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第6章 アストルフォ月へ行く
5 ぎこちなさすぎる再会
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ペガサスに乗った女騎士ブラダマンテは、地上の喧騒を見て戸惑っていた。
「ちょっとメリッサ! なんで今回に限って、身を隠そうともせずに堂々としてるのよ?」
フランク王国にいた時は人目を忍んで、夕暮れ時に飛び立った筈なのに。
いざエチオピアに着くと、わざと昼間、人々の目につくようにペガサスは飛んでいる。言うまでもなくこのペガサスは、尼僧メリッサが魔法で変身した姿である。
『ご心配には及びませんわ、ブラダマンテ。
すでにここ、エチオピアにはロジェロ様とアストルフォ様が到着されている。
セナプス王と謁見を果たすため、空飛ぶ馬に乗った騎士である事をアピールしている筈。
つまり今更こそこそ隠れる必要なんて、これっぽっちもないのですわ!』
メリッサはいつもの調子を取り戻したのか、恍惚とした口調だった。
『むしろ見せつけてやりましょう。古の英雄ペルセウス――いえそれ以上に美しくも凛々しき、華麗なるブラダマンテの姿を!
もうこの時点でエチオピアの歴史に神話として刻まれる事、請け合いですわ! 素敵! 抱いて!』
血迷った尼僧の戯言はともかくとして。ロジェロやアストルフォと合流するためにも目立つのは悪い選択ではないかもしれない。とブラダマンテは無理矢理自分を納得させる事にした。
案の定ほどなくして、唖然とした様子でこちらを見上げている二人の騎士の姿が視界に入った。
「見つけたわ! メリッサ、二人の下へ」
『お安い御用ですわっ!』
ブラダマンテを乗せた天馬は、地上の人々を巻き込まないよう軌道に注意を払い――静かにロジェロ達の下へと降り立った。
「司――ブ、ブラダマンテ? どうしてここに!?」
まさか遠きエチオピアの地まで追いかけてくるなどと、予想だにしていなかったらしい。ロジェロ――黒崎八式は上ずった声で尋ねた。
「どうしてって……パリの戦闘も終わったし、受けていた依頼も片付けたから。
落ち着いたら合流しようと思ったのよ。ホラ、その……つまんない事で喧嘩別れして、それっきりだったし」
「ああ……そんな事もあったっけな。べ、別にソレはもう、気にしてねえから」
久方ぶりの再会。お互いの視線が合う。それに気づき二人はほぼ同時に、やたら不自然な動きで目を逸らした。
(あれっ……黒崎の顔なんて見慣れてるハズなのに。
……なんで目を逸らしちゃったんだろ。
気まずい事なんてないわよね? あんなしょうもない口喧嘩なんて時間が経てば水に流せる……よね?)
(な……何で目ェ合わせただけで頬赤らめてんのコイツ!? 公衆の面前で思わせぶりな態度取るなよ……
何でもねえ再会ってだけなのに、妙にこっ恥ずかしくなっちまうだろーが!?)
明らかに様子がおかしいブラダマンテとロジェロを見て、アストルフォは小首を傾げながら言った。
「どうしたんだい二人とも? 想い人同士の感動の再会なんだから、もうちょっと何かあるだろう?
いつもみたいに抱擁するなり、恋人みたいにキスのひとつやふたつしたって罰は当たらないよ」
「な、何言ってんだよアフォ!? ハグはともかく、キスってそんなモン……
え、ちょっと!? ブラダマンテ、何でそんなめっちゃ離れてるんだよ!」
いつぞやのキス未遂事件を思い出したのだろうか。ブラダマンテは大慌てで距離を取り、天馬の背後に隠れる始末だった。
『ブ、ブラダマンテ……? 大丈夫ですか?』
さしものメリッサも不安げに尋ねてきた。
《いえ、何でもない……何でもないわ。しなきゃ、駄目なのかしら。
騎士の恋人同士って、やっぱそういう儀式みたいなのがあったりするわけ?》
《手の甲に口づけとか、そういう話は聞きますけど。
特に義務でやったりはしなかったかと》
小声でボソボソと呟く女性陣二人。片や男性陣も互いに顔を見合わせて内緒話をしている。
《アフォてめえ、しょーもない煽り方すんじゃねーよ! オレとブラダマンテは、まだ挙式すらしてねーんだぞ?》
《式を挙げたかどうかなんて、お互い愛し合っていれば関係ないとボクは思うよ。
フロリマールとフロルドリだって結婚前、二度目の再会を果たした時にさ。茂みに飛び込んでおもむろに――》
《バっ……てめっ……何を……! いいかアフォ、ブラダマンテの前でンな事絶対言うなよ!?
もし口走ったら今度こそ絶交だからな! 約束しろゴルァ!?》
いくら物語の中では相思相愛の役柄といえど――現実世界において、司藤アイと黒崎八式は腐れ縁の悪友でしかないのだ。
二人の挙動不審ぶりに顔を見合わせるアストルフォとメリッサ。視線を交わした結果、ひとまず彼らを落ち着かせて、無難な再会を演出する方向に舵を定めた。
それでもお互い視線を泳がせながら、とても恋人同士とは思えない、ぎこちない会話のやり取りになった事は言うまでもない。
**********
エチオピア王セナプスの窮状については、主にアストルフォから説明され。
これからちょうど、聖者が住まうとされるナイル川源流のある高山に向かう予定であった事も、ブラダマンテ達は把握した。
「山に登る分には、ボクたちであれば問題はないと思うよ。
ボクには幻獣ヒポグリフが。ロジェロ君には名馬ラビカンが。ブラダマンテにはペガサスがいるんだからね」
アストルフォの言う通りであった。確かに出発に関して特に支障はない。
彼の説明を受ける間、ブラダマンテはロジェロの脇をつつき、小声で尋ねた。
《ねえ黒崎。これから向かう先の山について、下田教授から話とか聞いておいた方がいい?》
《うーむ……今はまだ、いいんじゃねえか? 状況的にヤバい訳でもねえし。
ていうかな。エチオピアに着いてから、起こるハズだった事件がことごとく原典と異なってるんだよ。
だから下田教授のアドバイスが役に立つかどうかも正直、未知数なんだよな》
《そっか……残念ね》
黒崎はやんわりと助言を断った。というのも、下田から直接言葉を受け取るためには、アイの身体に触れている必要がある。
妙に互いを意識してしまっている現時点で、長時間触れ合っているのはどうにも具合が悪い気がしたのだ。
(いざとなったら――そうも言ってられねーだろうな。もしかしたら聖者なんて、いねーかもしれねーし。
その時はまあ……その時になったら考えるしかねーか)
そもそも原典では、アストルフォは単独で月に向かう。ロジェロやブラダマンテが同行できる保証はないのだ。
幼馴染との再会を恥ずかしがっている場合ではない。黒崎は思い直し、気合いを入れ直す事に決めた。
「そうと分かったら、早速みんなで出発しようぜ。
いざ向かわん、前人未到のパラダイスへ!(楽園の保証はねーけど)」
『おおーっ!!』
ロジェロの掛け声と共に、一行はそれぞれ空飛ぶ馬に乗り――山頂へと向かったのだった。
「ちょっとメリッサ! なんで今回に限って、身を隠そうともせずに堂々としてるのよ?」
フランク王国にいた時は人目を忍んで、夕暮れ時に飛び立った筈なのに。
いざエチオピアに着くと、わざと昼間、人々の目につくようにペガサスは飛んでいる。言うまでもなくこのペガサスは、尼僧メリッサが魔法で変身した姿である。
『ご心配には及びませんわ、ブラダマンテ。
すでにここ、エチオピアにはロジェロ様とアストルフォ様が到着されている。
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つまり今更こそこそ隠れる必要なんて、これっぽっちもないのですわ!』
メリッサはいつもの調子を取り戻したのか、恍惚とした口調だった。
『むしろ見せつけてやりましょう。古の英雄ペルセウス――いえそれ以上に美しくも凛々しき、華麗なるブラダマンテの姿を!
もうこの時点でエチオピアの歴史に神話として刻まれる事、請け合いですわ! 素敵! 抱いて!』
血迷った尼僧の戯言はともかくとして。ロジェロやアストルフォと合流するためにも目立つのは悪い選択ではないかもしれない。とブラダマンテは無理矢理自分を納得させる事にした。
案の定ほどなくして、唖然とした様子でこちらを見上げている二人の騎士の姿が視界に入った。
「見つけたわ! メリッサ、二人の下へ」
『お安い御用ですわっ!』
ブラダマンテを乗せた天馬は、地上の人々を巻き込まないよう軌道に注意を払い――静かにロジェロ達の下へと降り立った。
「司――ブ、ブラダマンテ? どうしてここに!?」
まさか遠きエチオピアの地まで追いかけてくるなどと、予想だにしていなかったらしい。ロジェロ――黒崎八式は上ずった声で尋ねた。
「どうしてって……パリの戦闘も終わったし、受けていた依頼も片付けたから。
落ち着いたら合流しようと思ったのよ。ホラ、その……つまんない事で喧嘩別れして、それっきりだったし」
「ああ……そんな事もあったっけな。べ、別にソレはもう、気にしてねえから」
久方ぶりの再会。お互いの視線が合う。それに気づき二人はほぼ同時に、やたら不自然な動きで目を逸らした。
(あれっ……黒崎の顔なんて見慣れてるハズなのに。
……なんで目を逸らしちゃったんだろ。
気まずい事なんてないわよね? あんなしょうもない口喧嘩なんて時間が経てば水に流せる……よね?)
(な……何で目ェ合わせただけで頬赤らめてんのコイツ!? 公衆の面前で思わせぶりな態度取るなよ……
何でもねえ再会ってだけなのに、妙にこっ恥ずかしくなっちまうだろーが!?)
明らかに様子がおかしいブラダマンテとロジェロを見て、アストルフォは小首を傾げながら言った。
「どうしたんだい二人とも? 想い人同士の感動の再会なんだから、もうちょっと何かあるだろう?
いつもみたいに抱擁するなり、恋人みたいにキスのひとつやふたつしたって罰は当たらないよ」
「な、何言ってんだよアフォ!? ハグはともかく、キスってそんなモン……
え、ちょっと!? ブラダマンテ、何でそんなめっちゃ離れてるんだよ!」
いつぞやのキス未遂事件を思い出したのだろうか。ブラダマンテは大慌てで距離を取り、天馬の背後に隠れる始末だった。
『ブ、ブラダマンテ……? 大丈夫ですか?』
さしものメリッサも不安げに尋ねてきた。
《いえ、何でもない……何でもないわ。しなきゃ、駄目なのかしら。
騎士の恋人同士って、やっぱそういう儀式みたいなのがあったりするわけ?》
《手の甲に口づけとか、そういう話は聞きますけど。
特に義務でやったりはしなかったかと》
小声でボソボソと呟く女性陣二人。片や男性陣も互いに顔を見合わせて内緒話をしている。
《アフォてめえ、しょーもない煽り方すんじゃねーよ! オレとブラダマンテは、まだ挙式すらしてねーんだぞ?》
《式を挙げたかどうかなんて、お互い愛し合っていれば関係ないとボクは思うよ。
フロリマールとフロルドリだって結婚前、二度目の再会を果たした時にさ。茂みに飛び込んでおもむろに――》
《バっ……てめっ……何を……! いいかアフォ、ブラダマンテの前でンな事絶対言うなよ!?
もし口走ったら今度こそ絶交だからな! 約束しろゴルァ!?》
いくら物語の中では相思相愛の役柄といえど――現実世界において、司藤アイと黒崎八式は腐れ縁の悪友でしかないのだ。
二人の挙動不審ぶりに顔を見合わせるアストルフォとメリッサ。視線を交わした結果、ひとまず彼らを落ち着かせて、無難な再会を演出する方向に舵を定めた。
それでもお互い視線を泳がせながら、とても恋人同士とは思えない、ぎこちない会話のやり取りになった事は言うまでもない。
**********
エチオピア王セナプスの窮状については、主にアストルフォから説明され。
これからちょうど、聖者が住まうとされるナイル川源流のある高山に向かう予定であった事も、ブラダマンテ達は把握した。
「山に登る分には、ボクたちであれば問題はないと思うよ。
ボクには幻獣ヒポグリフが。ロジェロ君には名馬ラビカンが。ブラダマンテにはペガサスがいるんだからね」
アストルフォの言う通りであった。確かに出発に関して特に支障はない。
彼の説明を受ける間、ブラダマンテはロジェロの脇をつつき、小声で尋ねた。
《ねえ黒崎。これから向かう先の山について、下田教授から話とか聞いておいた方がいい?》
《うーむ……今はまだ、いいんじゃねえか? 状況的にヤバい訳でもねえし。
ていうかな。エチオピアに着いてから、起こるハズだった事件がことごとく原典と異なってるんだよ。
だから下田教授のアドバイスが役に立つかどうかも正直、未知数なんだよな》
《そっか……残念ね》
黒崎はやんわりと助言を断った。というのも、下田から直接言葉を受け取るためには、アイの身体に触れている必要がある。
妙に互いを意識してしまっている現時点で、長時間触れ合っているのはどうにも具合が悪い気がしたのだ。
(いざとなったら――そうも言ってられねーだろうな。もしかしたら聖者なんて、いねーかもしれねーし。
その時はまあ……その時になったら考えるしかねーか)
そもそも原典では、アストルフォは単独で月に向かう。ロジェロやブラダマンテが同行できる保証はないのだ。
幼馴染との再会を恥ずかしがっている場合ではない。黒崎は思い直し、気合いを入れ直す事に決めた。
「そうと分かったら、早速みんなで出発しようぜ。
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