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第7章 オルランド討伐作戦
17 尼僧メリッサvs魔術師マラジジ・後編
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マラジジの暗黒空間――もう一方の場面。
「クレルモン家の女騎士ブラダマンテよ。この俺様――タタール王マンドリカルドの挑戦、受けるか否か。早急に返答されたし!」
東洋風の軽めの革鎧に、強弓と槌矛を身に着けた蒙古風の若き騎馬武者・マンドリカルドは声高に宣言した。
(この状況じゃ、どのみち戦いは避けられない……
一騎打ちの前から左肩の負傷は正直、痛いけど。やるしかない!)
先刻メリッサを守るために身を挺した結果、左肩に受けた矢傷。
未だ出血は止まらず、下地の布鎧が擦れるたびに鈍い痛みが走る。これでは盾を上手く扱えないかもしれない。
それでもマンドリカルドを放置する訳には行かなかった。彼を野放しにすれば、今度こそメリッサを殺そうと狙いすますだろう。
「――承知した。クレルモン公エイモンが娘ブラダマンテ。我が主イエスに誓ってマンドリカルドとの一騎打ちに応じよう」
ブラダマンテ――司藤アイは務めて平静を装い、タタール武者の要請に応じた。
途端、マンドリカルドの厳つい顔に喜色満面の笑みが浮かぶ。
「その意気や良しッ! そなたとは前々から、一度手合わせを願いたかったのだ!
噂では、あの負け知らずのマルフィサと槍試合をして勝利を収めたのだろう?
フランク人の女騎士にもそこまでの手練れがいたとはな! 実に興味深いッ!」
無邪気にはしゃぐタタール王の姿に、ブラダマンテは傷の痛みも忘れ、つい微笑してしまった。
(マルフィサといい、彼といい――本当に純粋に戦いを楽しんでいるのね。
まあわたしもブラダマンテの力を扱い、戦えるようになって。気持ちはちょっと分かるようになっちゃったけど)
まだ見ぬ戦いに、強敵に。思わず心が躍る。
それが良い事なのか、正しい事なのか。アイには分からない。
だが今は――戦いを怖がっている場合ではない。
「マンドリカルド。ひとつ聞いてもいい?
あなたもこの『物語世界』が繰り返されている事を、『知って』いるわよね?」
ブラダマンテの問いに、マンドリカルドは怪訝そうな顔をしたものの、答えた。
「――うむ、以前話した通りだ。知っている」
「だったらあなたも、物語の外にいた誰かの『魂』を宿しているのよね。
外に……元の世界に戻りたいって、思った事はないの?」
「元の世界に戻れる、という保障がどこにある?
俺様はすでに、元の世界の魂の記憶とやらが無い。自分が一体、どこの誰だったのかも思い出せん。それに時々考えるのだ。俺様は本当に、物語の外の世界の住人だったのか? とな」
「…………」
「俺様は勇猛なるアグリカンの息子。タタール王マンドリカルドである!
その確かな記憶だけが、今の俺様を俺様たらしめているのだ!
ならばマンドリカルドとして生きていく他あるまい?」
タタール武者はそれ以上の言葉は無用とばかりに弓に矢をつがえ、馬上から構えを取る。
ブラダマンテもまた、馬に跨ったまま――両刃剣を構えた。
(以前彼と戦ったマルフィサがやったように……身軽に動くために、槍じゃなく剣で立ち向かうしかない。
馬に乗ったまま剣を振るうのはあんまり経験が無いけど、地に降りた状態で戦うのは自殺行為だもの)
女騎士とタタール王の、変則的な一騎打ちの幕開けだった。
**********
一方メリッサは、マラジジの繰り出す傀儡たちを殺戮していた。
操られているのは「アシュタルト」――マラジジに仕え使役される、異民族出身の隠密部隊である。
本来ならば彼らは魔術と暗殺のエキスパートであるのに、術に操られ緩慢な動きだった。近接格闘の心得に乏しいメリッサですら、十分に立ち回れるほどに。
しかし傀儡は倒しても倒しても、マラジジの新たな詠唱によって次々に現れる。
メリッサの持つ黒檀の短刀は血でさらに黒々と染まり、彼女の纏う僧服も大量の血を吸って重くのしかかる。
それ以上に、メリッサ自身の疲労と精神の消耗が積み重なっていた。
「……はあッ……はッ……う、ぐゥ……」
いかな動きが鈍いとはいえ、疲弊し精彩を欠くようになったメリッサは、徐々に隙を突かれ軽傷を負うようになってきた。
それでも彼女は気力を振り絞り、大立ち回りをして様々な角度から傀儡に短刀を突き立てて仕留めていく。
「無駄な足掻きを、よくそこまで続けられるものだ。裏切り者メリッサ」
姿の見えぬマラジジの声が響く。
「だがそれも長くは保つまい。ブラダマンテの中の『異物』がそんなに大事か?」
「『異物』なんかじゃ……ありませんわ!」
メリッサは息も絶え絶えになりながら――叫び返した。
「私にとっては、今のブラダマンテこそがお仕えすべき主!
それに誓ったんです。私はブラダマンテの味方になると。
いつだって――どんな選択をしたとしてもッ!」
「それは『愛』という――非合理な考え方だな。愚かな事だ。
愛は全てを狂わせる。本来寄り添うべき相手も、戦って勝てるか否かの判断すらも、見誤る」
マラジジの冷徹な言葉が終わる頃、メリッサは最後の傀儡を仕留めていた。
新たな傀儡の出てくる気配はない。打ち止めだろうか? しかしメリッサもまた疲労の限界に達している。膝は震え、肩で大きく息をしていた。
静寂。新たな敵は姿を見せない。そのほんの数秒に――疲弊しきったメリッサの緊張の糸は緩んでしまった。
意識が薄れかけた一瞬を突かれた。背後に気配を感じ振り返ると――灰色フードの老人が立っていた。
しかも今までの傀儡にない、稲妻のような動きでメリッサの懐に飛び込み、鋭い一撃を腹部に見舞う!
「あッ……がはアッ……!?」
消耗していた上、緩慢な動きに慣れ切っていた彼女に、到底対応しきれるものではなかった。
「他愛ないな、メリッサ。
本来であればこのマラジジなどより遥かに高い魔力を持つお前が、こうも容易く術中に落ちるとは。
所詮非合理で愚かな甘い考えでは、最初から儂に勝つ術など無かったのだ」
力なくくずおれるメリッサの身体は、倒れる前に掴まれ、軽々と運ばれる。
そして川のほとりに辿り着く――死の忘却を司るレテの川に。
「お前の恐怖の記憶がどこまで素晴らしいか、実験させてもらおう。
この川の水が『月』世界のレテ川と同等であれば――お前の身体を放り込めば『死』に飲み込まれ、跡形もなく消え失せるだろう」
気を失ったメリッサの身体を無造作に岸に降ろし――老人は、そのまま彼女の左手首を掴んで、川の中へと突っ込んだ。
「ああァ……ああああああッッッッ!?」
途端にメリッサの凄まじい絶叫が、暗黒空間にこだました。
レテ川の水に浸かった彼女の手は――凄まじい光を発し、黒い文字のような塊となって引き剥がされ、川底に沈んでいく。
これが「死の忘却」。物語世界の住人であるメリッサの存在そのものが、川の力によって削り取られ――忘れ去られようとしていた。
「クレルモン家の女騎士ブラダマンテよ。この俺様――タタール王マンドリカルドの挑戦、受けるか否か。早急に返答されたし!」
東洋風の軽めの革鎧に、強弓と槌矛を身に着けた蒙古風の若き騎馬武者・マンドリカルドは声高に宣言した。
(この状況じゃ、どのみち戦いは避けられない……
一騎打ちの前から左肩の負傷は正直、痛いけど。やるしかない!)
先刻メリッサを守るために身を挺した結果、左肩に受けた矢傷。
未だ出血は止まらず、下地の布鎧が擦れるたびに鈍い痛みが走る。これでは盾を上手く扱えないかもしれない。
それでもマンドリカルドを放置する訳には行かなかった。彼を野放しにすれば、今度こそメリッサを殺そうと狙いすますだろう。
「――承知した。クレルモン公エイモンが娘ブラダマンテ。我が主イエスに誓ってマンドリカルドとの一騎打ちに応じよう」
ブラダマンテ――司藤アイは務めて平静を装い、タタール武者の要請に応じた。
途端、マンドリカルドの厳つい顔に喜色満面の笑みが浮かぶ。
「その意気や良しッ! そなたとは前々から、一度手合わせを願いたかったのだ!
噂では、あの負け知らずのマルフィサと槍試合をして勝利を収めたのだろう?
フランク人の女騎士にもそこまでの手練れがいたとはな! 実に興味深いッ!」
無邪気にはしゃぐタタール王の姿に、ブラダマンテは傷の痛みも忘れ、つい微笑してしまった。
(マルフィサといい、彼といい――本当に純粋に戦いを楽しんでいるのね。
まあわたしもブラダマンテの力を扱い、戦えるようになって。気持ちはちょっと分かるようになっちゃったけど)
まだ見ぬ戦いに、強敵に。思わず心が躍る。
それが良い事なのか、正しい事なのか。アイには分からない。
だが今は――戦いを怖がっている場合ではない。
「マンドリカルド。ひとつ聞いてもいい?
あなたもこの『物語世界』が繰り返されている事を、『知って』いるわよね?」
ブラダマンテの問いに、マンドリカルドは怪訝そうな顔をしたものの、答えた。
「――うむ、以前話した通りだ。知っている」
「だったらあなたも、物語の外にいた誰かの『魂』を宿しているのよね。
外に……元の世界に戻りたいって、思った事はないの?」
「元の世界に戻れる、という保障がどこにある?
俺様はすでに、元の世界の魂の記憶とやらが無い。自分が一体、どこの誰だったのかも思い出せん。それに時々考えるのだ。俺様は本当に、物語の外の世界の住人だったのか? とな」
「…………」
「俺様は勇猛なるアグリカンの息子。タタール王マンドリカルドである!
その確かな記憶だけが、今の俺様を俺様たらしめているのだ!
ならばマンドリカルドとして生きていく他あるまい?」
タタール武者はそれ以上の言葉は無用とばかりに弓に矢をつがえ、馬上から構えを取る。
ブラダマンテもまた、馬に跨ったまま――両刃剣を構えた。
(以前彼と戦ったマルフィサがやったように……身軽に動くために、槍じゃなく剣で立ち向かうしかない。
馬に乗ったまま剣を振るうのはあんまり経験が無いけど、地に降りた状態で戦うのは自殺行為だもの)
女騎士とタタール王の、変則的な一騎打ちの幕開けだった。
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一方メリッサは、マラジジの繰り出す傀儡たちを殺戮していた。
操られているのは「アシュタルト」――マラジジに仕え使役される、異民族出身の隠密部隊である。
本来ならば彼らは魔術と暗殺のエキスパートであるのに、術に操られ緩慢な動きだった。近接格闘の心得に乏しいメリッサですら、十分に立ち回れるほどに。
しかし傀儡は倒しても倒しても、マラジジの新たな詠唱によって次々に現れる。
メリッサの持つ黒檀の短刀は血でさらに黒々と染まり、彼女の纏う僧服も大量の血を吸って重くのしかかる。
それ以上に、メリッサ自身の疲労と精神の消耗が積み重なっていた。
「……はあッ……はッ……う、ぐゥ……」
いかな動きが鈍いとはいえ、疲弊し精彩を欠くようになったメリッサは、徐々に隙を突かれ軽傷を負うようになってきた。
それでも彼女は気力を振り絞り、大立ち回りをして様々な角度から傀儡に短刀を突き立てて仕留めていく。
「無駄な足掻きを、よくそこまで続けられるものだ。裏切り者メリッサ」
姿の見えぬマラジジの声が響く。
「だがそれも長くは保つまい。ブラダマンテの中の『異物』がそんなに大事か?」
「『異物』なんかじゃ……ありませんわ!」
メリッサは息も絶え絶えになりながら――叫び返した。
「私にとっては、今のブラダマンテこそがお仕えすべき主!
それに誓ったんです。私はブラダマンテの味方になると。
いつだって――どんな選択をしたとしてもッ!」
「それは『愛』という――非合理な考え方だな。愚かな事だ。
愛は全てを狂わせる。本来寄り添うべき相手も、戦って勝てるか否かの判断すらも、見誤る」
マラジジの冷徹な言葉が終わる頃、メリッサは最後の傀儡を仕留めていた。
新たな傀儡の出てくる気配はない。打ち止めだろうか? しかしメリッサもまた疲労の限界に達している。膝は震え、肩で大きく息をしていた。
静寂。新たな敵は姿を見せない。そのほんの数秒に――疲弊しきったメリッサの緊張の糸は緩んでしまった。
意識が薄れかけた一瞬を突かれた。背後に気配を感じ振り返ると――灰色フードの老人が立っていた。
しかも今までの傀儡にない、稲妻のような動きでメリッサの懐に飛び込み、鋭い一撃を腹部に見舞う!
「あッ……がはアッ……!?」
消耗していた上、緩慢な動きに慣れ切っていた彼女に、到底対応しきれるものではなかった。
「他愛ないな、メリッサ。
本来であればこのマラジジなどより遥かに高い魔力を持つお前が、こうも容易く術中に落ちるとは。
所詮非合理で愚かな甘い考えでは、最初から儂に勝つ術など無かったのだ」
力なくくずおれるメリッサの身体は、倒れる前に掴まれ、軽々と運ばれる。
そして川のほとりに辿り着く――死の忘却を司るレテの川に。
「お前の恐怖の記憶がどこまで素晴らしいか、実験させてもらおう。
この川の水が『月』世界のレテ川と同等であれば――お前の身体を放り込めば『死』に飲み込まれ、跡形もなく消え失せるだろう」
気を失ったメリッサの身体を無造作に岸に降ろし――老人は、そのまま彼女の左手首を掴んで、川の中へと突っ込んだ。
「ああァ……ああああああッッッッ!?」
途端にメリッサの凄まじい絶叫が、暗黒空間にこだました。
レテ川の水に浸かった彼女の手は――凄まじい光を発し、黒い文字のような塊となって引き剥がされ、川底に沈んでいく。
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