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第7章 オルランド討伐作戦
3 尼僧メリッサの決意と行動
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女騎士ブラダマンテは、尼僧メリッサの変身した天馬に乗り空を駆けていた。
天を覆うは黒き夜空。生憎と雲がかかっており、星々の瞬きは伺い知れない。
地に広がるは夜もなお穏やかで美しさを湛える海。イタリア半島とバルカン半島に挟まれしアドリア海である。
これで何度目になるか分からないが、彼女の献身には頭が上がらない、とブラダマンテ――司藤アイは常々思っていた。
「本当にいつも、ありがとうね。メリッサ」
『何ですかブラダマンテ。急に改まって……
ですが、感謝の意を示したいというのであればこのメリッサ、いつでも受け入れ態勢万全ですよ!』
何とも予想通りの言葉を返してくる、興奮気味の彼女に対し。
アイは苦笑しつつも応える事にした。
「はいはい。事が全て終わったら――構わないわよ」
『ああんもう、ブラダマンテってばつれないんだから。
でもそういう所が私の……って、え?
ブ、ブ、ブラダマンテ? 今何とおっしゃいました……?』
彼女にとっては予想外だったらしい。今言われた事がにわかに信じられなかったようだ。
「だから、今起きてる戦争やら何やら、厄介ごとが全部片付いて。
わたしと黒崎が結婚できるようになったら。その後でね。
……えーと、その……キス、くらいまでだったら」
『…………ッ! ……………………ッッ!?!?!?』
メリッサは何がしか言葉を発しているようだが、興奮しすぎて意味のある内容になっていない。どころかブラダマンテの跨るペガサスから、急激に上昇した彼女の体温が伝わってきて、真夜中にも関わらず暑苦しいぐらいだった。
「ちょ、ちょっとメリッサ! 落ち着いて……ひゃあッ!?
飛んでる軌道メチャクチャじゃない! 落っこちたらどーしてくれんのよ!?」
『ブラダマンテ……! なんと嬉しいお言葉でしょう!
このメリッサ、貴女にお仕えできて本当に、本当に良かったです!
まさか接吻まで許可していただけるなんて! いっその事、その先の素敵な愛のやり取りにまで踏み込みませんか!?』
「きっぱりとお断りしますッ! 調子に乗んなァッ!?」
思わず罵声を叫び返してしまったものの、いつぞやの神妙な様子からすっかり元の調子に戻ったようで。
元気を取り戻したメリッサの姿を見るのは、アイにとっても嬉しい事だった。
(きっと黒崎もあの時、今のわたしと同じような気持ちになったんだろうな……
好きな人が思い詰めてたり、落ち込んだりしてたら心配するし、力になりたいって思うもの、なのよね)
好きな人が、という単語が浮かび――アイは頬の温度が上昇するのを感じた。
月世界での黒崎の告白を思い出してしまったのだ。
(う……脳裏に浮かんだだけで、考えが吹っ飛んじゃいそう……
まだダメだ。黒崎との関係に答えを出すのは――この世界での『ブラダマンテ』としての使命を果たしてから、じゃないと)
アイはそう自分に言い聞かせ、深呼吸をして心を落ち着かせるのだった。
ブラダマンテとメリッサが向かう目的地は、北イタリア東端の港町トリエステ。東ローマ帝国領である。
彼女たちの目的は契丹の王女アンジェリカに会う事。メリッサの仕入れた情報によれば、彼女は今トリエステに滞在しているらしい。
(下田教授の言っていた内容とも一致するわね。でも確かアンジェリカって、恋人メドロと一緒に契丹に逃亡中の筈よね?
なんでトリエステから動かないでいるのかしら……? まあ、一つ所に留まってくれた方が探しやすくて助かるけど)
**********
メリッサはブラダマンテの言葉に歓喜しつつも、先日以前に起きた出来事を思い返していた。
(もう――私は覚悟を決めましたわ。何があっても、ブラダマンテを――司藤アイさんをお守りする、と)
その手にはまだ、嫌な感触が残っている。彼女は決意したのだ。そしてその決意を実行に移した。もう後戻りはできない。
月世界にて「ブラダマンテ」の魂に遭遇した時、メリッサは彼女と話をする機会に恵まれた。
クレルモン家の女騎士ブラダマンテ。彼女は今、アイに肉体を半ば乗っ取られたような状況である。しかしアイが物語世界の使命――愛しの騎士ロジェロとの結婚――を達成できなければ、物語世界の時間はリセットされ、また最初からやり直しになってしまうという現状も、彼女は理解していた。
(『ブラダマンテ』は、アイさんの事を敵視してはいませんでした。むしろ優れた魂の持ち主として高く評価していましたわ。
アイさんを失う訳にはいかない。それは私も、『ブラダマンテ』も同じ想い――)
しかし残念ながらメリッサの所属する組織と主人――隠密集団アシュタルト及びシャルルマーニュに仕える魔術師マラジジ――にとって。ブラダマンテの中にいる司藤アイの魂は、歓迎すべきではない異物としてしか見做されなかった。
エチオピア王との宴が終わった後の夜、人気のない森にて。早速メリッサの下に「アシュタルト」が接触してきた。
「月旅行、ご苦労であったな。して――ブラダマンテ様はどうであった?」
「何も――問題はありませんでしたわ。『彼女』は私たちが思っているような災いなどではありません」
メリッサは強弁したが、アシュタルトは失望したような声を上げただけだった。
「やはりそう言うと思っていたよ。愚かな女だ、メリッサ。
我ら『アシュタルト』が仕えるべき主は、マラジジ様であり、シャルルマーニュであり、その血に連なるクレルモン家のブラダマンテ様だ。
どこの馬の骨とも知れぬような、得体の知れぬ魂などではない!
貴様の任務は終了だ。『メリッサ』の役割は、我らの別の同胞が新たに務める事となる」
アシュタルトは黒檀の短刀を抜き放ち、メリッサに襲いかかった。
刃渡りこそ短いものの、対魔法用の防御と攻撃を兼ね備えし魔力を主マラジジにより付与されている。魔術戦においては、ロジェロの持つ魔剣ベリサルダにも匹敵する武器であった。
(メリッサよ。貴様がいかに魔法に長けた化け物だろうが、この短刀ある限り、我に魔術の類は一切通用せぬ! 覚悟を決めて死ぬがいいッ!)
しかしメリッサは落ち着き払っていた。
「――そんな事だろうと思っていましたわ」
メリッサはすでに呪文を唱え、魔術の布陣を完成させていた。
「愚かな! 今の俺に貴様の魔術は通じぬぞ!」
「でしょうね。私を抹殺する気なら、その程度の備えはあるでしょう。でも」
メリッサは森の奥へと走る。アシュタルトも追いすがるが――地面が揺れている事に気づいた。
不意に尼僧姿の魔女は振り返り、地面を蹴って砂を飛ばす。それにひるんだ隙に大地が鳴動し、森の木々が次々と倒れ込んできた!
「何ッ!? しまっ――」
圧倒的な質量を持つ倒木に対し、チャチな短刀一本ではどうする事もできない。
アシュタルトはなす術もなく、木々の下敷きになり動けなくなってしまった。
「貴方に魔術は通じなくても、森や地面じたいに魔法をかける事は可能です。
それによって倒れてくる木は、ただの物体。いくら魔法への備えがあったところで、どうにもなりませんわ」
「貴様ァ――我らアシュタルトに。何よりマラジジ様に刃向うというのかァ!?」
「『メリッサ』になった時から、私のお仕えする主人はブラダマンテただ一人。
マラジジでもシャルルマーニュでもありません。彼らは私の主人などでは断じてないッ!」
怒りを込めて宣言するメリッサの表情は――身動き取れぬ刺客に対し、嗜虐の心を覗かせた。
なおも脱出しようとあがくアシュタルトの右腕を、グリグリと踏みにじる。男の悲鳴が上がり、メリッサは口の端を歪ませた。
「かくなる、上はッ……」
「舌を噛むつもりですか? ご存知ありません?
人間舌を噛んだくらいじゃ、即座に死ねたりしませんわ」
刺客は舌を噛み痙攣している。余計な情報は喋らないという意志表示だろうか。
メリッサは失笑した。尋問する必要すらない。過去の精神世界「月」を旅した事で、彼女は頭部に触れる事で、その人物が体験した過去や情報を瞬時に得る魔術をも身に着けていたのだから。
男の知る過去からメリッサにとって有益な情報を得る。アンジェリカの居場所。彼女は南ドイツのミュンヘンから、ランゴバルド王国領を通り抜け、トリエステに向かっている。それだけ分かれば十分だ。メリッサの変身する天馬の速度をもってすれば、エチオピアからでも十分に間に合う距離だろう。
「せめて苦しみが長引きませんように――」
メリッサは男の持っていた黒檀の短刀を奪い取り、彼の喉笛を切り裂いた。
今度こそ刺客は血の泡を吹き絶命する。メリッサのマラジジへの反逆と、アシュタルトとの決別が確定した瞬間であった。
天を覆うは黒き夜空。生憎と雲がかかっており、星々の瞬きは伺い知れない。
地に広がるは夜もなお穏やかで美しさを湛える海。イタリア半島とバルカン半島に挟まれしアドリア海である。
これで何度目になるか分からないが、彼女の献身には頭が上がらない、とブラダマンテ――司藤アイは常々思っていた。
「本当にいつも、ありがとうね。メリッサ」
『何ですかブラダマンテ。急に改まって……
ですが、感謝の意を示したいというのであればこのメリッサ、いつでも受け入れ態勢万全ですよ!』
何とも予想通りの言葉を返してくる、興奮気味の彼女に対し。
アイは苦笑しつつも応える事にした。
「はいはい。事が全て終わったら――構わないわよ」
『ああんもう、ブラダマンテってばつれないんだから。
でもそういう所が私の……って、え?
ブ、ブ、ブラダマンテ? 今何とおっしゃいました……?』
彼女にとっては予想外だったらしい。今言われた事がにわかに信じられなかったようだ。
「だから、今起きてる戦争やら何やら、厄介ごとが全部片付いて。
わたしと黒崎が結婚できるようになったら。その後でね。
……えーと、その……キス、くらいまでだったら」
『…………ッ! ……………………ッッ!?!?!?』
メリッサは何がしか言葉を発しているようだが、興奮しすぎて意味のある内容になっていない。どころかブラダマンテの跨るペガサスから、急激に上昇した彼女の体温が伝わってきて、真夜中にも関わらず暑苦しいぐらいだった。
「ちょ、ちょっとメリッサ! 落ち着いて……ひゃあッ!?
飛んでる軌道メチャクチャじゃない! 落っこちたらどーしてくれんのよ!?」
『ブラダマンテ……! なんと嬉しいお言葉でしょう!
このメリッサ、貴女にお仕えできて本当に、本当に良かったです!
まさか接吻まで許可していただけるなんて! いっその事、その先の素敵な愛のやり取りにまで踏み込みませんか!?』
「きっぱりとお断りしますッ! 調子に乗んなァッ!?」
思わず罵声を叫び返してしまったものの、いつぞやの神妙な様子からすっかり元の調子に戻ったようで。
元気を取り戻したメリッサの姿を見るのは、アイにとっても嬉しい事だった。
(きっと黒崎もあの時、今のわたしと同じような気持ちになったんだろうな……
好きな人が思い詰めてたり、落ち込んだりしてたら心配するし、力になりたいって思うもの、なのよね)
好きな人が、という単語が浮かび――アイは頬の温度が上昇するのを感じた。
月世界での黒崎の告白を思い出してしまったのだ。
(う……脳裏に浮かんだだけで、考えが吹っ飛んじゃいそう……
まだダメだ。黒崎との関係に答えを出すのは――この世界での『ブラダマンテ』としての使命を果たしてから、じゃないと)
アイはそう自分に言い聞かせ、深呼吸をして心を落ち着かせるのだった。
ブラダマンテとメリッサが向かう目的地は、北イタリア東端の港町トリエステ。東ローマ帝国領である。
彼女たちの目的は契丹の王女アンジェリカに会う事。メリッサの仕入れた情報によれば、彼女は今トリエステに滞在しているらしい。
(下田教授の言っていた内容とも一致するわね。でも確かアンジェリカって、恋人メドロと一緒に契丹に逃亡中の筈よね?
なんでトリエステから動かないでいるのかしら……? まあ、一つ所に留まってくれた方が探しやすくて助かるけど)
**********
メリッサはブラダマンテの言葉に歓喜しつつも、先日以前に起きた出来事を思い返していた。
(もう――私は覚悟を決めましたわ。何があっても、ブラダマンテを――司藤アイさんをお守りする、と)
その手にはまだ、嫌な感触が残っている。彼女は決意したのだ。そしてその決意を実行に移した。もう後戻りはできない。
月世界にて「ブラダマンテ」の魂に遭遇した時、メリッサは彼女と話をする機会に恵まれた。
クレルモン家の女騎士ブラダマンテ。彼女は今、アイに肉体を半ば乗っ取られたような状況である。しかしアイが物語世界の使命――愛しの騎士ロジェロとの結婚――を達成できなければ、物語世界の時間はリセットされ、また最初からやり直しになってしまうという現状も、彼女は理解していた。
(『ブラダマンテ』は、アイさんの事を敵視してはいませんでした。むしろ優れた魂の持ち主として高く評価していましたわ。
アイさんを失う訳にはいかない。それは私も、『ブラダマンテ』も同じ想い――)
しかし残念ながらメリッサの所属する組織と主人――隠密集団アシュタルト及びシャルルマーニュに仕える魔術師マラジジ――にとって。ブラダマンテの中にいる司藤アイの魂は、歓迎すべきではない異物としてしか見做されなかった。
エチオピア王との宴が終わった後の夜、人気のない森にて。早速メリッサの下に「アシュタルト」が接触してきた。
「月旅行、ご苦労であったな。して――ブラダマンテ様はどうであった?」
「何も――問題はありませんでしたわ。『彼女』は私たちが思っているような災いなどではありません」
メリッサは強弁したが、アシュタルトは失望したような声を上げただけだった。
「やはりそう言うと思っていたよ。愚かな女だ、メリッサ。
我ら『アシュタルト』が仕えるべき主は、マラジジ様であり、シャルルマーニュであり、その血に連なるクレルモン家のブラダマンテ様だ。
どこの馬の骨とも知れぬような、得体の知れぬ魂などではない!
貴様の任務は終了だ。『メリッサ』の役割は、我らの別の同胞が新たに務める事となる」
アシュタルトは黒檀の短刀を抜き放ち、メリッサに襲いかかった。
刃渡りこそ短いものの、対魔法用の防御と攻撃を兼ね備えし魔力を主マラジジにより付与されている。魔術戦においては、ロジェロの持つ魔剣ベリサルダにも匹敵する武器であった。
(メリッサよ。貴様がいかに魔法に長けた化け物だろうが、この短刀ある限り、我に魔術の類は一切通用せぬ! 覚悟を決めて死ぬがいいッ!)
しかしメリッサは落ち着き払っていた。
「――そんな事だろうと思っていましたわ」
メリッサはすでに呪文を唱え、魔術の布陣を完成させていた。
「愚かな! 今の俺に貴様の魔術は通じぬぞ!」
「でしょうね。私を抹殺する気なら、その程度の備えはあるでしょう。でも」
メリッサは森の奥へと走る。アシュタルトも追いすがるが――地面が揺れている事に気づいた。
不意に尼僧姿の魔女は振り返り、地面を蹴って砂を飛ばす。それにひるんだ隙に大地が鳴動し、森の木々が次々と倒れ込んできた!
「何ッ!? しまっ――」
圧倒的な質量を持つ倒木に対し、チャチな短刀一本ではどうする事もできない。
アシュタルトはなす術もなく、木々の下敷きになり動けなくなってしまった。
「貴方に魔術は通じなくても、森や地面じたいに魔法をかける事は可能です。
それによって倒れてくる木は、ただの物体。いくら魔法への備えがあったところで、どうにもなりませんわ」
「貴様ァ――我らアシュタルトに。何よりマラジジ様に刃向うというのかァ!?」
「『メリッサ』になった時から、私のお仕えする主人はブラダマンテただ一人。
マラジジでもシャルルマーニュでもありません。彼らは私の主人などでは断じてないッ!」
怒りを込めて宣言するメリッサの表情は――身動き取れぬ刺客に対し、嗜虐の心を覗かせた。
なおも脱出しようとあがくアシュタルトの右腕を、グリグリと踏みにじる。男の悲鳴が上がり、メリッサは口の端を歪ませた。
「かくなる、上はッ……」
「舌を噛むつもりですか? ご存知ありません?
人間舌を噛んだくらいじゃ、即座に死ねたりしませんわ」
刺客は舌を噛み痙攣している。余計な情報は喋らないという意志表示だろうか。
メリッサは失笑した。尋問する必要すらない。過去の精神世界「月」を旅した事で、彼女は頭部に触れる事で、その人物が体験した過去や情報を瞬時に得る魔術をも身に着けていたのだから。
男の知る過去からメリッサにとって有益な情報を得る。アンジェリカの居場所。彼女は南ドイツのミュンヘンから、ランゴバルド王国領を通り抜け、トリエステに向かっている。それだけ分かれば十分だ。メリッサの変身する天馬の速度をもってすれば、エチオピアからでも十分に間に合う距離だろう。
「せめて苦しみが長引きませんように――」
メリッサは男の持っていた黒檀の短刀を奪い取り、彼の喉笛を切り裂いた。
今度こそ刺客は血の泡を吹き絶命する。メリッサのマラジジへの反逆と、アシュタルトとの決別が確定した瞬間であった。
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