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第5章 狂えるオルランド
17 オルランド来訪の恐怖・その2
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最初に異変に気づいたのは、牛飼いの家族の子供だった。
放浪の美姫アンジェリカから報酬として受け取った、大粒のルビーを嵌めこんだ銀製の腕輪が光っているのを見つけた。
これはかつてオルランドが彼女に贈った物。アンジェリカは探知の魔術をかけ、最強騎士の接近を知る方法としていた。
「ねえ、父上。腕輪がキレイに光ってるよ――」
子供の言葉を聞き、牛飼いの父は急ぎアンジェリカとメドロのいる家の中へ報せに行った。腕輪が光ったら教えて欲しいとあらかじめ言われていた為だ。
牛飼いからの報せを受け、美姫の顔は見る間に青ざめた。それまでの幸福な時間が、一瞬にして弾け飛ぶほどの衝撃だった。
(嘘、オルランドがこんなに早く――!?
今まで私がメドロと一緒にいる間、彼がここに来た事なんてなかったのにッ)
もう何日もここで過ごしている。近隣の農民に聞き込みをすれば、アンジェリカ達の居場所はたちどころに知られるだろう。
つまりもう、オルランドとの邂逅は避けられないという事だ。
今までのアンジェリカであれば、オルランド来訪の恐怖に震え、何も考える事ができなかったかもしれない。
しかし今の彼女は――立ち上がった。決意を瞳に秘めて。
「アンジェリカ――?」
未だ目の見えぬメドロが、美姫の雰囲気の変わった事に気づいたか、不安そうな声を上げたが。
「大丈夫よ、メドロ。昔馴染みの客人が来ただけ。
ジャンさん。私を探しているであろう騎士様のところへ、案内してちょうだい」
契丹の王女アンジェリカは、牛飼いの主人に静かに告げたのだった。
**********
農村に入ったフランク最強の騎士オルランドは――向こうからやってくる輝かんばかりの美姫の姿に、やや意外そうな顔をした。
ここに潜伏しているならば今までと同様、大慌てで逃げ出すとばかり思っていたのだ。それがこちらを視認しても、なお見据えたまま近づいてくる。
(何だ……? これが本当にあのアンジェリカか……?
目の中に怯えの色は残っているが、このオルランドに屈するために出てきた風ではない……全てを諦めた顔ではない。何を企んでいる?……気に入らんな!)
放浪の美姫アンジェリカは、表情に疲労を滲ませながらも――ギラギラした瞳を輝かせて言った。
「お久しぶりね、ブルターニュ伯オルランド様。
こんな所まで追いかけてくるなんて! よくここが分かったわね」
「――まさかそちらから、俺に声をかけてくるとは思わなかったぞ。
どういう風の吹き回しだ? このオルランドの求婚に応じていただけるのか?」
もはや騎士らしく振る舞う事もなく、素の疑問を投げかけてくるオルランド。
アンジェリカは笑みを浮かべた。上辺を取り繕う気もないのなら、やりやすい。
「オルランド様……いえ、オルランド。貴方には幾度も危機を救ってもらったし、パリへの護衛をしてもらった事もあるわ。
数え切れないほどの騎士としての貢献。とっても感謝している……でも。
ひとつ聞かせてちょうだい。私を、カタイの王女アンジェリカを妻にしたとして――本当に愛して下さるの?」
アンジェリカの問い。意外にも未だかつて、尋ねた事はなかった。
オルランドから己の妻となるよう、幾度となく愛を求められたものの――その後の生活や扱いについては一度も触れられていない。
「アンジェリカ。俺が貴女を求めている理由は――責務だ。
世界一の美姫たる貴女は、これまでにも多くの男から求められてきた。
仮にその誰かの求めに応じたとしよう。だがその男がもし弱ければどうなる?
貴女を奪おうとする他の男たちから守り切れず、そのまま死ぬ事になるだろう」
オルランドは淀みなく語った。その口調は自信に漲っており、絶対の理として確信しているのがありありと見て取れた。
「世間一般でいう愛と、俺の語る愛は違うモノかもしれん。
アンジェリカ。もはや俺を愛せとは言わぬ。貴女が俺を愛するなら、応じる用意もあるが――望む望まざるに関わらず、貴女の居場所は俺の傍しかない。
俺の下に来るがいい、アンジェリカ。さすれば貴女は解放される。世の男たちの求めに煩わされる心配はない。
最強たるこのオルランドが、貴女を惑わす全ての障害を排除しよう。
俺からは何も強要せぬ。好きにするといい。俺はただ、貴女を手に入れたという証が欲しい。それだけなのだ」
オルランドの奇妙な提案。だが実はアンジェリカは、この返答を予想していた。
初めて彼と出会った、シャルルマーニュの御前試合にて――確かにあの場にいた騎士たちは全員、フランク人・サラセン人問わず、アンジェリカの魅力に心奪われていた。ただ一人――オルランドを除いては。
アンジェリカはその事に気づいていた。オルランドだけに自分の誘惑の術が通じなかった事を、その冷たい瞳を見て把握していた。彼に見つめられる事は、全てを見透かされているようで――恐怖でしかなかった。
何より不可解だったのは、誘惑されていないにも関わらず……オルランドが執拗にアンジェリカを追いかけ続けてきた事だ。この男は彼女の魅力や誘惑に影響された訳ではない。なのに何故求めてくるのか?
今まで恐ろしくて、どうしても訊けなかった理由。精一杯の勇気を振り絞って、恐怖を乗り越えたアンジェリカは、知る事ができた。
しかし同時に――オルランドの回答は完全な真実でもないと、アンジェリカは見抜いてしまった。
この男が欲しているのはアンジェリカ自身でも、その愛でもない。単に「世界一の美姫」を娶ったという事実だけだ。それを利用し、何を企んでいるのか定かではないが――
「素敵な提案ね。でも――ごめんこうむるわ。
何故なら私を煩わせている男の中に、オルランド。貴方も入っているから。
それに今、私はとっても機嫌が悪いの。貴方の求めに応じてなんて、やらない」
アンジェリカの声は震えている。だがはっきりとした拒絶だった。
その澄んだ藍色の瞳の奥に、恐怖の色は消えていない。にも関わらずオルランドから目を逸らさない。
フランク最強の騎士は、そんな怯えながらも堂々とした美姫の態度に――憤怒の感情が湧き起こった。
「そうか――それは残念だ。こちらも騎士として出来うる限り、貴女の意思を尊重する形を取りたかったのだが。
仕方あるまい。この手は使いたくなかったが――貴女を守るためだ。どうか悪く思わないで欲しい」
オルランドの言葉は、穏やかな水面のような静けさがありながら――深淵に潜む不気味な、ドス黒い「何か」を感じ取り、アンジェリカは背筋が泡立った。
「何を……する気なの? オルランド」
「麗しきアンジェリカよ。今ならまだ間に合う。貴女の口から、俺に従うと誓って欲しい。
さもなければ――この農村の人々。異教徒を匿った罪深き者たちとして断罪し、根絶やしにしなければならない」
「!?」
最強騎士の鬼畜な物言いに、アンジェリカの表情は強張った。そしてすぐに後悔した。迂闊だった。オルランドの真の狙いにもう少し早く気づいていれば、平静を装うべきだったのだ。
「ほう、瞳の恐怖の色が濃くなったね? アンジェリカ。
どうやらこの村に、殺して欲しくない『大切な誰か』がいるという事かな?」
「ぐッ…………!」
からかうように笑みを大きくするオルランドに、アンジェリカは唇を噛んだ。
放浪の美姫アンジェリカから報酬として受け取った、大粒のルビーを嵌めこんだ銀製の腕輪が光っているのを見つけた。
これはかつてオルランドが彼女に贈った物。アンジェリカは探知の魔術をかけ、最強騎士の接近を知る方法としていた。
「ねえ、父上。腕輪がキレイに光ってるよ――」
子供の言葉を聞き、牛飼いの父は急ぎアンジェリカとメドロのいる家の中へ報せに行った。腕輪が光ったら教えて欲しいとあらかじめ言われていた為だ。
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(嘘、オルランドがこんなに早く――!?
今まで私がメドロと一緒にいる間、彼がここに来た事なんてなかったのにッ)
もう何日もここで過ごしている。近隣の農民に聞き込みをすれば、アンジェリカ達の居場所はたちどころに知られるだろう。
つまりもう、オルランドとの邂逅は避けられないという事だ。
今までのアンジェリカであれば、オルランド来訪の恐怖に震え、何も考える事ができなかったかもしれない。
しかし今の彼女は――立ち上がった。決意を瞳に秘めて。
「アンジェリカ――?」
未だ目の見えぬメドロが、美姫の雰囲気の変わった事に気づいたか、不安そうな声を上げたが。
「大丈夫よ、メドロ。昔馴染みの客人が来ただけ。
ジャンさん。私を探しているであろう騎士様のところへ、案内してちょうだい」
契丹の王女アンジェリカは、牛飼いの主人に静かに告げたのだった。
**********
農村に入ったフランク最強の騎士オルランドは――向こうからやってくる輝かんばかりの美姫の姿に、やや意外そうな顔をした。
ここに潜伏しているならば今までと同様、大慌てで逃げ出すとばかり思っていたのだ。それがこちらを視認しても、なお見据えたまま近づいてくる。
(何だ……? これが本当にあのアンジェリカか……?
目の中に怯えの色は残っているが、このオルランドに屈するために出てきた風ではない……全てを諦めた顔ではない。何を企んでいる?……気に入らんな!)
放浪の美姫アンジェリカは、表情に疲労を滲ませながらも――ギラギラした瞳を輝かせて言った。
「お久しぶりね、ブルターニュ伯オルランド様。
こんな所まで追いかけてくるなんて! よくここが分かったわね」
「――まさかそちらから、俺に声をかけてくるとは思わなかったぞ。
どういう風の吹き回しだ? このオルランドの求婚に応じていただけるのか?」
もはや騎士らしく振る舞う事もなく、素の疑問を投げかけてくるオルランド。
アンジェリカは笑みを浮かべた。上辺を取り繕う気もないのなら、やりやすい。
「オルランド様……いえ、オルランド。貴方には幾度も危機を救ってもらったし、パリへの護衛をしてもらった事もあるわ。
数え切れないほどの騎士としての貢献。とっても感謝している……でも。
ひとつ聞かせてちょうだい。私を、カタイの王女アンジェリカを妻にしたとして――本当に愛して下さるの?」
アンジェリカの問い。意外にも未だかつて、尋ねた事はなかった。
オルランドから己の妻となるよう、幾度となく愛を求められたものの――その後の生活や扱いについては一度も触れられていない。
「アンジェリカ。俺が貴女を求めている理由は――責務だ。
世界一の美姫たる貴女は、これまでにも多くの男から求められてきた。
仮にその誰かの求めに応じたとしよう。だがその男がもし弱ければどうなる?
貴女を奪おうとする他の男たちから守り切れず、そのまま死ぬ事になるだろう」
オルランドは淀みなく語った。その口調は自信に漲っており、絶対の理として確信しているのがありありと見て取れた。
「世間一般でいう愛と、俺の語る愛は違うモノかもしれん。
アンジェリカ。もはや俺を愛せとは言わぬ。貴女が俺を愛するなら、応じる用意もあるが――望む望まざるに関わらず、貴女の居場所は俺の傍しかない。
俺の下に来るがいい、アンジェリカ。さすれば貴女は解放される。世の男たちの求めに煩わされる心配はない。
最強たるこのオルランドが、貴女を惑わす全ての障害を排除しよう。
俺からは何も強要せぬ。好きにするといい。俺はただ、貴女を手に入れたという証が欲しい。それだけなのだ」
オルランドの奇妙な提案。だが実はアンジェリカは、この返答を予想していた。
初めて彼と出会った、シャルルマーニュの御前試合にて――確かにあの場にいた騎士たちは全員、フランク人・サラセン人問わず、アンジェリカの魅力に心奪われていた。ただ一人――オルランドを除いては。
アンジェリカはその事に気づいていた。オルランドだけに自分の誘惑の術が通じなかった事を、その冷たい瞳を見て把握していた。彼に見つめられる事は、全てを見透かされているようで――恐怖でしかなかった。
何より不可解だったのは、誘惑されていないにも関わらず……オルランドが執拗にアンジェリカを追いかけ続けてきた事だ。この男は彼女の魅力や誘惑に影響された訳ではない。なのに何故求めてくるのか?
今まで恐ろしくて、どうしても訊けなかった理由。精一杯の勇気を振り絞って、恐怖を乗り越えたアンジェリカは、知る事ができた。
しかし同時に――オルランドの回答は完全な真実でもないと、アンジェリカは見抜いてしまった。
この男が欲しているのはアンジェリカ自身でも、その愛でもない。単に「世界一の美姫」を娶ったという事実だけだ。それを利用し、何を企んでいるのか定かではないが――
「素敵な提案ね。でも――ごめんこうむるわ。
何故なら私を煩わせている男の中に、オルランド。貴方も入っているから。
それに今、私はとっても機嫌が悪いの。貴方の求めに応じてなんて、やらない」
アンジェリカの声は震えている。だがはっきりとした拒絶だった。
その澄んだ藍色の瞳の奥に、恐怖の色は消えていない。にも関わらずオルランドから目を逸らさない。
フランク最強の騎士は、そんな怯えながらも堂々とした美姫の態度に――憤怒の感情が湧き起こった。
「そうか――それは残念だ。こちらも騎士として出来うる限り、貴女の意思を尊重する形を取りたかったのだが。
仕方あるまい。この手は使いたくなかったが――貴女を守るためだ。どうか悪く思わないで欲しい」
オルランドの言葉は、穏やかな水面のような静けさがありながら――深淵に潜む不気味な、ドス黒い「何か」を感じ取り、アンジェリカは背筋が泡立った。
「何を……する気なの? オルランド」
「麗しきアンジェリカよ。今ならまだ間に合う。貴女の口から、俺に従うと誓って欲しい。
さもなければ――この農村の人々。異教徒を匿った罪深き者たちとして断罪し、根絶やしにしなければならない」
「!?」
最強騎士の鬼畜な物言いに、アンジェリカの表情は強張った。そしてすぐに後悔した。迂闊だった。オルランドの真の狙いにもう少し早く気づいていれば、平静を装うべきだったのだ。
「ほう、瞳の恐怖の色が濃くなったね? アンジェリカ。
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