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3.つまらない、つまらない、つまらない

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 物心つく頃には、私はこの世を冷めた目で見ていた。
 フェルゼン王国の公爵家に産まれた私は、王国最高峰の環境で、最高峰の教育を施された。
 小国とはいえ、一国の公爵令嬢に施されるものだ。
 その水準は世界と比較しても、十分に高いものだろう。

 しかし、私にとってそれはまるで子供だましのようで。
 確かな真実があるというのに、それ認めようとしない。
 権力によって嘘で塗り固められた、仮初の真実をなぞるだけの退屈な時間。
 そんなものを学ぶことに、いったいどれだけの価値があるというのだろう。

 不真面目な私に教育係は手を焼いていたが、一度正面から徹底的にこの世の真実を突きつけてやったら、それ以降私の態度に目くじらを立てることはなくなった。

 つまらない、つまらない、つまらない。

 この世界はなんて醜くて、つまらないのだろう。
 いっそのこと、私の手であるべき姿に正してやろうか。
 だが、そんなことをしてどうなるというのだろう。
 きっと私はこの世界に落胆しながら、結局は流されるままに生きていくに違いない。

 色褪せた世界で、私はひとりぼっちだった。
 そう、彼に出会うまでは。



 ピエドラと初めて出会ったのは、私が四歳の時だった。
 父である公爵に連れられ王城を訪れた私は、婚約者だというピエドラと対面した。

 同い年であるピエドラは、あまりに幼かった。
 言葉もたどたどしいし、一応は王族として礼を習っているようだが、その動作はぎこちない。
 まだ四歳だ。
 私自身が早熟であることは自覚していたし、四歳ならこんなものだろう。

 私は未来の伴侶となるピエドラに、何も期待などしていなかった。
 きっとこの幼子も、この世界と同じようにつまらない人間に成長するに違いない。
 そう決めつけて、私が彼を見ることはなかった。

「ピエドラ、エスメラルダ嬢に庭園を案内してあげなさい」

「はい、お父さま!」

 フェルゼン王の提案に従い、私はピエドラと王城にある庭園を訪れた。
 これからフェルゼン王と公爵とで会合でもあるのだろう。
 庭園の案内というのは建前で、顔合わせという予定を消化した私たちは邪魔ということらしい。
 それならば先に帰らせて欲しかったが、国王の提案を無下にすることで生じるデメリットを思えば、多少面倒でも従っておいた方がいい。
 いくら達観しているとはいえ、所詮は私も四歳児。
 どれだけ世界に絶望しようとも、何かを変えるだけの力など持ち合わせていないのだから。



 王城の庭園は、見事という他になかった。
 一流の庭師によって整えられた庭園には、季節の花々が咲き誇っている。
 自然のままの、野生の美も綺麗だと思うが、人の手が入った人工の美というのもなかなかどうして悪くない。
 庭園を見て回るなんて面倒だと思っていたが、今回はフェルゼン王の提案に感謝しよう。

 一緒に庭園にやってきたピエドラが、隣で熱心に解説をしている。
 正直、草花の知識に関しては私の方が上であり、ピエドラから学ぶようなことは無さそうだった。
 それでも王族で婚約者なので、適当に相槌を打ちつつ、庭園を歩いていく。

「ここの庭園はきれいでしょう」

「ええ、そうですわね」

「ぼくが王さまになったら、世界をこの庭園みたいにきれいにするんだ」

 それはなんてことのない、子供の戯言。
 しかし、なぜだか妙に引っ掛かるその言葉に、私は初めてピエドラへと視線を向けた。

「あっ、やっとこっちを向いてくれた!」

 そこにはキラキラと輝く、ピエドラの笑顔があった。
 その瞳は透き通っており、未だ汚れを知らないようだ。

「……殿下はどうして世界を綺麗にしたいのですか?」

「きれいなものはね、みんなを笑顔にするんだよ!」

「みんなを、笑顔に?」

「だってほら、こわい顔をしていたエスメラルダも、庭園を見てから笑顔になったし!」

「私が笑顔になった?」

 私は自分の顔を触った。
 確かに口角が上を向いている気がする。
 私は笑っていたのだろうか。

「世界中がきれいになったら、エスメラルダもずっと笑顔でいられるでしょ」

 なんてことはない。
 現実を理解していない、子供の戯言だ。
 そんなものを真に受けるなんてどうかしている。

 だがもし、本当にピエドラが世界を綺麗にすることができたのなら。
 そんな世界があるのなら。
 私は心から笑顔になれるのではないだろうか。

「ピエドラ殿下、これからよろしくお願いしますね」

 その日、私の世界に初めて色がついた。

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