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3.つまらない、つまらない、つまらない
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物心つく頃には、私はこの世を冷めた目で見ていた。
フェルゼン王国の公爵家に産まれた私は、王国最高峰の環境で、最高峰の教育を施された。
小国とはいえ、一国の公爵令嬢に施されるものだ。
その水準は世界と比較しても、十分に高いものだろう。
しかし、私にとってそれはまるで子供だましのようで。
確かな真実があるというのに、それ認めようとしない。
権力によって嘘で塗り固められた、仮初の真実をなぞるだけの退屈な時間。
そんなものを学ぶことに、いったいどれだけの価値があるというのだろう。
不真面目な私に教育係は手を焼いていたが、一度正面から徹底的にこの世の真実を突きつけてやったら、それ以降私の態度に目くじらを立てることはなくなった。
つまらない、つまらない、つまらない。
この世界はなんて醜くて、つまらないのだろう。
いっそのこと、私の手であるべき姿に正してやろうか。
だが、そんなことをしてどうなるというのだろう。
きっと私はこの世界に落胆しながら、結局は流されるままに生きていくに違いない。
色褪せた世界で、私はひとりぼっちだった。
そう、彼に出会うまでは。
◇
ピエドラと初めて出会ったのは、私が四歳の時だった。
父である公爵に連れられ王城を訪れた私は、婚約者だというピエドラと対面した。
同い年であるピエドラは、あまりに幼かった。
言葉もたどたどしいし、一応は王族として礼を習っているようだが、その動作はぎこちない。
まだ四歳だ。
私自身が早熟であることは自覚していたし、四歳ならこんなものだろう。
私は未来の伴侶となるピエドラに、何も期待などしていなかった。
きっとこの幼子も、この世界と同じようにつまらない人間に成長するに違いない。
そう決めつけて、私が彼を見ることはなかった。
「ピエドラ、エスメラルダ嬢に庭園を案内してあげなさい」
「はい、お父さま!」
フェルゼン王の提案に従い、私はピエドラと王城にある庭園を訪れた。
これからフェルゼン王と公爵とで会合でもあるのだろう。
庭園の案内というのは建前で、顔合わせという予定を消化した私たちは邪魔ということらしい。
それならば先に帰らせて欲しかったが、国王の提案を無下にすることで生じるデメリットを思えば、多少面倒でも従っておいた方がいい。
いくら達観しているとはいえ、所詮は私も四歳児。
どれだけ世界に絶望しようとも、何かを変えるだけの力など持ち合わせていないのだから。
◇
王城の庭園は、見事という他になかった。
一流の庭師によって整えられた庭園には、季節の花々が咲き誇っている。
自然のままの、野生の美も綺麗だと思うが、人の手が入った人工の美というのもなかなかどうして悪くない。
庭園を見て回るなんて面倒だと思っていたが、今回はフェルゼン王の提案に感謝しよう。
一緒に庭園にやってきたピエドラが、隣で熱心に解説をしている。
正直、草花の知識に関しては私の方が上であり、ピエドラから学ぶようなことは無さそうだった。
それでも王族で婚約者なので、適当に相槌を打ちつつ、庭園を歩いていく。
「ここの庭園はきれいでしょう」
「ええ、そうですわね」
「ぼくが王さまになったら、世界をこの庭園みたいにきれいにするんだ」
それはなんてことのない、子供の戯言。
しかし、なぜだか妙に引っ掛かるその言葉に、私は初めてピエドラへと視線を向けた。
「あっ、やっとこっちを向いてくれた!」
そこにはキラキラと輝く、ピエドラの笑顔があった。
その瞳は透き通っており、未だ汚れを知らないようだ。
「……殿下はどうして世界を綺麗にしたいのですか?」
「きれいなものはね、みんなを笑顔にするんだよ!」
「みんなを、笑顔に?」
「だってほら、こわい顔をしていたエスメラルダも、庭園を見てから笑顔になったし!」
「私が笑顔になった?」
私は自分の顔を触った。
確かに口角が上を向いている気がする。
私は笑っていたのだろうか。
「世界中がきれいになったら、エスメラルダもずっと笑顔でいられるでしょ」
なんてことはない。
現実を理解していない、子供の戯言だ。
そんなものを真に受けるなんてどうかしている。
だがもし、本当にピエドラが世界を綺麗にすることができたのなら。
そんな世界があるのなら。
私は心から笑顔になれるのではないだろうか。
「ピエドラ殿下、これからよろしくお願いしますね」
その日、私の世界に初めて色がついた。
フェルゼン王国の公爵家に産まれた私は、王国最高峰の環境で、最高峰の教育を施された。
小国とはいえ、一国の公爵令嬢に施されるものだ。
その水準は世界と比較しても、十分に高いものだろう。
しかし、私にとってそれはまるで子供だましのようで。
確かな真実があるというのに、それ認めようとしない。
権力によって嘘で塗り固められた、仮初の真実をなぞるだけの退屈な時間。
そんなものを学ぶことに、いったいどれだけの価値があるというのだろう。
不真面目な私に教育係は手を焼いていたが、一度正面から徹底的にこの世の真実を突きつけてやったら、それ以降私の態度に目くじらを立てることはなくなった。
つまらない、つまらない、つまらない。
この世界はなんて醜くて、つまらないのだろう。
いっそのこと、私の手であるべき姿に正してやろうか。
だが、そんなことをしてどうなるというのだろう。
きっと私はこの世界に落胆しながら、結局は流されるままに生きていくに違いない。
色褪せた世界で、私はひとりぼっちだった。
そう、彼に出会うまでは。
◇
ピエドラと初めて出会ったのは、私が四歳の時だった。
父である公爵に連れられ王城を訪れた私は、婚約者だというピエドラと対面した。
同い年であるピエドラは、あまりに幼かった。
言葉もたどたどしいし、一応は王族として礼を習っているようだが、その動作はぎこちない。
まだ四歳だ。
私自身が早熟であることは自覚していたし、四歳ならこんなものだろう。
私は未来の伴侶となるピエドラに、何も期待などしていなかった。
きっとこの幼子も、この世界と同じようにつまらない人間に成長するに違いない。
そう決めつけて、私が彼を見ることはなかった。
「ピエドラ、エスメラルダ嬢に庭園を案内してあげなさい」
「はい、お父さま!」
フェルゼン王の提案に従い、私はピエドラと王城にある庭園を訪れた。
これからフェルゼン王と公爵とで会合でもあるのだろう。
庭園の案内というのは建前で、顔合わせという予定を消化した私たちは邪魔ということらしい。
それならば先に帰らせて欲しかったが、国王の提案を無下にすることで生じるデメリットを思えば、多少面倒でも従っておいた方がいい。
いくら達観しているとはいえ、所詮は私も四歳児。
どれだけ世界に絶望しようとも、何かを変えるだけの力など持ち合わせていないのだから。
◇
王城の庭園は、見事という他になかった。
一流の庭師によって整えられた庭園には、季節の花々が咲き誇っている。
自然のままの、野生の美も綺麗だと思うが、人の手が入った人工の美というのもなかなかどうして悪くない。
庭園を見て回るなんて面倒だと思っていたが、今回はフェルゼン王の提案に感謝しよう。
一緒に庭園にやってきたピエドラが、隣で熱心に解説をしている。
正直、草花の知識に関しては私の方が上であり、ピエドラから学ぶようなことは無さそうだった。
それでも王族で婚約者なので、適当に相槌を打ちつつ、庭園を歩いていく。
「ここの庭園はきれいでしょう」
「ええ、そうですわね」
「ぼくが王さまになったら、世界をこの庭園みたいにきれいにするんだ」
それはなんてことのない、子供の戯言。
しかし、なぜだか妙に引っ掛かるその言葉に、私は初めてピエドラへと視線を向けた。
「あっ、やっとこっちを向いてくれた!」
そこにはキラキラと輝く、ピエドラの笑顔があった。
その瞳は透き通っており、未だ汚れを知らないようだ。
「……殿下はどうして世界を綺麗にしたいのですか?」
「きれいなものはね、みんなを笑顔にするんだよ!」
「みんなを、笑顔に?」
「だってほら、こわい顔をしていたエスメラルダも、庭園を見てから笑顔になったし!」
「私が笑顔になった?」
私は自分の顔を触った。
確かに口角が上を向いている気がする。
私は笑っていたのだろうか。
「世界中がきれいになったら、エスメラルダもずっと笑顔でいられるでしょ」
なんてことはない。
現実を理解していない、子供の戯言だ。
そんなものを真に受けるなんてどうかしている。
だがもし、本当にピエドラが世界を綺麗にすることができたのなら。
そんな世界があるのなら。
私は心から笑顔になれるのではないだろうか。
「ピエドラ殿下、これからよろしくお願いしますね」
その日、私の世界に初めて色がついた。
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