つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~

LED

文字の大きさ
79 / 197
第5章 狂えるオルランド

13 決着、それぞれの帰路

しおりを挟む
 タタール王マンドリカルドは、外野の無責任な解説にわずかに顔をしかめた。

(何が「パルティアン・ショット」か……!
 騎乗後退しつつ矢を放つ技など、狩猟を日常とする我が一族ならば、十を数えぬ子供でも為し得るわ!
 やはりフランク人どもの無知蒙昧ぶりには反吐が出る……!)

 彼の認識通り、遊牧騎馬民族にとって逃げながらの射撃は、一撃離脱戦術として基本中の基本である。彼らにとって戦争は狩りの延長上。古のパルティア王国だけでなく、スキタイ・匈奴・モンゴル帝国にも共通する。
 にも関わらず欧州世界に「パルティアン・ショット」と名が伝わっているのは、古代ローマ帝国に対し脅威となった騎馬民族が、たまたまパルティアだったからに他ならない。

 タタール武者は思考を切り替えた。外野の雑音に煩っている場合ではない。
 インド王女マルフィサがいかな鋭く踏み込もうが、一瞬たりとも彼女の間合いに近づかせてなどいないが――すでに手持ちの矢は尽きかけている。

(噂以上の猛者よ。我が剛弓から放たれる矢の雨を、ここまでしのぎ切った騎士は一人もいなかった!
 我が愛はドラリーチェ姫のモノなれど、この麗しき女傑を傍に侍らす事も悪くはあるまいなァ)

 一方マルフィサも、深い傷こそないが度重なる猛禽の嘴の如き射撃を前に、裂傷を幾つも身体に刻まれていた。
 流血は僅かでも、時間と共に体力と体温を奪い去る。こちらからマンドリカルドを傷つける術がない以上、持久戦は彼女に不利なのは明白であった。

(そろそろ決着が近いわね……)

 立会人を務める女騎士ブラダマンテも、二人の体力と気力がすでに限界に近づきつつあるのを肌で感じていた。

「ここまで持ちこたえた褒美に教えてやろう、マルフィサ!
 俺様の残りの矢は三本。コレを躱し切れば我が弓はもはや使えぬ!」
「――随分と親切な事だな? タタール王よ」

 マンドリカルドの言葉に、マルフィサは額に汗を浮かべつつ微笑んだ。

「無論、親切心などではない。この三本で決着をつける!
 たとえこの三本を撃ち尽くしたとしても――ゆめゆめ油断せぬ事だ!」

 タタールの王は馬を走らせた。相変わらずの付かず離れず。絶妙な距離を保ち、マルフィサの馬を休ませない。
 刹那。マンドリカルドは馬ごと高く跳び上がった。あれだけの長時間を駆け巡りながら、どこにそんな膂力りょりょくが残っていたのかと驚愕する程の跳躍力!

「終わりだマルフィサ!」

 折しも正午。真昼の太陽が最も空高く上る時。容赦なく照りつける陽光がマンドリカルドの馬影と重なり、インド王女の目を怯ませた。
 歴戦の騎馬武者が絶好の機会を見逃す筈もなく、馬の跳躍が頂点に達した瞬間を狙い、三本同時に矢を放つ!

 一本は必死の防戦で弾いたものの、二本目はマルフィサの脇腹に、三本目は馬の頭頂を貫いた!

「ぐうッ…………!?」

 マルフィサは本能じみた戦士の勘で身体を捻り、腹部の矢は掠めただけだったが――タタール王の剛弓からの一撃は、それでも凄まじい衝撃を彼女に与えていた。
 一方のマンドリカルドは、落下しつつ勝利を確信し笑みを浮かべ、弓を放り捨て腰の槌矛メイスを抜き構える。続けざまの追撃で勝利をもぎ取るべく。

(クククク! マルフィサよ、そなたの馬は死んだ!
 分かっていても逃れられまい! 覚悟を決める事だな……!)

 視界を遮られながらもマルフィサは半月刀シャムシールを上段に構え、迎え撃とうとしたが――馬の機動力が削がれた今となっては虚しい抵抗に見えた。
 着地と同時に振り下ろされるタタール王の槌矛メイスと、インド王女の半月刀シャムシールが激しくぶつかり合った!

 がぎんっ、と鈍い金属音が辺りに響き渡り――マルフィサの半月刀シャムシールの刃は、半ばから折れた。
 もともと腕力では互角。ならば落下の力を乗せたマンドリカルドの攻撃に軍配が上がるのは自明の理であった。

「ほう――今の一撃で叩き潰せると思ったのだがな!」
 武器を失ったものの、未だ馬上に踏み止まるマルフィサに驚嘆の声を上げるマンドリカルド。
「強者を信奉する戦士として賞賛しよう! だが無駄な足掻きよ。
 万策尽きたそなたに、次の俺様の攻撃をかわす術はないッ!」

「――本当に、そう思うのか?」
「!?」

 次の瞬間、マルフィサは驚くべき行動に出た。屍と化した馬を蹴り――マンドリカルドの馬に飛び移ったのだ! 

「往生際の悪い女よ! だが武器も折れたそなたに何ができる!?」

 折れた刀はすでにマルフィサの手にはない。予備の武器はなく、彼女は丸腰だ。
 そう思いマンドリカルドは、己の馬に手をかけた不埒者を槌矛メイスで叩き落とそうとした。

「武器なら――ここにあるッ!!」

 が――マルフィサは恐れるどころかさらに近づき、素早く右の拳をタタール王の顎に見舞った!

「ぎッ……ブほォ……ッ!?」

 鍛え抜かれた女傑の鉄拳。かつてブラダマンテの兄リナルドに、兜越しに脳震盪を起こさせた威力は健在だ。
 さしもの歴戦のタタール武者も、頭部に恐るべき衝撃を受けて意識が朦朧もうろうとし、途絶えてしまった。

(えぇえ……何なのこの脳筋な展開……
 マルフィサって武器とか実は要らないんじゃ……?)

 しかし戦闘狂の本能か、無意識の内にその手の槌矛メイスを振り抜き――近すぎる間合ではあるものの、マルフィサを捕え馬上から叩き落とした。
 マルフィサは咄嗟に受け身を取り、転がって体勢を立て直した。一方マンドリカルドは、彼女の拳で脳を揺さぶられたまま、遅れて力なく馬からずり落ちて地面に倒れた。

「おおおお! さすがはマルフィサ殿!」
「素晴らしい。あれだけ不利な状況を、拳一発で覆すとはッ」
「祈りが通じたようだな。神に感謝を捧げねば!」
「マルフィサはヒンドゥー教徒だから俺らの神、関係なくね?」

 インド王女の奮闘に歓喜の声を上げる四人の騎士たち。しかし――

「そこまでよッ! 一騎打ちの勝者は――タタール王マンドリカルド!」

 立会人たるブラダマンテの口から出た裁定は、マルフィサの敗北を告げるものだった。

「なッ……何を言っているんだブラダマンテ殿! 今の状況を見ろ。
 マンドリカルドは気絶している! マルフィサ殿がその気になれば簡単にとどめを刺せるぞ!」
「一騎打ちの作法を忘れたの? 先に馬から落ちた方が負け。
 先に落とされたのはマルフィサの方よ。マンドリカルドはその後だったわ」

 女騎士の言葉に、マルフィサもうんうんと頷いている。

「口惜しいがブラダマンテの言う通りだ。まだまだこのマルフィサ、修行が足りんという事だな!
 タタール王マンドリカルド。素晴らしい実力者だった。また手合わせを願いたいものだ」

 戦いが終わり、血と汗にまみれながらも爽やかに笑顔を見せるインドの王女。
 彼女のさばさばした物言いは、四人の騎士の不満を和らげるには十分すぎるほどだった。

「ぐッ……おのれ……このマンドリカルドとあろう者が……!
 戦いの最中に意識を持っていかれるとは……何たる醜態……!」

 一方早くも意識を取り戻したマンドリカルドは、勝者となった事を告げられても怒りに打ち震えていた。
 無理もない。タタール王にとってフランク騎士の一騎打ちは、飯事ままごとに等しい遊戯のようなもの。軽んじていたルールに助けられての勝ちなど、彼にとって真の勝利ではなかった。戦場であれば、間違いなく自分の命は敵に奪われていただろう。

「この場は去ろう。俺様の目的はあくまでもオルランドだからな……
 だが覚えておれマルフィサ。いずれ再び会いまみえよう。その時こそ、そなたを屈服させてみせるッ!」

「ははッ。そいつはいいな! 楽しみにしているぞマンドリカルド。その名と力、忘れまいぞ!
 そして約束は約束。一騎打ちで敗北した以上、あたしはこれからアグラマン大王の下へ向かわねばならない」

(何だかんだ言いつつ、似た物同士で仲良さそうに見えるなぁこの二人――)

 ブラダマンテはその光景を少しだけ微笑ましく思ったが……二人の決着は、そのまま旅の別れを意味する。
 マンドリカルドが去った後、マルフィサはアグラマン大王の下へ参陣するため、一路西へと向かう事になった。四人の騎士はそれぞれの目的地へと旅立つ。

「短い間だったが、楽しかった。ブラダマンテ」
「ええ。また会いましょうね、マルフィサ」
「今度会う時は、敵同士かもしれんぞ?」
「それでもいいから。お互い――死なないように頑張りましょう!」

 二人は別れを惜しみ、再会を誓い合う抱擁を行った。
 そして半ば存在を忘れられていた、マイエンス家の騎士ピナベルとその妻だが――北西にある父アンセルモ伯のアルモリカ城を目指す事となった。

「何なら、護衛として同行しましょうか?」
「きっぱりとお断りしますッ!!」

 ブラダマンテの申し出に、ピナベルは妻の後ろに隠れて拒絶した。
 気の強い女性二人に囲まれ、肩身が狭くなるのを警戒しているらしい。

「心配しないでブラダマンテさん。ガヌロン伯爵にはあたくしから伝えるから。
 たとえ夫が死んでも、引きずって帰りついてみせるから!」
「死にたくないです殺さないでくださいお願いします」

 ピナベルの妻と女同士の奇妙な友情を築き上げたブラダマンテは――皆と別れ、一人マルセイユに帰還すべく南西に進路を取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】全60話 完結しました。読者の皆様ありがとうございます! 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

処理中です...