃は狙いを逸れ、彼の纏う鱗帷子に阻まれた。それどころか、鎧の堅固さが上回ったのか――ブラダマンテの剣は乾いた音を立てて砕け散ってしまった!
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「――信じられんな。なんだこの道は?」
銀色に輝く兜に、青地の装飾を施した美丈夫の騎士――スコットランドの王子・ゼルビノは、感嘆の声を漏らした。
「フランク王国の道が、ここまで歩きやすく整備されていたとは。恐れ入ったよ、リナルド殿」
隣で馬を並べ行軍する、クレルモン家の紋章を持つ美男――どことなく妹ブラダマンテと似た面影を持つ騎士リナルドは、申し訳なさそうにかぶりを振った。
「いや、そうではないのだゼルビノ王子。此度の舗装は一時的なものでな。
長くは保たない。我らが通った後は再び轍やひび割れだらけの悪路に逆戻りしてしまうだろう」
「そうなのか――それはそれで凄いな。まるで魔法のようではないか」
ゼルビノはむしろ感心を深めた様子であった。
「我らの崇めし神が、異教徒の攻撃に晒されているパリを救わせるため――我らの為だけに奇跡をお示しになっている! これは後に素晴らしい説話として、後世に語り継がれていくであろうよ」
「そうだと――よいがね」リナルドは含みのある口調で言った。
実際は神の奇跡でも何でもない。リナルドは知っている。
彼の傍らに常に影のように寄り添う、隠者同然の粗末なローブを纏う人物。馬に乗る自分たちと同等の速度で、疲れを訴える事もなく行軍についてきている。
(本当に何者なのだ――? 『アシュタルト』とやら。
その名が示す通り、人の皮を被った悪魔の化身なのやもしれぬな)
アシュタルト。異教の地の悪魔の名。シャルルマーニュ十二勇士の一人であり、高名な魔術師でもあるマラジジに使役される存在だ。
リナルドとてキリスト教徒であるが、神や悪魔の実在を心から信じている訳ではない。
大公爵と名乗る「彼ら」――そう、間違いなく複数いる――の正体は恐らく過去に征服された異民族であろう。マラジジに命を救われた代償として、フランク王国の裏側で暗躍する任務を与えられた。間諜や暗殺などの汚れ仕事だけでなく、今回のような行軍整備、奇襲支援も手掛けているようだ。
(マラジジ殿にはいつも、世話になりっぱなしだな――
かつて我が名剣フスベルタ、名馬バヤールをこの手にできたのも、マラジジ殿のお膳立てだったと聞く。
今回も間接的に、助けられてしまった事になる訳か)
「――リナルド様。そろそろご支度を」『アシュタルト』が促した。
「分かっている」リナルドは憮然として頷いた。
「ゼルビノ王子。部隊の中でも足の速い者、体力のある者を50ずつ選出されたし。
百騎を編成し、先鋒の奇襲部隊とす。
馬に轡を噛ませ、蹄鉄を革製のブーツに変えよ!
敵に気づかれず、素早く近づくためだ。隠密性を高め、愚かなサラセン人の心胆を寒からしめよッ!」
リナルドの号令に対し、ゼルビノ率いるスコットランド騎士はおろか、主君不在のイングランド騎士ですら従順だったのにはいささか驚いたが。
(本来の主であるイングランド王子、アストルフォ殿がどれだけ奔放だったか伺い知れる――何にせよ士気が高いに越した事は無い、か。
憎きサラセン人ども! 一人残らず駆逐してくれるわ!)
クレルモン公エイモンの長兄リナルド。
彼は人一倍信心深く、家族想いの実直な男であったが――その反面、敵に対しては容赦ない万夫不当の勇士であった。
**********
アルジェリア王ロドモンの繰り出した半月刀を、かろうじて盾で受け流したものの――女騎士ブラダマンテの腕には凄まじい衝撃が伝わり、微かな痺れをもたらしていた。
「…………くッ!」
すかさず両刃剣を抜き、女騎士は反撃に転ずるが。
ロドモンは面白くもなさそうに、その一撃を盾で弾き返した。
「久しいな、ブラダマンテ。確かクレルモン公エイモンの娘……だったか?
プロヴァンスの戦い以来だなァ。あの時はムーア人ロジェロの邪魔立てが入ってしまったが。
今度こそ心置きなく、貴様との決着をつけられる訳だ――ぬん!」
傲慢な王は、手にした刀を力任せに横薙ぎに振るう!
ブラダマンテも盾を構え、斬撃に合わせたものの――恐るべき剛腕によって振り回された半月刀は、彼女の身体ごと吹き飛ばした。
派手に吹っ飛び、転がりながらも体勢を整えるブラダマンテ。
白き盾は歪にひしゃげ、ロドモンの攻撃の凄まじさを物語っている。
(あ、危なかった。衝撃を流すために自分から跳んで正解だったわ。
下手に盾で受けたまま踏ん張ってたら……盾ごと身体を両断されていたかもしれない――!)
「――しかし何だ? 貴様。以前手合わせした時よりも弱くなっておらぬか?
遠慮は要らん。全力でかかってくるがいい。今の我なら、貴様とロジェロ。二人がかりであっても余裕で切り伏せられそうだわい! ぐァははははァ!!」
ロドモンは拍子抜けした様子で、悪鬼さながらの高笑いを上げ挑発する。
ブラダマンテに言わせれば、ロドモンが強くなりすぎている。オルランドに匹敵する腕力など、以前のこの男は持ち合わせていなかった筈だ。
かつて対峙した時には、身に着けていなかった筈の禍々しい赤い鱗帷子。怒れる竜の凶相にも似たそれは、不吉な輝きを湛え女騎士を威圧していた。
「どうした? 恐ろしいか? 我が祖先ニムロデより受け継ぎし鎧と剣が!
赤かろう? 深紅邪竜の鱗の色よ。貴様らキリスト教徒の血でさらに赤く染まりたがっておるわ!」
「ニムロデが祖先――だと? 戯言をッ!」
ブラダマンテもまた吠えた。司藤アイは知らずとも、敬虔なるキリスト教徒たる女騎士の記憶が――その名が神に弓引く者であり、混乱の塔を作り上げようとした傲岸不遜な支配者である事を教えてくれた。
「あなたがもし、預言者マホメットの教えを尊ぶ信徒の端くれならば。神を敬わぬ者を祖先と誇らしげに語る愚かな口を閉ざせ!
異教徒なれど、悪魔を騙るも同然の所業――断じて看過する訳にはいかない!」
いつになく演劇がかった台詞が流暢に口をついて出る。司藤アイの魂は半ば信心深き騎士のそれと同化していた。
ブラダマンテとしての力が幾分強まったのを肌で感じる。
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パワーでは向こうの方が断然上だ。腕が立つとはいえ女性である以上、ブラダマンテは技量と速度で対抗するしかない。それでも互角の打ち合いが続き――ついにロドモンの力任せの斬撃につけ入る隙が出来た。
すかさずブラダマンテは得意とする、斬撃のベクトルを逸らし相手の体勢を崩すフェイント攻撃を繰り出す! ロドモンの動きは一瞬だが止まった。
「今だッ!」
女騎士は好機とばかりに渾身の一撃を見舞うべく、両刃剣による突きをロドモンの首筋に放った。
ところが――ロドモンの姿が微かにゆらめいたかと思うと、放った斬撃は狙いを逸れ、彼の纏う鱗帷子に阻まれた。それどころか、鎧の堅固さが上回ったのか――ブラダマンテの剣は乾いた音を立てて砕け散ってしまった!
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