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第4章 パリ攻防戦
10 ロドモン、ブラダマンテに求婚する
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ブラダマンテは突き出した剣が脆くも砕け散るのを見て、目を疑った。
(そんなッ……確かに鱗帷子に覆われていない、首筋を狙いすましたはず!
目の錯覚? 距離感を見誤ったッ……!?)
歴戦の女騎士の動体視力を以て、攻撃箇所の目測を誤るなど考えにくい。
だが呆けている場合ではなかった。ロドモンは不気味な笑みを湛え、更なる斬撃を繰り出そうと動く!
先刻よりも威力を増した半月刀が、ブラダマンテの身体を吹き飛ばす。
今度ばかりは盾を構えるのが精一杯だった。速さも増し、反応しきれない。白き盾は弾かれ、彼女自身も堡塁の壁に激突してしまった。
「が……はッ」
咄嗟に受け身を取ったものの、衝撃は凄まじい。激痛と共にブラダマンテの口に不快な金臭さが湧き起こり、唇から血が滴るのを感じた。
(戦えば戦うほど、動きも力も増している……!
あれだけ激しい戦闘を続けて、疲れるどころか……身体も大きくなっている?)
信じられない事態の連続であったが、今のロドモンの強さは常軌を逸している。身に纏う意気のようなものが、傲岸な王の姿を巨大化させているのかもしれない。
「――まだ死なぬか、ブラダマンテ。流石だな。
我に瞬殺されたボンクラ騎士どもよりは骨がある。嬉しいぞ――」
ふらつきながらも立ち上がるブラダマンテ。壁にぶつかった衝撃で兜の留め金が緩んでいた。このまま被っていてはかえって怪我の原因になる――そう考えた彼女は、やむなく歪んだ防具を放り捨てた。
途端に豊かな金髪がこぼれ、血に汚れながらも可憐な顔が現れる。
「ほう――なるほど。確かに美しいな」
ロドモンは舌なめずりして、露になった女騎士の素顔に好奇の視線を向けた。
「忌々しきクレルモン家のリナルドに似ているのは気に食わんが――
その麗しき容姿。このような戦場で朽ち果てさせるには、惜しいなァ」
「こんな時に――何を言っているの?」
ロドモンの下劣な言葉に、ブラダマンテは不快感を隠そうともしなかった。
「貴様のような美女は、討たれて屍を晒すのではなく――我のような勇者に愉しまれるために存在するのだ。
どうだ、我のモノとならんか? さすれば命を助け、その若く美しき肉体――たっぷりと可愛がってやろうぞ」
「――あなたには婚約者がいるはずでしょう?」
「心配する事は無い。我がイスラム教は一夫多妻を認めておる。
かの預言者マホメットなど、10人もの妻を娶っておられたのだ!
貴様一人くらい囲うなど、造作もない事よ」
「恥を知れ、下衆め! わたしの魂はその申し出を拒否する。
その薄汚い姿と性根を入れ替えてから出直してくるがいい!」
歯噛みし、怒りと嫌悪を以てロドモンの提案を拒絶するブラダマンテ。
不遜なるアルジェリア王は、フンと大きく鼻を鳴らし、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「ならば仕方ない――ここでその命、貰い受けるとしよう」
**********
現実世界。下田教授の自宅にて。
魔本「狂えるオルランド」に宿る邪悪な意思、Furiosoは珍しく、苛立った声を上げていた。
『――下田三郎。何故、司藤アイに助言しない?』
「貴様の方からそんな事を言ってくるとは、珍しいな。悪魔め」
『彼女の今やっている事は――ボクには理解できない。
彼女と黒崎八式の目的は、物語の世界から脱出する事――その筈だろう?』
「……ああ、そうだな」
『それを分かっているなら、すぐに逃げるよう助言すべきだ。
ロドモンの強さを読んだろう? 原典でも奴は常軌を逸した化け物だ。
テュルパン、ネイムス、ガヌロン、オリヴィエ、デンマークの勇者オジェ。他16人もの名だたる勇士や騎士が、総がかりで槍を突き立てても傷ひとつつかない。
そんな怪物にブラダマンテたった一人で挑んだ所で、勝ち目なんてある訳がないじゃあないか』
「……いつになく饒舌だな? 貴様」
『”狂えるオルランド”から脱出するために必要な無茶であれば、そりゃボクだって楽しむさ。
だが今回は違う! パリの攻防戦など、本来ならブラダマンテもロジェロも全く関わらない。ロドモンなど放っておけばいい。
パリ市民を数千人虐殺する――確かにとんでもない暴挙だろうさ。だが、それがどうした?
お前たちには関係のない話だ。そうじゃないのかい、下田?』
「…………」
『彼らの命を救ったところで、ブラダマンテとロジェロの結婚に何ら関わりがないどころか――化け物に立ち向かうリスクしかない。
そもそもこの物語世界の人命など、君たちにしてみれば紙の上に書かれた文字列の塊でしかない筈だ』
「よもや――お前の口からそんな言葉が聞けようとはな」
『何故冷静でいられる? 君たちからすれば、取るに足らないモノの為に――司藤アイは命懸けの戦いをしている。
君たちの中には、この異世界をコンピュータ・ゲームのように捉えている人間もいた。騎士を討ち取る事に、戦場で敵兵を薙ぎ払う事に――なんら葛藤を抱く事もなく、ただひたすら遊びのように楽しむ奴もいたさ』
「…………何が言いたいんだ?」
『彼女も君も”そうするべき”なんだ。非情と思うかもしれないけど、その方が合理的なんだからね。万が一、物語の人間などのために命を落としたら、元も子もないじゃあないか!
くだらない自己満足のために、せっかくの大団円、フイにしちゃって構わないのかい? ボクと違って、彼女たちはやり直しなんて利かないんだぜ?』
「本の悪魔」の熱のこもった長広舌に――下田は微笑を浮かべた。
『…………何がおかしい?』
「いや――済まない。よくよく考えれば、そうかもしれないと思っただけさ。
お前さん――いや、Furiosoだったな――思った以上に、アイ君や黒崎君に対し入れ込んでいるんだな」
『勘違いするな。前にも言ったろう、キミたちは非常に恵まれているケースだと。
複数の人間で物語に介入できる上、下田のようにボクの声を聴いて助言できる者までいる!
ボクだって結末を迎えたいからね。素晴らしい好条件を、こんなバカげた事態で失いたくないだけさ』
「――そうだな。私も当初は、何故黒崎君があんな事をアイ君に頼んだのか、理解が及ばなかった。原典でのロドモンの強さを読み込んでおらず、把握できていないんじゃないかとも思ったさ」
『――今は違うというのかい?』
「ああ、違う」
『だったら何が目的だ?』
「目的までは分からないが――大体の推測はできる」
『へえ。推測ねえ』
「恐らくは今のお前さんと――同じ理由さ。だからパリの虐殺を止めようと思ったんだろう」
『はあ? 何だいそりゃ? 訳が分からないよ!』
「そうか――分からないか。まあ、今はそれでもいいさ」
下田三郎とて、司藤アイや黒崎八式の行動を心の底から理解し、支持している訳ではない。
彼女たちのやっている行為はリスク面で考えれば愚挙そのものだ。それでも――その動機は推察できる。今の「本の悪魔」がアイ達に執心しているように、アイ達もまたこの世界を――
「さて――お前さんから珍しく実のある忠告も聞けた事だし。
私も本来の役目を果たすとしよう。アイ君を――死なせない為にな」
下田三郎は、物語世界のブラダマンテ――司藤アイに対し念話を送り始めた。
(そんなッ……確かに鱗帷子に覆われていない、首筋を狙いすましたはず!
目の錯覚? 距離感を見誤ったッ……!?)
歴戦の女騎士の動体視力を以て、攻撃箇所の目測を誤るなど考えにくい。
だが呆けている場合ではなかった。ロドモンは不気味な笑みを湛え、更なる斬撃を繰り出そうと動く!
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今度ばかりは盾を構えるのが精一杯だった。速さも増し、反応しきれない。白き盾は弾かれ、彼女自身も堡塁の壁に激突してしまった。
「が……はッ」
咄嗟に受け身を取ったものの、衝撃は凄まじい。激痛と共にブラダマンテの口に不快な金臭さが湧き起こり、唇から血が滴るのを感じた。
(戦えば戦うほど、動きも力も増している……!
あれだけ激しい戦闘を続けて、疲れるどころか……身体も大きくなっている?)
信じられない事態の連続であったが、今のロドモンの強さは常軌を逸している。身に纏う意気のようなものが、傲岸な王の姿を巨大化させているのかもしれない。
「――まだ死なぬか、ブラダマンテ。流石だな。
我に瞬殺されたボンクラ騎士どもよりは骨がある。嬉しいぞ――」
ふらつきながらも立ち上がるブラダマンテ。壁にぶつかった衝撃で兜の留め金が緩んでいた。このまま被っていてはかえって怪我の原因になる――そう考えた彼女は、やむなく歪んだ防具を放り捨てた。
途端に豊かな金髪がこぼれ、血に汚れながらも可憐な顔が現れる。
「ほう――なるほど。確かに美しいな」
ロドモンは舌なめずりして、露になった女騎士の素顔に好奇の視線を向けた。
「忌々しきクレルモン家のリナルドに似ているのは気に食わんが――
その麗しき容姿。このような戦場で朽ち果てさせるには、惜しいなァ」
「こんな時に――何を言っているの?」
ロドモンの下劣な言葉に、ブラダマンテは不快感を隠そうともしなかった。
「貴様のような美女は、討たれて屍を晒すのではなく――我のような勇者に愉しまれるために存在するのだ。
どうだ、我のモノとならんか? さすれば命を助け、その若く美しき肉体――たっぷりと可愛がってやろうぞ」
「――あなたには婚約者がいるはずでしょう?」
「心配する事は無い。我がイスラム教は一夫多妻を認めておる。
かの預言者マホメットなど、10人もの妻を娶っておられたのだ!
貴様一人くらい囲うなど、造作もない事よ」
「恥を知れ、下衆め! わたしの魂はその申し出を拒否する。
その薄汚い姿と性根を入れ替えてから出直してくるがいい!」
歯噛みし、怒りと嫌悪を以てロドモンの提案を拒絶するブラダマンテ。
不遜なるアルジェリア王は、フンと大きく鼻を鳴らし、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「ならば仕方ない――ここでその命、貰い受けるとしよう」
**********
現実世界。下田教授の自宅にて。
魔本「狂えるオルランド」に宿る邪悪な意思、Furiosoは珍しく、苛立った声を上げていた。
『――下田三郎。何故、司藤アイに助言しない?』
「貴様の方からそんな事を言ってくるとは、珍しいな。悪魔め」
『彼女の今やっている事は――ボクには理解できない。
彼女と黒崎八式の目的は、物語の世界から脱出する事――その筈だろう?』
「……ああ、そうだな」
『それを分かっているなら、すぐに逃げるよう助言すべきだ。
ロドモンの強さを読んだろう? 原典でも奴は常軌を逸した化け物だ。
テュルパン、ネイムス、ガヌロン、オリヴィエ、デンマークの勇者オジェ。他16人もの名だたる勇士や騎士が、総がかりで槍を突き立てても傷ひとつつかない。
そんな怪物にブラダマンテたった一人で挑んだ所で、勝ち目なんてある訳がないじゃあないか』
「……いつになく饒舌だな? 貴様」
『”狂えるオルランド”から脱出するために必要な無茶であれば、そりゃボクだって楽しむさ。
だが今回は違う! パリの攻防戦など、本来ならブラダマンテもロジェロも全く関わらない。ロドモンなど放っておけばいい。
パリ市民を数千人虐殺する――確かにとんでもない暴挙だろうさ。だが、それがどうした?
お前たちには関係のない話だ。そうじゃないのかい、下田?』
「…………」
『彼らの命を救ったところで、ブラダマンテとロジェロの結婚に何ら関わりがないどころか――化け物に立ち向かうリスクしかない。
そもそもこの物語世界の人命など、君たちにしてみれば紙の上に書かれた文字列の塊でしかない筈だ』
「よもや――お前の口からそんな言葉が聞けようとはな」
『何故冷静でいられる? 君たちからすれば、取るに足らないモノの為に――司藤アイは命懸けの戦いをしている。
君たちの中には、この異世界をコンピュータ・ゲームのように捉えている人間もいた。騎士を討ち取る事に、戦場で敵兵を薙ぎ払う事に――なんら葛藤を抱く事もなく、ただひたすら遊びのように楽しむ奴もいたさ』
「…………何が言いたいんだ?」
『彼女も君も”そうするべき”なんだ。非情と思うかもしれないけど、その方が合理的なんだからね。万が一、物語の人間などのために命を落としたら、元も子もないじゃあないか!
くだらない自己満足のために、せっかくの大団円、フイにしちゃって構わないのかい? ボクと違って、彼女たちはやり直しなんて利かないんだぜ?』
「本の悪魔」の熱のこもった長広舌に――下田は微笑を浮かべた。
『…………何がおかしい?』
「いや――済まない。よくよく考えれば、そうかもしれないと思っただけさ。
お前さん――いや、Furiosoだったな――思った以上に、アイ君や黒崎君に対し入れ込んでいるんだな」
『勘違いするな。前にも言ったろう、キミたちは非常に恵まれているケースだと。
複数の人間で物語に介入できる上、下田のようにボクの声を聴いて助言できる者までいる!
ボクだって結末を迎えたいからね。素晴らしい好条件を、こんなバカげた事態で失いたくないだけさ』
「――そうだな。私も当初は、何故黒崎君があんな事をアイ君に頼んだのか、理解が及ばなかった。原典でのロドモンの強さを読み込んでおらず、把握できていないんじゃないかとも思ったさ」
『――今は違うというのかい?』
「ああ、違う」
『だったら何が目的だ?』
「目的までは分からないが――大体の推測はできる」
『へえ。推測ねえ』
「恐らくは今のお前さんと――同じ理由さ。だからパリの虐殺を止めようと思ったんだろう」
『はあ? 何だいそりゃ? 訳が分からないよ!』
「そうか――分からないか。まあ、今はそれでもいいさ」
下田三郎とて、司藤アイや黒崎八式の行動を心の底から理解し、支持している訳ではない。
彼女たちのやっている行為はリスク面で考えれば愚挙そのものだ。それでも――その動機は推察できる。今の「本の悪魔」がアイ達に執心しているように、アイ達もまたこの世界を――
「さて――お前さんから珍しく実のある忠告も聞けた事だし。
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