つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

LED

文字の大きさ
62 / 197
第4章 パリ攻防戦

14 テュルパンvsロドモン

しおりを挟む
 空濠の中で業火に焼かれのたうち回るアルジェリア兵たちを見て、ブラダマンテは絶句した。
 これがシャルルマーニュの仕掛けた罠。侵入してきた軍勢の全てを舐め尽くし、命を奪い尽くしてもなお、消える事のない炎。

 アルジェリア軍の副官も惨状を目の当たりにして息を飲んだ。罠は予測していたし、自分を軽んじていた連中を始末できた形になったが――恐ろしい光景を前に、ただでさえ恐怖で付き従わせていた兵たちの士気は大いに挫かれてしまった。

「伝令! アフリカ大王アグラマン様より伝令ッ!
 直ちに全軍、撤退せよとの事ですッ!」

 西側より来た伝令兵の叫びと、撤退の合図たる狼煙を見て、副官は我に返った。

(我が主には悪いが、ここに来て撤退命令は渡りに船よ。
 これ以上の継戦は、我が軍の士気が保たぬ。兵の命も顧みぬ王に付き従うなど、正気の沙汰ではない――)

「アルジェリア軍、総員撤退ッ!」

 その言葉を待っていた、と言わんばかりに兵たちの空気が安堵の色に変わった。
 軍兵たちが撤退用の布陣を組み始める。副官は先刻、様子見を進言した兵に対し礼を言おうと周囲を見渡したが――すでにその姿はどこにも見当たらなかった。

 南側の城壁からそう遠くない茂みには――尼僧メリッサがいた。
 先ほど窮屈そうに着ていたサラセン兵の装いを解き、撤退を始めるアルジェリア軍の様子を見ていた。

(ふう――何とか辿り着けましたわ。
 私にできるのはここまでです。ブラダマンテ――無事だと良いのですが)

**********

 焼き尽くされた自軍の兵を見て、ロドモンは舌打ちした。

「チッ……思ったよりも『餌』が増えなかったな。腰抜けどもめ」

「あなた……正気で言ってるの!?」

 ブラダマンテは憤慨した。眼前の傲岸なアルジェリア王は、自軍の損失を嘆いたのではなかった。自分の求めに応じ、空濠の罠に掛かる犠牲者の数が少なかった事に憤っているのだ。

「あのような奴ら、束になったところで物の役に立たぬわ。
 ならば魂を散らし、我が鎧の魔力の糧となった方が余程有意義というものぞ」

「やはり――そんな腹積もりであったか。下賤なる異教徒め」

 大司教テュルパンは槌矛メイスと盾を構え、進み出た。
 体格は互角のはず。テュルパンは歴戦の僧兵であり、本来であれば腕力・精神力共にロドモンなど圧倒している筈だ。
 だが今は状況が違った。ロドモンの纏う赤い鱗帷子スケイルメイル。血を吸う事で着用者の力を増す禍々しい防具の存在が、ブラダマンテに底知れぬ不安を抱かせていた。

「だが貴公のやった事、まるきり無為なる愚行と化そうぞ。
 何故なら――あ奴らの屍の下へは、このテュルパンを乗り越えぬ限り辿り着けぬからだ!」

「抜かせクソ坊主! ならば貴様の血をいただくまでよッ!」
「面白い。やってみるがいい!」

 テュルパンはロドモンに突き進む直前、小声でブラダマンテに言った。

《あの怪物を相手に、よくぞお一人で耐えられた――ブラダマンテ殿。
 しばしの間、休まれよ。彼奴の相手は、拙僧にお任せあれ!》

 ブラダマンテの下に両刃剣ロングソードを置き、筋骨隆々の聖職者は赤い巨人と対峙した。
 スピードこそ彼女に大きく後れを取るが、怪力を旨とする二人の勇士のぶつかり合いは、第二の堡塁ほうるいが崩れ出さんばかりの衝撃と気迫を放っていた。

 ロドモンの血染めの半月刀シャムシールが閃いたかと思えば、テュルパンの盾に阻まれる。
 かと思えばテュルパンの振るう槌矛メイスが唸り、ロドモンの盾や鎧に叩き込まれる。その威力は破城槌バタリングラムに匹敵するほど重く、赤い巨人の勢いを押さえ込みつつあった。

 もともと槌矛メイスとは棍棒の発展型の殴打武器であり、刃類と比べ金属鎧などの硬い標的に対し有効な打撃を加えるのに適している。鱗帷子スケイルメイルも例外ではない。
 逆にロドモンの半月刀シャムシールはテュルパンの鎖帷子チェインメイルによって威力を削がれる。相性から論ずるならこの対決、レームの大司教に大いに分があった。

 それでも両者の戦いは拮抗している。ロドモンの得ている力がいかに規格外か、推し量る事ができよう。

(忌々しき赤い鱗帷子スケイルメイルよ! 拙僧の腕力を以てしても、へこみ一つ穿つ事ができぬとは……!
 だが衝撃までは吸収できておらぬ。鎧は無事でも、中にある肉体へのダメージは蓄積しておるのが手応えで分かるぞ!)

 ブラダマンテはテュルパンの奮戦ぶりに驚嘆していた。強い。彼女が戦っていた時は攻撃のインパクトをずらす為、致命傷を避けるのがやっとであり――それでも大きく跳ぶ等、衝撃を逃がす工夫なしでは到底受け流せない強力な斬撃であった。それを大司教テュルパンはその場に踏み止まりながら、盾で強引に受け止めている。並の騎士では瞬時に首を刎ねられるほどの重い一撃を、鍛え抜かれた肉体と頑強な盾のみで防いでいるのだ。

(そうか――動くに動けないんだ。少しでも距離を取れば、ロドモンは即座に空濠に逃げてしまう。
 濠の焼死体の血を浴びて力を得てしまったら、せっかくの今の拮抗状態も崩れてしまうんだ――)

 テュルパンとて苦肉の戦術に違いない。半月刀シャムシールを受け止める盾も今や歪み、ヒビが入り、余り長くは保たない事が見て取れる。
 ロドモンのダメージの蓄積が先か、テュルパンの防御が崩れるのが先か。
 豪勇なるパワー対決の実態は悲壮なまでの根競べであり、消耗戦だった。

 やがて、互いの攻防が同一のタイミングで起こった。
 限界に来ていたテュルパンの盾はついに弾き飛ばされたが、その勢いでロドモンの武器は軌道を大きく逸らされ、バランスを崩した。

「好機ッ!!」

 テュルパンは槌矛メイスを即座に両手に持ち替え、荒々しいたけり声と共に――赤い巨人の盾に叩き込む!
 ロドモンの盾は、とうとう剛撃を支えきれず宙を舞い――そのまま凄まじい勢いで堡塁ほうるいの壁に激突した。鱗帷子スケイルメイルに傷こそつかなかったが、アルジェリア王の左腕は有り得ない方向にねじ曲がり――そのダメージの深刻さを物語っていた。

「勝負あったな、不遜なる異教の王よ」
「ぐッ……凄まじい剛腕よ。流石は僧侶でありながらシャルルマーニュ十二勇士の一人に数えられし者……
 ここまでの力があるとは思わなかった。確かに――勝負はあったなァ!」

 左腕の骨を砕かれたであろうに、ロドモンの表情には嘲笑が浮かんでいた。
 テュルパンはいぶかったが、すぐにその笑みの真意に気づいた。彼の曲がった腕からは、鮮血が滴り落ち――

 次の瞬間、レーム大司教の強靭な肉体は吹き飛ばされていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo
ファンタジー
【★♪★♪★♪★本当に完結!!読んでくれた皆さん、ありがとうございます★♪★♪★♪★】 気づけば異世界、しかも「ただの数学教師」になってもうた――。 大阪生まれ大阪育ち、関西弁まるだしの元高校教師カイは、偶然助けた学園長の口利きで王立魔法学園の臨時教師に。 魔方陣を数式で解きほぐし、強大な魔法を片っ端から「授業」で説明してしまう彼の授業は、生徒たちにとって革命そのものだった。 しかし、なぜか公爵令嬢ルーティアに追いかけ回され、 気づけば「奥様気取り」で世話を焼かれ、学園も学園長も黙認状態。 王子やヒロイン候補も巻き込み、王国全体を揺るがす大事件に次々と遭遇していくカイ。 「ワイはただ、教師やりたいだけやのに!」 異世界で数学教師が無自覚にチートを発揮し、 悪役令嬢と繰り広げる夫婦漫才のような恋模様と、国家規模のトラブルに振り回される物語。 笑いとバトルと甘々が詰まった異世界ラブコメ×ファンタジー!

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...