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幕間3
アストルフォの思慮分別★
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エチオピア王宮での宴が終わり、ブラダマンテ達四人がそれぞれの使命を確認し、相談を終えた後のこと。
彼らは歓待のため、宿泊用の家屋をそれぞれあてがわれていた。
ロジェロ――黒崎八式の下に、イングランド王子アストルフォが訪ねてきた。
「どうしたんだアストルフォ? こんな夜更けに」
「ちょっと気になってしまってね。司藤君も無事に立ち直れたというのに。
心なしか黒崎君。きみは浮かない顔をしているように思えたんだ」
普段であれば「そんな訳ねーだろアフォ!」とつっぱねる黒崎であったが。
アストルフォの目は真剣そのもの。そして整った顔立ちはいつにも増して聡明に見える。過去の精神世界・「月」より持ち帰った、アストルフォの心――いわゆる理性、思慮分別――が今の彼を為しているのだろう。
黒崎は無言だった。それを肯定と受け取ったアストルフォは言葉を続けた。
「司藤君に――愛を打ち明けたのかい?」
「……ああ、一応な。でもやっぱり駄目だったよ」
自嘲気味に寂しく微笑む黒崎に対し、アストルフォは「詳しく聞かせてくれないか?」と問う。
気が緩んだのか、理性あるアストルフォを信頼できると思ったのか。気がつけば黒崎は、月でアイを連れ戻した時の状況を事細かに語っていた。
「オレが『好きだ』と告げたら、司藤完全に固まっちまってな。
オレも馬鹿だよな。アイツに散々、セクハラめいた真似をして困らせちまってた事の自覚が足りなかったわ。
司藤が好きなのは、綺織浩介という名の、大学に通う先輩でさ。爽やかで優しい男だよ。
あいつに比べたらオレみたいなガサツな奴なんて、どう逆立ちしたって割り込む余地なんざ――」
「――それは、違うんじゃあないか? 黒崎君」
アストルフォの疑問の言葉は、黒崎にとっては予想外だったようだ。
「違うって……何がだよ?」
「アイ君の反応がだよ。その様子じゃあ、きみの事を悪く思うどころか――好いているんじゃあないか?」
続く言葉は、それまでどうにか落ち着いていた黒崎の心を大きく揺さぶった。
「……何言ってんだよ。そんな訳が――」
「いいかい黒崎君。世の中、好きな人を前にして――淀みなく愛の言葉を語る事ができる女性ばかりじゃあないんだよ。
アイ君が言葉に詰まって放心してしまったのは、きみの告白を好意的に、嬉しく思った証じゃないかと、ボクは思うよ」
思慮分別に溢れるアストルフォの真摯な眼差しが、黒崎の目を射抜く。戯言だと流し切れない、異様なまでの説得力。さしもの黒崎もつっぱねる事ができず――
「……本当に、そう思うのか。アストルフォ――?」
「過去に幾人もの貴婦人がたと愛を語り、育んできたボクの言葉を疑うのかい?」
有無を言わさぬ威圧。アストルフォの真剣な表情が黒崎の顔に近づく。
「んだッ! アフォ、てめーなあ!? 顔が近いんだよ!
まさかお前、男相手でもお構いなしだったりするんじゃねーだろーな!?」
「……そんな訳がないだろう? ボクの愛はあくまで麗しき貴婦人の為にある。
ともかく黒崎君。そう自分を卑下する事は無い。ボクがもしアイ君の立場だったら、一人の男性にそこまで尽くされて、心を動かされない筈がないのだから」
「……だけど、よ。仮にお前の言ってる事が正しいとしても。
今はまだその時じゃねえんだよ。司藤には女騎士ブラダマンテの。オレには異教の騎士ロジェロとしての使命がまだ残ってる。
サラセン帝国との戦争を終わらせて、二人の騎士が結ばれるよう、準備も進めていかなきゃならねえ」
黒崎の言う通りだった。「狂えるオルランド」なる物語世界に放り込まれたアイと黒崎が、現実世界に帰るためには。
相思相愛にして後に結婚するブラダマンテとロジェロの、苦難に満ちた恋愛劇を成就させなければならないのである。
「もちろん、きみ達の使命を達成するのが最優先だけれども。
その合間にだって、要所要所で彼女への気遣いや男らしさをアピールする機会もある筈さ。
このアストルフォ、及ばずながらそういった手ほどきを伝授してもいいが、どうするね?」
「なん……だと……」
アストルフォの提案に、思いのほか黒崎は食いついていた。
彼だって思春期の男だ。想い人たる司藤アイの好感度を上げる機会や手段があるなら、飛びついてしまうのはむしろ自然な感情と言えよう。
「できれば、その……色々と教えて下さいお願いしますアストルフォ様!」
「はっはっは。そんな急に畏まらなくたっていいよ、黒崎君。きみとボクとの仲じゃあないか。
じゃあ早速行ってみようか。不意に彼女との距離が密着した際に取るべき行動は――」
アストルフォの講釈が始まろうとした、まさにその時。異変が起こった。
彼の美しい金髪から、白煙のようなものが漏れている事に、黒崎は気づいた。
「……ん? アストルフォ、大丈夫か? 顔から湯気みたいなモンが――」
「何を言っているんだい? 気のせいさ! ええっと……話の続きだけど。勢いに任せていい時とそうでない時がある。大事なのは相手の好みのシチュエーションを事前に調べ――」
そこまでだった。
ポン! と何とも言えない間の抜けた破裂音がしたかと思うと、アストルフォの頭頂部から勢いよく煙が立ち上り――それは夜空に吸い込まれて、あっという間に見えなくなってしまった。
後に残されたのは、美しく整った顔立ちはそのままに、どことなく愛嬌はあるが何も考えてなさそうなアストルフォのみ。
「うおおおいッ!? アストルフォしっかりしろ! 何だよ今の……あっ。
ひょっとして今の白煙って……月で手に入れた思慮分別ってヤツか!?」
「どうしたんだいロジェロ君。こんな夜更けに間近で大声を出して。
困るなぁ。いくらボクが美しいと言っても、ボクの愛はあくまで麗しき貴婦人のものだよ」
先刻とほぼ同じ台詞の筈なのに、漂う雰囲気はあまりにも違う。具体的に言うとアフォっぽさと聞く者の苛立ち具合が。
原典に曰く。アストルフォ、それ以後長らく分別わきまえ暮らしたが、その後犯した過ちのため、脳から再び正気を取り上げられた(とテュルパン大司教は述べている)――
(いやいやいやいや! 先日持ち帰ったばっかりじゃねえかアストルフォの心!
それがもう無くなったのかよ! いくら何でも揮発すんの早過ぎだろ!?
つーか何だ、オレに恋愛の手ほどきするのが過ちだっつーのかよクソッ! にべもねえな畜生ォォォォ!?)
長らくどころか真夏の夜の夢の如く、儚く消えた思慮分別。
ちなみにこの後、アストルフォの心を封じ込めるための瓶は、彼自身の不注意であっけなく割れてしまった。
「恐怖の角笛もいつの間にか壊れてしまっていてね。あとよく分からないガラス瓶の破片もあって。
怪我したら危ないから、燃えないゴミの日に一緒に出しておいたよ!」
こうしてアストルフォの理性および思慮分別は、彼が生きている間二度と戻る事はなかった。
(閑話・おしまい)
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
《 作者落書き・その7 》
吹っ飛ぶアストルフォ。今回のシーンとは関係ないけど(笑)。
彼らは歓待のため、宿泊用の家屋をそれぞれあてがわれていた。
ロジェロ――黒崎八式の下に、イングランド王子アストルフォが訪ねてきた。
「どうしたんだアストルフォ? こんな夜更けに」
「ちょっと気になってしまってね。司藤君も無事に立ち直れたというのに。
心なしか黒崎君。きみは浮かない顔をしているように思えたんだ」
普段であれば「そんな訳ねーだろアフォ!」とつっぱねる黒崎であったが。
アストルフォの目は真剣そのもの。そして整った顔立ちはいつにも増して聡明に見える。過去の精神世界・「月」より持ち帰った、アストルフォの心――いわゆる理性、思慮分別――が今の彼を為しているのだろう。
黒崎は無言だった。それを肯定と受け取ったアストルフォは言葉を続けた。
「司藤君に――愛を打ち明けたのかい?」
「……ああ、一応な。でもやっぱり駄目だったよ」
自嘲気味に寂しく微笑む黒崎に対し、アストルフォは「詳しく聞かせてくれないか?」と問う。
気が緩んだのか、理性あるアストルフォを信頼できると思ったのか。気がつけば黒崎は、月でアイを連れ戻した時の状況を事細かに語っていた。
「オレが『好きだ』と告げたら、司藤完全に固まっちまってな。
オレも馬鹿だよな。アイツに散々、セクハラめいた真似をして困らせちまってた事の自覚が足りなかったわ。
司藤が好きなのは、綺織浩介という名の、大学に通う先輩でさ。爽やかで優しい男だよ。
あいつに比べたらオレみたいなガサツな奴なんて、どう逆立ちしたって割り込む余地なんざ――」
「――それは、違うんじゃあないか? 黒崎君」
アストルフォの疑問の言葉は、黒崎にとっては予想外だったようだ。
「違うって……何がだよ?」
「アイ君の反応がだよ。その様子じゃあ、きみの事を悪く思うどころか――好いているんじゃあないか?」
続く言葉は、それまでどうにか落ち着いていた黒崎の心を大きく揺さぶった。
「……何言ってんだよ。そんな訳が――」
「いいかい黒崎君。世の中、好きな人を前にして――淀みなく愛の言葉を語る事ができる女性ばかりじゃあないんだよ。
アイ君が言葉に詰まって放心してしまったのは、きみの告白を好意的に、嬉しく思った証じゃないかと、ボクは思うよ」
思慮分別に溢れるアストルフォの真摯な眼差しが、黒崎の目を射抜く。戯言だと流し切れない、異様なまでの説得力。さしもの黒崎もつっぱねる事ができず――
「……本当に、そう思うのか。アストルフォ――?」
「過去に幾人もの貴婦人がたと愛を語り、育んできたボクの言葉を疑うのかい?」
有無を言わさぬ威圧。アストルフォの真剣な表情が黒崎の顔に近づく。
「んだッ! アフォ、てめーなあ!? 顔が近いんだよ!
まさかお前、男相手でもお構いなしだったりするんじゃねーだろーな!?」
「……そんな訳がないだろう? ボクの愛はあくまで麗しき貴婦人の為にある。
ともかく黒崎君。そう自分を卑下する事は無い。ボクがもしアイ君の立場だったら、一人の男性にそこまで尽くされて、心を動かされない筈がないのだから」
「……だけど、よ。仮にお前の言ってる事が正しいとしても。
今はまだその時じゃねえんだよ。司藤には女騎士ブラダマンテの。オレには異教の騎士ロジェロとしての使命がまだ残ってる。
サラセン帝国との戦争を終わらせて、二人の騎士が結ばれるよう、準備も進めていかなきゃならねえ」
黒崎の言う通りだった。「狂えるオルランド」なる物語世界に放り込まれたアイと黒崎が、現実世界に帰るためには。
相思相愛にして後に結婚するブラダマンテとロジェロの、苦難に満ちた恋愛劇を成就させなければならないのである。
「もちろん、きみ達の使命を達成するのが最優先だけれども。
その合間にだって、要所要所で彼女への気遣いや男らしさをアピールする機会もある筈さ。
このアストルフォ、及ばずながらそういった手ほどきを伝授してもいいが、どうするね?」
「なん……だと……」
アストルフォの提案に、思いのほか黒崎は食いついていた。
彼だって思春期の男だ。想い人たる司藤アイの好感度を上げる機会や手段があるなら、飛びついてしまうのはむしろ自然な感情と言えよう。
「できれば、その……色々と教えて下さいお願いしますアストルフォ様!」
「はっはっは。そんな急に畏まらなくたっていいよ、黒崎君。きみとボクとの仲じゃあないか。
じゃあ早速行ってみようか。不意に彼女との距離が密着した際に取るべき行動は――」
アストルフォの講釈が始まろうとした、まさにその時。異変が起こった。
彼の美しい金髪から、白煙のようなものが漏れている事に、黒崎は気づいた。
「……ん? アストルフォ、大丈夫か? 顔から湯気みたいなモンが――」
「何を言っているんだい? 気のせいさ! ええっと……話の続きだけど。勢いに任せていい時とそうでない時がある。大事なのは相手の好みのシチュエーションを事前に調べ――」
そこまでだった。
ポン! と何とも言えない間の抜けた破裂音がしたかと思うと、アストルフォの頭頂部から勢いよく煙が立ち上り――それは夜空に吸い込まれて、あっという間に見えなくなってしまった。
後に残されたのは、美しく整った顔立ちはそのままに、どことなく愛嬌はあるが何も考えてなさそうなアストルフォのみ。
「うおおおいッ!? アストルフォしっかりしろ! 何だよ今の……あっ。
ひょっとして今の白煙って……月で手に入れた思慮分別ってヤツか!?」
「どうしたんだいロジェロ君。こんな夜更けに間近で大声を出して。
困るなぁ。いくらボクが美しいと言っても、ボクの愛はあくまで麗しき貴婦人のものだよ」
先刻とほぼ同じ台詞の筈なのに、漂う雰囲気はあまりにも違う。具体的に言うとアフォっぽさと聞く者の苛立ち具合が。
原典に曰く。アストルフォ、それ以後長らく分別わきまえ暮らしたが、その後犯した過ちのため、脳から再び正気を取り上げられた(とテュルパン大司教は述べている)――
(いやいやいやいや! 先日持ち帰ったばっかりじゃねえかアストルフォの心!
それがもう無くなったのかよ! いくら何でも揮発すんの早過ぎだろ!?
つーか何だ、オレに恋愛の手ほどきするのが過ちだっつーのかよクソッ! にべもねえな畜生ォォォォ!?)
長らくどころか真夏の夜の夢の如く、儚く消えた思慮分別。
ちなみにこの後、アストルフォの心を封じ込めるための瓶は、彼自身の不注意であっけなく割れてしまった。
「恐怖の角笛もいつの間にか壊れてしまっていてね。あとよく分からないガラス瓶の破片もあって。
怪我したら危ないから、燃えないゴミの日に一緒に出しておいたよ!」
こうしてアストルフォの理性および思慮分別は、彼が生きている間二度と戻る事はなかった。
(閑話・おしまい)
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
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