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第7章 オルランド討伐作戦
5 アンジェリカの葛藤
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綺織浩介。下田教授が教鞭を振るう環境大学の二回生。
司藤アイは高校2年に進学した時に彼と知り合い、その人柄に惹かれて告白までした。告白そのものは受け入れられた訳でもなく断られた訳でもなく、お茶を濁すような形で空振りに終わったものの――未だアイの心の中で、淡い恋心はくすぶり続けていた。
(綺織先輩もやっぱり……この物語世界に……!?
しかも東ローマ帝国の……皇太子? すごい立派な人物じゃない!)
放浪の美姫アンジェリカの言葉に、思わず鼓動が高鳴り、目の前が真っ白になりかけたが。
ブラダマンテ――アイはふと、疑問が湧き上がってきたので質問した。
「でもアンジェリカ。一瞬とはいえ、そのレオって人の顔が別人に見えたのよね?
以前わたしやロジェロに会った時は、わたし達の顔はあくまで物語世界の騎士のものにしか見えないって言ってたじゃない」
アイの言葉に、アンジェリカは今気づいたようにキョトンとした。
「あれ? 確かに――言われてみればおかしいわね。
今だって、貴女の顔は女騎士に見えてるし……」
アンジェリカは俯いて考え込んでしまったが、明確な答えは出ないようで眉間にしわを寄せている。
しかしアイのほうは、何となく原因が分かったような気がした。
(それってもしかして――アンジェリカの中の魂が、綺織先輩のお姉さん・錦野麗奈さんだからじゃないかしら。
血の繋がっている人間同士なら、たとえ魂の記憶がなくても、相手が肉親だって気づけるのかもしれない)
確かめる方法はある。
アイは早速、月世界の冒険で持ち帰った2つの品をアンジェリカに見せた。
「その2つの瓶は――何?」
「見つけてきたの。本来ならアストルフォだけが行って、オルランドの正気を取り戻す方法を得る月世界で。
ひとつは貴女の、現実世界にいた頃の記憶を取り戻せる瓶。
もうひとつは、貴女の恋人メドロの目を治療できる薬なの」
「何ですって……!」
驚き大きく目を見開くアンジェリカ。恐る恐るアイから2つの瓶を受け取った。
ブルブルと震えながら、ごくりと唾を飲み込んでラベルを確認する。
「錦野……麗奈……これが、私の本当の名前……」
言葉の響きが魂にも伝わる。この名は――恐らく本物だろう。
しかしアンジェリカは怯えた目つきで瓶を眺めるばかりで、自分から動こうとはしなかった。
「どうしたのですか、アンジェリカ……?」
ブラダマンテの隣にいたメリッサも、彼女の尋常でない様子に気遣わしげに声をかける。
「もしこの瓶の蓋を開けて、魂の記憶を取り戻せたとして――
今までの、アンジェリカとしての私は一体、どうなっちゃうんだろう……?」
アンジェリカの魂はすでに記憶を失い、取り戻す事じたいを諦めていた。
だから逆に恐ろしい。仮に現実世界の記憶が蘇ったとして、それは良い事だけに繋がるとは限らない。
(今の私は、メドロが好き――メドロと一緒にいるだけで、とても幸せなの。
現実世界の記憶がもし戻ったら、メドロへの愛も変わってしまうの?
この世界を離れて、現実に戻らなきゃいけないの? そんなの――嫌――)
さりとてアイの必死の冒険の成果を、無下にする訳にも行かず。
アンジェリカは戸惑っていた。そんな彼女の困惑を察したのか、アイはそっと口添えした。
「ねえアンジェリカ。まずはメドロさんの目を治すための薬を使いましょう?
魂の記憶は、今すぐ使わなきゃいけないってものでもないと思うし」
その場を取り繕うような提案だったが――アンジェリカは安堵したような笑みを浮かべて踵を返した。
**********
洞窟の奥で待っていたメドロの目に、治療薬を塗るアンジェリカ。
今まで放浪生活で数多くの怪我人の治療に当たっていただけあり、手慣れたものだった。
メドロは目をしばたたかせ――まじまじとアンジェリカの美しい顔を見て、視線を外せずにいた。嬉しさで頬が紅潮している。
「アンジェリカ、だね? 一目で分かったよ。なんて綺麗な人なんだ――」
「当たり前よ! 私を誰だと思ってるの! 世界一の美姫アンジェリカよ!」
契丹の王女は、目の光を取り戻した恋人を、矢も盾もたまらず抱き締めた。
「……よかった。メドロ、本当によかった……!
やっと私の事……私の顔、見えるようになって……!」
「心配と迷惑をかけたね。アンジェリカ……ごめん、そしてありがとう」
感無量で幸せそうに抱き合う二人を見て、アイもメリッサも罪悪感に苛まれた。
(物語世界に閉じ込められているなら、脱出して現実に戻りたいって願うものだと思っていたけれど……
アンジェリカみたいに、この世界で幸せを掴んでいる人もいるんだわ。
どうしよう……記憶が戻ったら、二人の仲が引き裂かれちゃうのかしら?
彼女の記憶を持ってきちゃったの、もしかして早まった行動だったのかも……)
「悪いんだけどブラダマンテ。メドロと一緒に、トリエステの街を歩きたいの。
ここってアドリア海の眺めが素敵でしょ? せっかく目が見えるようになったんだし、素晴らしい景色を二人で堪能したいわ」
そう言われては断る理由もない。
アイとメリッサは一旦二人と別れ、後日また皇太子レオの件で相談するため話し合う算段となった。
**********
翌日アイとメリッサがアンジェリカのいる洞窟に向かうと、先客がいた。
(あれ……? あの騎士は……)アイは先客二人のうち、一人の騎士の顔に見覚えがあった。
(パリ攻防戦でわたしがロドモンに負けそうになった時、助けに来てくれて両刃剣を貸してくれた人だ。テュルパンさんの話では、確か名前は……ボルドウィンさんだったかしら)
ボルドウィン。マイエンス伯ガヌロンの息子で、悪名高いマイエンス家の一族の中では珍しく人柄も、騎士としての礼節も備えている好人物である。
そしてもう一人にも……司藤アイは「見覚えがあった」。
現実世界の魂の記憶を持つ彼女だからこそ、一目で分かった。
(…………! 綺織先輩……! どうしてここに……!?)
もう一人の人物は、東ローマ帝国皇太子レオ。
その肉体に宿る魂の名は綺織浩介。アイが憧れ慕ってやまない人物であった。
司藤アイは高校2年に進学した時に彼と知り合い、その人柄に惹かれて告白までした。告白そのものは受け入れられた訳でもなく断られた訳でもなく、お茶を濁すような形で空振りに終わったものの――未だアイの心の中で、淡い恋心はくすぶり続けていた。
(綺織先輩もやっぱり……この物語世界に……!?
しかも東ローマ帝国の……皇太子? すごい立派な人物じゃない!)
放浪の美姫アンジェリカの言葉に、思わず鼓動が高鳴り、目の前が真っ白になりかけたが。
ブラダマンテ――アイはふと、疑問が湧き上がってきたので質問した。
「でもアンジェリカ。一瞬とはいえ、そのレオって人の顔が別人に見えたのよね?
以前わたしやロジェロに会った時は、わたし達の顔はあくまで物語世界の騎士のものにしか見えないって言ってたじゃない」
アイの言葉に、アンジェリカは今気づいたようにキョトンとした。
「あれ? 確かに――言われてみればおかしいわね。
今だって、貴女の顔は女騎士に見えてるし……」
アンジェリカは俯いて考え込んでしまったが、明確な答えは出ないようで眉間にしわを寄せている。
しかしアイのほうは、何となく原因が分かったような気がした。
(それってもしかして――アンジェリカの中の魂が、綺織先輩のお姉さん・錦野麗奈さんだからじゃないかしら。
血の繋がっている人間同士なら、たとえ魂の記憶がなくても、相手が肉親だって気づけるのかもしれない)
確かめる方法はある。
アイは早速、月世界の冒険で持ち帰った2つの品をアンジェリカに見せた。
「その2つの瓶は――何?」
「見つけてきたの。本来ならアストルフォだけが行って、オルランドの正気を取り戻す方法を得る月世界で。
ひとつは貴女の、現実世界にいた頃の記憶を取り戻せる瓶。
もうひとつは、貴女の恋人メドロの目を治療できる薬なの」
「何ですって……!」
驚き大きく目を見開くアンジェリカ。恐る恐るアイから2つの瓶を受け取った。
ブルブルと震えながら、ごくりと唾を飲み込んでラベルを確認する。
「錦野……麗奈……これが、私の本当の名前……」
言葉の響きが魂にも伝わる。この名は――恐らく本物だろう。
しかしアンジェリカは怯えた目つきで瓶を眺めるばかりで、自分から動こうとはしなかった。
「どうしたのですか、アンジェリカ……?」
ブラダマンテの隣にいたメリッサも、彼女の尋常でない様子に気遣わしげに声をかける。
「もしこの瓶の蓋を開けて、魂の記憶を取り戻せたとして――
今までの、アンジェリカとしての私は一体、どうなっちゃうんだろう……?」
アンジェリカの魂はすでに記憶を失い、取り戻す事じたいを諦めていた。
だから逆に恐ろしい。仮に現実世界の記憶が蘇ったとして、それは良い事だけに繋がるとは限らない。
(今の私は、メドロが好き――メドロと一緒にいるだけで、とても幸せなの。
現実世界の記憶がもし戻ったら、メドロへの愛も変わってしまうの?
この世界を離れて、現実に戻らなきゃいけないの? そんなの――嫌――)
さりとてアイの必死の冒険の成果を、無下にする訳にも行かず。
アンジェリカは戸惑っていた。そんな彼女の困惑を察したのか、アイはそっと口添えした。
「ねえアンジェリカ。まずはメドロさんの目を治すための薬を使いましょう?
魂の記憶は、今すぐ使わなきゃいけないってものでもないと思うし」
その場を取り繕うような提案だったが――アンジェリカは安堵したような笑みを浮かべて踵を返した。
**********
洞窟の奥で待っていたメドロの目に、治療薬を塗るアンジェリカ。
今まで放浪生活で数多くの怪我人の治療に当たっていただけあり、手慣れたものだった。
メドロは目をしばたたかせ――まじまじとアンジェリカの美しい顔を見て、視線を外せずにいた。嬉しさで頬が紅潮している。
「アンジェリカ、だね? 一目で分かったよ。なんて綺麗な人なんだ――」
「当たり前よ! 私を誰だと思ってるの! 世界一の美姫アンジェリカよ!」
契丹の王女は、目の光を取り戻した恋人を、矢も盾もたまらず抱き締めた。
「……よかった。メドロ、本当によかった……!
やっと私の事……私の顔、見えるようになって……!」
「心配と迷惑をかけたね。アンジェリカ……ごめん、そしてありがとう」
感無量で幸せそうに抱き合う二人を見て、アイもメリッサも罪悪感に苛まれた。
(物語世界に閉じ込められているなら、脱出して現実に戻りたいって願うものだと思っていたけれど……
アンジェリカみたいに、この世界で幸せを掴んでいる人もいるんだわ。
どうしよう……記憶が戻ったら、二人の仲が引き裂かれちゃうのかしら?
彼女の記憶を持ってきちゃったの、もしかして早まった行動だったのかも……)
「悪いんだけどブラダマンテ。メドロと一緒に、トリエステの街を歩きたいの。
ここってアドリア海の眺めが素敵でしょ? せっかく目が見えるようになったんだし、素晴らしい景色を二人で堪能したいわ」
そう言われては断る理由もない。
アイとメリッサは一旦二人と別れ、後日また皇太子レオの件で相談するため話し合う算段となった。
**********
翌日アイとメリッサがアンジェリカのいる洞窟に向かうと、先客がいた。
(あれ……? あの騎士は……)アイは先客二人のうち、一人の騎士の顔に見覚えがあった。
(パリ攻防戦でわたしがロドモンに負けそうになった時、助けに来てくれて両刃剣を貸してくれた人だ。テュルパンさんの話では、確か名前は……ボルドウィンさんだったかしら)
ボルドウィン。マイエンス伯ガヌロンの息子で、悪名高いマイエンス家の一族の中では珍しく人柄も、騎士としての礼節も備えている好人物である。
そしてもう一人にも……司藤アイは「見覚えがあった」。
現実世界の魂の記憶を持つ彼女だからこそ、一目で分かった。
(…………! 綺織先輩……! どうしてここに……!?)
もう一人の人物は、東ローマ帝国皇太子レオ。
その肉体に宿る魂の名は綺織浩介。アイが憧れ慕ってやまない人物であった。
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