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4.優しい女
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「ん……」
どれくらい寝ていたのだろう。
すっかり暗くなった室内は、ランプのわずかな明かりだけがゆらゆらと揺れている。
(……ランプ?)
ギルドをあとにした僕は、部屋に戻ってきてそのままベッドに横になったはずだ。
ランプなどつけた記憶はない。
ではいったいなぜランプがついているんだ?
僕は身体を起こすと、室内の様子をうかがった。
「起きたのね」
声のするほうへと視線を向けると、ベッドの足元のほうにレイシアが腰かけているのが目に入った。
いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
仮に寝ていた僕がノックに気がつかなかったのだとして、勝手に入ってくるようなレイシアではないと思うのだが。
いや、そんなことよりも、だ。
「レイシアっ!? なんでそんな格好をっ!」
僕は慌ててレイシアから視線を逸らした。
薄暗い部屋の中。
ベッドに腰かけていたレイシアは、なぜか下着姿だったのだ。
レイシアは露出の多い服を着るタイプではない。
怪我の危険性のある冒険中はもちろん、街中でも基本的に肌を晒すことはない。
だから二年間一緒に活動してきた僕でも、レイシアの肌をこんなに見たのは初めてだ。
それもただ肌を晒しているだけではない。
明らかに人に見せるべき衣類ではない下着姿なのだ。
なにが起こっているのか理解できず、僕の頭の中は真っ白になった。
そんな僕の動揺を知ってか知らずか、ベッドの上をゆっくりと這ってきたレイシアが、覆い被さるように後ろから抱きついてきた。
背中に感じる柔らかい感触と、ふわりと漂う甘い香りが脳を揺さぶる。
「レイシアっ……、いったいなにを……?」
「ライド、『深淵の牙』を抜けようとか考えてたでしょ」
「っ!?」
顔のすぐ横。
耳元で囁かれた、想像しなかったその言葉に身体が強ばる。
「ギルドを出てくとき、そんな顔をしてたわ。いつもの自信のないだけの顔じゃない。
もっとなにかを諦めたような顔」
「……そんなことないよ。言ったでしょ、強い魔導士になるって」
「そうね。ライドは努力家だからきっと強い魔導士になれるわ。
でもそのとき、あなたの隣に私たちはいるの?」
「……」
抱きつく力が強くなる。
「……ほんと、ライドは嘘をつくのが下手ね。素直で優しくて真面目で。
だから私たちのためだとか言っていなくなろうとする」
「だって……、だって仕方ないじゃないかっ!!」
思わず語気が荒くなる。
「僕だって二人と一緒にいたいよ。『深淵の牙』の一員として、もっと冒険したい。
だから努力だってしてきた。『半人前』だってわかってたから、置いてかれないように頑張ったよ。でも僕が一歩進む間に、二人はどんどん先に行っちゃうんだ。
アレンに守ってもらって、レイシアにサポートしてもらって。
一人じゃなにもできない自分が情けなくて……。
二人のことが大好きだからこそ、足手まといになりたくないんだよ」
「私たちが一度でもライドのことを足手まといだなんて言ったことあるかしら?」
「それは、二人とも優しいから……」
「じゃあなんで私たちはライドに優しくするの?」
「……『深淵の牙』にいるのが僕以外の誰かでも、二人は優しくしてるよ」
「本当にそう思う? 私は背中を向けた相手に魔法を放とうとする女よ? きっとあそこにいたのが私じゃなくてアレンでも、殴りかかっていたでしょうね。
でも結局、私たちはあの男を攻撃できないの。ライドが止めてくれるから」
「それは……、僕なんかのために二人が咎められるのは間違ってるから」
「ライドは私たちのことを優しいと言ってくれるけど、あなたも充分にお人好しよ。
上っ面だけじゃない。
心から私たちのことを考えてくれているもの。
冒険者の仲間として必要なのは実力だけじゃないわ。
そして実力以外の大切なものをあなたは持ってる。私たちにはあなたが必要なの」
レイシアの言葉は、僕の柔らかい部分を遠慮なくえぐってくる。
嘘ではない、というのはわかる。
二人は本当にこんな僕を必要としてくれているのだ。
でもだからといって、僕は僕が『深淵の牙』にいることを認められるわけではない。
そんな僕の思いを感じ取ったのだろう。
「どれだけ言葉を重ねても、ライドを引き止めることはできないのね」
「……ごめん」
不意にレイシアの両手が僕の顔を挟み、後ろを向かせた。
まるで宝石のような碧色の瞳と視線が重なる。
「……もうひとつ、私が優しい女じゃないってことを教えてあげる」
どれくらい寝ていたのだろう。
すっかり暗くなった室内は、ランプのわずかな明かりだけがゆらゆらと揺れている。
(……ランプ?)
ギルドをあとにした僕は、部屋に戻ってきてそのままベッドに横になったはずだ。
ランプなどつけた記憶はない。
ではいったいなぜランプがついているんだ?
僕は身体を起こすと、室内の様子をうかがった。
「起きたのね」
声のするほうへと視線を向けると、ベッドの足元のほうにレイシアが腰かけているのが目に入った。
いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
仮に寝ていた僕がノックに気がつかなかったのだとして、勝手に入ってくるようなレイシアではないと思うのだが。
いや、そんなことよりも、だ。
「レイシアっ!? なんでそんな格好をっ!」
僕は慌ててレイシアから視線を逸らした。
薄暗い部屋の中。
ベッドに腰かけていたレイシアは、なぜか下着姿だったのだ。
レイシアは露出の多い服を着るタイプではない。
怪我の危険性のある冒険中はもちろん、街中でも基本的に肌を晒すことはない。
だから二年間一緒に活動してきた僕でも、レイシアの肌をこんなに見たのは初めてだ。
それもただ肌を晒しているだけではない。
明らかに人に見せるべき衣類ではない下着姿なのだ。
なにが起こっているのか理解できず、僕の頭の中は真っ白になった。
そんな僕の動揺を知ってか知らずか、ベッドの上をゆっくりと這ってきたレイシアが、覆い被さるように後ろから抱きついてきた。
背中に感じる柔らかい感触と、ふわりと漂う甘い香りが脳を揺さぶる。
「レイシアっ……、いったいなにを……?」
「ライド、『深淵の牙』を抜けようとか考えてたでしょ」
「っ!?」
顔のすぐ横。
耳元で囁かれた、想像しなかったその言葉に身体が強ばる。
「ギルドを出てくとき、そんな顔をしてたわ。いつもの自信のないだけの顔じゃない。
もっとなにかを諦めたような顔」
「……そんなことないよ。言ったでしょ、強い魔導士になるって」
「そうね。ライドは努力家だからきっと強い魔導士になれるわ。
でもそのとき、あなたの隣に私たちはいるの?」
「……」
抱きつく力が強くなる。
「……ほんと、ライドは嘘をつくのが下手ね。素直で優しくて真面目で。
だから私たちのためだとか言っていなくなろうとする」
「だって……、だって仕方ないじゃないかっ!!」
思わず語気が荒くなる。
「僕だって二人と一緒にいたいよ。『深淵の牙』の一員として、もっと冒険したい。
だから努力だってしてきた。『半人前』だってわかってたから、置いてかれないように頑張ったよ。でも僕が一歩進む間に、二人はどんどん先に行っちゃうんだ。
アレンに守ってもらって、レイシアにサポートしてもらって。
一人じゃなにもできない自分が情けなくて……。
二人のことが大好きだからこそ、足手まといになりたくないんだよ」
「私たちが一度でもライドのことを足手まといだなんて言ったことあるかしら?」
「それは、二人とも優しいから……」
「じゃあなんで私たちはライドに優しくするの?」
「……『深淵の牙』にいるのが僕以外の誰かでも、二人は優しくしてるよ」
「本当にそう思う? 私は背中を向けた相手に魔法を放とうとする女よ? きっとあそこにいたのが私じゃなくてアレンでも、殴りかかっていたでしょうね。
でも結局、私たちはあの男を攻撃できないの。ライドが止めてくれるから」
「それは……、僕なんかのために二人が咎められるのは間違ってるから」
「ライドは私たちのことを優しいと言ってくれるけど、あなたも充分にお人好しよ。
上っ面だけじゃない。
心から私たちのことを考えてくれているもの。
冒険者の仲間として必要なのは実力だけじゃないわ。
そして実力以外の大切なものをあなたは持ってる。私たちにはあなたが必要なの」
レイシアの言葉は、僕の柔らかい部分を遠慮なくえぐってくる。
嘘ではない、というのはわかる。
二人は本当にこんな僕を必要としてくれているのだ。
でもだからといって、僕は僕が『深淵の牙』にいることを認められるわけではない。
そんな僕の思いを感じ取ったのだろう。
「どれだけ言葉を重ねても、ライドを引き止めることはできないのね」
「……ごめん」
不意にレイシアの両手が僕の顔を挟み、後ろを向かせた。
まるで宝石のような碧色の瞳と視線が重なる。
「……もうひとつ、私が優しい女じゃないってことを教えてあげる」
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