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第7章 オルランド討伐作戦
4 ブラダマンテ、アンジェリカと再会する
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女騎士ブラダマンテはペガサスに乗ってアドリア海を北上し、東ローマ帝国領・トリエステを目指した。
ここは古代ローマ時代に植民都市として栄えた、とカエサルの「ガリア戦記」にも記されている。
「……って。なんかさぁ、気のせいかもだけど……風が強くなってない?
心なしか、身体もジメジメしてきたし……」
ブラダマンテ――司藤アイは、トリエステの街並みが見える先の石灰岩地帯……いわゆるカルスト台地に近づくにつれ、強風に晒されて進みづらくなっている事に気づいた。湿った空気も気のせいではない。先刻から空を覆っていた雲から、小粒の雨が降り出していた。
『これ以上、空を行くのは危険かもしれませんわね、ブラダマンテ。
雨交じりの強風に打たれ続けては、思うように飛べず貴女を危険に晒してしまうかも……』
「さっきじゅーぶん危険な目に遭ったけどね!」
『ゴホン。嬉しさのあまり若気の至りという奴ですわ!
ともかく、夜中とはいえ街の近くでペガサスは目立ちすぎます。適当なところで着陸しますね――』
ииииииииии
「ちょっと下田教授! わたしトリエステって街、よく知らないんだけど……
地中海に面してるのに、なんかすごくジメジメしてて風も強いんだけど!」
横殴りの雨に晒され、ずぶ濡れになったアイは、早速抗議の念話を下田三郎に送った。
『それは違うぞアイ君。トリエステが面しているのは正確に言えばアドリア海だ。
現代でこそトリエステはイタリアの都市だが、雰囲気も気候も他とは大分違うんだよ。
トリエステはヨーロッパにしては珍しい、温帯湿潤気候でな。どちらかと言えば日本に近い環境だと思ってくれ。
あと風は仕方ない。トリエステってカルスト台地の麓にある街だから。そこ海抜458メートルの断崖絶壁になってるから。そのせいでボーラって名前の強風が一年中吹くんだよ。ちなみにこの名前、北風の神ボレアスにちなんで名付けられているんだがな』
年中強風に晒される為か、トリエステは自然と風に強く、密集した家屋の多い、こじんまりした街並みになっている。
街のどこからでも美しいアドリア海を一望できる事から、初めての旅人でも道に迷う心配が少ないのが救いである。
「えぇえ……なんかこう、イタリアの町って全部穏やかで暮らしやすいイメージあったのに」
『だがトリエステはいい所だぞ? この当時でも多分、赤ワインや生ハムの名産地で、食事を楽しめるハズだ。
是非一度本場モノを味わってくるといい。まったく飯テロは最高だぜ!』
下田は酒でも飲んでいるのか、妙なテンションである。司藤アイの苛立っていた気分も萎えてしまった。
「ん、食事もいいんだけどさ。この街にアンジェリカ――錦野麗奈さんがいる。
それは間違いないのよね?」
錦野麗奈。旧姓・綺織麗奈。綺織浩介の実の姉であり、この物語世界では放浪の美姫アンジェリカの肉体に宿り、その役割を演じている女性だ。
『ああ。何度も記述を確認した。彼女は……アンジェリカはまだ、このトリエステに滞在している』
「そっか――じゃあ、月から持ち帰ったこの二つの品、役に立ちそうね」
アイは背負い袋の中に入れている二つの瓶を確認していた。
一つは「錦野麗奈の現実世界の記憶」。
そしてもう一つは盲目の治療薬。エチオピア王セナプスの目も瞬時に癒した特効薬である。
『アンジェリカの恋人メドロは、以前大怪我を負った時に患い、見えなくなった目が未だに治っていないようだ。
聖ヨハネも中々、粋な計らいをするじゃあないか。この事態を見越してわざわざ薬を二つくれたんだからな』
「そうね――早く探し出さなきゃ。アンジェリカとメドロを」
ииииииииии
トリエステの街に入り、ブラダマンテと変身を解いたメリッサはアンジェリカの情報を得るべく聞き込みを始めた。
結論から言えば、驚くほどあっさりとアンジェリカの居場所は特定できた。無理もない。彼女は世界一の美姫と称されるほどの輝く美貌の持ち主であり、街に滞在していれば人々の噂に上らない筈がないのであった。
アンジェリカとメドロがいたのは、カルスト台地に多数存在する洞窟のうちの、特に大きな一つ。
雇い入れた案内人に従い中に入ると、二人の姿があった。契丹の王女の溜め息の出るほどの美しさは未だ健在で、その傍らには盲いた若者が寄り添い、仲睦まじい雰囲気を醸し出している。
「久しぶりね――アンジェリカ」
「あら、ブラダマンテ。来てくれたのね!」
ブラダマンテの顔を認めるや、アンジェリカは美しい顔をさらに輝かせ、満面の笑みを見せた。友人が来訪した旨を盲目のメドロに話すと、彼は微笑んで「積もる話もあるだろう。楽しんでおいで」と恋人を送り出した。
「本当はこちらから、あなた達を探すつもりだったの。
でもレオ皇太子の話じゃ、ブラダマンテもロジェロもあっちこっち旅して居所の特定が難航してるって言うから――
信頼できる情報が得られるまで、このトリエステで待っていて欲しいって言われちゃったのよ」
「? レオ……皇太子?」
「ブラダマンテは知らなかったかしら。ギリシア・小アジアの地を治める東ローマ帝国の皇太子よ。
まあ、このトリエステもその東ローマ帝国の領内なんだけどさ……
私がブラダマンテを探して会いたかったの、そのレオって人の話を伝えたかったからなのよ」
東ローマ帝国の皇太子レオ。その名前を聞いても、原典に詳しくないアイはピンと来ない。
「私気づいちゃったの。レオの顔が――」
ふとアンジェリカは、ブラダマンテの隣にいるメリッサの顔を見やって言葉を切った。
だがメリッサはすかさず「私もアイさんの事情を察しています。お気になさらず続けて下さい」と続きを促した。
「へえ……驚いた。メリッサに本名を明かして、事情も知って貰ってたんだ。
だったら遠慮せずに話せるわね。レオの顔が一瞬だけど……はっきりと今までの世界線と全然違う顔になっていたのよ。それで貴女に報せなきゃって思って」
「…………え。それって、まさか――」
「そう。そのまさかよ! あなた達がずーっと探していた、大学の先輩。
綺織浩介よね? 彼が皇太子レオなのよ!」
アンジェリカの記憶を取り戻すための再会で、思わぬ手掛かりが聞き出せた。
ずっと探し求めていながら、今まで片鱗すら知る事のできなかった、憧れの先輩がついに――見つかった。
(……嘘。綺織、先輩に……会える……!?)
アイの心の中に、奇妙な感情が幾つも生まれ混ざり合い――大渦を形作って彼女を掻き乱していた。
ここは古代ローマ時代に植民都市として栄えた、とカエサルの「ガリア戦記」にも記されている。
「……って。なんかさぁ、気のせいかもだけど……風が強くなってない?
心なしか、身体もジメジメしてきたし……」
ブラダマンテ――司藤アイは、トリエステの街並みが見える先の石灰岩地帯……いわゆるカルスト台地に近づくにつれ、強風に晒されて進みづらくなっている事に気づいた。湿った空気も気のせいではない。先刻から空を覆っていた雲から、小粒の雨が降り出していた。
『これ以上、空を行くのは危険かもしれませんわね、ブラダマンテ。
雨交じりの強風に打たれ続けては、思うように飛べず貴女を危険に晒してしまうかも……』
「さっきじゅーぶん危険な目に遭ったけどね!」
『ゴホン。嬉しさのあまり若気の至りという奴ですわ!
ともかく、夜中とはいえ街の近くでペガサスは目立ちすぎます。適当なところで着陸しますね――』
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「ちょっと下田教授! わたしトリエステって街、よく知らないんだけど……
地中海に面してるのに、なんかすごくジメジメしてて風も強いんだけど!」
横殴りの雨に晒され、ずぶ濡れになったアイは、早速抗議の念話を下田三郎に送った。
『それは違うぞアイ君。トリエステが面しているのは正確に言えばアドリア海だ。
現代でこそトリエステはイタリアの都市だが、雰囲気も気候も他とは大分違うんだよ。
トリエステはヨーロッパにしては珍しい、温帯湿潤気候でな。どちらかと言えば日本に近い環境だと思ってくれ。
あと風は仕方ない。トリエステってカルスト台地の麓にある街だから。そこ海抜458メートルの断崖絶壁になってるから。そのせいでボーラって名前の強風が一年中吹くんだよ。ちなみにこの名前、北風の神ボレアスにちなんで名付けられているんだがな』
年中強風に晒される為か、トリエステは自然と風に強く、密集した家屋の多い、こじんまりした街並みになっている。
街のどこからでも美しいアドリア海を一望できる事から、初めての旅人でも道に迷う心配が少ないのが救いである。
「えぇえ……なんかこう、イタリアの町って全部穏やかで暮らしやすいイメージあったのに」
『だがトリエステはいい所だぞ? この当時でも多分、赤ワインや生ハムの名産地で、食事を楽しめるハズだ。
是非一度本場モノを味わってくるといい。まったく飯テロは最高だぜ!』
下田は酒でも飲んでいるのか、妙なテンションである。司藤アイの苛立っていた気分も萎えてしまった。
「ん、食事もいいんだけどさ。この街にアンジェリカ――錦野麗奈さんがいる。
それは間違いないのよね?」
錦野麗奈。旧姓・綺織麗奈。綺織浩介の実の姉であり、この物語世界では放浪の美姫アンジェリカの肉体に宿り、その役割を演じている女性だ。
『ああ。何度も記述を確認した。彼女は……アンジェリカはまだ、このトリエステに滞在している』
「そっか――じゃあ、月から持ち帰ったこの二つの品、役に立ちそうね」
アイは背負い袋の中に入れている二つの瓶を確認していた。
一つは「錦野麗奈の現実世界の記憶」。
そしてもう一つは盲目の治療薬。エチオピア王セナプスの目も瞬時に癒した特効薬である。
『アンジェリカの恋人メドロは、以前大怪我を負った時に患い、見えなくなった目が未だに治っていないようだ。
聖ヨハネも中々、粋な計らいをするじゃあないか。この事態を見越してわざわざ薬を二つくれたんだからな』
「そうね――早く探し出さなきゃ。アンジェリカとメドロを」
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トリエステの街に入り、ブラダマンテと変身を解いたメリッサはアンジェリカの情報を得るべく聞き込みを始めた。
結論から言えば、驚くほどあっさりとアンジェリカの居場所は特定できた。無理もない。彼女は世界一の美姫と称されるほどの輝く美貌の持ち主であり、街に滞在していれば人々の噂に上らない筈がないのであった。
アンジェリカとメドロがいたのは、カルスト台地に多数存在する洞窟のうちの、特に大きな一つ。
雇い入れた案内人に従い中に入ると、二人の姿があった。契丹の王女の溜め息の出るほどの美しさは未だ健在で、その傍らには盲いた若者が寄り添い、仲睦まじい雰囲気を醸し出している。
「久しぶりね――アンジェリカ」
「あら、ブラダマンテ。来てくれたのね!」
ブラダマンテの顔を認めるや、アンジェリカは美しい顔をさらに輝かせ、満面の笑みを見せた。友人が来訪した旨を盲目のメドロに話すと、彼は微笑んで「積もる話もあるだろう。楽しんでおいで」と恋人を送り出した。
「本当はこちらから、あなた達を探すつもりだったの。
でもレオ皇太子の話じゃ、ブラダマンテもロジェロもあっちこっち旅して居所の特定が難航してるって言うから――
信頼できる情報が得られるまで、このトリエステで待っていて欲しいって言われちゃったのよ」
「? レオ……皇太子?」
「ブラダマンテは知らなかったかしら。ギリシア・小アジアの地を治める東ローマ帝国の皇太子よ。
まあ、このトリエステもその東ローマ帝国の領内なんだけどさ……
私がブラダマンテを探して会いたかったの、そのレオって人の話を伝えたかったからなのよ」
東ローマ帝国の皇太子レオ。その名前を聞いても、原典に詳しくないアイはピンと来ない。
「私気づいちゃったの。レオの顔が――」
ふとアンジェリカは、ブラダマンテの隣にいるメリッサの顔を見やって言葉を切った。
だがメリッサはすかさず「私もアイさんの事情を察しています。お気になさらず続けて下さい」と続きを促した。
「へえ……驚いた。メリッサに本名を明かして、事情も知って貰ってたんだ。
だったら遠慮せずに話せるわね。レオの顔が一瞬だけど……はっきりと今までの世界線と全然違う顔になっていたのよ。それで貴女に報せなきゃって思って」
「…………え。それって、まさか――」
「そう。そのまさかよ! あなた達がずーっと探していた、大学の先輩。
綺織浩介よね? 彼が皇太子レオなのよ!」
アンジェリカの記憶を取り戻すための再会で、思わぬ手掛かりが聞き出せた。
ずっと探し求めていながら、今まで片鱗すら知る事のできなかった、憧れの先輩がついに――見つかった。
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