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第7章 オルランド討伐作戦
8 デンマーク騎士ドゥドン、解放される
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ここはサラセン帝国領・アルジェリアにある新興の町・ターハルト。
当然ながらイスラム教徒の住人が主であるが、そんな中をサラセン人らしからぬ武装した騎士が歩いていた。
彼の名はドゥドン。デンマークの勇者オジェの嫡男である。
(この町だけは活気に満ちているな……
他のアルジェリアの町も回ったが、日に日に人々のやる気は失せていく。
食料も働き手も、戦争の為にサラセン軍に接収されてしまっているからか……)
ドゥドンは真面目一徹が取り柄の男であったが、いかんせん実力は十人並みであった。
何しろ彼は「狂えるオルランド」の物語が始まる遥か以前、アルジェリア王ロドモンがプロヴァンスに攻めてきた時(女騎士ブラダマンテが初登場した戦い)に、捕虜になってしまったのだ。
それ以来、ずっと捕まっていた。物語開始前からずーっとである。
そんな彼が何故、武装を認められ呑気にアルジェリア領内を歩けているのか?
アルジェリアの王はロドモンであると先に書いたが、彼は実質的には軍事司令官であり、この地を治める人物は他にいた。
イブン・ルスタムという名のペルシア人である。ロドモンの影響力が強く、荒廃した都ティアレに早々に見切りをつけた彼は、西に10kmほど離れた地に新たな町を建設していた。それがこのターハルトなのだ。
フランク王国との長きに渡る戦乱で男手は戦争に駆り出され、アルジェリア王都は活気を失いつつあった。
イブン・ルスタムは人望厚く、ターハルトには徐々に人が集まりつつある。ロドモン亡き今、将来的には彼が新たな指導者に選出されるであろうと専らの評判だ。
(小生が大手を振って町を歩けているのも、ルスタム殿のお陰だ。
この地の人々は、厳格にイスラムの教えを守る宗派が力をつけており――たとえ敵であっても非戦闘員への略奪を認めない。
それは小生に対しても同じで、捕虜とは思えぬほどの手厚い待遇を受けた。本当に感謝している)
ターハルトの人々の厚遇に感激したドゥドンは、人手不足に悩むルスタムに対し自ら領内警護の任を買って出た。
もちろん自分一人でどうにかできるとは思っていない。今や他の町ではちょっとした自警団を作るにも、老人や女子供の手を借りねばならぬほどだという。
(戦が長引きすぎているのだ……小生はデーン人(註:デンマーク地方のノルマン人の総称)だが、何とかしなければ。これまで受けた恩に報いるためにも)
アルジェリアの民からの訴えによれば、神出鬼没の空飛ぶ馬に乗った異教の騎士が領内を跋扈しているという。
何者かは知らないが、もし領内のサラセン人を害するような不逞の輩であれば、全力で阻止しなければ。ドゥドンの騎士の矜持に賭けて。
かくして懸命なるドゥドンの巡回の結果、空飛ぶ馬に乗った騎士と遭遇する事となった。
ドゥドンの人柄に惚れ、義勇兵となったサラセン人たちからの報告。しかし兵の大半は、戦闘の心得もない一般人だ。
「不逞の騎士を見つけたか、感謝する。だが決して戦おうなどと思うな。
荒事は小生に任せよ。もし小生が敗れる事あれば――すぐにターハルトに向かいルスタム殿の指示を仰いでくれ」
「しょ……承知しました、ドゥドン様ッ」
ドゥドンは単身、情報のあった地に乗り込む。事ここに及べば刺し違える覚悟であった。
凄まじい風圧で迫る、異形の馬に乗った空飛ぶ騎士。身構えるデンマーク騎士に対し――かかった声は意外な事に、聞き覚えのあるものだった。
「きみはもしかして――デンマークの勇者オジェの息子、ドゥドンかい?
とっても久しぶりだね! ボクの事覚えてるかい? イングランド王子アストルフォだよ!」
爽やかな声に華美な装具。鷲の頭に馬の身体を持った世にも稀なる幻獣に跨った美貌の王子は、満面の笑みで暢気な歓声を上げたのだった。
**********
「ア、アストルフォ殿……!? 一体何故、こんなところに……!」
「きみに会いに来たのさドゥドン! と言いたいところだけど……実は道に迷ってしまって! 本当はフランク王国に帰ろうと思ってたんだけどね!」
どうやら単なる偶然らしい。
ドゥドンは少々呆れてしまったが、アストルフォから知らされた情報は驚くべき事ばかりであった。
「あのオルランド殿が正気を失い……フランク領で暴れ回っていると?
しかもオルランド討伐の為、フランク・サラセン両軍が休戦し共同戦線を張っていると――それは本当なのですか!?」
「ボクもまだ確かめた訳じゃあないけれど……信頼できる筋からの情報だ、間違いないと思う。
ドゥドン。今は一人でも多くの助けが欲しい。フランク騎士として、ボクと共にオルランドを救いに行かないか?
ボクははるばるエチオピアに赴き、オルランドの正気を取り戻す方法を知った。勝算は十分にある!」
アストルフォは力強く申し出たが、ドゥドンは困ったように首を振った。
「そうしたいのは山々だが。今アルジェリアの地は荒れ果てており、人手もまるで足りないのだ。
小生は虜囚の身ではあるが、この地の人々やルスタム殿から破格の厚遇を受け、その恩も返さぬまま離れる訳には行かぬのでな……」
「そうか。そういう事であれば――」
アストルフォはおもむろに、朱布に覆われた円形楯を取り出した。そして驚くべき提案をした。
**********
アストルフォは思い返していた。
「おいアストルフォ。こいつを持って行けよ」
エチオピアを発つ直前、ロジェロ――黒崎八式から円形楯を手渡された。
布を取れば魔法の光が溢れ出し、見た者の視力あるいは意識を奪ってしまうほどの力がある、恐るべき品だ。
「いいのかいロジェロ君。こんな希少なモノを……」
「黄金の槍も、恐怖の角笛も、今は無くしちまったんだろ?
そんなお前をたった一人で行かせるとか、不安なだけだからな。
『オルランドの心』を持ち帰る前に死なれたら、たまったもんじゃねえし」
ぶっきらぼうに言い放ちそっぽを向く黒崎に、アストルフォはにっこりと微笑み礼を言った。黒崎がますます慌てふためいたのは言うまでもない。
**********
その日の夜アストルフォとドゥドンは、ターハルトの町の支配者であるイブン・ルスタムと面会していた。
円形楯は布に覆われたまま、ルスタムの手にある。
「本当に宜しいのか? ドゥドン殿の身代金の代わりとはいえ……
かの魔法使いアトラントが鍛えたという魔法の円形楯。これを我々に献上するとは」
「構いませんよ。これでドゥドンは自由の身ですね?」
アストルフォの言葉に、将来の指導者は鷹揚に頷いた。
(黒崎君、すまない。今のボクに、ドゥドンの身柄を解放できる手段はこれぐらいしか思いつかなかった。
きっとボクの身に危険が迫った時のために、授けてくれたんだろうけれど)
アストルフォの脳裏に、口汚く自分を罵る親友の姿が浮かんだ。
だがその真意をちゃんと説明すれば、悪態をつきつつも分かってくれるだろう、とも思った。
かくして取引は成立し、ドゥドンと魔法の楯の交換が行われた。
ドゥドン自身、今目の前で起きた事が信じられない様子で、小声でアストルフォに耳打ちしてくる。
「小生のような者のために、あれほどの希少な魔法の品を……
身を救われたからにはデンマーク騎士ドゥドン、粉骨砕身の思いでアストルフォ殿に尽くさせていただくが――」
そう言いながらも、ドゥドンは己の実力の程をよく知っているようで、戸惑いを隠せていなかった。
「気に病む事はないよ、ドゥドン。きみがフランク領に帰り、アルジェリアの地の現状を訴える事に意義がある。
お互い疲弊しきっていて、これ以上の戦争は無益であると。
その空気が両陣営に伝われば、結果として今の戦の早期解決に繋がるだろう。
ドゥドン。きみは今、とても重要な存在なんだ。あんな楯よりもずっとね」
アストルフォの真意と深謀を知り、ドゥドンは思わず涙した。
どうにもならないと思っていた現状を、他ならぬ自分の手で覆せるかもしれないのだ。
是が非でも生き延び、狂ったオルランドを正気に戻さねばならない。ドゥドンは改めてアストルフォに感謝し、跪いて頭を垂れたのだった。
当然ながらイスラム教徒の住人が主であるが、そんな中をサラセン人らしからぬ武装した騎士が歩いていた。
彼の名はドゥドン。デンマークの勇者オジェの嫡男である。
(この町だけは活気に満ちているな……
他のアルジェリアの町も回ったが、日に日に人々のやる気は失せていく。
食料も働き手も、戦争の為にサラセン軍に接収されてしまっているからか……)
ドゥドンは真面目一徹が取り柄の男であったが、いかんせん実力は十人並みであった。
何しろ彼は「狂えるオルランド」の物語が始まる遥か以前、アルジェリア王ロドモンがプロヴァンスに攻めてきた時(女騎士ブラダマンテが初登場した戦い)に、捕虜になってしまったのだ。
それ以来、ずっと捕まっていた。物語開始前からずーっとである。
そんな彼が何故、武装を認められ呑気にアルジェリア領内を歩けているのか?
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イブン・ルスタムという名のペルシア人である。ロドモンの影響力が強く、荒廃した都ティアレに早々に見切りをつけた彼は、西に10kmほど離れた地に新たな町を建設していた。それがこのターハルトなのだ。
フランク王国との長きに渡る戦乱で男手は戦争に駆り出され、アルジェリア王都は活気を失いつつあった。
イブン・ルスタムは人望厚く、ターハルトには徐々に人が集まりつつある。ロドモン亡き今、将来的には彼が新たな指導者に選出されるであろうと専らの評判だ。
(小生が大手を振って町を歩けているのも、ルスタム殿のお陰だ。
この地の人々は、厳格にイスラムの教えを守る宗派が力をつけており――たとえ敵であっても非戦闘員への略奪を認めない。
それは小生に対しても同じで、捕虜とは思えぬほどの手厚い待遇を受けた。本当に感謝している)
ターハルトの人々の厚遇に感激したドゥドンは、人手不足に悩むルスタムに対し自ら領内警護の任を買って出た。
もちろん自分一人でどうにかできるとは思っていない。今や他の町ではちょっとした自警団を作るにも、老人や女子供の手を借りねばならぬほどだという。
(戦が長引きすぎているのだ……小生はデーン人(註:デンマーク地方のノルマン人の総称)だが、何とかしなければ。これまで受けた恩に報いるためにも)
アルジェリアの民からの訴えによれば、神出鬼没の空飛ぶ馬に乗った異教の騎士が領内を跋扈しているという。
何者かは知らないが、もし領内のサラセン人を害するような不逞の輩であれば、全力で阻止しなければ。ドゥドンの騎士の矜持に賭けて。
かくして懸命なるドゥドンの巡回の結果、空飛ぶ馬に乗った騎士と遭遇する事となった。
ドゥドンの人柄に惚れ、義勇兵となったサラセン人たちからの報告。しかし兵の大半は、戦闘の心得もない一般人だ。
「不逞の騎士を見つけたか、感謝する。だが決して戦おうなどと思うな。
荒事は小生に任せよ。もし小生が敗れる事あれば――すぐにターハルトに向かいルスタム殿の指示を仰いでくれ」
「しょ……承知しました、ドゥドン様ッ」
ドゥドンは単身、情報のあった地に乗り込む。事ここに及べば刺し違える覚悟であった。
凄まじい風圧で迫る、異形の馬に乗った空飛ぶ騎士。身構えるデンマーク騎士に対し――かかった声は意外な事に、聞き覚えのあるものだった。
「きみはもしかして――デンマークの勇者オジェの息子、ドゥドンかい?
とっても久しぶりだね! ボクの事覚えてるかい? イングランド王子アストルフォだよ!」
爽やかな声に華美な装具。鷲の頭に馬の身体を持った世にも稀なる幻獣に跨った美貌の王子は、満面の笑みで暢気な歓声を上げたのだった。
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「ア、アストルフォ殿……!? 一体何故、こんなところに……!」
「きみに会いに来たのさドゥドン! と言いたいところだけど……実は道に迷ってしまって! 本当はフランク王国に帰ろうと思ってたんだけどね!」
どうやら単なる偶然らしい。
ドゥドンは少々呆れてしまったが、アストルフォから知らされた情報は驚くべき事ばかりであった。
「あのオルランド殿が正気を失い……フランク領で暴れ回っていると?
しかもオルランド討伐の為、フランク・サラセン両軍が休戦し共同戦線を張っていると――それは本当なのですか!?」
「ボクもまだ確かめた訳じゃあないけれど……信頼できる筋からの情報だ、間違いないと思う。
ドゥドン。今は一人でも多くの助けが欲しい。フランク騎士として、ボクと共にオルランドを救いに行かないか?
ボクははるばるエチオピアに赴き、オルランドの正気を取り戻す方法を知った。勝算は十分にある!」
アストルフォは力強く申し出たが、ドゥドンは困ったように首を振った。
「そうしたいのは山々だが。今アルジェリアの地は荒れ果てており、人手もまるで足りないのだ。
小生は虜囚の身ではあるが、この地の人々やルスタム殿から破格の厚遇を受け、その恩も返さぬまま離れる訳には行かぬのでな……」
「そうか。そういう事であれば――」
アストルフォはおもむろに、朱布に覆われた円形楯を取り出した。そして驚くべき提案をした。
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アストルフォは思い返していた。
「おいアストルフォ。こいつを持って行けよ」
エチオピアを発つ直前、ロジェロ――黒崎八式から円形楯を手渡された。
布を取れば魔法の光が溢れ出し、見た者の視力あるいは意識を奪ってしまうほどの力がある、恐るべき品だ。
「いいのかいロジェロ君。こんな希少なモノを……」
「黄金の槍も、恐怖の角笛も、今は無くしちまったんだろ?
そんなお前をたった一人で行かせるとか、不安なだけだからな。
『オルランドの心』を持ち帰る前に死なれたら、たまったもんじゃねえし」
ぶっきらぼうに言い放ちそっぽを向く黒崎に、アストルフォはにっこりと微笑み礼を言った。黒崎がますます慌てふためいたのは言うまでもない。
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その日の夜アストルフォとドゥドンは、ターハルトの町の支配者であるイブン・ルスタムと面会していた。
円形楯は布に覆われたまま、ルスタムの手にある。
「本当に宜しいのか? ドゥドン殿の身代金の代わりとはいえ……
かの魔法使いアトラントが鍛えたという魔法の円形楯。これを我々に献上するとは」
「構いませんよ。これでドゥドンは自由の身ですね?」
アストルフォの言葉に、将来の指導者は鷹揚に頷いた。
(黒崎君、すまない。今のボクに、ドゥドンの身柄を解放できる手段はこれぐらいしか思いつかなかった。
きっとボクの身に危険が迫った時のために、授けてくれたんだろうけれど)
アストルフォの脳裏に、口汚く自分を罵る親友の姿が浮かんだ。
だがその真意をちゃんと説明すれば、悪態をつきつつも分かってくれるだろう、とも思った。
かくして取引は成立し、ドゥドンと魔法の楯の交換が行われた。
ドゥドン自身、今目の前で起きた事が信じられない様子で、小声でアストルフォに耳打ちしてくる。
「小生のような者のために、あれほどの希少な魔法の品を……
身を救われたからにはデンマーク騎士ドゥドン、粉骨砕身の思いでアストルフォ殿に尽くさせていただくが――」
そう言いながらも、ドゥドンは己の実力の程をよく知っているようで、戸惑いを隠せていなかった。
「気に病む事はないよ、ドゥドン。きみがフランク領に帰り、アルジェリアの地の現状を訴える事に意義がある。
お互い疲弊しきっていて、これ以上の戦争は無益であると。
その空気が両陣営に伝われば、結果として今の戦の早期解決に繋がるだろう。
ドゥドン。きみは今、とても重要な存在なんだ。あんな楯よりもずっとね」
アストルフォの真意と深謀を知り、ドゥドンは思わず涙した。
どうにもならないと思っていた現状を、他ならぬ自分の手で覆せるかもしれないのだ。
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