つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

LED

文字の大きさ
72 / 197
第5章 狂えるオルランド

6 ブラダマンテ、ブイヤベース(?)を作る

しおりを挟む
 女騎士ブラダマンテは兄リッチャルデットを伴い、マルフィサと面会した。
 彼女はインドの王女として、名声と武勇を轟かせる女傑である。フランク人とは異なる小麦色の肌は健康的で、若くして異国風エキゾチックな美女としての気品も備えていた。

「――貴女が、ブラダマンテか」
「わたしを知っているの?」

「ええ。我が兄ロジェロから、貴女の事は聞いている」
「黒――ロジェロに会ったの? しかも……妹!?」

 ブラダマンテはすっかり驚き、目を丸くして彼女の顔をまじまじと眺めた。
 司藤しどうアイの目から見るロジェロは、現実世界の悪友たる黒崎くろさき八式やしきのものである為――マルフィサの愛らしい顔立ちが、ロジェロとの血縁者だという感覚がいまいちピンと来ない。

(物語世界のロジェロって、きっと美男子ハンサムなんだろーな……綺織きおり先輩みたいに)

「なるほど……兄さんが惚れるのも納得できる。
 悔しいけど美人だな、ブラダマンテ!」
「えっと……その、どうもありがとう」

 鏡を通して見る分には、輝くばかりの金髪碧眼、西洋美人のブラダマンテであるが――黒崎から見た自分の顔は現実世界の平凡な容姿のまま。褒められても微妙な気分にしかならない。

「ところでマルフィサ。行き倒れてこのマルセイユに流れ着いたって聞いたけど――具合はどう?」
「ふっ、見くびらないで欲しい。このマルフィサ、女性である前にインドの王女にして戦士!
 この程度の苦難に打ちひしがれたり、弱音を吐くような事は決して――」

 彼女の言葉が言い終わらない内に――ぐううう、とそのお腹から正直な音が鳴り響いた。
 勇ましい口上が途切れ、マルフィサは恥ずかし気に俯いてしまった。

《リッチャルデット兄さん。ちゃんとこのに食事、与えてるんでしょうね?|》
《そう言われてもな。サラセン人だし、聞けば我らが兄・リナルドを素手でブン殴った程の猛者らしいじゃないか。
 なので料理長に命じて、死なない程度の最低限の粗食しか供しておらん》

 さすがにそれは気の毒ではないか、とブラダマンテは異国の王女に対し同情心が芽生えた。

《ロジェロの知り合いみたいだし、面と向かって敵対してる訳じゃないでしょ? 少なくとも今は》
《ま、まあそれはそうだが……》

「あっ……もうすぐ食事の時間だわ。
 わたし、調理場に行って食事の準備手伝ってくるから。兄さんとマルフィサは、テーブルの方で待っていてちょうだい」

 ブラダマンテは微笑んで席を立ち、出ていってしまった。

彼女ブラダマンテは……食事の手伝いをするのか? 公爵令嬢なのに?」

 今度はマルフィサが驚く番だった。中世欧州において、身分の高い騎士・貴族は食事の準備など手伝わない。専門の調理師たちを雇い、彼らに任せっきりというのが一般的だ。役割も細分化されており、食材調達係・パン職人・ウエハース職人・ソース係・倉庫番・屠殺役・切り分け役・乳搾り・給仕……大貴族になると、厨房スタッフだけで数百人という規模になる事もあったという。

「私もちょっと驚いているんだ」リッチャルデットは言った。
「妹が食事の味付けに口を出しているの見たのは、この間マルセイユで会ってからだなぁ。
 旅先での味気ない保存食に、よっぽど嫌気がさしたのかね。
 私も試しに食べてみたが、贔屓目抜きにしても美味だったよ。どこであんな技を教わったのか……」

「へえ……」ごくりと唾を飲むマルフィサ。まだ見ぬ食事に期待するかのように、また腹の虫が鳴った。

**********

 中世欧州は一日二食。昼に「ディナー・・・・」と呼ばれるメインディッシュ。晩に軽めの「サパー」なる食事を摂る。現代的に置き換えると夕食・夜食がそのまま時間をスライドしたような感触であろうか。
 キリスト教的な清貧の観念に基づき、間食や暴飲暴食、過度の飲酒は忌避されていたものの――そうした「しきたり」を守るのは、聖職者や一部の上流階級のみ。現実的に考えて二食では身体が保たないので、女子供や高齢者・病人、肉体労働者などは朝食を摂るのが一般的であったという。

 今回用意されるのは軽めの晩食サパー。戦時であるため、軽食である事を差し引いても量は控え目である。パンと野菜スープ、肉詰めのパイぐらいのものだ。

「おや、ブラダマンテ様。帰っていらしたんですか」

 食材調達を一手に取り仕切る初老の執事が、恭しく女騎士に一礼した。
 この道数十年のベテランであり、戦時においても頼りになる、顔の広い人物だ。マルセイユ市民が毎日の食卓を囲めるのも、兵士たちが戦い続けられるのも、彼の手腕に拠る所が大きい。

「ええ。突然ごめんなさいね。今来ているマルフィサはれっきとした客人だから」
「おや、そうなのですか? サラセン人ですので気づきませんでした」

 しれっと言ってのける執事。ブラダマンテは内心少しムッとしたが、おくびにも出さずに続ける。

「――彼女はわたしが近々婚姻する予定の、ロジェロって騎士の妹なの。
 だから粗末に扱っちゃダメよ。晩食サパーだから量は多くは望まないけど、せめて食後のデザートとしてフルーメンティくらいは出してよね」

 フルーメンティというのは、オートミールとミルクを材料にした英米風のお粥ポリッジの事である。現代日本人の感覚からすると、見た目はあまり美味そうではないかもしれない。

「……かしこまりました。用意させましょう」
「それからスープなんだけど……この前冒険で客人用に手に入れた、新しいレシピとスパイスを試したいの。
 今回しか出さない一品ものだから、食材をわたしにも見繕わせて。この通り、お願い!」

 ブラダマンテは手を合わせ、上目遣いで執事に懇願した。
 本来であれば王族であろうとも、食事の準備を取り仕切る長をないがしろにして指示を出したり、メニューに口出ししたりなどは滅多にない。彼らにも長年厨房を預かってきたプライドがあるのだ。
 しかし今、公爵令嬢たるブラダマンテ自身が頭を下げてきている。執事は困ったような顔をしたが。

「……ゴホン。公の場の食事メニューの変更となると、色々と問題が生じますが。
 今回はお嬢様の私的なご友人。特別に……目をつぶりましょう。
 以前貴女が調理を担当した際、評判はなかなか良かったですし」

 初老の食事長はさらに咳払いを一つして、やや熱の込もった調子でつけ加えた。

「それにお嬢様が近頃、食事に関して口を出されるのは……決して単なる気紛れによるものではない。
 より良い食事の為に、真摯に取り組まれているのを肌で感じております。
 我らのような、身分の低い食事係の事も気にかけて下さって――感激しておる者も多いですから」
「やった! ありがとう! 恩に着るわ!」

 大喜びでブラダマンテ――司藤しどうアイは執事の手を握り感謝の意を示し、早速持ち込んできたハーブやスパイスを取り出した。
 これらは魔女の島にて、善徳の魔女ロジェスティラに頼んで譲って貰った、ニンニク等の野菜類や、サフラン・セロリ・パセリ等のハーブ類。保存食用に乾燥させているため風味は若干落ちるが――長旅で携行する事も可能だった。
 さらにアイは、下田三郎へと念話を送る。

ииииииииии

「下田教授! 聞こえるー?」
『ああ、感度良好だぞアイ君。どうしたんだ?』

「以前頼んでた料理のレシピ! 調べといてくれた?」
『あ? ああ、アレか……一応やっといたが。一体何なんだ?』

「何だって言い方はないでしょ! 教授は実際に体感してないから、伝わりにくいかもしれないけど。
 こっちの料理、すっっっっごく不味いのよ!? わたしだって料理得意な方じゃないし、グルメって訳じゃないけど!
 それにしたって味付けが薄いどころか、ほとんど無いんだもの!」
『なるほど。うん……気持ちは分かる。私もかつて、イギリスに旅行した時に似たような気分に陥った事があって、仕事が手に着かなかった経験があるしな。
 あの頃は私も若かった。そして思い知った。日本の食文化って素晴らしいな! と』

 確かに戦争という非常時において、兵や市民が飢えずに済むというのは感謝して然るべきだ。アイも厨房スタッフと親睦を深める事でその気持ちを示している。
 しかし……現実問題として、現代日本人たるアイの味覚からすると、中世の食事は味気ない。こればかりは誤魔化し切れるものではないのだった。

「でしょ? まあ、こっちで日本の料理を再現とか無理でしょうけど。
 せめて有り合わせの食材を使って、少しでも味を楽しめるよう工夫しときたいじゃない。実際、魔女の島で食べた料理はおいしかったし」
『フーム、そういう事か……だがなアイ君。余り多くを望まない方がいいぞ。
 何しろ8世紀のフランスなんだからな。今日我々が知っているようなヨーロッパ料理の食材って、大体がアメリカ大陸から伝来してきたモノだって知ってたか? ジャガイモだけでなく、トマトなんかもそうなんだぞ』

 いわゆる大航海時代を経て、欧州にもたらされた食材として有名どころはジャガイモであるが。他にも色々ある。沢山ありすぎて「それ以前は美味しい食事作れたんかいな……」と心配になるレベルである。
 例を挙げればサツマイモ、唐辛子、ズッキーニ、ピーマン、トウモロコシ、カボチャ、インゲン豆、ピーナッツ、イチゴ、パイナップル、アセロラ、カカオ等々。そして勿論、トマトもだ。

「えぇえ……確かに魔女の島でもトマト料理なかったけど……なんか、イタリアと言えばトマトってイメージあったのにさ。
 この時代に存在しないとか地味にショックなんですけどォ!」
『どっこい嘘じゃありません! 現実……! これが現実……!!
 まあこれから作る奴にトマトやジャガイモを放り込むのは諦めた方がいいな』

 下田教授の用意したレシピ。それはブイヤベースと呼ばれる、マルセイユ名産の海鮮料理。
 しかしこの当時存在したのはブイヤベースの原型のみ。食品価値の薄い魚などを自家消費するため、大鍋と塩で煮込んだだけのシンプルな代物であった。

ииииииииии

「一番新鮮な魚を用意して。白と赤のカサゴを中心で! この料理の主役だから!
 そっちにある小魚は専用の鍋に入れて! スープの出汁に使うの!
 あ、オマール海老は入れちゃダメよ! レシピにそんなの無いから!」

 スープ係たちに矢継ぎ早に指示を出しながら、ブラダマンテは有り合わせの食材やハーブ、ロジェスティラから借りたスパイス等を駆使して……時代的に考えるとちょっとだけ進んだ、ブイヤベース風の濃厚スープを作り上げた。

「ん……思ってたのと違うけど、前に作った奴よりはマシになったかな」

 一口味見して、女騎士はやや渋い顔をしたものの。
 その場にいた厨房スタッフは、いつもと明らかに雰囲気の違う食欲をそそられる香り漂うスープを、ゴクリと唾を飲み込みながら眺めていた。

「あ。わたしとマルフィサ、リッチャルデット兄さんの分があればいいわ。残りは皆で分けてね」

 ブラダマンテの言葉に、スタッフ達は笑顔でガッツポーズを決めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo
ファンタジー
【★♪★♪★♪★本当に完結!!読んでくれた皆さん、ありがとうございます★♪★♪★♪★】 気づけば異世界、しかも「ただの数学教師」になってもうた――。 大阪生まれ大阪育ち、関西弁まるだしの元高校教師カイは、偶然助けた学園長の口利きで王立魔法学園の臨時教師に。 魔方陣を数式で解きほぐし、強大な魔法を片っ端から「授業」で説明してしまう彼の授業は、生徒たちにとって革命そのものだった。 しかし、なぜか公爵令嬢ルーティアに追いかけ回され、 気づけば「奥様気取り」で世話を焼かれ、学園も学園長も黙認状態。 王子やヒロイン候補も巻き込み、王国全体を揺るがす大事件に次々と遭遇していくカイ。 「ワイはただ、教師やりたいだけやのに!」 異世界で数学教師が無自覚にチートを発揮し、 悪役令嬢と繰り広げる夫婦漫才のような恋模様と、国家規模のトラブルに振り回される物語。 笑いとバトルと甘々が詰まった異世界ラブコメ×ファンタジー!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...